『 アラブの宝石 』

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ライアンがアフマドの招待に応じるつもりになったのは、やはりジミーをキャロルから遠ざけたかったからである。ただロディは東南アジアの石油プロジェクトにかかりきり、リード夫人は風邪をこじらせたため、アフマドの国に行くのはライアン、キャロルの兄妹だけである。
アフマドはライアンの旅行承諾に大喜びした。学生時代からの友人でもあり、ラフマーン財閥にとっても重要な取引先の首脳なのだから。彼は何故、ライアンが承諾したのかはあまり気にかけなかった。
だが、ライアンに叱られて萎れていたキャロルを慰めるうちにジミーとの一件を聞き、にわかに危機感を募らせた。
「ねえ、アフマド兄さん。私、何も悪いことなんかしていないわ。ジミーだって気を悪くしていると思うの。兄さんの誤解を解いて、ジミーに謝りたいわ」
アフマドは機転を効かせて、物分かりのいい「兄」を演じることにかろうじて間に合った。
「そうだね。だがキャロル、ライアンは君を心配しているんだよ。僕だって君が初めてのことにのぼせやしないか心配だよ。
とりあえず、ジミー坊やのことは置いておおき。休暇が済んでからだって遅くはないよ。恋は相手を焦らすことも肝要だ。
休暇で俺の国に来れば、ジミー坊やのことだって忘れるかも知れないよ」
アフマドはその足でライアンのところに行った。
「ライアン、キャロルはあのジミーとやらにのぼせているのかい?」
ライアンは困り切った父親のような表情でキャロルの危なっかしい「初恋」のことを聞かせた。
「無論、共学校なのだし恋愛ごっこのようなことはあるかもしれんさ。
だがこの間も言ったようにジミー・ブラウンはあまり好ましくない。下心はないのかもしれんが、キャロルに発掘費用の不足の不満を折に触れ吹き込んでいるのさ!どういうことを連想する?普通」
アフマドは全面的にライアンの意見に賛成し、その疑惑を深めるようなことさえ口にした。彼はキャロルが他の男に靡くのが許せない。

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「・・・・ええ、そうです。お父さん。今度、帰るときは友人のライアン・リード氏とその妹のキャロル嬢も一緒です。外国人がお嫌いなのは知っていますが二人に会えば、お考えも改まるでしょう。じゃあ、また!」
アフマドは電話を切った。
「やれやれ、アフマド様。今度のお休みではヤスミン様もご両親とお屋敷に来られますよ。お嬢様もご一緒では・・・」
爺やが頭を振った。長くアフマドに仕えているこの老人は、主人がキャロルに特別な好意を抱いていることを見抜いていた。
「外国のお方ですからな。アフマド様がお見初めになるだけあって素晴らしいお嬢様ですが、こればかりは。あちらのご家族だって・・・」
「ふん。ライアンには昨日、話したよ。あのポーカーフェイスが取り乱すのを初めて見たよ!」
アフマドは面白そうに笑った。ジミーとキャロルの恋愛を快く思っていないのを幸い、アフマドはライアンに切り出したのだ。君の妹を僕の妻にしたいと。
「なっ・・・!正気か、アフマド!キャロルはまだ16だぞ。君と13も違う!バカも休み休み言え、僕の大事な妹だぞ!」
「冗談なんかじゃないさ。ずっと昔からキャロルを知っていた。キャロルだって俺を慕ってくれている。彼女は綺麗で賢いレディになった。俺が花嫁にと望んで何がおかしい?俺は真剣だよ」
「馬鹿!一夫多妻制の異教徒の家に大事な妹をやれるか!君のお父上の外国人嫌いのことや、君に縁談が降るようにあることを僕が知らないとでも思ったのか?」
アフマドはヒートアップするライアンを宥めるように穏やかに反論した。

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「俺は親父とは違う。受けた教育も価値観もね。俺の妻となる女性は聡明で淑やかで、しかし確固たる自分というものを持った人間であって欲しい。
俺は昔からキャロルを見てきた。彼女を妻にということ、昨日今日に思いついた酔狂ではないよ。
俺はキャロルを俺の理想の女性だと思う。彼女なら俺の国に来てもやっていける。受け入れられる。
ライアン、俺がキャロルを妻にと考えていることを覚えていてくれ。俺は一夫多妻なんて器用な真似はできないし、他の女に今更興味を覚えもしない」
アフマドの黒曜石の瞳は情熱的に輝き、男性のライアンすら魅了されそうだ。
ライアンは知っていた。
アフマドは仕事の上では有能な男性、食えない策士、油断ならないマキャベリストだが、プライベートでは誠実で実直な人間だということを。
アフマドは誇り高いアラブの王に連なる一族の男、地位にも財産にも恵まれているが、それゆえに高慢の罪を犯すような愚かしさは持っていない。詩的な表現を許されるなら、彼は「王」の器量を持った男であった。
(アフマドが・・・キャロルを・・・)
ライアンは誰よりも年の離れた妹の幸せを願っていた。箱入りの妹がつまらない男に惹かれ、結ばれるようなことだけは避けたいと思っていた。
リード財閥の有り余る富や、名声に目を眩ますことなく純粋にキャロルという一人の女性を愛してくれる、立派な頼りがいある男性の手に妹を託すのがライアンの願いであった。
(アフマドならば・・・?確かに彼はキャロルのことをよく知っていてくれる。気心も知れている。しかし育った世界が違いすぎる)
「ライアン、俺はまだキャロルに俺の心を匂わせることもしていないよ。俺だって焦るつもりはない。
だが、忘れないでくれ。俺はキャロルが欲しい。彼女を幸せにしてやれるのは俺だけだという自負もある」
ライアンは眉間にしわを寄せ、異国の友人の雄弁に耳を傾けていた。

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「じゃあ、今度の休暇はアメリカへ帰らないのかい」
所変わってここは休暇直前のカイロ学園。
「ええ、兄さんとアフマド・ル・ラフマーン氏の家に招待されているの。
・・・ミノアの遺跡に行けないのは残念だわ。ジミー、あのね。私、きっとライアン兄さんの誤解を解いてみせるわ。だから・・・」
「分かっているよ、キャロル。ライアンさんも君が心配なんだってことはね。
それに僕みたいな貧乏人の小倅が気にくわないことも・・・さ!」
「ジミー!」
「冗談だよ、キャロル。でも貧乏なのは本当だよ。遺跡発掘も華々しい遺物が出ない限りはスポンサーはつきにくい。君みたいに考古学に造詣があって、お金持ちのスポンサーが欲しいよ」
キャロルの形良い眉が顰められた。
(どうしてジミーはお金のことばかり言うのかしら?私がリード家の娘だって事を揶揄するような言い方。何だか嫌だわ・・・)
そんな恋人の様子に気付いたのかジミーはすぐ謝った。
「気に障ったのなら謝るよ、キャロル。君が行けなくて本当に残念だよ。
ね、キャロル。僕は素晴らしい大発見をして誰もが認める考古学者に・・・ライアンさんからリード家に相応しいと認められるように頑張るよ。
愛してるよ、キャロル。休暇明けにまた!」
ジミーは初な恋人に素早くキスすると走り去っていった。

「ジミー!今度の休暇の予定はいかが?」
廊下で声をかけてきたのはドロシー・スペンサーだった。新興企業スペンサーグループの一人娘は、にこにこジミー・ブラウンに近づいた。容姿・頭脳が良くて人気もある彼は彼女にとって絶好の興味の対象―言葉を換えればアクセサリ―だった。
休暇の予定は発掘旅行以外特にないとジミーが答えるとドロシーは言った。
「じゃあ、うちに遊びに来て!私、というか私たち一家って考古学に興味があるのよ。今度、パパが考古学展をするのよ。リード財閥がしたみたいな、ね」

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(ジミーは見送りに来てくれなかった・・・。発掘の準備で忙しいのよね、きっと。我が儘言っちゃいけないわ)
キャロルは飛行機の窓からターミナルビルを眺めながら沈み込んだ。あの夜から二人の間にはこれといった進展はない。キャロルは逢えない間にどんどんジミーへの憧れを膨らませていった。
彼女のような世間知らずをぼうっとさせるのは簡単なことだ。無論、ジミーが打算尽くの世知辛い人間というわけではないが・・・。彼は考古学と自分の名声のためなら周囲が見えなくなるということを彼女が悟るのはいつのことか。
「キャロル、どうしたんだ?」
「あ・・・何でもないわ、ライアン兄さん」
キャロルは軽くシートベルトの留め金に触れながら答えた。アフマドの差し回してくれた自家用機は軽やかに離陸した。
(・・・・気にしたって仕方ないわ。せっかくのアフマド兄さんの招待ですもの。楽しまなきゃ!外国人は滅多に入れない砂漠の首長たちの国。一体どんな所かしら?)
ライアンはそっと妹の横顔を伺った。世間知らずの妹がジミーにのぼせ上がっていることに彼は心を痛めていた。
妹が愛した相手ならば、そして妹を愛してくれる相手ならば、何の文句もなく彼はキャロルを与えただろう。だが第六感のようなものが彼に告げていた。ジミーはキャロルの相手に相応しくない、と。
ざっと調べなおした限りではジミー・ブラウンは成績も良く、運動選手としても優秀だ。人気もある。そしてやり手である。学者馬鹿ブラウン教授が金銭的不自由をさほど感じないで済んでいるのは孫息子のマネジメント能力に負うところが大きい。
(だが、人気と人望は違う。彼にはどこか甘ちゃんの傲慢さ、軽薄さが感じられる。年を考えれば当然なのか?)

ほどなく自家用機は砂漠の国に到着した。飛行場には盛装したアフマドが民族衣装の男達を引き連れて迎えに来ていた。
「ようこそ、我が国に!歓迎する。さぁ、来てくれ。皆が君たちを待っている」

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砂漠の中の道は唐突に終わり、その先にはお伽噺もかくやと思われる豪華な宮殿が現れた。それがル・ラフマーン家の屋敷だった。同じ豪華でもリード邸のそれとは全く異なる。
(すごいわ!まるでアラビアン・ナイト!)
白亜の宮殿を見上げるキャロルの瞳は生き生きと輝いていた。アフマドの住む世界の時代がかったアラブ風の奢侈というものを知識としては知っていたライアンも心中密かに嘆息した。
アフマドはにこにことキャロルの様子を見守った。趣味の良い服装のキャロルはまだまだ子供の面影を濃く残してはいるものの楚々として美しい。キャロルに道中のことや試験の首尾のことなど聞き出しながら、アフマドは今更ながら自分の選択眼の良さを確認するのだった。
子供っぽい高い声で、でも怜悧さを伺わせる口調で受け答えするキャロルの様子をアフマドに従ってきた人々も注視している。それを計算した上で、アフマドは皆にキャロルの賢さや美しさを見せびらかすように話をした。

「さぁ、ここが客人の館だよ」
アフマドが兄妹を案内してくれたのは別棟になった豪華な居館だった。
「いつまでもヨーロッパ風の衣装では無粋だし、砂漠の気候には合わない。我がアラブの衣装を用意した。着替えてくれよ」
「おいおい、アフマド。一体どういうつもりだ?僕らのトランクはどうした?」
ライアンは抗議したが・・・。
「俺の親父の欧米嫌いは知っているだろう?郷に入らば郷に従えさ。30分したら迎えに来る!キャロルも、いいね?」
「お客様方、どうぞこちらに。お支度をお手伝いいたしますわ」
キャロルとライアンは引き離され、それぞれ着替えのために小部屋に連れ込まれた。

ライアンについてくれたのは流暢な英語を話す男性の召使いだった。彼は手慣れた様子でライアンにアラブ風の長衣を着せつけ、頭を覆う布と短剣をつけさせた。長身痩躯のライアンに精悍なアラブ衣装はたいそう似合った。
(すっかりアフマドのペースだな。・・・まずいことにならないといいが)
今更ながらキャロルを妻にと言ったアフマドの言葉が思い出される。

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「まぁ、お嬢様。お似合いでございますわ」
侍女がキャロルを大きな鏡の前に連れていった。絹の長衣、紗のベール、趣味の良い装身具。まるで王女のようなキャロルの装いである。
「・・・ありがとう」
はにかみながら侍女に礼を言うキャロル。アラブ人の侍女たちは少しも高ぶらずに、さりとて卑屈におどおどするというわけでもなく召使い達に
接する子供のような白人の娘に自然と頭を下げた。
「キャロル、用意は調ったかい?さぁ、客間にご案内しよう」
彼の故郷アラブの地で見るアフマドは、キャロルの知っている「アフマド兄さん」とはまるで別人のように威風堂々として近づきがたく思えた。
だが、微笑んで手を差し出してくれるのは間違いなく優しい「アフマド兄さん」なのだ。
「その衣装、よく似合っている」
アフマドは自分が選んだ衣装を着たキャロルを見て目を細めた。
「これなら皆、君が気に入るさ。さぁ、ライアンを迎えに行こうか」
アフマドはアラブ風の衣装をつけたライアン、キャロルの兄妹を伴って長い廊下を進んだ。まるで宮殿のような建物。
そこここから遠来の珍客を伺う気配が感じられ、キャロルは落ち着かなげにライアンに身を寄せた。
廊下の突き当たりの大扉が音もなく、内側から開けられた。薄暗い廊下を圧倒する光が中から漏れた。同時に音楽と人のざわめきも。
そこがル・ラフマーン家の客間、もとい広間であった。
「お父さん、僕の客人をご紹介します。我がラフマーン財閥の重要なパートナー、リード財閥の総帥であり、僕の親友でもある
ライアン・リード氏とその令妹キャロル嬢です」
アフマドは二人を、正面に座る父親ル・ラフマーン氏に紹介した。外国人嫌いで有名なアラブ財界の大者は無表情に二人の外国人を見下ろした。
彼に侍るように座る女性達(きっと妻達なのだろうとライアン達は思った)も、広間の壁際に座る一族の男達も興味津々といったふうに黒い瞳を輝かせている。

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だがライアンは少しも臆することなく、ル・ラフマーン氏に挨拶した。若いながらも威厳溢れる様子にル・ラフマーン氏も興味を持ったようだった。
ライアンに続いてキャロルも淑やかに膝を折って挨拶した。だがその間中、慎ましく目は伏せたまま、言葉数も少なく、とかく外国の女性は姦しいと思いこんでいたアラブ人達も楚々としたその様子に驚いたのだった。
リード兄妹を見守りながら、アフマドは父親にどうだというような挑むような視線を送っていた。外国人嫌いの父親に彼らを引き合わせるのは、アフマドにとっては挑戦であり反抗でもあった。
「・・・・ふむ、アフマド。この方達がお前の言っていた異国の友人方か」
「・・・・そうです、お父さん」
「ふっ、アフマド。そのように睨むような顔をするでない。
・・・・ライアン殿、キャロル嬢、ようこそ来て下された。アフマドの友人であるあなた方は我らの会社にとって、そしてそれ以上に一族の大切な友人だ。
どうかくつろいで滞在を楽しんでいただきたい」
気むずかしく、人を見るに長けたラフマーン氏の試験に二人は合格したらしい。広間の空気はふっと緩み、音楽はにわかに賑やかになった。歓迎の宴が始まるのだ。
ラフマーン氏は客人を側近く招き寄せ、様々に語りかけた。ライアンの深い思慮、洞察力、会話の端々から窺われる誠実さ、驕らない強靱さがラフマーン氏を満足させる。
同時にラフマーン氏はキャロルにも語りかけた。キャロルが慎ましやかに、しかし萎縮せず、明晰な口調で受け答えすることがラフマーン氏を面白がらせ、また感心させた。
居合わせた人々は密かに囁き交わした。
(ラフマーン様はライアン氏とキャロル嬢を試験しておいでだ。ラフマーン様のお眼鏡にかなったとするとあの外国人は我が国との関係において素晴らしい恩恵を被るだろう。
しかし、あの令嬢は・・・?まさかアフマド様はあの令嬢を・・・?)

宴も果てて、ラフマーン氏は今まで父親に反抗ばかりしてきた息子に暖かく微笑んで見せた。
「お前はなかなか良い友人に恵まれたな。私はお前同様、あの異国の友人を大切に思う。彼は誇り高いアラブの戦士のようだ。
そしてあの娘。美しく威厳がある。私の考えるとおりなら、お前はあの娘に子を産ませたいのだな、ラフマーンの血を引く」
「お父さん・・・僕は・・・」
「今度ばかりは、わしもお前のやり方に賛成だ」

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「では、お父さん。キャロル・リードを妻に迎えることをお許しいただけますか?」
「ふふ、今更しおらしく殊勝な息子を演じてみる必要もあるまい。仮に私が反対してもお前は思うとおりにするだろう」
ラフマーン氏は気性の激しい息子に親しみ深く微笑みかけた。
「あれは聡明で気だての良い娘のようだ、もし私の目が曇っていないのであればな。不思議なほど気品がある。まるで我がアラブの王族のようだな」
外国人嫌い自民族優越論者で鳴るラフマーン氏はこうして息子に結婚の許諾を与えた。
「さて・・・。お前の夫人となるキャロル嬢の保護者殿と話し合わねばなるまい」

「このような夜更けに申し訳ない。だが夜の穏やかな月の光や涼風は、重要なことを話し合う折りには相応しい」
ラフマーン氏はライアンに低い椅子を勧めながら言った。
「話というのは他でもない。あなたの令妹キャロル嬢と我がラフマーン家の嫡男アフマドとの結婚についてだ」
(何とまぁ、話は急に進むことか!)
ライアンは内心の驚愕を押し隠すのに精一杯だ。アフマドがそういうつもりでいるらしいのは知っていたが本気で考えるに値しないこととタカをくくっていたのだ。
「アフマドがあなたにはもう話したと聞いていたが・・・。キャロル嬢の保護者として、兄上としてどうお考えかな? 我がラフマーン家は両家の結びつきを歓迎しても良いと思っている。私の意は我が一族の総意であり・・・・またラフマーン財閥の指針でもある」
ラフマーン氏は族長として、また財閥の総帥としてライアンに語りかけた。彼の口調は言外に告げる。我がラフマーン財閥とあなたのリード財閥が縁組みで結ばれるなら世界経済に非常に大きな地位を占める血縁グループが出来、大きな利潤を得るだろう、と。

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「は・・・」
ライアンはまっすぐラフマーン氏の目を見つめ返した。確かにこの縁組みはこの上ないものだ。アメリカでも有数の名家とアラブの名流の縁組み。
しかも両家は共に大財閥。プライベートでも仕事上でも他の追随を許さない共同体の出来上がりだ。
リード財閥の総帥としてのライアンは短い間に素早くラフマーン財閥との結びつきのメリットを検討した。だが妹の幸せを祈る一人の兄としては。
確かにアフマドは名家の嫡男だ。気心の知れた仲でもあるから、彼がどんなに優れた信頼に足る男かということも知っている。
なるほど、成熟した大人の男性である彼ならばキャロルを託すに足る。
しかし・・・。
「確かにその話はアフマド君からの申し出を受けています。あなたがキャロルを気に入って下さったのもあの子にとっては非常に名誉なことです。
だが、いかんせん、キャロルはまだ16歳の子供です。アフマド君は29歳。
僕としては、とてもまともに考えることの出来ない申し出だったと正直なところを告白いたします」
「なるほど、確かに。だがアフマドはずいぶん以前からあなたのご令妹に心を寄せていたようだ。ご令妹は16歳と伺ったが、もう結婚できる年頃だ」
その言葉の中に淡く性的なものを感じ取ってライアンは苦々しく思った。
「それに文化の違いはいかんともしがたい。文字通り住む世界が違うのですよ、二人は。尊敬しあう年の離れた友人同士にはなれるかもしれない。
だが夫婦にはなれますまい」
ほう、と言ったきり韜晦を決め込むラフマーン氏。ライアンは若いだけあってその手の時間稼ぎには不慣れだ。
「率直に申し上げる。妹を一夫多妻の文化圏に嫁がせることには抵抗があります。それにアフマド君にいくつか縁談がある、あるいはあったという話を耳にしております」

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