『 絆の生まれるとき 』


11
はじめてみる王子の寝顔は思いのほか穏やかで美しく、思わずキャロルも見蕩れるほどだった。
(きれい…。まるで神々の彫刻か何かつくりもののよう。王子のことを何も知らなかったらきっとハンサムだって思うでしょうね。本当は恐ろしい冷たい意地悪な人なのに)
キャロルは罪人のように足音を忍ばせて美しい眠り人の傍になおも近づいた。
(まるで気がつかないのね。ぐっすり眠って。そりゃあ、疲れるでしょうね。こんなに沢山の書類に目を通すんですもの。ライアン兄さんも忙しい人で、よく書斎で眠ってしまっていたっけ…)
イズミルの寝顔に不意に懐かしい兄の顔が重なる。
「…王子…?あの…?起きていますか?部屋に戻って眠ったほうが…」
だが返ってくるのは深い吐息のような寝息。
「こんなところで寝てしまっては…冷えますよ…?ねえ……?」
だめだった。キャロルはしばらく困って立ち尽くしていたが、やがて自分の寝台から毛布を引きずってきた。
(仕方ないじゃないの、図々しくも私の部屋で眠ってしまったんだから。風邪でも引かせたら寝覚めが悪いじゃない。仕方ないわよ。好きで親切にするわけじゃないわ。いくら王子でも放っておくわけにはいかないわ)
キャロルは必死に自分に言い聞かせながら王子に毛布を掛けようとしたが…。
「う…ん…?」
王子は薄く目を開けると自分で毛布を受けとって包まってしまった。
(きっとムーラがよくこういうことをするから私のこともムーラだとおもっているのかしら?)
思いのほか幼い王子の仕草にキャロルが益体も無いことを考えていると…。
「?!きゃっ!」
王子はキャロルを抱き寄せて毛布に一緒に包み込んでしまった。
「やだっ!王子、何するの?」
「…寒い。一緒に寝よう……」
「えっ!!!」
「………ムーラ・・・・・・・・・」
くぐもった声でそう言うと王子はまたすうすうと寝入ってしまった。
(やだ、王子ったら寝ぼけてる!)
キャロルは全身から緊張と恐ろしさが抜けていくのを覚えた。恐ろしいとばかり忌み嫌っていた男性の初めて見る一面。
(…意外と可愛いところもあるんだわ…)
キャロルはそっと王子の前髪を掻き揚げて囁いた。
「…困った王子様ですねぇ。今日だけは仕方ないことにしておいてあげます」


12
(この人の寝顔って初めて見たわ。いえ、兄さん以外の男の人の寝顔なんて初めて。…意外と幼い寝顔。こんなふうな顔もできるのね。お昼間は意地悪で私の嫌がることしかしないのに。…ふふっ、‘ムーラ、一緒に寝よう’ですって!何だか可愛い)
キャロルの頬にいたずらっぽい微笑が浮かんだ。
いつもいつも澄ましかえって近寄りがたく思っていた男性が、今は小さな子供のようにも思えてキャロルは赤の他人の男性と同衾しているという事実も忘れ果てていた。
じっと見つめるキャロルの視線がくすぐったいとでもいうふうに王子の鼻に小さな皺が寄った。
「…王子…?」
王子は相変わらず眠っている。
「不思議な人ね…」
キャロルは呟いた。
「私を苛める嫌な人かと思えば、優しくもしてくれる。
いつも子供扱いして馬鹿にしたような扱いしかしないかと思えば、私を寝ぼけて乳母と間違える。
私をおもちゃか何かのように気まぐれに放り出して知らん顔をしているくせに、いつも側に置いておこうとする。…分からないわ、今まで私をこんなふうに扱った人は居なかった。
………分からないのは嫌。分からないことは何も考えられないことだわ。何も決められないことだわ…」
最後のほうはもう半ば以上眠りに引き込まれてか吐息のようなささやき声にしかならなかった。
眠りに引き込まれて?
そう、キャロルはイズミル王子の傍らで眠り込んでしまったのだ。警戒心を急速に捨てた疲れた心身は伝わってくる体温に縋るように眠りの淵に沈んでいった。


13
(眠ったか・・・)
身体を丸めるようにして寝入ってしまった子供の深い寝息を長いこと窺っていた王子はそっと目を開けて傍らのキャロルを見た。
(幼い寝顔だ。思っていたよりもはるかに幼い頑是無い様子をして眠る)
王子は苦笑した。

キャロルを眺めながら書見をしていていつのまにか寝入ってしまったのは本当だ。毛布を持ってきてくれた相手をムーラだと勘違いしたのは不覚にも沈みこんでしまった夢の中で幼い日に戻っていたからだった。
だがその後は。
毛布をかぶった瞬間に、もう王子は完全に目覚めていた。もともと暗殺者や不意の出来事に素早く対応できるよう熟睡してしまうことなどできない体にしてあった。それが…!
自分の‘失態’に驚き呆れながらも素早く王子は考えを巡らせた。すぐ側で自分を窺っている小さい、でも光り輝くように暖かい存在を素早く抱き寄せると耳元に囁いた。
「寒いから一緒に寝よう」と。びくっと震えた少女を安心させるためにそのあとに乳母の名前を加えたのは我ながらうまいやり方だった。
少女は初めて自分の前で安心しきった様子で、王子には思いもかけない「本音」を吐露すると…眠ってしまった…!

(そなたが私の側でこれほどに安心しきった様子で居るのは初めてだな)
王子はキャロルを起こさぬように細心の注意を払いながらその寝顔を飽かず眺めた。胸の中では先ほどのキャロルの独白が絶え間無く響いている。
(私はそなたに嫌われ抜いているのかと情けなくも思っていたが、少なくとも私のことを‘優しい’と感じてくれるときもあるのだな。私の贈った品を身につけてもくれる…。
姫よ、私はそなたをどう扱って良いか分からぬ。いや、どう扱って良いか、どのように反応するか分からぬ人間など私には初めてなのだ。私とて‘分からない’のだぞ?
だが寸時も離れがたく思うほどに愛しく大切なのだ。きっとそなたにそれを分からせてみせよう)


14
王子は長い間キャロルの寝顔を眺めていた。いつも女と同衾しているときに感じる闇雲な欲情や、妙にしらけた気分は毛筋ほども感じず、ただ温かく切ないような幸せな気分しか感じなかった。
こんな気分は初めてだった。
やがて。
王子はそっと身を起こすとキャロルを残して部屋を出ていった。
(なろうことならばこのまま、そなたが目覚めるまで側についていてやりたいが、それも叶うまい。
今はそなたを怯えさせたくない。嫌な思いをさせたくない。初めて私の側で眠ってくれたそなたゆえ。そなたが申したこと…忘れぬぞ)

部屋の外で控えていたムーラは、夜明けにはまだしばしあるこの時間に王子がキャロルの部屋から出てきたことにたいそう驚いた様子だった。
そんなムーラを手で軽く制すると王子はことさらに素っ気無い口調で言った。
「つい寝過ごしてしまった。意地っ張りの子供はまだ眠っているからそのままにしておいてやるように。
ああ…男女のことは何もなかったぞ、ムーラ。何も、だ。
互いにいつとはなしに寝入ってしまっただけのことだ。いや、寝入ったのは私が先だ。あの子は私に毛布を掛けに来てそのままつられて眠ったらしい。
其処のところをよく考えて、あの潔癖な子が萎縮したり癇癪を起こしたりするような扱いはくれぐれもせぬよう申しおく。良いな」
「は…はい。心得ましてございます!」
ムーラの最敬礼に見送られて王子は悠々と自分の部屋に戻っていった。ろくに眠っていないはずなのに心は妙に弾んで疲れは少しも感じなかった。

射しこむ朝の光でキャロルは目覚めた。広い寝台の端、寝返りを打てば落ちそうな場所に横たわっている自分。冷えないように毛布を掛けられて。
すぐ側には人が眠っていた跡がある。その人の匂いも。
(・・・・・・・・・?・・・・・・・・・・王子っ!そうだわ、私、昨日、王子が眠ってしまったから毛布をかけてそれから・・・・・っ!)
ばたばたと寝室から駆け出してきたキャロルはいつもと少しも変わらぬしとやかな召使達に迎えられた。
キャロルはしばらくはそ知らぬ顔で召使達が世話を焼くままにさせておいたがやがて我慢しきれずに言った。
「あ・・・あの・・・王子は・・・?昨夜はずいぶん遅くまで起きておいででしたけれど。私・・・あの・・・・・・・」
ムーラはあまりに子供っぽい佳人のうぶなうろたえ様におかしみを感じた。
「王子はお戻りになりました。書見のまま寝入ってしまわれてはお二人ともお風邪を召しますよ。全く!」
キャロルがもう少しまわりの空気を読む余裕があれば、ここヒッタイトに来て初めて見るムーラの好意的な微笑に気づいただろう。
ムーラは初めてキャロルが王子に心遣いを見せたことにしみじみとした嬉しさを感じていた。


15
「あ・・・・・」
次の夕方も王子はキャロルの部屋を訪れた。その手にはまた沢山の書類や巻物を携えて。
だがキャロルはもう昨日までのように怯えたり、露骨に嫌な顔をしなくなっていた。不意に現れた王子を眺める青の瞳には困惑と・・・でもどこか柔らかな光が宿っていて。
「昨日は・・・あの…」
「ふん、夕餉は摂ったのか?まだならば運ばせよ。
私はまた少しここで片付けたい仕事があるのでな。そなたには・・・これを貸してやろう」
王子はキャロルに巻物を渡した。細密画が入った高価そうな巻物だった。
「興味があるようだから。
・・・・・・・そうそう、昨夜は手間をかけたな。つい寝入ってしまった。あー、困らせたであろう。許せよ」
思いもかけない男の言葉にキャロルは我知らず頬を染めた。
「べ、別にいいの…です」
なおも面白そうに自分を見つめる男。
「眠ってしまったのは私も一緒だし」
王子はくすりと笑うとキャロルの頭をくしゃくしゃと撫でた。

その日も王子はキャロルの部屋で書見をし、キャロルは王子が与えた巻物を読んでいた。諸外国の伝説や説話を集めたものだった。だいたいは読めるが、それでも古代での読み書きにあやふやなところのあるキャロルには難しいところも多い。
「どこか分からぬところでもあるか?教えてやろう」
王子が声をかけ、キャロルが答える間もなく側に座り込んで即席の教師となった。
「あ、ありがとう」
「何。分からぬところは遠慮なく聞くのだな。分からぬことをそのままにしておくのは良くないことだ。さて、他に分からぬことは?」
からかうような王子の笑みにキャロルはかちんと来た。王子にもの知らずだと思われるのは癪で恥ずかしかったし、それに意味ありげな皮肉っぽい笑みに自分は昨夜何か寝言でも言ったのだろうかという嫌な予感もした。


16
「とりあえずは・・・。いいえ、分からないことはあるわ!とても気になっているの。でも王子は教えて呉れられるかしら?」
「ふふ。申してみよ。私などには分からぬであろうと決めてかかっているとはしゃらくさい」
「では・・・では、あのね。どうして王子は私をこんなふうに扱うの?捕虜でもないし、人質でもない。やらしい、あ・・・愛人・・・とかでもないわよね。
私をどうしたいの?私に何をさせたいの?ほらっ!あなたはいつも私を馬鹿にしたような嫌な笑い方をするだけ!」
「そなたはずいぶんと色々な言葉を知っているのだな」
王子は余裕のある笑みを浮かべて生意気なキャロルを見おろした。可愛らしくてたまらぬとでもいうように小さな少女を眺める王子に居合わせた人々は驚いた。
「捕虜、人質、愛人、か。そなたはそのどれでもない。だが、さて、では何かと問われれば私も返答に詰まる。
教えてやってもいいがそなたには理解できまいし、理解できぬことを教えて、しつこく解説を求められるもの厄介だ」
むっとした表情になるキャロル。素早く考えをめぐらせているのが王子には手に取るように分かった。
「じゃあ無理にとは言わないわ。あなたは私を馬鹿にしているし、それに・・・きっと私にきちんと教える自信がないからわざとそんなことを言うのよ。
実際には教えられないんでしょう?違う?」
おきゃんな言葉に王子は心底面白そうに笑った。
「そなたのように礼儀知らずの子供は初めてだ。よいか、女が男にものを頼むときには・・・」
王子はいきなりキャロルの顎に手を掛け、顔を上に向かせるとその薔薇色の唇を奪った。
「これがお前の知りたがっていた答えだ」
そして王子は朗らかな笑い声を響かせながら出ていった。


17
「で…姫はどうしている、ムーラ?」
「だいたいはお察しでございましょう、王子」
珍しく表宮殿の執務室に乳母を召し出したイズミル王子の殊更のんびりとした口調に、ムーラは少々疲れたように答えた。
「あの方にしては珍しく声を放って大泣きされました。口惜しい、許さないとそれはもう…。
一通り泣かれた後は、だんまり一筋でございます。何をお考えなのやら…。
王子、あの方は確かに得がたい女神の愛娘であられましょうけれど世の中にはもっと素直で女らしい姫君もおありでございましょう。恐れながら…」
「ムーラ!」
王子の声音にびくっとムーラは身を震わせた。
「お、お許しあそばせ。僭越でございました。でも、あの姫君は王子のお心を少しも汲んではくださらぬ頑ななお方。いえ、お心映え自体は良いのですが・・・ただ…」
「ふん、まだ子供なのだ。女にもなってはおらぬわ」
王子はさばさばと言った。
(やれやれ、癇癪を起こしたか、辛抱強いムーラを呆れさせるほどに!
安心したぞ。あの潔癖な子供が自棄を起こして暴走でもしたらと気が気ではなかった。ふふっ、つい誘われて性急なことをしたが・・・)
生き生きとした表情で囀る小鳥の愛らしさに負けて、つい接吻をしてしまった興奮が冷めると、王子の胸中には自分の行為でキャロルの心がますます離れていくのでは・・・という不安に満たされた。
「王子・・・?いかがあそばしました?」
「何でもない。すまぬが姫の世話を頼む。今宵は少し早めに顔を見せよう」
(舌を差し入れたときの物慣れぬ、でも強くは拒まなかったうぶな反応。
やはり思った通り、あの姫は子供だ。まだ人を真実、好きになったことなどない幼さ。
あの白い胸に私の面影を焼き付けるのはさぞ楽しかろう・・・!)
ムーラは恭しく頭を下げて出ていった。
(まぁ、王子が女人にここまでなさることはなかった!あの姫君を王子はまこと愛しく可愛らしく思っておいでなのだわ。
無礼な振る舞いをするような者はすぐさま追われたというのに、あの姫君のことは‘子供だから待つ’ということだろうか・・・!)


18
「何をしにきたのっ!」
泣きはらした目をしたキャロルは、図々しくも部屋を訪れた王子を激しく睨み据えた。
「ご挨拶だな」
王子はくすりと笑った。萎れきって身も世もなく嘆き哀しませているかもしれない、と心配していた少女は初めて見せる強い生気を放って輝いて見える。
「せっかくそなたが知りたがっていたことを教えてやったのに」
「知りたがっていたことですって!あんないやらしいこと、いきなり!
わ、私はっ・・・私は・・・初めてだった・・・のにっ・・・!あなたなんかと!」
いきり立ったキャロルの言葉が王子を喜ばせた。その喜びの微笑がキャロルを余計に苛立たせたらしい。キャロルはいきなり手をあげて王子を打とうとした。
声にならない悲鳴を上げる侍女たちを尻目に、王子はあっさりとキャロルの手を避けた。
「そなたが自分は何なのだと聞いたから教えてやっただけではないか。
女神の国では好きあった男女が唇を重ねるようなことはせぬのか?ふふん、私はそなたを愛しいと思っている。側に置いてうっとおしいとも退屈だとも思わぬ相手は初めででな。
ナイルの女神の娘であるそなたは捕虜でも人質でも愛人でもない。ま、順当にいけば私の妻になるというわけだ」
キャロルは真っ赤になった。鼓動が頭の中で五月蝿いほどに響く。
(何、この人・・・。こんな・・・こんなこと言われたの初めて)
キャロルはがくがくと震え出した。
首飾りを贈られたのも、いきなり唇を重ねられたのも意外であったが─しかも心の底から嫌、というわけではなかった。メンフィスやカプター大神官に触れられたときのように─ここまで驚かされ、心乱されることはなかった。
「順当に事を進ませるために私なりに努力はしているが・・・相手が子供では何一つ予定通りに進まぬ」


19
キャロルは大きく息を吐いた。
「私、私、からかわれるの嫌い。馬鹿にされるのも嫌い。王子は意地悪だわ。私の嫌がることばかり、する。王子なんて大嫌い」
でも、キャロル自身が驚いたことに自分の声は少し甘えているかのように震え、おぼつかなげだった。
どう聞いても嫌な相手を完膚なきまでに凹ませ、退却させる声と態度ではない。むしろ泣き出しそうな情けない声ではないか。
キャロルは喉許にこみ上げてくる熱い塊を必死に飲み下しながらもう一度、言った。
「大嫌い、よ。意地悪。何が・・・妻・・・」
「大嫌い、か」
王子は余裕綽々だった。昨日まで接吻すらしたことはなかったと告白した少女の不器用にもがく態度が嬉しかった。
「私はそなたが愛しいと思っているのにな。
まぁ、人を好きになるということを知らぬ子供の言うことだ、大目に見てやろう」
そして王子は人目も憚らず、またキャロルの唇を奪った。
昨日の、軽く触れるような接吻ではなくて、舌先で震える唇を解し相手の口中をあまねく愛するような、味わうような深い接吻。
それは男女の深い行為を連想させるような接吻だった。キャロルはそれを拒むことも出来ず、気がつけば王子が促すままに舌を相手に絡めていた。
「そなたは私を愛するようになる。いや、もう愛していてくれているやもな」
「・・・」
「そんな目で睨むな。・・・さて、と。私は書見をせねばならぬ。邪魔をするでないぞ。ムーラ、何か飲み物を!」
王子は息を乱し、頬を紅潮させてうっすらと涙ぐんでいるキャロルを脇にどかすと、何事も無かったかのように書類に目を通しだしたのである。


20
「まだ休まぬのか?」
だいぶ時間がたってから王子はキャロルに問うた。すっかり忘れていたがキャロルや侍女たちは息を潜めて王子の仕事を見守っていたのだ。
「つい失念した。姫は疲れておろう。ムーラ、姫を寝かしてやってくれ」
「お、王子はどうするの?」
キャロルは言った。その声音は少し無愛想ではあったが昨日までの尖った攻撃的な調子は息を潜めていた。
(王子がいては眠れないもの。また寝入るようなことがあっては嫌だわ。
あの人は私をからかって面白がっているのよ。そうに決まっている!
ちょっと自分が王子様だと思って誰でも靡くと思っているのよ。妻にする、なんて見え透いた台詞!)
自分に言い聞かせながらもキャロルは頬が火照ってくるのを何ともすることが出来ない。
「ご自分のお部屋でお仕事をなさったほうがいいんじゃないかしら?
仕事をしている人の側で眠り込めるほど私、神経が太くはありませんもの!」
キャロル以上に彼女の内面の変化を読むに聡い王子は、キャロルを怒らせるあの微笑を浮かべて言う。
「私は気にせぬよ。せっかく乗ってきた仕事の波を寒い廊下の移動で途切れさせたくは無いな。
それとも・・・一人で寝るのは寂しいか?添い寝が必要なのかな、そなたのような小さな子供は?」
結局、その日キャロルは王子が仕事を終えて部屋を出て行くまで起きていたのだった。腹立ちと何か甘いような感情を抱えて。

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