『 妖しの恋 』 71 「それにまじめな話」 王子は肘をついて上体を起こしながら言った。キャロルもつられて寝台の上に起き直る。その初な様子が王子には好ましかった。 「そなたを妖しきモノから護ってやれるのはヒッタイト広しといえども私くらいのものだろうよ。そなたもまた不思議な力を持っているらしいことは知っている。私の傷を治してくれたな。若さに似ぬ広範な知識を持ってもいる。 しかしな、姫。私はこの地の王族であり、この地を統べる神々に選ばれて世継ぎの地位にある男だ。つまり神々の恩寵で強い力を授かった神官でもあるということなのだよ」 「あ・・・」 キャロルは小さく声をあげた。民俗学などではおなじみの論法だ。王族はよく神官の地位を兼ねることがある。 王族という特殊な地位にあること自体がすでに神がかった力を持つと言うことと同義なのだ。本人が特別な魔法を行ったりする必要はない。 本人が意識しないうちに発散されるエネルギーを周囲の凡人が受け取るのだ。 例えば病人を癒したというフランス王の奇蹟の手かざし、ローマ法王の祝福などがそれに近いだろうか。 「私の存在自体がおそらくは強力な護符となろう。アイシスもまた王家の血をうけた女性。強い力を以て、いやそれ以上に強い怨念を以てそなたにつきまとい、その望むところを成就しようとするだろう」 黙り込んだままのキャロルの頬に優しく触れながら王子は言った。 「私はそなたを護ってやりたいのだ。変に気を回す必要はない。そなたは私の大切な妹、ミタムンの初めての友人だ。 どうして弄ぶような扱いができる?」 てっきり、無理矢理に男女の仲になることを強いられると思っていたキャロルは我知らず頬を赤らめた。 「いい子だ。分かってくれたようだな」 王子はそう言うとキャロルを横たえてやり、自分も側に沿うた。 「安心して休め。私がいるゆえ」 72 さすがにキャロルは落ち着かなくて身をよじって眠れなかった。イズミル王子は内心の苦笑を堪えつつ、先に寝たふりをした。 (全く・・・このような夜は初めてだな。愛しいと思う女が側にいるのに添い寝して寝かしつけてやるだけで我慢せねばならぬとは。 やれやれ、まめに子供の相手をしてやる下々の父親とはこのようなものかな?) 王子は苦笑した。 (私は・・・この娘の産んだ和子の相手ならしてやってもいいと・・・思っている?) 我ながら馬鹿馬鹿しいと思いながら、王子の胸の内は何とはなしに暖かくなった。 キャロルは先に寝入ったらしい王子の邪魔にならないようにと気遣いながら、少しでも休みやすい場所や姿勢を探していた。 意識しすぎているのだろうか、王子の体温や匂いが気になって仕方なかった。とはいえ、それは決して不愉快なものでなかったのも事実だった。 (イズミル王子だと思うから落ち着かなくて眠れないのよね。ライアン兄さんだと思えば良いんだわ。 昔、ライアン兄さんのベッドによく潜り込みに行ったっけ。兄さんはしょうがないなぁって場所を空けてくれたわ。しがみついて眠ると気持ちよくて安心できて、怖い夢を見たとか何とか言い繕って、くっつきに行ったわね・・・) キャロルは目を閉じたイズミルの顔を薄暗い常夜灯のもとでまじまじと見つめた。凛々しく秀麗な顔立ち、気品と思慮深さが漂う。ライアンに似ている。 でもライアンよりは野性的に見えるのは古代人だと思って見るせいか。 やがてキャロルは猫のように身体を丸めて寝入っってしまった。 (やれやれ、やっと寝たか・・・) イズミル王子は強ばった体を伸ばすと、白い顔に見入るのだった。 73 イズミル王子はやがて顔をあげて油断なく寝所の中を見回した。 常夜灯の明かりが届かない場所は深い闇に飲み込まれている。しかし妖しげな気配は今のところ、感じられない。 (妖しき術よ、アイシス女王の用いたる術は。あれは実体を持たぬ幽霊のようなものであった。肉体と魂を離す術か・・・。 聞いたことはあるが、目にする機会があろうとは思ってもみなかった。 あの女・・・キャロルの胸の中から何やら光り輝く塊をもぎ取ろうとしていたな。キャロルのそれと一体化したメンフィスの魂魄を取り戻そうという腹か。無謀だな・・・。アイシスの企みを絶ってから・・・それからだな、キャロルを我が側に迎え入れるのは) イズミル王子はそれから一番鶏の声が夜の異形を祓うまで起きていた。 (もう安心だ・・・。魔物の跋扈する時刻は過ぎた) 王子は体を楽に伸ばすと、そっとキャロルの頬に触れ、目を閉じた。 (ここ・・・どこ・・・?あったかい・・・) 「・・・ライアン兄さん・・・?」 キャロルは目を閉じたまま、傍らの暖かい塊に身を寄せた。小さい頃のように兄に甘えて。 「・・・きゃあっ!」 キャロルは、がばっと身を起こした。身をすり寄せていたのはライアンどころかイズミル王子だった。 「・・・う・・・ん? 目覚めたか? もう少し休んでおれ。昨夜は何も妖しきことは無かったな」 イズミル王子は半ば目を閉じたまま、キャロルを馴れ馴れしく抱き寄せた。王子の鼓動の音が驚くほど大きく響いた。 それはまたキャロルの鼓動の音でもあったのではないか? 「何もしないから・・・もう少し休ませてくれ。そなたは暖かいな・・・」 王子はそう言って本当に寝入ってしまった。睡魔は伝染でもするのだろうか? キャロルは王子の腕をふりほどくことも叶わず、再び寝入ってしまったのだ。 ムーラが見たのは兄妹のように眠る男女の姿・・・。 74(ダイジェスト版) アイシスはぐったりと蒼白な顔をして寝台に横たわっていた。薄暗い室内。傍らにはキルケーが座り、女王の様子を無表情に眺めていた。 「・・・あれほど、ご注意いたしましたのに。器に護られていない魂は脆いのですよと」 イズミル王子の短剣を受けたアイシスの魂はかろうじて肉体に戻りはしたものの、女王はひどく弱り口もきけない。呼吸をするのすら億劫だ。 「だが・・・もう少しでキャロルから・・・メンフィスの命と魂を・・・取り戻し・・・。もはやあれに貴重なるもの・・・託すには・・・」 ひどくせき込んだアイシスの唇にキルケーは香油のような薬を流し込んでやった。 「魂を休らわせ、回復させまする。今は休まれませ。求める相手は存外強い力に護られておりますえ。今度こそ失敗は許されませぬ。 メンフィス様の魂と命を・・・あなた様のお身の内に取り戻し護りたいのでしょう?生き長らえさせたいのでしょう?」 「休んでいる暇など・・・・」 「まずは魂を・・・傷ついたあなた様の魂を肉体の内で癒されませや? おそらくは・・・この次が最後の機会。私は浅学にて・・・魂が器を抜け出てまた戻って来られる例は3回までしかということしか知りませぬ。 4回目、抜け出したる魂は・・・肉体の代わりに黄泉に戻りまする・・・」 「ああ・・・!」 老婆のようなしゃがれ声でアイシスは呻いた。早く・・・早く・・・最愛のメンフィスの魂魄を・・・。 心ばかりが焦る。 (憎いキャロル。そなたが従順であれば私はここまで堕ちずにすんだのじゃ。 そなたを憎み、閉じこめるような真似もせずにすみ・・・ましてや、そなたごときの血で我が手を汚すようなこともせずに済んだのじゃ!) アイシスは我が身の激しい消耗に驚きながら涙を流した。キルケーは恋いに狂う女王を度し難い、というふうに見やって退室した。 75(ダイジェスト版) 「キルケー・・・」 暗い廊下でキルケーは唐突に手首を掴まれた。驚きで声も出ない彼女が目にしたのは冷たく自分を見下ろすエジプトのファラオ メンフィスであった。 「参れ、そなたに聞きたいことがある」 メンフィスは有無を言わさずキルケーを自室に引っ張っていった。いかに不思議の技に通じた魔女のような女とはいえ、キルケーがメンフィスの力に逆らうことなどできるはずもなかった。 「そなたと姉上は何をしているのだ」 人払いをした部屋でメンフィスは直裁に聞いた。 「何を・・・とは。一体、何のことでございましょう、ファラオ」 「しらばっくれるか?それもよかろう。では私から申そう。そなたと姉上は・・・私の探している金髪の娘の居所を知っていて・・・その上で娘に何か害を為そうと企んでいるのではないか?違うか?」 メンフィスの眼が不気味な光を帯びた。 「正直に申せ。私は聞いたぞ、そなたと姉上が話しているのを。金髪の娘はハットウシャにいると言っているのを。金髪の娘・・・私の探しているナイルの女神の娘に違いない。何故、隠す? そなたと姉上は何をしているのだ?私の知らぬことがあるのは・・・我慢できぬな」 メンフィスの手が、細いキルケーの細い首をぎりぎりと締め付けた。 「申せ・・・。まさか姉上は嫉妬しているのか?王妃たる自分の立場を揺るがしかねぬ娘の存在に怯えて? 私の寵を得た幾多の女のように、女神の娘も遠ざけ、葬ろうとでもしているのか?」 「お・・・お離しくださいませ、苦しゅうございます。お知りになりたいことはお話申し上げましょう。とにかく力を緩めてくださいませ・・・」 はぁはぁと息を整えるキルケーを冷たく見つめるメンフィス。キルケーは黙って激情のままに行動する若者を見つめかえしていたが、唐突に磨き上げ、刃物のように尖った爪を一閃させた。 76(ダイジェスト版) 「何をいたすっ!」 メンフィスのたくましい胸は斜めに切り裂かれた。鋭い痛みがメンフィスの胸に走るが・・・・。 「落ち着かれませ、ファラオよ。傷をご覧なさいませ・・・」 不思議なことに長い傷口からは一滴の血も出ていない。それどころか傷口をキルケーが揉みほぐすようにすると、粘土細工か何かでもあるように傷口が消えてしまったではないか。痛みすら、もうない。 驚き、口も利けないメンフィスの腕を今度は爪で突き刺すようにした。 腕に大きな穴が開いた。でも血は出ず、またしても傷は消えてしまった。 「・・・夢でも見ているのか・・・?」 キルケーは卓の上の果物を爪でぱっくりと割裂いて見せた。鋭利な爪は刃物そのものだ。だが果物は元に戻ることがない。 「夢ではありませぬぇ」 キルケーは凄みのある笑みを浮かべた。 「死人は傷ついても血を流すことはありませぬなぁ。死人の傷口は浅いモノなら粘土かパンの捏ね粉のように、揉んで消せまするよ。死人は生き人とは違いまするゆえなぁ・・・」 「・・・馬鹿・・・な・・・。そなたは何か謀りごとを以て私を愚弄しているのだ。死人だと?何を申すか?」 メンフィスはぞっとして反論した。 キルケーはくっくと笑うと無謀にも自分を傷つけようとした若者に衝撃的な事実を叩きつけた。 「そなた様は死人でございますえ。生き人とは、その身の内に己の魂と命を持っている存在。ところがあなた様はそれがない。 あなた様の短命を厭い、悲しんだアイシス様が、金髪のナイルの娘の生気溢れる魂魄に、あなた様のそれを移したのです。二人が命を・・・寿命を共有できるようにとね! つまり、あなた様はナイルの娘の命に寄生している死人なのですよ」 77(ダイジェスト版) メンフィスはふらふらと自室に戻った。夢でも見ているのか、熱にでもうかされているのか・・・とにかく全ては靄がかかったように現実味を失ってみえた。 (私が・・・死人・・・?) メンフィスは卓の上から黄金作りのファラオの短剣を取り上げた。聖なる印が刻まれた邪悪を払う王の短剣。メンフィスはがくがくと震える右手で短剣を鳩尾(みぞおち)に押し当てた。そのまま、じんわりと力を込め、切っ先をじわりじわりと体の中に埋めていく・・・・。 「・・・・・何故に・・・血が出ぬ・・・? 何故に傷がかき失せる・・・?」 真紅の血がオリーブ色の肌を染めることも無く、激痛がその整った顔を歪ませることも無く。メンフィスは力なくその場に座り込んだ。 「私は・・・まこと死人なのか・・・?姉上、アイシス・・・。そなたは何をしてくれたのだ?」 「姉上・・・」 夜明け前の一番、暗く寒い時間帯。メンフィスはアイシスの伏せる寝所を訪れた。その顔は蒼白で厳しく強張り、しかし白熱した激情の炎を宿していた。 (ああ・・・メンフィスは気づいたのだ・・) アイシスは瞬時に悟った。彼女とて決して愚かではないのだ。だるく重い身体を無理やり起こし、メンフィスに向き直った。 「そなたが何故、来たのか私は知っております。メンフィス、そなたは・・・」 「姉上、何故に・・・」 メンフィスはアイシスの細い首に手を回した。だが一瞬の後にその手はだらりと垂れ下がり、異母姉にして正妃である女性の背中を抱きかかえるように回された。 「呪われし秘術を・・・私に・・・? 私は死人なのか? 大エジプトを統べる神の子たる私が・・・大地に民に溢れる活力を与える太陽の子たる私が死人・・・。 何故に私をそのような目に?」 「許してください・・・。あなたを失いたくなかった。あなたが何よりも誰よりも愛しかったのです。 だから・・・だからあなたが若くして死ぬと知ったとき・・・あなたを呪殺しようとした神官を殺め、キャロルを・・・異世界から呼び寄せ、あなたの魂魄の形代としたのです。そうすれば、あなたは生きていてくれる。あなたの目に私が映る・・・」 この世で二人きりの姉弟にして夫婦たるメンフィスとアイシスはただ静かに抱き合っているだけだった。 「姉上・・・私は・・・だがもう嫌だ。こんな呪われた形で現世に居残るとは!生きていること自体が忌まわしい苦痛なのだ!やめてくれ、もう。何もかも!」 「・・・・・・いいえ。メンフィス。私はあなたを失いたくない。全ては私が引き受けましょう。そなたに私と生きてほしいのです!」 78 「キャロル。そなたはまだ家族が忘れられぬのか?」 花の散りかけた杏の木の下。イズミル王子はキャロルの髪を弄びながら、つとめてさり気ない口調で問うた。キャロルが本来の姿に戻って十日ほどしかたってはいないが、夜毎、添い寝する青年の恋情は日々抑えがたく。キャロルの置かれた状況に深く同情と理解を感じながらも、自分こそがこの目の前の金髪碧眼の少女に本当の幸せを与えてやれるのだという自負が強まってくるのだった。 (キャロルがもし私の側に来てくれるのならば・・・可哀想にこの娘は全てを失ってしまうだろう。ミタムンより幼い年頃の娘にそれは酷かもしれぬ。家族も友人も慣れ親しんだ土地も何もかも・・・。 だが私が彼女が失った以上のものを与えてやれぬか?私がキャロルの家族とも友人ともなろう。そして・・・いつか夫として彼女を愛し守り、子を産ませ、ヒッタイトを故郷にしてやれないだろうか?) 「どうしてそんなことを聞くの?」 零れた花びらを手のひらに乗せて眺めていたキャロルは無邪気に驚いたように、でも何か不安に思っていたことを見透かされてしまった子供のような不安げな表情を浮かべてイズミル王子を見上げた。 (とうとうこの時が来てしまった・・・) キャロルは足元が崩れ落ちるような感覚を覚えた。立派な宮殿の奥深くに自分を隠し傅き、何不自由ないように大切に慈しみ守ってくれる男性。まるで兄か父のように。キャロルは心地よい包容力に自分を預けた。 この親切でライアンに似た青年は古代の生活にすばらしい安らぎと思い出を与えてくれた。キャロルは元の世界に戻っても懐かしく思いだし、彼の人生の幸せを祈るだろう。 いや、違う。キャロルには分かっていた。 イズミルが自分を愛し、求めていてくれることを。夜毎、添い寝しその暖かさ、押さえに抑えた情熱を夜衣越しに感じることは苦痛であると同時に、誘惑であった。 もし、この人を愛してしまったらどうなるのだろう? この人と離れがたい仲になってしまったらどうなるのだろう? それは恐ろしい罪ではないか。所詮は生きる世界が違うのだから。 79 「誰だって家族は大切だわ。私は待っていてくれる家族の許に帰らなきゃ。アイシスに頼んで・・・」 「アイシスが素直にそなたを帰してくれるものか! 分かりきったことを空々しく申すな。アイシスはそなたをただの道具としてしか見ておらぬ。アイシスにとって、そなたはただのメンフィスの魂魄の容器にしかすぎぬよ。そなたとて、そのことはよく分かっておろうが?」 無表情に黙りこくって自分を見つめ返すつれない娘に、イズミルは急な怒りを覚えた。 「そなたは帰れぬ! 分かりきったことだ。帰る手立てがあるなら、とうに戻れているはずではないか? 引き寄せの呪術は、かけた当人にしか解けぬ。 アイシスにその気が無いのなら、そなたは別の道を探せ。この世界で生きなおす術を! そなたは知っておろう? アイシスにむざむざ殺されたくなくば、ここで生き抜くより他にないことを。そなたはもう帰れぬのだ。 ・・・それならば私の側で生きよ!」 「・・・・・何て・・・・自分勝手な言い草・・・・! 異世界から来た私は所詮はこの世界の異分子にしかすぎないのに!帰る以外にどうすればいいのよ!」 キャロルは走り去り、王子は呆然とその後姿を見送った。 「お兄様。キャロルに何をおっしゃったのよ」 兄王子の私室に供も連れずに現れたミタムン王女はずけずけと聞いてきた。 「キャロルはずっと泣いていてムーラ達も手がつけられないわ。私も追い返されてしまったくらい。あの子ったら日ごろ大人しいくせに、一度何かあると年寄り山羊みたいに頑固で扱いにくくなるのね」 「ミタムン、口を慎め」 「・・・そうね。キャロルは私の義姉さまにおなりの方かもしれませんものね」 ミタムン王女は少しも反省していない様子だ。 「キャロルをお妃にお迎えになるのでしょう? でもキャロルは嫌がっているの? ずっとずっと帰りたい、帰りたいって泣いているのよ。本気なのかしら? 私はお兄様のお妃になるのが一番いいと思うのだけど」 ミタムン王女はあけすけに喋って、じきに兄王子から事の顛末を全て聞きだしてしまった。 「馬鹿なお兄様! 馬鹿なキャロル! どうしてそう不器用なの? お兄様はもうとっくにキャロルをご自分のものにしておいでだと思ったけれど!」 「キャロルは異世界の者ぞ。それにまだ子供だ! 家族から引き離された哀れな子供だ。 途方にくれて何も分からなくなっている子供を何故、他の女のように扱える?」 「んまぁ・・・!」 ミタムンはあまりに真摯で不器用な兄王子の告白に心底驚いたのだった。 80 ミタムン王女がキャロルの私室に取って返したとき、キャロルはまだ涙も乾かぬ様子で窓の外を見つめているばかりだった。王女は、珍しくおろおろと右往左往するばかりのムーラを追い出すと、椅子を引っ張ってきてキャロルの傍らに腰掛けた。 「いつまで泣いているの?」 王女はしばらく黙ってキャロルを見守っていたが唐突に尋ねた。 「お兄様がお前に謝ってくださるまでかしら? アイシスが殺しに来るまでかしら? お兄様の側室や愛人たちがお前を絞め殺しに来るまでかしら? それともやっぱり・・・もと居た世界とやらに帰れるまでかしら? お前がうーんと勉強して適性もあって呪術に通じるようになって・・・それから運良くアイシスを殺すことができればもとの世界に帰れるかもしれないわね」 「・・・どうしてそんなに意地の悪いことをおっしゃるのです?」 「だって私はもともと意地悪ですもの」 王女はしゃあしゃあと答えた。尊敬する大好きな兄をあそこまで取り乱させた女性が憎たらしくはあったけれど、その兄が自分にとっても大事なキャロルをここまで嘆かせたというのも許しがたいことだった。何時の間にか大好きな女友達になっていたキャロルを引き止められない兄の不甲斐なさに腹が立っているというのもまた一面の真実ではあったことだし。 「ねぇ、キャロル。私はお前のように優しくも心細やかってわけでもないわ。でも言いたいことははっきり言って周りの人間に無駄に気を遣わせないのは私の美徳だと思うのよ。 お前は何を不満に思っているの? 今更、故郷に戻れないってことで嘆き悲しむの?とうに分かっていて、ある程度の覚悟は出来ていたと思っていたわ。お前はお兄様のように賢いもの。 どうしてお兄様を受け入れないの? お兄様はお前のことを愛しくお思いです」 |