『 記憶の恋人 』


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「メ、メンフィス。ごめんなさい・・・は、反省してます」
少女が上目遣いで申し訳なさそうにそう言うと、メンフィスの表情はとたんに驚くほど柔らかく優しいものとなったのだ。
少女の華奢な両肩を愛しげに抱き寄せるメンフィスの仕草は、まるで壊れ物を包み込むように優しげだった。
「キャロル・・・こちらはヒッタイトのイズミル王子だ。
今、ヒッタイトからお着きになられたばかりだ。しばらくエジプトに滞在される」
「こちらは・・・?」
王子は明らかに興をそそられた様子でメンフィスに尋ねた。
「これはキャロルと申して・・・いずれ私の妃に上がる娘。キャロル、王子にご挨拶申し上げろ」
「あ、あの・・・ようこそエジプトへお越しくださいました。イズミル王子」
王子は彼女の白い手を取り、唇をそっと押し付ける。
「お会いできて光栄だ・・・」
キャロルの頬がわずかに色づいた。

メンフィスの瞳がその瞬間に鋭くなった事と、先ほどからキャロルを見つめるアイシスの視線が只ならぬものである事を見逃す王子ではなかった。
姉弟での婚姻が認められているエジプトの事、メンフィス王はてっきりアイシス女王をまず妃に立てるつもりかと思っていた。妹のミタムンも、恐らく見目麗しいメンフィス王に恋心を抱いたに違いない。
しかし、メンフィス王はアイシスや他の妃候補を押しのけて、あの金色の髪の少女をと考えているらしい。
どうみてもエジプト王家の血筋とは思えぬ、エジプト人ですらない異形の娘を。
ミタムンの失踪には、妃の座をめぐる陰謀があったのかも知れぬ。眉をひそめて王子は考え込んだ。

それにしても、メンフィス王があの娘を見る目ときたら・・・!
面白い、噂に名高い若き勇猛なるファラオも恋の前では形無しか!――王子は心の中でほくそえんだ。


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イズミル王子はナイルに夕日が落ちて辺りが暗くなる頃、宮廷の庭へ抜け出すと物影に身を潜めた。
先立ってエジプト王宮に身分を偽り潜り込ませていた腹心の家臣ルカと密会するためだ。
「・・・王子」
「おお、ルカ。久しくあるな。・・・どうか、何かミタムンの手がかりは・・・?」
「それが、全く何も。最後にお姿を見たという召使の者も何も知らないようなのです。
供の者も連れず、ミタムン様がお一人で行動されたのかもしれませぬ」
「・・・あれは、そういう所のある娘であったからな」
王子は妹の身を案じてため息をついた。
「まぁ、良い。私が来たからには堂々と調査を致す。メンフィス王の許可も取りつけた」
「はっ・・・」
「ところで・・・ルカ、そなたキャロルという娘を知っているな?」
「はい?あの、メンフィス王の寵を受けている姫の事ですね」
「そうだ。彼女は何者だ?」
「何でもエジプトの女神ハピの娘だとか・・・ナイルの娘、ナイルの姫と呼ばれています。
未来を読む力と、叡智を持ち、また各国の地理情勢に詳しく通じているとの噂です」
「ふ・・・未来を読む神の娘・・・か」
王子は納得した様子で、誰にともなく頷いた。
輝くばかりの美しさのみならず、神がかりな力さえあの小さな体に秘めていると言う・・・
「なるほど、メンフィス王が夢中になる所以であるな」
キャロルの面差しは幾度となくよみがえり、王子の胸を甘く切なくさせた。
それは今はまだ、轟々と燃え盛る炎のほんの小さな火種にすぎなかった――


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その夜、王子とヒッタイトの一行を歓迎する宴が開かれた。
来訪の目的がミタムン王女の失踪に関わる深刻な件であったとはいえ、煌びやかな踊り子による舞踊、贅をふるった料理と美酒が惜しげもなく振舞われ人々を酔わす。

メンフィスは中央に、少し離れた席にアイシスが、続いて王子やヒッタイトの従者達が居並んで座していた。
キャロルはメンフィスの座に侍って彼の酒盃に酌をしている。

「イズミル王子め・・・先ほどから隙あらばそなたを見ておるな。
ふん・・・いくら眺めてみたところで、そなたは私のものだと申すに!」
少し嫉妬の入り混じったメンフィスの言い草に、キャロルは頬を赤らめながら笑った。
「そ、そんな・・・気のせいよ!きっと、私の髪とか目の色が珍しいだけよ」
メンフィスは呆れた表情でキャロルの小さな顔を見つめた。
「そなたは鈍いな!・・・あの王子はあきらかにそなたに興味を抱いておる。
よいか、不用意に微笑みかけたりするでないぞ!」
「まっ・・・!またそんな横暴なっ!」
「うるさい、そなたはいつも無用心すぎるのだ!
私が進言してやらねば他に誰がしてやれる?!
そなたは私の側で微笑んでおればよい」
「もう・・・!最近ちょっとは優しくなってきたと思っていたのに!やっぱり暴君だわ!」
メンフィスはキャロルを睨んだ。
「ふん、そなたが大人しくしておれば、私も優しくしてやれるのだ。
この私がこれほどにそなたを愛しく思うと言うに・・・何が不足ぞ?」
脅しをかけるような口調で言う。
しかしキャロルを抱き寄せる仕草も荒々しく乱暴ではあったが、彼女への愛しさに溢れていた。
メンフィスは片時もキャロルを側から離さず、わざとキャロルをからかっては笑い声を上げる。


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キャロルはメンフィスの目を盗むように、そっと視線を異国の王子の方へ移した。

長い亜麻色の髪を片側の肩に流し、物憂い仕草で酒盃を傾けていた。
周りの者の話に耳を傾け、言葉少なに相槌を打つ。
決して饒舌ではないが、時折彼の口から紡がれる言葉は奥深く、彼の知識や思慮の深さを物語っていた。
その様子から、彼は賑やかさよりもむしろ孤独を好む男であろう事が容易に伺えた。
そしてメンフィスと同様に彼もまた生まれながらに王者の風格と威厳、優雅さを備えている。
寡黙であるのに彼の圧倒的な存在感をキャロルは感じていた。
・・・メンフィスより年長であるが故の落ち着き。秀麗な面差しを縁取る無い翳りと憂い。
妙にキャロルの気を引くのは、彼の持つ孤高な気質なのかもしれない。

耳を澄ませば喧騒に混じって、どこからとも無く侍女たちの勝手なおしゃべりが聞こえてくる。
「見て・・・ヒッタイトのイズミル王子様って素敵な方!」
「メンフィス様と並ぶと圧巻ですわね・・・あんなにお美しい殿方が二人もいらっしゃるなんて」
「でもやっぱりわたしは、雄々しいメンフィス様かしら」
「あら、わたしだったら神秘的なイズミル様ね・・・お優しそうだもの」

「キャロル、どこを見ておる?」
メンフィスの声にキャロルはドキリとして、彼の顔を見上げた。
「わっ・・・な、何でもないわ」
「そなたは・・・!!私が注意したそばから・・・よそ見をするなっ!!」
ムッとした声色でメンフィスは言いながらも、キャロルを引き寄せて頬に口付けた。
柔らかな頬に触れれば愛しさが勝って、いつまでもそう不機嫌ではいられない。
最近のキャロルは、頬や耳元に接吻してやると艶かしい反応を見せるようになっていた。
最初の頃はただくすぐったがるだけだったのに、随分と進歩したものだとメンフィスは悦に入っていた。
少しキャロルを懲らしめてやろうと、頬から耳たぶへとゆっくり愛撫するように唇を移動させると、彼女はピクッと体を震わせ硬くした。
「ふん・・・愛いやつめ」
「あ・・・いや・・・メンフィス」
「ならば、私のいう事を大人しく聞く事だ」
メンフィスは切れ長の瞳で睨んで悪戯っぽく言うと、キャロルから唇を離した。
「もうっ・・・!」


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その様子は王子の瞳の淵に映っていた。
メンフィスの唇が彼女の肌に触れるのが、そうされて彼女が頬を染めて反応するのが、無性に苛立たしかった。
胸を惑わせる妖しい想いを否定すればするほど、それは王子を捉え始める。
(姫の見目が珍しく美しいゆえ、男として興味があるだけなのだ・・・それだけだ)
自分自身に言い聞かせるように、勢いよく杯の酒を飲み干した。

アイシスはメンフィスの上機嫌な様子に顔を背けるように座っていたが、その背中はメンフィスとキャロルの会話のひとつも漏らすまいと聞き耳を立てている。
(おお・・・憎い・・・憎いキャロル!
メンフィスの隣に侍るはこのわたくしであったと言うに!)

そして――アイシスの注意深い視線は、ふとイズミル王子に留まる。
王子は時折キャロルをちらりと見つめては、キャロルがそれに気づく前に視線を外す。
その度に吐息をついて、酒盃を煽る。
憂いと切なさが微妙に混ざり合った琥珀の瞳・・・
アイシスは口許に込み上げる笑みを、手にしていた扇でそっと隠した。
(ほほ・・・ヒッタイトのイズミルか・・・これは、良い手駒になるやも知れぬのう・・・)


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それからしばらくの間は、キャロルと王子が顔を合わす事はほとんど無かった。
広大な王宮の中でそれは別段不思議な事ではなかったが、王子は恐らくはメンフィスがそう取り計らっているのだろうと推測した。
王子はミタムン王女の足取を調べるうち、宮殿の奥まった棟へ辿り着いた。
「ここは・・・確か」
ルカがナイルの姫の部屋があると言っていた辺りだ。
キャロルが近くにいるのだと思うと、何故か王子の心は騒ぎ出した。
気が付けばいつも、彼女に会いたい、彼女の姿を見たいと切に願っている自分がいた。
それは彼女に会えないという事も手伝って、日ごとに大きく彼の胸の中で確実に膨らんでいた――

王子の物思いを、女の悲鳴が引き裂いた。建物の中が突如に騒がしくなった。
「誰かある――!誰かっ・・・誰か――っ!!」
「きゃ―――っ!!」

王子は許可もなくその建物の中に入るのを一瞬躊躇したが、その悲鳴の中にキャロルの声が混じっているのを察知すると居ても立ってもいられず悲鳴の方角へ駆けつけた。
侍女達が慌てふためいて廊下を右往左往している。
「何事か!?」
「ああ・・・助けて下さい。湯殿にコブラが・・・姫様の湯殿に!」
イズミルがここにいる事に驚く暇も余裕もない様子で、侍女は王子を奥に通した。
「姫・・・無礼を許せ!」
王子はそう言うと、湯殿に乗り込んだ。
白い湯煙の奥の湯船でキャロルは体を震わせ、身動きすらできずにいた。
湯船の中や外に数匹のコブラが鎌首をもたげて蠢いている。
「姫、そこを動くでない!今すぐに助けてやろうぞ!」
「お・・・王子?!」
王子は腰の剣を素早く抜き取り、コブラを蹴散らすように剣で切りつけていった。


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女官長のナフテラが王子の足許にひれ伏して丁重に礼を述べる。
「ああ、姫様がご無事でよろしゅうございました!イズミル王子様のお陰でございます。
本当に何とお礼を申し上げて良いのか・・・!」
しかし、ナフテラや侍女達が安堵に胸をなでおろしたのも束の間であった。
王子は湯船の淵で震えるキャロルを引き上げると、自分の衣装の上掛けを彼女の裸体に纏わせた。
そしてその体を愛しそうに抱きしめたのだ。
「あっ・・・大丈夫です。は、離して・・・」
「恐ろしかったであろう・・・?もう大丈夫だ。安心いたせ。だが、何故コブラが・・・?」
侍女達は、別の恐ろしさであたふたと慌て始めた。
メンフィスにこの事が知れたら、ただ事で済まない――!!

しかしまさにその時、騒ぎを聞きつけたメンフィスが怒声と共に乗り込んで来た。
「キャロルは無事か!コブラとは何事ぞ――っ!!キャロル!!」

キャロルの姿を王子の腕の中に見つけたメンフィスの表情は激怒で震えた。
肌も湯に濡れたまま、布を軽く纏っただけの半裸に近い彼女の体を、馴れ馴れしく抱き上げているではないか!
「イ・・・イズミル王子!そなたが何故、キャロルの湯殿に・・・!」
王子はくすりと笑った。
「たまたま宮殿の外を通っただけ。
一刻を争う故に、姫君の湯殿とは知りつつ失礼を致した」
王子はそっけなく言うと、メンフィスの腕にキャロルを託した。
「なるほど・・・ではキャロルをお救い頂いた事については心より御礼を申し上げる!
しかし!――ここは私以外の男は何人たりとて立ち入れぬ場ぞ!
二度と足を踏み入れる事なきよう、重々心に留め置き願いたい!」
メンフィスはキャロルを抱きとめる体に力を漲らせ、王子に叩きつけるように言うと、威勢よく踵を返しキャロルを抱いたまま立ち去った。


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「くっそう!!何奴かがコブラを湯殿に放ったのか!そなたを狙っての狼藉か!
くっ・・・それにしてもイズミル・・・何度思い返してもはらわたの煮えくり返る!!」
メンフィスは水の入った杯を力任せに床に叩き付けた。
「メンフィス!王子はわたしを助けてくれたのよ!」
細い手首を掴むと、キャロルを壁に押し付けてメンフィスは彼女を睨みつける。
「わかっておる!何度も申すな!そなたを救った事については感謝しておる!
・・・しかし、裸のそなたをあのように抱き上げる必要があるのか?
まるで我がもののように馴れ馴れしく!!」
理不尽とはわかりながらも、怒りが収まらない。
壁際で身動きできないキャロルを追い詰めるように、荒々しく唇を重ねる。
メンフィスの舌が深く差し入れられた。
「んっ・・・」
「誰にも指一本触れさせぬ・・・!そなたは私のものぞ!」
何度も接吻は繰り返される。息が止まるほどに激しく。
キャロルの頭の芯がクラクラと痺れ始めた。
それでもメンフィスはまだキャロルを離そうとしない。
「メ・・・メンフィス・・・・・・」
メンフィスは彼女の体を抱き上げた。
荒々しくキャロルの寝室の戸を足で蹴り上げ、寝台の上にキャロルの体を下ろすと、ドサリと覆いかぶさった。
筋肉質で引き締まったメンフィスの上半身、滑らかな褐色の肌が密着する。
彼はキャロルの白く艶かしい首筋を指でツッとなぞり、そこに唇を当てて強く吸った。
「メンフィス・・・なっ・・・」
「フン・・・これで良い」
白い首にくっきりと浮かんだ赤い跡。
自分の刻印を満足そうに眺めるメンフィス。その逞しい体が、キャロルに重たくのしかかる。

湯あがりのキャロルの肌を間近で見たせいか、イズミルが彼女に触れた事に対するやり場のない怒りのせいか、メンフィスの体は燃え盛っていた。
いつもに増して男の部分が熱く怒張してくるのがわかる。


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耐えかねてメンフィスは彼女の耳たぶや首筋、胸元、腕の内側などの敏感な場所を探り、唇で愛撫した。
彼の熱い唇がそれらの際どい場所に触れるとあまりに心地よく、キャロルは思わず甘い声を漏らしていた。
だが、そんな彼女を見つめるメンフィスは、まるで責め苦に耐えるかのように苦しく切ない表情であった。
彼女の胸のふくらみを覆う薄手の衣を引き降ろし、そこに触れてみたかった。
しかし、メンフィスは必死の思いで欲望を抑える。
「くっそう・・・!」

男女の行為を知らないあまりに清純なキャロルに、どのようにそれを教えればよいのかメンフィスは戸惑っていたのだ。
男の欲望に任せてキャロルを抱く事もできる。彼女のすべてを愛し、彼女の中で自分自身を解放できれば、どれほどに素晴らしいだろう・・・?
しかし自分の激情をキャロルにぶつければ彼女を壊してしまいそうで恐ろしかった。
こればかりは決して無理強いをせず、大切に扱いたい。キャロルは特別なのだ。
キャロルの清らかな体を開き自分自身を刻み付けるのは、やはり婚儀の夜が相応しい――そうメンフィスは決めていた。

メンフィスは深く息を吸い込むと、熱く滾った体を無理にキャロルから引き剥がした。
「さて、今宵はもう行くぞ」
「メンフィス・・・」
キャロルは思わず縋るような目で彼を見つめた。
激しく迫られるとドキドキして怖気づくくせに、彼が自分の寝室へ戻ろうとすると寂しくて仕方がなくなる。
「そのような目で見るな・・・今日の私は興奮しておる、下手に刺激せぬほうが良いぞ!
さあ・・・早く休め。よいな」
メンフィスは愛しさのこもった口づけを、軽くキャロルの唇に与えるとキャロルの寝室を去った。
いつまでもキャロルは寝付けなかった。
メンフィスの感触が今なお肌に残り、胸を熱くする。
身をも燃やす激しさで、恐ろしいほど真っ直ぐに愛を乞うメンフィスを、キャロルもいつしか深く愛するようになっていた――
(メンフィス・・・メンフィス・・・好き・・・胸が痛くなるくらい・・・あなたが好きよ・・・)
枕に顔を埋めながらメンフィスの面差しを思い浮かべて、胸の中でつぶやいた。


40
香油の香りが立ちこめる豪奢な室内に、女の声が響く。
「・・・メンフィスはイズミル王子に切りかからんばかりの勢いだったそうな?」
豊満な裸身をうつ伏せに寝台に横たわるアイシス。
その滑らかな背中に、アリは香油を垂らし丁寧にすり込んでいた。
淡いオリーブ色の絹の肌は、篝火の鈍い光を受けていっそう艶かしく見える。
「はい。何でも国賓である王子を前に激昂されたとか・・・
王子の方も、何やらキャロルに気がある様子で・・・面白い雲行きになって参りました」
「・・・メンフィスばかりか・・・ヒッタイトの名高きイズミルまで!
大国の世継ぎだる男がこぞって、何故にあのような詰まらぬ小娘に関わりたがるのかわらかぬ!!」
「お鎮まり下さいませ、アイシス様。
・・・まこと忌々しい娘でございます。
今回ばかりは・・・とんだ邪魔が入りましたが、必ずやこのアリがキャロルをこの手で!」
アイシスはしかしアリを睨みつける。
「もはや失敗は許されぬ!メンフィスは今、キャロルの為に神殿を新しく建設しておる。
あれが完工すれば、いよいよ婚儀を挙げるつもりじゃ!!
何としても・・・何としても!婚儀を挙げさせてはならぬ・・・!
神殿の完成を待たずしてキャロルを殺らねば、もはや間に合わぬ!!
――それにしても、まこと腹立たしいのはキャロルの悪運の強さ・・・!
またしても、おめおめと命拾いをしおってからに。
許せぬ・・・イズミル王子め・・・よけいな事を!」
「おお・・・アイシス様!
そうでございますよ、イズミルです!
何とか・・あのイズミルをうまく利用して・・・」
美しい貌がゆっくりとアリを振り返った。
「ふ・・・アリ、そなたも同じ事を考えておったのか?」
アイシスは狡猾なアリの顔をじっと見据える。
「・・・アイシス様?」
「ほほほ・・・よい案があるのじゃ・・・アリ、耳を貸せ」
その漆黒の瞳に篝火が映りこんで揺らめいた。
彼女の心にある嫉妬を象徴するかのような炎が。

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