『 流転の姫君 』 31 騒ぎになる事を危惧したイズミル王子には他の者には内密にルカに怪我の手当てをさせながらも、寝所からキャロルを離すまいと、未だショックで身体の震えの治まらないキャロルを側に置いていた。 王子の手当てが済み、ルカが姿を消してからようやっと王子は口を開き問いただした。 だがキャロルは自分が王子を傷つけた事に対して、呪文のように謝罪の言葉を呟くばかりであった。 「このような傷などかすり傷にもならぬ、心配せずともよい。 そなたの方こそ、見せてみよ。」と王子が改めてみると、キャロルの左腕には自分で傷つけたものがあるのを見、酒を吹きかけて手当てをした。 確かに王子に傷つけてしまったことはショックでも合ったが、どうもそれだけはあるまい、と王子は見当をつけた。 ルカからはメンフィスとは決別せざるを得なかった事情も聞いていたが、アッシリアに連れ去られてしまっても、城を崩壊させて逃げる英知と勇気をもつ姫である。 不運に見舞われていても、自分の命を絶とうとするほどのことなどはなかった。 それなのに、アイシスとの会見がキャロルを死に追いやるほどのものであったとは・・・・。 女人の扱いには慣れていた王子であっても、キャロルのように多分に子供っぽい部分を持ちながらも繊細な少女にはどのように応対すればいいのか正直戸惑っていた。 キャロルの身体に手を伸ばすとビクっと震えるのが伝わっていたが、あえて子供のように膝に抱きかかえ小さな子供を慰めるように背中を軽く叩き安心させるような王子の仕草にキャロルは不思議そうに王子の顔を見上げた。 「辛い事があったのであろう?泣き虫のそなたが泣くに泣けないことが。 私の前では泣いても構わぬぞ、そなたの泣き虫は分かっているのだから。」 思いもしなかった王子からの優しい言葉に、やっと自分の身体の感覚や感情がキャロルの身体のうちに戻ってきたようだった。 それからのキャロルは自分が何をしたのかは定かではなかったが、王子の衣装が湿るほどに泣き続けていたのは確かなようだった。 32 規則正しく聞こえる何かの小さな音と温かさを感じて、キャロルは自分が何をしていたのか思い起こそうとしてみた。 トクントクンと聞こえるのは心臓の鼓動だ、とまだ重たい瞼を開けようとして気がつき、ぼんやりと目を開いた。 誰かの温かい手が背中を優しく撫でている、その手の感触に思い当たった時、その本人の凛々しく端整な顔立ちと、優しい琥珀の瞳が自分を見つめていた。 「・・王子・・私・・」 「昨夜はそなたは泣き疲れて私にしがみ付いたまま寝入ってしまったゆえ、そのまま宿居したに過ぎぬ。 泣いている子供に手を出すほど私は不自由しておらぬぞ。」 クスリと微笑んだ王子にキャロルの頬は恥ずかしさのあまりかあっと燃えるように熱くなった。 「もうそろそろここを移動せねばならぬ、ちゃんと食事をとるようにな。」 王子は悠々と身なりを整えると、キャロルの方をみて少し微笑んで寝所から出て行ってしまった。 いまだキャロルは夢の中のような心地さえしていた。 優しい声音で自分を慰めていたのは夢ではなかった・・・とキャロルは気付いた。 夢うつつで聞いた言葉は、そなた一人を一生涯愛そう、私と共に生きよ、私が居るゆえ、そなたは一人ではない。 だから死ぬなどは申してはならぬ、そなたを愛している・・・・。 思い切り泣いたせいか、王子のおかげかは分からないが、キャロルには朝の光も昨日よりはるかに美しく感じられた。 バビロニアは今アイシスが嫁す事が正式に公布され、国を挙げての祝いをしているようで国内国外を問わず遠来の客も多いように見えた。 イズミル王子はその様子を見て、国王に報告をするため帰国する事に決め、キャロルに告げた。 33 なんとなく気恥ずかしさを感じながらもキャロルはイズミル王子と一緒に馬に乗り出立する事となった。 馬に揺られながらも王子は穏やかな物言いでキャロルに約束させた。 「そなたはもう帰る場所はないと失望し、死すらも望んだな。 もうそのようなことはないであろうが、この先別れるようなことがあっても私はいつでもそなたのためにこの胸を開けておこう。 だから約束してすると申せ、帰る場所は私のところだと思い、希望を失う事はしないと。」 キャロルがあれほどに切望している帰るところ・・・。 それはキャロルが愛し、キャロルを愛してくれる人のところである。 今は何もかも失ってしまった自分に、イズミル王子は少しでも生きるための希望の光を与えようとしていることに気がついた。 愛しているかどうかはわからないが、王子のことも嫌いではなかったし、何より王子の思いやりが嬉しかったキャロルは 「約束します.この先何かあっても死を選ぶような真似はしないわ。」と静かに答えた。 「いい子だ、では約束の証にこれをあたえよう、持っているがよい。」 そう言うと王子は身に付けていた腕輪を外し、キャロルの手首にはめた。 ヒッタイト王家の紋章の入った高価なものであるが、キャロルには大きすぎた。 憮然としているキャロルをくすくす笑いながら、キャロルのしている腰帯の先に結びつけると、同行している士官が王子を呼んだので、ルカにキャロルを渡すなり離れていった。 34 一行は小休止を取っていた。 「ねえ、ルカ、この近くに遠くからでも見える大きな塔はないのかしら?」 少し元気の出たキャロルにはまた生来の好奇心が戻ってきたようだった。 「ございますが・・・?」とルカの返答を聞くなりキャロルは大喜びで言った。 「ねえ、お願い!どうしてもそのバビロンの塔が見たいの!離れていても構わないから 連れていってもらえないかしら?」 「ですが・・姫君・・・。イズミル王子がなんと仰られるか・・・。」とルカが答えを濁していても 「ねえ、ほんの少しでいいの、すぐここに戻ってくるから!」と言い張り、少しだけ皆離れる事となってしまった。 少し馬を走らせるとなにやら大きな塔が見えてくる。 建設中らしく大勢の人が働いている様子を、キャロルはみて感激していた。 「本物のバビロンの塔なのね・・・。」 キャロルがあまりにも歓んでいるのを見てルカの頬もほころんだその時、突然兵隊たちに取り囲まれ二人は逃げるに逃げられなかった。 「姫君!お逃げください!」とルカが剣を振り払い戦おうとするが、ルカの足には既に槍が突き刺さり首には剣の刃が当てられていた。 「やめて!ルカ!ルカを殺さないで!」とキャロルがルカにしがみ付いて懇願するとリーダー格の男が目配せし、ルカもろともキャロルを連れて行こうとしている。 「乱暴はやめて!これ以上に私達に手を出すのは許しません!あなたは誰なの?」 気丈に振舞おうとするキャロルにその男はにやりと唇の端を曲げて見せた。 「我が名はラガシュ、バビロニアの国王ぞ。」 その言葉を聞いたキャロルの口から悲鳴が迸った。 「王子!」 キャロルの頭の中にはイズミル王子に助けを求める事しか思い浮かばなかった。 34 女の悲鳴が聞こえたような気がして、イズミル王子はキャロルの姿を慌てて探して見た。 「姫はどこぞ!何処におる!」 王子の命令に兵達を動かし、やがてルカとキャロルが塔を見るためにこの場を離れたとの報告が入った。 少し前に見慣れぬ小隊がバビロンの都へ大急ぎで向かっていた。 その中に怪我をしたルカに付き添う小柄な影が居た、と・・・。 もっと早く我が手に戻す予定が狂ってばかりで、油断した、と王子は悔いた。 メンフィス王とカーフラ妃を見、潔癖なキャロルならばメンフィスの下などには戻る事もなくルカに誘導させ自分の腕の中に戻らせる予定であった。 予想以上にメンフィス王は王子がつけた愛撫の跡に激昂し、キャロルを拒否したのにその後も何かと邪魔が入り、なかなか自分の下へと戻ってこなかったのだ。 自らの迂闊さを責め、一体キャロルはどこへ連れ去られたのかと思い巡らせていると来訪者の報告があった。 「これは・・ラガシュ王。このような場でお目にかかるとは・・。」 目立たぬ服装をしたバビロニアのラガシュ王である。 ラガシュ王は愛想よく、バビロニアまで来ていてるのなら是非王宮へ参られよ、と王子を誘った。 丁度婚儀があり我が国は今国を挙げて祝っておる最中である、是非に・・・と申し出をされてしまえばそう断われるものではない。 「それに・・・黄金の姫のことなども内密に・・・。」と王子にしか分からないようラガシュ王は囁いた。 イズミル王子は端整な顔を密かに強張らせていたが、その琥珀色の瞳には冷たい怒りの光があった。 「詳しいことは我が王宮で・・・。歓待いたしますぞ。」 「喜んで参ろう、是非祝いを申し上げねばなりませんな。」 表面上は穏やかな二人の男であった。 35 キャロルとルカはどうやらバビロニアの王宮のどこかに連れ込まれたらしい。 薄暗い一室だが何処かしら女性の部屋らしい趣の部屋で、牢に閉じ込められると思っていたキャロルやルカに余計に不信感を抱かせた。 屈強な兵が部屋周りを警護してるのは分かっている。 「怪我の手当てをしたいの、薬や布を用意して!」と言ったキャロルの言葉にも怪訝な顔をしながらも要求をのんだところをみると、早急に殺されるわけでもなさそうである。 「姫君、申し訳ありません。」 ルカの傷は深手ではなさそうだが、普段どおりに動くのは無理なようだ。 「私が頼んだせいなのだから、気にしないで。それより少しでも体力をつけて逃げられるようにしましょうよ。 だから二人でがんばりましょう、ルカ」 二人でアッシリアの広から逃げ出した時の事を思い出して、少し微笑んだ。 「居心地はいかがかな?黄金の姫よ。」 扉の開く音がしてラガシュ王が静かに入ってきた。 「私に何の用です?断わっておきますけど、今の私はエジプトとは何の関係もないし、何の価値もないわ。 ここに連れ込んだだけ無駄というものよ。」 キャロルは気丈に振る舞い、背筋を伸ばし、青い瞳は臆することなくラガシュ王を真っ直ぐに射た。 自分では分からなかったが、凛とした気品の溢れるその様子はラガシュ王や兵達にますます女神のような印象を与えていた。 ラガシュ王は面白そうに顔を歪めていた。 「エジプトのことならば、そなたなど必要とはせぬ。だがそなたに何の価値などないというのは大きな誤解だ。 ・・・ここにその証もある・・・。」 ラガシュ王の指した先には、キャロルの腰帯に結び付けられたイズミル王子の腕輪があった。 「ヒッタイト王家の紋章の腕輪を持つ姫に、何の価値もないとは笑止な。」 その言葉にキャロルの身体から血の気が引いたように感じた。 36 今の自分にはもう何処の国とも何の縁もないと思っていた・・・。 既に自分をエジプトと結ぶものなどなく、この古代に一人きり。 イズミル王子が帰る場所をキャロルに提示して見せたのは、単に自分に対する思いやりだと思っていた。 だが王子はこの腕輪をキャロルに与える事によって、キャロルを「ヒッタイト皇太子妃」と身分を明確にし キャロルを自分が守ろうとしたのだ、と今になって気がついた。 古代でこんな小娘一人、いつでも浚われるなり殺されるなりするのはいかにも容易い。 危険が多すぎることを危惧したのもあるのだろう。 今にも気を失いそうなキャロルだったが、ぐっと唇をかみ締め、お腹に力をいれて背筋を伸ばした。 「今はアイシスとの婚儀で何かと忙しないが、ここでおとなしくして頂こう。 その様子では動こうにも動けまいがな。」 自信に満ち溢れた笑い声を響かせながらラガシュ王は立ち去った。 「姫君、姫君。お気を確かに!」 キャロルの真っ青な顔色を見てルカが必至に呼びかけた。 「・・・私・・・どうすればいいのかしら?王子は頭の切れる人だわ。 でも私の所為でヒッタイトとバビロニアとの間に戦なんて起きないなんて保証はないわ。 王子となんとか連絡がとれたらいいのに・・・。」 キャロルは床にぺたんと座り込んで、震えの止まらない身体を両手でなんとか押さえつけようとしていた。 何か方法を考えなければならない、ここから脱出する方法を。 アッシリアの時にはルカとハサンが力を貸してくれたが、今ルカは怪我をしているし、外からの助けなどはない。 王子、ごめんなさい・・・。 薄暗い中でも輝く腕輪を手にとりながら、キャロルは胸の内で呟いた。 37 ルカとキャロルに味方は射ないと思っていた矢先、思いもかけない者が二人の目の前に現れた。 エジプトでキャロルに仕えていたウナスであった。 ウナスは連日キャロルの行方を追う事をメンフィスから命令されていたが、ある時から急にメンフィスの機嫌が悪くなり、キャロルの名を出す事も禁じ、国中に出していたキャロルの探索も打ち切りとなってしまった。 あれほどにまでキャロルを熱愛していたファラオなので納得しかねるウナスは、丁度アイシスがバイビロニアへ嫁す事になったのを聞き、キャロルの探索も兼ねて護衛に名乗りを揚げたのである。 アイシスの婚儀が終わり落ち着けば帰国の予定だったが、バビロニアの王宮の中でアイシスに仕える者がちらりとキャロルらしきものを見た、という話が密かに伝わってきたのもあって確認しにきたのであった。 だがファラオの様子を知っているウナスはキャロルにエジプトへの帰国も薦められないうえ、キャロル本人にも全くその気はない事も、そしてキャロルの身分がヒッタイトに属するものとなっている今では同手を貸していいのやら見当もつかない。 アイシスに助けを求めようにも、アイシスはキャロルを憎んでいるのでそれもならない。 イズミル王子は今この王宮内に、祝賀の客として滞在していると聞いたキャロルは何か思い立ったかのように顔を上げた。 「ではこれを王子に渡してくれるだけでいいわ、お願い。」と王子から貰った腕輪に手紙を忍ばせてウナスに渡した。 「私がここにいることで、戦が起こるなんて事は何としてでも避けたいのよ。」 戦を嫌い、心の優しいキャロルを知っているウナスに断われるはずもなかった。 38 イズミル王子は不本意ながらも、どこかしら得体の知れないラガシュ王を警戒しながらバビロニア王宮に滞在していた。勿論表向きは祝賀の客である。 婚儀も終わり妖艶なアイシスが晴れやかな顔してラガシュ王に媚びる様を見るにつけ、王子の心は以前のアイシスを思い出し、嘲笑するしかないのだ。 アイシスが姿を消すとラガシュ王にキャロルのことでの駆け引きを強いられるが、ラガシュ王は決して本音を漏らすことなくのらりくらりと交わしてしまう。 ラガシュ王はキャロルが非公式だが、イズミル王子の妃ということを暗にちらつかせそれを元に自国に有利に展開しようとしているであろうと思われた。 王子が王宮の長い回廊を通っていると一人のエジプト兵とすれ違った。 その時「これを落とされました」と手渡されたのは、自分がキャロルに渡したあの腕輪である。 王子以外には聞けないような囁き声で「どうかあおのお方をお守りください・・。」と言うとその兵は姿を消した。 人払いをし、腕輪を改めると小さな紙片が仕込まれており、王子はそれを読み終えると周りに控えていた将軍や仕官が驚くほど笑って見せた。 「ふふん、あの姫を見くびっておったわ・・・.この私に指示を出すとはな。面白い姫だ。」 キャロルが寄越した紙には流麗なヒエログリフでこれからするべき指示しか書いていなかった。 捕らわれの身ともなれば救いを求めたりするような事を書くであろうに、端的に具体的な指示のみであった。 小柄で子供のような純粋な心をもつキャロルのまた違った一面を見せられた王子は自分でもそれと気付かないうちに、すっかりキャロルに魅せられているのである。 「では早く姫を救い出し帰国せねばならぬ、名実共にわが妃に・・・。」 イズミル王子はキャロルの指示を兵達に伝えた。 39 手紙が上手くイズミル王子に渡ることを祈っているキャロルの元へラガシュ王が突然訪れた。 「何の用なのです?」 ルカを庇うようにキャロルは立ちふさがり、凛とした声で問いただした。 「そなたは予見もできるとか聞いておる。試させてもらおう。」 ラガシュ王はキャロルの腰と首を掴むとうっすらと笑みを浮かべた。 「・・や・・やめて。私に予見なんてできない・・・。」 「ではこれではいかがかな?」 ラガシュ王の合図と共にルカが床に押し付けられ、剣が突きつけられた。 「姫君!どうか私の事は構わず・・!」 「ルカ!・・今はザクロス山中の山岳民族を討伐する時期だわ!早くしないと被害が拡大する。 それしかわからないわ!だから早くルカを放して!」 「それでよい、素直にしておれば危害など加えぬ。」 答えを聞いたラガシュ王はキャロルを締め付けていた手を緩めた。 首を捕まれた事で涙ぐみながら咳き込むキャロルはルカに介抱されながらもラガシュ王を睨み付けた。 「流石は神の娘ですな・・・。」 幾人かの兵を従えラガシュ王はさっさと出て行ってしまった。 「姫君、お加減は?」 ルカの心配そうな声を聞きながらも、キャロルは作戦の一段階が終わった事に安堵の溜め息をついた。 王子なら・・・王子なら分かってくれるはずよ。 キャロルの心の内には王子に対する信頼が揺るぐ事はなかった。 40 ザクロス山近郊に仕える仕官がラガシュ王に接見を求めてきたのは、キャロルの予見を聞いてから半日ほど経った時であろうか。 山岳民族の残酷な仕打ちに民は惨たらしい目にあい、至急軍隊で制圧するよう必死に訴えた。 軍隊を派遣するとラガシュ王が応対するが、それだけでは治まらぬ状況だと直も訴える仕官にラガシュ王も自ら軍隊を率いて向かう事に決めた。 ラガシュ王が決断したのには、キャロルの予見が大きく影響したのもあるのだろう。 新妻となったアイシスに断りをし、ラガシュ王は大勢の軍隊を率いてザクロス山へと向かった。 祝賀の客も暇を告げ始め、ちらほらと出立する様を見せ、王宮はざわめきながらも静寂を取り戻そうとしているようだった。 キャロルがいたのは王宮の北の方で兵の警護も厳重だった。 だが南や東の方で突然爆音が響き渡り、王宮内は王の不在も相まって騒然とし、悲鳴や怒号が治まらなかった。 キャロルの部屋を開いて手助けしたのは、キャロルにもルカにも想像のつかない人間であった。 それはアイシスに仕える為エジプトからやって来ていた女官や仕官達であったのである。 アイシスがキャロルを嫌っている事は周知の事実であったが、それとは別にキャロルは民衆にとって神であった。 女神ハピがエジプトに賜りし、心優しく英知溢れるナイルの姫。 急にファラオがその存在を口にはしなくなったが、彼らの心は以前と変わらず守り神として慕っていた。 如何に同盟国であっても我らの神の娘を幽閉させてはおけない、とアイシスには内密に救出の機会を覗っていたのであった。 「私はもうエジプトには戻れないのよ、私はヒッタイトへ行くのです。」 キャロルがそう言っても「ナイルの姫がここで幽閉されてることなんて、私達には我慢できないのです。」と女官がキャロルに布を被せながら外への通路を促した。 思いもかけない味方に罪悪感と感謝を感じながらキャロルはルカと共に脱出を急いだ。 |