『 妖しの恋 』 91(ダイジェスト版) トロイの地でエジプトの女王アイシスは病に倒れ、正妃にして異父姉を慮るファラオ メンフィスは帰国の途につくことを決意した。 女王アイシスの病は重く、許された医師─キルケー─とメンフィスだけしか病人には会えなかった。誰にもその姿を見せることなく、分厚いベールに隠された輿に乗り、アイシスは旅路を辿る・・・・。 「・・・姉上、目覚めたか? 怪訝そうな顔だな。ここは地中海だ。我々はエジプトに還るのだ」 夜半過ぎ、ふと目覚めたアイシスは枕頭にメンフィスの姿を認めてたいそう驚いた。トロイの都で密かに真実を全て知らされて以来、彼はアイシスに直接会おうとはしなかった。 妻として、女としては愛してはいなかったが、かけがえのない血縁、頼りになる姉として尊敬し、重んじてもいたメンフィスだが、アイシスの為した忌まわしく邪な術、それによって変わり果てた容貌に底知れぬ恐れを感じていた。 そして正義と秩序の体現者ファラオとして育てられた彼には、アイシスの行為は到底、理解できず許しがたいものであったのだ。 「メンフィス・・・・そなたか?いてくれたのか?」 メンフィスはほとんど禿げ上がったアイシスの頭に僅かに残った白髪をそっと撫でた。その仕草は驚くほど優しく思いやりに満ちていた。 「私が・・・姉上から離れられぬは知っておろう。私は姉上と・・・」 「メンフィス・・・許して欲しい。でも私はそなたが厭う術を解いてやることはできませぬ。そなたに生きてほしいのじゃ・・・私が生きている限りは」 「姉上は自分の命と私を結びつけた。私は・・・姉上のやり方を許すことはできぬ。姉上は私に命を・・・全てを与えようとして私の全てを奪ったのだ。 私は生きたる死人ぞ」 アイシスは震え上がった。気性の激しい弟が今にも自害しはてるように思ったのだ。死人でありながら生者と交わらねばならぬ厭わしさ、悲しさ、神々の嫌う邪術によって生きねばならぬおぞましさ。メンフィスをこんな目に遭わせた張本人は二目と見られぬ醜い老婆の姿。 そして美しく若さの盛りにあるメンフィスを愛している正妃・・・! 92(ダイジェスト版) だが。 メンフィスの口から出たのは思いもかけぬ言葉だった。 「姉上、私はあなたを哀れに思う。あなたは私を生ける屍とした。だが私は生者としてエジプトを統べていく。それが私の定めだからだ。 そしてあなたこそは・・・死者のごとく人も訪れぬ宮殿の奥深くで生きてゆかねばならぬ。その容貌では・・・人前に出ることも適うまい。 あなたは間違いなく生きている。しかしその姿はもはや生者のものにあらず。あなたは二度と生者と交わることは許されぬ。それがあなたの定めだ」 アイシスはミイラのように灰色にしぼみ、ひび割れた皮膚からは黄色い体液が滲む己の身体を見下ろした。そこにはもはや傾国の美女の姿はない。 だがアイシスは平気だった。目の前には神のような美丈夫メンフィスがいるではないか。メンフィスさえ生きていてくれるなら・・・! メンフィスはそっと身をかがめ、かさかさの皮膚にそっと口付けた。 「姉上、アイシス、我が正妃であった人よ。私はそなたを哀れに思う・・・哀れに思う・・・」 メンフィスは部屋を出て行った。 アイシスはメンフィスの唇の触れた場所をそっと撫でながら嗚咽を漏らした。 その後。 エジプトの女王アイシスは病治癒を祈って神殿に入った。実質上、正妃の地位を失ったものとみなされる。 そして、メンフィスは正妃を置かず、国内や近隣諸国から側室や寵妃を召し出し多くの子供たちを得た。彼は生涯、キャロルを忘れなかった。 金髪の乙女の姿を思い起こすとき、彼は忌まわしい自分の境遇を忘れることが出来た。しかしアイシスはメンフィスに決してキャロルのことを話さなかったし、国内に専念したメンフィスは、ヒッタイト王子の寵を受ける金髪の娘─やがては王妃─のことも詳細には知ることは無かったのである。 メンフィスの治世は15年にわたったという。正妃アイシスとほぼ同時に亡くなった彼は、脇腹の世継ぎの年若い王子に丁重に葬られた。 正妃アイシスはようやく最愛の人との安らぎの時を得たのである。 余談ではあるが、亡くなったアイシス妃は二十歳前後の若い女性のような美しさを湛えた死に顔で、ファラオの遺族たちの目を驚かせたそうである。 彼女は死によって禁断の秘術の呪縛から解き放たれたのであろうか・・・? 93 物語は再びヒッタイトの朝の場面へと戻る。アイシスの脅威から解放された恋人同士が昏々と眠るヒッタイトの朝へと。 その朝、先に目覚めたのはキャロルだった。その時の驚きと戸惑いを生涯、彼女は忘れえなかった。夫君は二人きりの折など、その時のことを話題にしたりもした。。それは幸せな国王夫妻二人だけに通じる秘密の冗談のようなものだった。 ─あの時は驚いたな。そなたは不器用に掛け布と私のマントを羽織り、まるで泥棒か何かのように逃げ出そうとしていた。 ─だって仕方ないわ。何も着ていないって気がついて・・・。とにかく逃げなきゃってそればかり。 ─私がそなたの命をアイシスより救ってやったというのに。私が抱き寄せても嫌がらず、身を任せ喜ばせておきながら、朝になれば私を捨てようとした。とても初夜を済ませたばかりの花嫁のやり方とは思えぬ。 そなたの気性はあらかた飲み込んだつもりであったが、あの時はまこと驚かされたぞ? ─しょ、初夜だなんて!あの時は何もなかったわ、知っているでしょう?! それなのに、あなたは誤解する召使やミタムン王女様に何も言ってくれなかったわ。皆、好きなように想像して本当にいやらしい! 私がいくら言っても誰も耳を貸してくれないんですもの! ─そうそう、そなたは心底腹を立てて泣いていたな。しばらく拗ねてつんけんしてばかりで。私は潔癖な乙女に困らされた! エジプトのファラオ夫妻が帰国したとの報告がイズミル王子にもたらされたのは、あの夜からしばらくたってからのことだった。季節はいつしか移り変わり、キャロルもずいぶんヒッタイトに、いや彼女の心を切望する若者に馴染んできたところだった。 (となると、キャロルの処遇を本格的に考えてやらねばな。全く私も辛抱強いものだ。この私と共寝はしても肌は許さぬ女など初めてだ! キャロルを一日も早く我が妻とし、いずれは正妃の地位に冊立・・・) これまで側室や寵妃しか持たなかった若者はキャロルと過ごす月日のうちに、彼女をこそ彼、ヒッタイトのイズミルの妻、正妃としたいと思うようになっていた。キャロルは気性が温和で優しいだけでなく、怜悧でイズミルですら驚くような冷静な現実主義者でもあった。その素質を見抜いた王子は、内にあっては永遠の恋人、心安らぐ妻、外にあっては気高く優れた為政者の正妃としてキャロルを守り育てていこうと決心したのである。 94 「キャロル」 美しく設えられた居間に入ってきた王子を、キャロルと侍女たちは淑やかに迎えた。 「姫君のご機嫌は如何かな?」 「まぁ・・・」 口付けられた手の甲を抱きしめるようにしながらキャロルは頬を染めた。 自分をすっかり妃扱いして、周囲の人々の好意的ではあるが、いささか好色な好奇心を含んだ視線を特に咎めないイズミルに潔癖なキャロルは複雑な感情を抱いている。 「下がっていよ。私はキャロルと話がある」 ムーラは侍女たちを促して、イズミル王子お気に入りの佳人の部屋を下がっていった。イズミル王子は金髪の女性に夢中で、自分の居住区を形ばかり仕切って彼女の居室とした。彼が訪れ、飽くことなく夜を過ごすのは専らキャロルと呼ばれる少女の部屋ばかりだった。彼女の素性がどのようなものかはムーラには、はっきりとは分からなかったけれど王子のみならず、ミタムン王女や国王夫妻も憎からず思っている彼女の未来はごく安泰で華やかなものと思われた。 「メンフィス王の一行がエジプトに無事戻ったそうだ。ファラオは留守中に溜まった政務に忙殺され、女王アイシスは何故か神殿に篭もりきりだそうだ。ファラオ夫妻が並び立つ姿を見た者はいない。 姿を現すのはメンフィスのみだ。アイシスに面会できるのもどうやらメンフィスだけらしい。 ・・・女王アイシスはあるいは帰国途中で死去、公に発表できるまではその死が公表されないだけである可能性もある・・・と報告が上がってきている」 問い掛けるような王子の視線をキャロルはしっかりと受け止めた。 「・・・そう。アイシスは死んではいないわ。だってメンフィスが生きているんですもの」 「そうだな。だが先々、彼女が再び人前に現れるかな?私は実体なきあの女を確かに傷つけた。 吹き散らされる煙のようになって、あの女は消えていった。 ・・・禁断の秘術がどのようなものかはよく分からぬ。だが命の本質たる魂を傷つけられて無事ではおられまい。 おそらくは瀕死の状態で、メンフィスを生き長らえさせる装置としてのみ彼女は存在するのだろう。 ・・・それ以外のことは何もできない。ある意味、死んだのはアイシスのほうだ」 これが何を意味するかわかるな?と王子は乾いた口調でキャロルに問うた。アイシスによって異世界よりこの世界に引きずり込まれ、未だ故郷を家族を忘れえぬ娘に。 「・・・私は・・・ここで生きるしかないのね。・・・やっと・・・認められるわ・・・」 キャロルの瞳から涙が零れ落ちた。 95 「私は・・・二度と還れない。私はここで・・・死ぬのね。ママ・・・兄さん・・・皆にもう会えない。思い描いていた未来も・・・親しい人達も・・・皆、さよならなのね」 抑えきれない感情の赴くまま、嗚咽を漏らす少女をしばらくイズミル王子は痛ましげに見つめていた。 「認めるわ。私は・・・ここで・・・この世界の人間として死んでいくのね」 王子はぐっと華奢な身体を引き寄せた。 「そうだ、そなたは還れぬ。惨いことだ。そなたが失った全てのものを思うと、愛しい娘御を失った母君のお心を思うと胸が痛む。アイシスは何と非道なことをいたしたのか」 その言葉にキャロルはとうとう声を放って泣き出した。 「だがキャロル。そなたはこの地で生きるのだ。生きて生きて、力いっぱい生きて・・・生きた証を、その血を残し、そして彼岸の国へと渡るのだ。そうだ、死ぬ前にそなたは生きるのだ。 幸せに、私の側で、長い年月を」 王子は優しい、しかし有無を言わせぬ強い調子でキャロルに言った。 「そなたを私の側に迎える。そなたは一人きりではない。そなたは私の妃として生きるのだ。この地にしっかりと根をおろし、子をなし、血を残す。 ・・・よいな、逆らうことは許さぬ。私はそなたを迎える」 キャロルは呆然としてはしばみ色の瞳を見返した。兄のように優しく、いつもいつも自分に穏やかに接してくれた夢の王子様の思いもかけぬ強引さに驚いたのだ。キャロルはいつかの夜、泉のほとりで王子が自分に対してどれほど強引であったかを忘れていた。 96 「私・・・は・・・」 キャロルは呟くような声で言った。 「私は禁断の呪術を受けてこの世界に引きずり込まれた身です。あなたにはふさわしくない。 いえ、呪いを受けた身など誰もが厭う。あなたに災いがあるかもしれない。 私はあなたを知らない。あなたはきっと私の珍しい外見に惹かれているだけです。 誰か相応しい人をお妃にしてください。 私は、私は・・・。」 「だめだ」 王子はいきなり唇で、キャロルの言葉を遮った。 「そなたが失った全てのものに、この私がなりかわってやろう。私はそなたの親であり、兄弟であり、友だ。そして夫となる。そなたは私の娘で妹で恋人で妻だ。 キャロル、この地で私と命運を共にしてくれないか? 私はそなたを・・・愛している」 「そんなこと、急に言われても・・・。分かりません、私は。私があなたを好きなのか、私はあなたに相応しいのか。あなたが本当に心からそんなことを言うのかも・・・」 やれやれと王子は内心苦笑した。キャロルの言葉は不器用な愛の告白であることを、武骨一点張りなどではない繊細な心の機微も理解し得る青年は見抜いていた。 97 (この乙女は本当に子供だ。自分の心すら見定めかねている。私が一時ののぼせや気まぐれで愛を請うているかと疑いすらして! 手練手管などでなく本気でそう思っているらしいな。水臭い!そこそこ長い付き合いではないか。) 王子はひょいと小柄なキャロルを抱き上げた。 「私にはわかっているぞ。私は心からそなたが愛しい。そなたの強い、でも存外幼いところもある優しい心根を何よりも愛しいと思う。 そなたとは身も心も結ばれたい。 そなたとて本心では私を愛しく思っていてくれているのだろう?私には分かるぞ」 イズミル王子はキャロルの唇を自分のそれで塞いだ。今度こそ抗いの言葉など言わさぬように。 その日の夕刻、ようやく王子はキャロルの寝所を後にした。 「キャロル、まだ気持ちの整理に時間がかかろう。しばらくは時間を与えよう。だが、そなたの命運はもはや定まったぞ。 吉日を選んでそなたを私の許に迎える。・・・よいな?」 キャロルは真っ赤に頬を染めて、あるかなきかの様子で王子に許諾の意を伝えた。王子は説得の甲斐があったものよと心ひそかにほくそえみながら悠々と自室に引き取っていった。 後刻、王子は先ほど後にしたばかりのキャロルの部屋にやって来て、当然のようにその部屋の女主とひとつ寝床に入った。 ただ添い寝するだけではあったけれど、キャロルは侍女たちにひどくなまめかしい夜化粧を施されていた。 ムーラ達は、王子が政務もそっちのけ、太陽が時々刻々その座を動くのも構わず金髪の佳人と睦まじく戯れていたのだと思っていたのだ。 「王子、老婆心ながら申し上げます。何卒、ご自分の義務と責任をお忘れになりませぬよう。 それから御方様(とはキャロルのことだろう)をお労わりくださいますよう。女人とは殿方と違いまする。ましてや、子供のような御方様では・・・」 「分かった、ムーラ。無粋な心配いたすな」 王子はさらりと言うと耳まで赤くしたキャロルを抱きかかえるように寝所に入った。 その晩、キャロルは召使たちの屈辱的な勘違いと、それを質さぬ王子にひどく腹を立て、世慣れた若者を大いに困らせたのだった。 98 黄金色の日差しまばゆい秋の午後。 きらびやかな行列がハットウシャの王宮に吸い込まれていった。行列はあまたの兵士に厳重に守られ、美々しく着飾った侍女や従僕が沢山従っていった。 彼らに守られているのは厚くベールをたれこめた立派な輿。輿の中にあるのは、このたびトロイの地よりヒッタイトのイズミル王子の許に参上する姫君であった。 輿はイズミル王子の宮殿に丁重に担ぎこまれ、王子自ら輿のベールを上げ、待ちわびた姫君を迎えた。 「待ちかねたぞ、姫」 王子の手は性急に、姫君の顔を隠していたベールを取り去った。金色の豊かな髪に彩られた白い美しい顔があらわになった。 姫君の─キャロルの─青い瞳が恥じらいと喜びを含んで背の君の顔を見上げた。 あれから。 イズミル王子はキャロルがこのヒッタイトで、自分の妻として過ごすに当たり何の不自由も引け目もないように心砕いて準備した。 まずキャロルはルかに守られて慎重に城外に出された。彼女はトロイの神官貴族の娘ということにされた。まず、名家名流でかつ子孫が絶え、今は忘れられかけ当主すら定かでない家系が選ばれ、架空の当主が設定された。代々、神官を務める貴族ということで。 キャロルはその当主と、エジプトの貴族の娘の間に生まれたということになっていた。今はかつての栄華栄耀の影もないが血筋だけはこの上ない家に生まれた娘は、その美しさゆえに諸国を旅するヒッタイトの王子に見初められたのだ。 いくら古代でも、この手の作り話はすぐばれるだろうとキャロルは思ったが、王子は頓着しなかった。 彼は巧みにエジプトのナイルの女神の黄金の娘の噂を広め、キャロルの金髪も人目にさらした。 だから人々は、いつしか信じるようになったものだ。イズミル王子は不思議な力を持った異国の神の娘を娶った。 異国の神の娘は王子をそれは慕っている。我らが王子はたいしたものだ、異国の神の血筋すら心服させる・・・。 99 改めてハットウシャの王宮に入ったキャロル。だが豪華で美しい彼女の新しい部屋に最初に訪れたのはイズミル王子ではなく、ミタムン王女であった。いたずらっぽい光をその目に湛え、15歳の王女は16歳の新しい義姉に微笑みかけた。 「ごきげんよう、キャロル義姉さま。ミタムンと申しますわ。義姉さまのご結婚のお祝いの品をお持ちいたしましたの。ご覧になって」 王女が差し出したのは、小さな手箱だった。いつぞやの手ひどい悪戯─焼き菓子の入れ物の中から蛙が飛び出した─を覚えているキャロルは、少し戸惑った。 「まぁ、何でしょう。王女様?」 「大丈夫よ、キャロル。もうお前に怪我をさせるような真似はしないわ。ね、開けて見て!」 キャロルはそっと箱を開けた。中にあったのは花嫁の幸福を願う銀製の小さなお守りだった。 「幸せになって、キャロル。お前がお兄様に嫁いで私の義姉さまになってくれるのが嬉しいわ。 お前はルカの従僕だった時も、私の小姓だった時も、変わらず私に良くしてくれたわ。 ・・・お前は私の初めての友達でもあるのよ。あの泉のほとりで慰めてくれたときから。 ・・・・お前には幸せになってほしいの。本当よ」 「ミタムン王女様・・・」 いじらしい王女の心にキャロルは涙をこぼした。 「どうしたのだ?私より先に、そなたの部屋を訪れた不調法者がいるのか?」 イズミル王子は妹と妻となる娘の会話を漏れ聞いていたのだろうか?暖かな笑みを浮かべている。 「私はお邪魔ですわね、お兄様。お叱りは明日にでも。今宵は寸暇も惜しいのでしょう?」 ミタムン王女は蓮っ葉な捨て台詞と共に出て行った。苦笑する兄。真っ赤になるキャロル。 「さて・・・よく来てくれたな、姫。明日はそなたのお披露目だ。だが、その前に・・・」 ひそやかな黄昏の薄明かり。イズミル王子は有無を言わさぬ強引さで華奢な身体を寝台に運ぶ・・・。 100 恋人たちにとっては黄泉の世界に通じるという永劫の闇すらも夏の短夜(みじかよ)。 イズミルは大理石の彫像のように緊張し、冷たい汗を滲ませて自分に縋るキャロルが愛しくて愛しくてたまらなかった。 白い裸形を飽かず愛でる男の視線に戦き、固く身体を閉ざしながらも、手馴れた巧みな愛撫の前に少しずつ身体を開いていくキャロル。 イズミルは慣れぬキャロルを気遣って時に優しく、時にためらいがちに白い肌をなぞり、その身体を確かめた。 「まこと初心(うぶ)な娘よ。そのように羞恥の殻に篭もらずにもう少し奔放になってくれればよいのに。楽にして全てを私に委ねよ。 理性も恥じらいも捨てよ。ただ私に縋れ。 ・・・ほら、力を抜いてくれぬと・・・指一本も入らぬではないか。もっとくつろげねば、そなたが辛いぞ? この喜びの夜にそなたを泣かせたくないのに・・・」 王子はやがて他の女に対するように、キャロルを強引に弄ぶように触りだした。ある意味、これが男の本性のようなものだ。 初めて愛しいと思い、何が何でも欲しいと思った相手を組み敷いて、男はいつにも増して興奮していた。 キャロルは今まで想像もしたことのない激しい愛されかたに息も絶え絶えの心地を味わった。相手の指が唇が舌が、キャロルを蕩かした。 ・・・・男女の激しい息遣いがひとつに収束したのは夜明けも近い刻限・・・・・。 「そなたが女になる日が待ち遠しかった・・・」 まだ繋がったままでイズミルは新妻の涙ぐんだ顔を接吻で覆った。 「いや・・・動かないで。もう・・・お願い、私・・・」 イズミルは激しく動いて再びキャロルに惑乱と喜悦の涙を少し流させてから体を離した。 離れたイズミルにキャロルは身を起こし素早く接吻した。 「大好きだわ・・・。お願い、少し抱きしめて。あなたといると暖かで安心するの」 イズミルは喜んで新妻の願いをかなえてやった。これは先々、鍛え甲斐のある女人よと好色に微笑みながら・・・。 |