『 妖しの恋 』 21 泣きはらして真っ赤になった目をしてミタムン王女は嘆願した。 「キャロル、どうか許してね。こんなことになるとは思わなかったの。悪気はなかったのよ。本当にごめんなさい。 あなたにひどい怪我をさせるつもりなんてなかったのよ。悪戯のつもりだったの」 キャロルが口を開くより前に「歩く権威・威厳」といった風情の主席侍医が厳しく言った。 「王女、あなた様ももう大人の王族としての振る舞いを身につけていただきたいものです。ひと一人にかくもひどい 怪我をさせておいて、悪戯のつもりだったとは! たまたま傷が髪の生え際だったから良いようなものの、一歩間違えば失明の危険もあったのですぞ。後頭部を同じように強打していたら死んでいたかもしれない。よろしいですか、死んでいたかもしれないのですぞ!」 王女とその悪戯仲間は心底震え上がった。歓迎儀礼の悪戯が殺人未遂・・・? この愛らしい容貌の小姓が、飼っている小動物のようにあっさり死んでしまうところだった・・・?自分たちの手にかかって・・・? 女達の泣き声がひときわ派手にあがった。陰湿な確信犯的悪意もない代わりに、思慮もあまりない無邪気なお嬢さん達の集団なのだ。 特にミタムン王女の泣き声は悲痛だった。 (キャロルを殺すところだったなんて!こんな可愛い小姓を、私が! もし本当に死んでしまっていたらルカはきっと私を許してくれないし憎むでしょう!お兄さまだって私のこと嫌いになってしまわれる!) 「王女様、どうかお泣きにならないでください。僕は大丈夫ですから」 キャロルは起きあがろうとするのを、大きく暖かなイズミル王子の手に阻まれながら言った。 気のいいキャロルは、今まで苦手だった我が儘な王女が心からの後悔と反省の涙を流して謝罪してくれていることを素早く見て取った。 「僕、普段なら蛙くらい平気なんです。ただ今回は驚いてしまってよろけたんです。本当に僕は大丈夫ですから、泣かないでください。 手当もちゃんとしていただきました。あの・・・みなさん本当にありがとうございました。お世話をかけました。僕、もう戻らないと。 調子が悪くなったら隣の人に言いますから。男の僕がここに泊まるなんてとんでもない!」 22 「ふん、意識も定かでない怪我人の子供が何を申すか」 イズミル王子はいきなりキャロルを抱え上げた。 「奥宮殿にも召使い部屋はある。今宵はそこに休むように。ムーラ、済まぬが怪我人の面倒を見てやってくれ」 恭しく頭を下げるムーラを後に王子はキャロルを抱えたまま廊下を進んだ。緊張と驚きでキャロルは汗びっしょりだった。 王子はといえば腕の中に抱き上げたキャロルの身体の華奢さ、軽さに驚いていた。本当に男なのだろうか?これくらいの歳の―王子はキャロルをせいぜい12,3だろうと見ていた―少年で痩せている子は本当に骨ばかりにしか見えないのは知っていたが、この骨の細さはどうだろう?まるで小鳥だ。 ふと覗き込んだ少年の顔は、困り切って涙ぐみ、心細げに細い眉根を寄せているせいかどきりとするほど色っぽく見えた。 (どうしたというのだ、私は!こんな子供相手に!女日照りの情けない兵士風情のように) 王子は自分を叱咤して、無意識に足を早めた。 「さて今宵はここで休むがいい」 王子はそっとキャロルを寝台に横たえてやった。奥宮殿に出入りする人々の召使い達のための部屋だが、宿泊するのは女の召使いを想定している部屋なので、ルカの部屋を見慣れているキャロルにはたいそう女性好みの小綺麗な部屋に見えた。 「あ・・・あの王子。どうしてこれほどまで親切にしてくださるのですか? 僕は本当に大丈夫です。手当もしていただきました。この上、こんな綺麗な所に泊めていただいて他の人のお手を煩わせるなんて罰が当たります。どうか・・・」 「遠慮はいらぬ。そなたはこのような扱いを受けて当然だ。奴隷ではあるまいし、もっと堂々としておれ。怪我を侮ってはならぬぞ。 ・・・そなたは私のために良い薬を使ってくれたようだが、自分用のはもうないのではないかな?」 王子はキャロルに布団を掛けてやりながら言葉を続けた。 「そなたには私の妹が本当に申し訳ないことをした。詫びを申す」 23 「そっ・・・そんなこと!止めてください。詫びだなんて!」 驚いて起きあがろうとするキャロルはまたしても王子に押さえ込まれてしまった。 (何てことかしら、ヒッタイトの世継ぎともあろう男性が臣下の従僕風情に詫びですって?騒ぎを揉み消すどころか丁寧に手当までしてくれただけでも破格の扱いだと思ったのに!) キャロルは驚いて秀麗な顔立ちの大柄な青年を見つめた。 この時代、身分の高い人間は目下の者を虫けらと同じように見なし、かつ扱っていたのではないか?まともな人権意識などあるはずもない野蛮な時代。現にアイシスはキャロルを人間扱いしてくれなかったし、メンフィスは気に入らぬ奴隷を一刀のもとに斬り殺した。いつぞやキャロルを苛めた従僕だって奴隷身分出身のせいもあってルカに顎を砕かれても文句を言えなかったではないか。 「僕は従僕ですよ・・・?」 「そなたの身分など関係ない。私が許せぬのは戯れに抵抗できぬ立場の者を傷つけたミタムンの思慮のなさ、それを止めなかった侍女たちの至らなさだ」 王子は厳しい声音で言った。 「そなたは小姓である故に卑屈になっているのかもしれぬが、今回のことは全面的にミタムンが悪い。 身分高い立場にあるミタムンが、何の罪もない人間に一歩間違えば死んでいたやもしれぬ怪我を負わせて何が王女か!目下の者を思いやり気遣うどころか、たちの悪い悪戯をしかけるとは言語道断である。 私は妹の未熟さを、あれになりかわって詫びねばならぬ。どうか妹を許してやって欲しい」 王子の率直さと真摯さがキャロルを感動させた。同時に妹を思いやり、万人に仰がれる存在にしたやりたいと願う兄の心にも、深く心打たれた。 「勿体ない仰せでございます。王子。王女様はわざとなさったのではありません。それに僕が手当を受けている間中、ずっと僕のために泣いてくださった。王女様はご身分に相応しいお優しい方です。 知らぬ顔をすることだってできたでしょうに。僕は王子と王女様のお心をこの上なくありがたく思っております。これからも王女様にお仕えしたいと思っております」 24 卑屈になるでもなく、世継ぎの王子が自分に頭を下げているという状況に心驕りすることもなく真摯に言葉を返すキャロルには気品があった。 聡明な世継ぎの王子は、キャロルが従僕という己の身分に対する引け目から、ミタムンを庇うような発言をする人間ではないことを瞬時に悟った。 (ふむ、この少年は単に頭の回転が速く、如才ないだけの者ではないな。人の心を読み、思いやることにも長けている) 王子は考えた。普段からあまり自分の感情を露わにしないイズミルが、大事な妹王女が引き起こした騒ぎに動揺し、自分よりはるかに年下の少年に率直に心の内を語ったわけだが、それに対するキャロルの反応はたいそう真摯で誠実なものだった。 媚びも妙な気遣いもないキャロルの反応が、妹を思う兄の気持ちを的確に読みとり思いやってくれたキャロルの心根が何やら心地よかった。 この人にしては珍しいことだ。自分の心を読まれたのに少しも不快でないとは! 「まこと、そのように思ってくれるか」 王子の誠実な声音にキャロルの心は打ち震えた。これまで出会った古代の人々にこんな感情を抱いたことはなかった。 こんな感情とは・・・尊敬の情。 (ルカがあんなにも王子のことになると熱くなるのは当然だわ。この王子は、人を人としてちゃんと扱ってくれるんですもの。私という人間を認めた上で真剣に話をしてくれるんですもの!人の心を掴んで離さない人だわ。 ・・・この人はすごい人だわ。人の上に立つ人間とはこういうものなのね!) キャロルは小さく身体が震えるほどの感動を味わった。 「勿体ない仰せでございます。王子」 王子は涙ぐみさえして自分を見上げる子供の率直さに感動すら覚えた。自分に心酔し心から尊敬してくれる人間については幾人か心当たりがあったが、ここまで率直な者はいなかった。 「・・・礼を申すぞ。今日はもう休むが良い。 それから・・・身体が治ったらまた小姓として仕えてくれるか?無論、いたずら者達には厳しく言い聞かせておく故」 「はい。是非そうさせてください。それから・・・あの・・・一つ王子にお願いが」 「何だ?何なりと申せ」 「は・・・。今日のことは内密に・・・僕が蛙に驚いて怪我をしたなんて知れたら、もう表を歩けません。学校の友達も従僕仲間もルカ様も笑うでしょう。お願いですから・・・」 王子は暖かく微笑むとキャロルの頭を安心させるように撫で、出ていった。 25 「おい、キャロル!頭に怪我でもしたのか?」 学校友達の商人の息子が聞いてきた。3日ぶりに学校に出てきたキャロルは朝から何度同じことを聞かれただろう。ルカの留守中のキャロルの面倒を見てくれている古参の侍女。ルカの住まう臣下用の住宅の隣近所の人々。従僕仲間はじめたくさんの顔見知り。学校の教師、友人。侍女や、ただすれ違っただけの人。 「うん、うっかり寝ぼけて寝台から転がり落ちてこのざまだ。ルカ様がお帰りになるまでには治しておきたいよ」 キャロルは明るく答えた。 「へえっ、馬鹿だなぁ。ちゃんと気をつけろよ」 聞いてきた本人は親しみ深くキャロルの背中を叩いて帰路に就いた。キャロルは朝から何度も同じようなことを聞かれ、幾度も同じような暖かいからかいを込めた労りの言葉を受けたことに軽く疲れながら、ルカの部屋に戻った。 それは皆がキャロルを好いているということに他ならないのだが、とにかく目立たぬようにと行動しているキャロルにはいささか気苦労なことだった。 「おや、キャロル、お帰り。さぁ昼食を済ませたら包帯を換えてあげますよ。それから王女様の御許に参上なさい。お前の留守中、幾度お待ちかねとの お使いが来たことか。お前みたいな半人前には本当に勿体ない畏れ多いことです」 中年の侍女は母親のようにキャロルの世話を焼いた。がさつでもなく礼儀正しいキャロルを気に入ったこの侍女は、人一倍潤沢な愛情と世話好きの性格を向ける格好の相手を得たというわけだ。 「ミタムン王女様、キャロルが参りました」 ムーラが王女に取り次いだ。 「キャロル・・・!怪我はもういいの・・・?」 さすがに気恥ずかしげに小さな声で王女は尋ねた。側にいる侍女たちも今日は王女お気に入りの悪友兼話し相手といった若い娘達は少なく、落ち着いた年かさの女性が多いようだ。このぶんでは王女は相当きつくお灸を据えられたらしい。 「はい、おかげさまで。休みをいただいていた間の暖かいお心遣い、心からありがたく思っております。ご迷惑をおかけいたしましたが今日からは一生懸命励みます」 卑屈になるでもなく、媚びるでもなく、ましてや王女を恨んで皮肉めいたことを言うでもなく堂々と口上を述べるキャロルに王女はやっと安心したような笑みを浮かべた。 26 「そう。お前がそう言ってくれて安心しました。怒ってもう来てくれなかったらどうしようかと思っていたの。お兄さまはお前がそうしても当然だって」 その時、ひときわ厳めしいムーラの声がした。 「ミタムン王女様」 ミタムンは、はっと居住まいを正した。 「あのキャロル。このたびは私の思慮のない振る舞いのせいで本当に済まないことをしました。いくら悪気はなかったとはいえ、お前にひどい怪我を させてしまったこと、お前にも、お前の主のルカにも詫びの言葉もありません。 どうか私のしたことを許しておくれ」 そして女のように美しく整ったキャロルの顔をまじまじと覗き込みながら言った。 「傷は残るのかしら・・・?侍医は頭の傷は油断がならぬと言ったわ。醜い傷も消えないかもと」 キャロルは我が儘勝ち気なばかりと思っていた王女の、不器用に優しく思いやりに満ちた言葉に微笑を漏らした。大国の王女よと奉られながらも この王女は厳しく躾けられているらしい。 「王女様。僕は大丈夫です。王女様お差し遣しの侍医殿にちゃんと治療していただきましたし、傷口も丁寧に縫っていただいたから綺麗に治りそうです。 暖かいお心遣いありがとうございます」 ミタムン王女は今度こそ花のように笑った。 「お前に許してもらえて良かったわ!でなきゃ私、お兄さまに許していただけないところだったの。ルカにもあとでちゃんと謝るけれど、怪我をさせたお前が許してくれるか本当に心配だったのよ。もちろん他の侍女たちもそりゃ心配したわ」 キャロルが部屋に籠もって休んでいる間、菓子類や口当たりの良い食べ物、いかにも女性が徒然に作りましたというような小綺麗な手芸小物がお見舞いとして山のように贈られてきたが、それは皆ミタムン王女とその侍女たちの心遣いというわけだった。 その時、イズミル王子の訪れが告げられた。王子はキャロルに許してもらえたと嬉しそうに報告する妹に厳めしく微笑んでみせると、キャロルに暖かい感謝の眼差しを与えた。キャロルは真っ赤になり、鼓動の音が驚くほど大きくなっているのを自覚した。 27 キャロルの日常はそれなりに平和に過ぎていった。午前中は学校に行ったり、細々した雑務を片づけたりして過ごした。午後になればミタムン王女の許に行く。 女性達の住まう奥宮殿にはキャロルの他にも女性達に仕える少年達がいた。「侍童」と呼ばれる貴族出身の少年。行儀見習いを兼ねて仕えている少年達だ。そしてキャロルのような「小姓」。 小姓は必ずしも貴族出身ではなかったし、より実務的な仕事を命じられることが多かった。侍童は言ってみれば高い身分の女性達のお飾りのようなもので任期も短く、仕事をするのも毎日というわけではなかった。 今のところ小姓は控えめで腰の低い性格と皆に思われているキャロル一人だったし、他の侍童達はどうやらアランヤの貴族出身の上にイズミル王子やミタムン王女のお覚えもめでたいらしい少年にちょっかいを出すほど馬鹿ではなかった。キャロルが聞けば驚くだろう勘違いだろうが、それはそれで好都合だ。 ガッシャーン! キャロルは何かが割れる音に足を止めた。ミタムン王女の居室近辺はいつも賑やかだが今日は特に・・・。 「あ、キャロル!良いところに来たわ。早く王女様の所に行ってちょうだい!今日はムーラ様もおいでにならないの!」 年若い侍女がキャロルの手を引っ張っていった。 (ああ、またミタムン王女様が癇癪をお起しになったというわけね・・・) 部屋の中では真っ赤な顔をしたミタムン王女が仁王立ち。おろおろした顔の若い侍女や侍童が取り囲み、当の王女の前では「修身係」と煙たがられている年寄りの侍女が割れたゴブレットの破片に囲まれ呆然と座り込んでいる。 「私はお兄さまのようにはなれません!私は私、お兄さまはお兄さまでしょっ!それを何です、お前ごときが偉そうに私を愚か者呼ばわりする! ・・・私はお兄さまと同じにはなれません、それはよく分かってるんだから!何よっ、何も知らない年寄りが人を馬鹿にして!」 王女はそう言うと、人々を突き飛ばして部屋の外に驚くようなスピードで走り去っていった。 28 「一体・・・」 呟くキャロルに侍女が素早く耳打ちした。 年寄りの侍女は普段から急に説教に現れて王女に煙たがられている。今日のお説教のテーマは先日のキャロルの怪我騒ぎ。散々叱られたその一件を蒸し返して延々と叱られ、あげく「イズミル王子様はそのようなことをなさいませんでした。同じご兄妹でありながら何と情けない差でしょう。妹君がこうでは王子様もお気の毒に」と言ったそうだ。 「それはひどい・・・」 キャロルは呟いた。我が儘なところもあるが基本的に善良単純な王女は時々、癇癪の発作を起こす。それはたいがい、優れ者よと賞賛される兄イズミルとの比較話が出たときだと言うことを今のキャロルは知っている。 王女自身、立派な兄を手本と慕い努力していることはキャロルにも分かる。キャロルが兄ライアンを尊敬し慕うのと同じだからだ。 だが奔放で自由な気性の王女が、イズミルと全く同じような人間になれるはずもなく。実際、世継ぎの王子と、その次席にあたる王女とでは期待される役割も違ってくるのだが王女にはまだそれが十分理解できていないし、周囲の人々も王女の腕白我が儘ぶりに困ってつい兄王子との単純比較をしてしまう。 かわいそうに・・・とキャロルは思った。年寄りの侍女は悪意は無かったのだろうが、ミタムン王女のコンプレックスを直撃するようなことを言って誇りを大きく傷つけたのだ。 (あのお婆さんはこの騒ぎでまたミタムン王女のことを悪く言うのかしら?王女様っていう身分も大変ね。 でも、お婆さんたら本当に馬鹿なことをしてくれたもんだわ。王女は馬鹿でも愚かでもないのに。あんなふうに言われたら誰だって腹が立つわ) 「僕、ミタムン王女様を捜してきます」 キャロルは侍女たちに声をかけると肌寒い風の中に飛び出していった。 29 「ミタムン王女様・・・」 キャロルは木の下に座り込んでいるミタムン王女にそっと声をかけた。泣きはらした目をした王女は、キャロルを一瞥するとぷいとそっぽを向いた。 「お前も私を馬鹿だと思ってるんでしょ。お兄さまとルカに言われたから仕方なく小姓になったんでしょう。私に呆れてるんでしょ?」 キャロルは少し迷ったが、王女からちょっと離れた場所に座った。そのまま二人は黙って寒風に揺れる木の枝や波立つ小さな泉を眺めていた。 沈黙。 だが少しも気まずくはない。お互いに落ち着いて自分の心の中を覗き込んでいる。こういう関係は珍しいのではないだろうか?少なくともミタムン王女には初めてのことだった。 「僕・・・王女様がご自分は兄君とは違う人間だってはっきりおっしゃったのを聞いて、馬鹿には言えない言葉だと思いました」 ミタムン王女は唐突に口を開いたキャロルを見て驚いた顔をした。従僕の言葉とは思えない率直さ。王女を捕まえて「馬鹿」はないだろう。 しかしその無防備な率直さゆえに妙な嘘臭さや媚びた同情は感じられない。 「実際、王子様と王女様は違う人間なのだし、性別もご性質・ご性格も違うんですから全く同じように振る舞えたら気持ち悪いですよ」 「・・・そう思う?本当に?」 「人それぞれ違って当たり前ではないですか?少なくとも私は両親や兄達にそう言われて育ちました。もちろん正しい皆に尊敬され愛される人間にはなって欲しいけれど、ライアンやロディのそっくりさんではキャロルがキャロルで居る価値がないって両親は言ってくれました。 兄たちは歳も離れててすごく立派で・・・私も兄たちのようになろうってずいぶん頑張ったけれど、得手不得手が違ったし、所詮は大人の兄たちと子供の私ですもの、比べるだけ意味のないことだったのですね・・・」 キャロルはいつの間にか素に戻り「僕」を「私」に言い換えて、家族のことなど話し出していた。ミタムンの口惜しさや焦燥は他人事ではなかったのだ。 ミタムンは先ほどまでの怒り、むくれはどこへやら、黙ってキャロルの言葉に耳を傾けていた。 30 「お前は孤児だって聞いたわ。お前の両親はそう言ってくれていたの?兄たちも優しかったのでしょうね」 ミタムンはほうっと息をついた。 「家族のことなんて話させて悪かったかしらね・・・。でも羨ましいわ。そういってもらえたんですものね」 王女は驚くほど率直だった。 「私だって努力しているのよ。でもどんなに頑張ってもお兄さまのようにはなれないし、できないの。皆、私とお兄さまは同じお母様から生まれたんだから、同じような優れ者で当たり前と思っているのよ。何でもできて当たり前。できなかったらお兄さまの恥・・・。たまんないわ。 私だって皆が何を考えるかとか、何を期待しているのかとかは分かるのよ?それなのに私が何も分からない馬鹿みたいに好きに取りざたして! どうせ、私は馬鹿ですよっ!エジプトにやってもらえなかったのも、あんまり馬鹿な子供だから政略結婚の手駒にもならないってことじゃないのっ?!」 ふわっ・・・と優しい手が涙の流れるミタムン王女の頬に触れた。キャロルだ。 「誰も王女様のことを馬鹿だなんて思っていませんよ。王女様のことをよく知らない人が的外れを言っても気になさってはいけません。 ご両親も王子様も、あなた様のことをそれは大切に可愛らしく思っておいでなのですから。あなたのお側仕えの侍女方だってそれは同じです。 ・・・エジプトにおいでになれなかったのだって・・・過酷な旅路を思ってのことでしょう。それにどこの世界に大事な娘、妹を政略結婚の手駒と見る人間がいます?幸せにするために育てた娘でしょう?」 「・・・」 「イズミル王子様はミタムン様のこと、すごく大切に思っていらっしゃいますよ。誰が見たって分かることです。 誰よりも・・・王女様がそれをよくご存じでしょう」 ミタムンは不思議な感動を覚えて目の前の小姓を眺めた。それは彼女が初めて覚えた「友情」だったのだろう。 「・・・ほんとにそうかしら?そう思って良いのかしら?お前が言ってくれたこと信じてもいいかしら?」 キャロルはこくんと頷いた。 |