『 記憶の恋人 』 61 「えっ!えっ?!メ・・メンフィス・・・?!」 キャロルの頬が一瞬で真っ赤に染まった。 乱暴に勇み足で歩くメンフィスに振り落とされそうになって、キャロルは逞しい肩にしっかりと掴まった。 「あ・・・あの、寝室って・・・待って・・!」 しかしメンフィスは、キャロルの狼狽にはお構いなしで宮殿の廊下を足早に歩く。 いつもの調子で、重い扉を派手に蹴り上げる。 メンフィス付きの女官達は、キャロルを肩に担いで帰ってきた王を見て驚きの表情を隠せない。 「お・・・お、お帰りなさいませ、メンフィス様」 「メ、メンフィス様・・・!」 一直線に寝室に向かう王の後を追って、あたふたと慌ててふためくばかり。 「ええい、今宵はもう用は無い!!下がれ!下がれ――!」 一喝し、蹴散らすように女官達を追い払う。 キャロルの胸は、息ができぬ程に高鳴っていた。 メンフィスがキャロルの部屋を訪れる事は度々あっても、キャロルがファラオの寝室に足を踏み入れるのは、これが初めてであったのだ。 隅々にまで豪華な細工が施された室内、黄金をふんだんに使った見事な調度品。 しかしそれらにキャロルが目を留める暇もなく、メンフィスは磨き上げられた大理石造りの床を大股で足早に歩く。 そして・・・ 薄絹が幾重にも張り巡らされた豪華な天蓋つきの広い寝台にキャロルはドサリと降ろされた。 枕や寝具からメンフィスの匂いが微かに漂い、キャロルを包み込む。 メンフィスの逞しく大柄な体が、重たくのしかかってくる。 「あっ・・あの・・メ・・メンフィス?」 「・・・欲しい」 熱い吐息混じりの声で言う。 彼は眉根を寄せ、苦しげに細められた黒い瞳でキャロルを見つめる。 62 Ψ(`▼´)Ψ 「そなたはまだ分かっておらぬ・・・私がどれ程にそなたを愛しておるか!」 メンフィスの手がキャロルの細い手首を掴み、寝台に押し付ける。 「分からせてやる!!この白い体に嫌と言うほど分からせてやろうぞ!!」 重い体に押さえつけられて、身動きままならぬキャロルの唇を強引に奪う。 これまでにない程に激しく深い接吻。 「キャロル・・・・我が妃よ。 そなたの総てを私のものにしたい・・・!!」 メンフィスは猛り狂う男のそれを、堪らずキャロルの腿の間に擦り付けるように押し当てる。 熱く昂ぶったそれが、布越しにキャロルの敏感な部分を押し上げた。 キャロルのその部分に甘い痺れが走る。 「ああっ・・・・!」 「おお・・・キャロル、今そなたの口から聞きたい。 私を愛すると・・・私だけを愛すると申せ・・・!」 「あ・・・愛して・・・愛してる・・・メンフィス!あなただけよ・・・!」 その言葉を聞いた瞬間、体を突き上げる愛しさにメンフィスは思わず目を閉じた。 華奢な体を力の限りで抱きしめる。 いっそ彼女を滅茶苦茶に壊してしまいたい。 「愛しい・・・」 キャロルの衣装の肩紐をもどかしげに解いた。 膨らみを覆う薄い布を徐々に剥いでゆけば、眩しい程に白い胸の谷間が覗いた。 「あ・・・いやっ!」 肌を刺す様なメンフィスの熱い視線を感じて、キャロルは思わず腕で胸を覆い隠した。 しかし、メンフィスの手がキャロルの腕を優しく解く。 「あっ・・・ま、待って・・・・メンフィス!」 「恥らわずとも良い。そなたは今宵から・・・この私のものだ。私の前で恥らってはならぬ」 63 Ψ(`▼´)Ψ メンフィスの目前に白い乳房があらわれた。 それは仄かな篝火の明かりを艶かしく受けて、狂おしい程にメンフィスの欲情をそそる。 「おお・・・どれほど・・・夜毎にそなたを望んできた事か・・・」 メンフィスは大きな手で乳房を寄せるように揉み立て、震える小さな頂をそっと唇で啄ばんだ。 口に含み、キャロルの可憐な体を味わう。 「いや・・・だめっ・・・メ、メンフィス・・!!」 耐えられぬ程の恥ずかしさと、愛しいメンフィスの愛撫を受ける悦びに、キャロルはうち震えた。 彼の逞しい体に縋りついていなければ、どうにかなってしまいそうだった。 今、彼に何をされているのかを考えると、体の芯に火が灯り蝋のように溶けてしまいそうになる。 少しずつキャロルの衣装をずらし、露になりゆく肌に唇を当てる。 乳房からなだらかに続く、細い腰や腹部。まだ男の手に染まらぬ、清らかな肢体。 きめ細やかな肌は白く柔らかで、陽に焼けた筋肉質のメンフィスの体とは何もかもが対照的であった。 メンフィスは頼りなげな程に華奢な体の至る所を、愛しげに優しく唇と舌で探索する。 ただ、愛しい娘に快楽を与えてやりたかった。 自分の与えた愛撫にキャロルが悦び震えれば、この上なくメンフィスの中の男を燃え立たせる。 腕の中で、キャロルは震えながら甘い声をあげる。 それは、メンフィスを求める切ない声であった。 64 Ψ(`▼´)Ψ キャロルの衣装はもはや腰のまわりに残るだけ。 メンフィスは乱暴にそれを全て剥ぎ取りたい気持ちを抑えて、極めて優しくキャロルに触れた。 すべらかな膝から太ももを撫で上げ、その奥にそっと手を伸ばす。 しかし―― キャロルは腿を固く閉じて、メンフィスの手が侵入するのを拒んだ。 「いやっ・・・お願い・・・今日は嫌っ・・・!」 メンフィスは突然のキャロルの拒絶に驚き、手を止めた。 青い瞳には涙がうっすらと浮かんでいる。 昂ぶりはやる心を抑えて、この上なく優しくキャロルの頬に口づける。 「どうした?・・・恐ろしいのか? おお・・・キャロル、案ずるな・・・・痛まぬようにしてやる。 そなたを苦しませるようなやり方はせぬ!」 キャロルは真っ赤になって首を振った。 「違うの・・・違う・・・わたし・・・あの、今日は・・・」 「恥じらうな、と申したはずぞ。 さあ、力を抜いて私に任せろ。もっと良くしてやる・・・」 いつもの激しい気性からは想像できぬほどに優しい接吻でキャロルを覆い、落ち着かせる。 乳房に愛撫を与えながら、もう一方の手が腰まわりの衣装を緩める。 メンフィスの手がキャロルの秘部に滑り込んだ。 「あ・・・だめ・・・いやあ!!」 「む・・・何だ?」 メンフィスは思わず驚きの声をあげてしまった。 キャロルのそこに触れた指が真っ赤な鮮血で濡れていたからだ。 最初は、自分の指がキャロルの器官を傷つけたのかとメンフィスは一瞬狼狽した。 65 「お・・・そなた・・・月の障りか!」 「いや!・・・だから、ダメって言ったのに・・・恥ずかしいっ!! もう・・・馬鹿っ・・・メンフィスなんて嫌いよ!!」 恥ずかしさで耳まで真っ赤に染めて、キャロルは寝台に突っ伏して肩を震わせ涙を流した。 「おお・・・すまぬ。 まさか・・・そうだとは思わなかったのだ」 メンフィスは興奮し切った熱い体を持て余しながらも、キャロルを宥めて乱れた衣装を直してやる。 キャロルのしゃくり上げる背中を撫でて、頭を胸に抱き寄せた。 「そうか、そうか・・・悪かった。もう泣くな・・・」 いつになく優しい口調で言いながら、メンフィスは顔をしかめて深いため息をついた。 (くっ・・・まこと泣きたいのは、この私ぞ!・・・まったく!) キャロルが落ち着いて泣き止むと、メンフィスはドサリと倒れこむように寝台に体を横たえた。 「ああ・・・・・・力が抜けた。くそっ・・・!」 キャロルは不機嫌そうなメンフィスの声に驚き、顔を上げて心配そうに覗き込んだ。 「あ、あの・・・ごめんなさい・・・メンフィス。わたし・・・」 「うん・・・?何を謝ると言うのだ。 早かれ遅かれ・・・そなたはこの私に抱かれて私の妃になる」 言いながらメンフィスはキャロルの体を引き寄せて、すっぽりと胸の中に収める。 素早く腕をキャロルの頭の下に回して腕枕をしてやると、上掛けをキャロルの体を包むように引き上げた。 「今宵はそなたを部屋へ帰してはやらぬぞ!」 「メンフィス?!」 「・・・そなたが寂しがる故、添い寝をしてやろうと申すのだ」 66 「う・・・嬉しい・・・」 キャロルはメンフィスの胸に顔をうずめて鼻を擦り付けた。 「馬鹿者!喜ぶな」 いつも就寝前にメンフィスが去ってしまうのが、キャロルにはとても寂しくてたまらなかったのだ。 「だって・・・!うふっ・・・嬉しくて・・・眠れない」 「目を瞑れ!」 「・・・メンフィス・・・メンフィス」 キャロルは嬉しさのあまり、メンフィスの首に縋りついてくる。 柔らかな胸の膨らみが押し当てられて、メンフィスは思わず体を反応させた。 「このっ!・・・あまり私に引っ付くな。少しは私の事情を考えよ!」 せっかく収まりかけた自身も、キャロルを身近に感じればあっという間に再び漲ってくる。 メンフィスはキャロルを胸に抱きながらも、微妙に体を反らせて怒張するそれがキャロルに触れぬよう気遣った。 程なくして、メンフィスの腕の中でスウスウと柔らかな寝息が聞こえ始めた。 メンフィスは彼の腕を枕に、安心し切って幸せそうに眠るキャロルの白い顔を見つめながら、流れる黄金の髪に指をからめながら優しく撫でた。 「・・・こやつめ、何が嬉しくて眠れぬ、だ! 眠れぬのは私の方だと言うに・・・くそっ、体が熱い!!眠れぬぞ・・・!」 メンフィスの苦悩をよそに、ぐっすりと眠り込むキャロルの額に唇をそっと押し当て、彼は苦笑した。 「ふん・・・添い寝とは、何とも辛いものだな!」 メンフィスは温かいキャロルの体を抱き寄せながら、目を閉じた。 67 広大な王宮の一角、ナイルに面して切立つバルコニーの柱にもたれて、王子は夜空を見上げていた。 ナイルの雄大な流れの向こうに広がる夜の砂漠。 漆黒の空に浮かぶ三日月を王子は忌々しく見つめた。 (月よ、早く満ちよ! 満月の夜――ヒッタイトの大軍を率い、私はエジプトを・・姫を・・この手に落とさん!! 姫よ・・・私はもはや一刻たりとも待てぬ! おお・・・口づけで・・・この身がこれ程に燃え上がろうとは!!) 先ほどのキャロルとの口づけを思い起こせば、ゾクゾクと身を焼く炎が王子をいたぶり始める。 しかし身を持て余す程に情熱を燃やしても、彼女の心は憎らしい程メンフィスに向いている。 彼女の心を手に入れる事ができれば、この苦しみは、言葉に尽くせぬほどの幸せと悦びに変わるのだろう。 恋の炎は諸刃の剣のように、この上ない悦びと苦悩を同時にもたらすのだった。 「ほほ・・・いつまで空を見上げていらっしゃるのやら・・・」 妖艶な湿り気のある女の声に振り返れば、そこにはアイシスが立っていた。 夜の漆黒を背にして、彼女の冷たい美貌はいつにも増して妖しく匂い立つようであった。 王子は物も言わずに、アイシスの煌めく瞳を見つめた。 アイシスも無言で王子の隣に立ち、しばしの間夜空を見上げる。 小さな星が蜻蛉のような刹那のきらめきを放ちながら、地平線の彼方へ落ちた。 「今宵は妙に星が流れること・・・何かの兆しであろうか?吉か・・・はたまた凶か」 「さて・・・な。 ――何か私にご用がおありか?」 「ほほ・・・用などと。 そのような無粋なものではござりませぬ」 夜の静寂に溶け込むようなひそやかな声で、アイシスは囁く。 「イズミル王子・・・。 そなた、あのメンフィスを相手に随分な無茶を仕掛けられる・・・見ていて肝を冷やす思いでしたわ。 怜悧な王子に似つかわしいとは言えぬ立ち振る舞いではございませぬか?」 王子はアイシスの顔を忌々しそうに見下ろした。 「ほう、盗み見とは・・・そなたこそ、お美しい女王に似つかわしくない結構なご趣味をお持ちなのだな」 68 アイシスは口許だけで笑う。 「そなたとは・・・存外に気が合うかも知れませぬな。 我々は・・・互いに協力できる事がありましょう。 少なくとも、私はそなたの今一番の願いを成就させる手立てを存じております」 「何を申されたい?はっきりと口に出されては如何か。」 「そなたはキャロルが・・・わたくしはメンフィスが欲しい。 わたくし達は利害が一致していると申し上げておりますのじゃ」 「何――?」 琥珀の瞳が黒い瞳を探るように見る。 (やはりこの女・・・メンフィス王を得んが為に何か企んでおるな・・・!) 「王子・・・これを」 王子は手渡された、小さな壜を指先で振ってみた。 その中には壜の半ばに満たない程の黄金色の液体が揺れていた。 「これはキルケーという魔女から手に入れた・・・恋の秘薬。 わたくしの司祭としての神秘の力と引き換えに――」 訝しげに眉をひそめる王子。 「キルケー?伝説の魔女の名ではないか・・・」 アイシスは真っ直ぐに王子を見据えて言った。 「イズミル王子、そなたにキャロルを奪って欲しい! キャロルにこれを飲ませ共にヒッタイトへ逃れられませ。 目覚めた時、キャロルはメンフィスへの思慕を忘れておりましょう。 メンフィスさえいなければ、キャロルはじきにそなたを愛するようになりましょう・・・。 後の事はすべてわたくしが・・・メンフィスはわたくしが宥めて慰めましょう。」 しばしの間、その秘薬を食い入る様に見つめていた王子であったが、突然に顔をあげて激しい怒りを爆発させた。 「・・・馬鹿にするにも程がある!! 私はこのような妖しで姫の心を手に入れたいとは断じて思わぬ!! この私に、卑怯者に成り下がれと申されるか!」 69 アイシスは口許に手を当てて、空を仰いで高らかに笑った。 「ほほほ・・・そなたともあろう男が、卑怯という言葉に怖気づかれるとは!」 蔑むような冷ややかな嘲笑が王子の頬に浮かんだ。 「笑止千万・・・! そのような利便の良い秘薬があらば、何故にそなたが使わぬ? メンフィス王に飲ませばよかろう!」 感情を見せないアイシスの美しくも冷たい瞳に、初めて深い哀しみの色が灯った。 アイシスは哀しく笑う。 「そう、いかにも。 もとより、これはメンフィスの為に作らせたもの。 しかし・・・メンフィスに飲ませてみたものの・・・効かなかった・・・。 何故なら、あれは・・・日頃から毒に体を慣らしておる故、薬の類の一切が効かぬ体なのです・・・!!」 アイシスの指が、目の前を雄大に流れるナイルの上流を指差した。 「イズミル王子、左に見えるナイルの東河岸をご覧あそばせ。 遠くに神殿が見えますな?あれはメンフィスがキャロルの為に作らせている神殿。 その完成の暁には、晴れてキャロルを正妃に迎えるつもりなのです。 もう日を待たずして完工するはず・・・! 良いのですか・・・キャロルが名実ともにメンフィスのものとなろうとも・・・?」 王子は表情を変えなかったが、メンフィスに抱かれ身も心も彼の妃となるキャロルを脳裏に思い浮べた瞬間に、その瞳に激しい嫉妬が揺らめいた。 アイシスは畳み掛けるように言う。 「・・・わたくしにはよく分かるのです。 嫉妬の炎に身を焼かれ、あきらめきれぬ恋に苦悩するそなたの辛さが・・・。 そして、そなたも一度心に決めれば、必ずやそれを成し遂げる男であろうと」 70 王子は心を鎮めるように、固く目を閉じていた。 アイシスの言葉を振り払う。 ゆっくりと顔をあげて、アイシスを強い意志を秘めた瞳で見返した。 「私はそなたとは違う。愛する者の心を欺いて手に入れたいとは思わぬ。 そう・・・私は欲するものは必ず手に入れる!・・・ただし己の力でだ!」 言い放つ王子の言葉を、アイシスは冷ややかな微笑で受け止めた。 そして王子に背を向けると、顔だけで振り返り妖しい流し目を送った。 「キャロルを奪うも逃すも・・・すべてはそなた次第。 イズミル王子。 そなたの恋の成就、心よりお祈り申し上げまする・・・」 そう言い残し、彼女は足音を響かせて宮殿の奥へと消えていった。 「くだらぬ話だ・・・!」 王子はアイシスから譲り受けた秘薬の壜をナイルの濁流の中へ投げ捨てようとした。 しかし―― 一瞬の心の迷いがそれを止めた。 |