『 アラブの宝石 』


「しかしアフマド、ムスリムの君が異教徒の家へなど来ていいのかい?クリスマスだよ、今は」
ライアン・リードはさも面白そうに大学院の同級生、アフマド・ル・ラフマーンに問いかけた。アラブの名家の子息アフマドはクリスマス休暇をリード家で過ごす予定になっていた。
「かまわないよ、ライアン。コーランにはキリストの名前だってあるんだぜ。
異文化を知るのもMBAを目指す身には必要なことだよ」
アフマドはそう言って雪の車窓の外を眺めた。広大なリード邸の敷地内にニューヨークの喧噪は届かない。
「ご家族にご迷惑でなければいいとは思っているがね。家族水入らずなんだろう、普通は」
「何、構わないよ。親戚が多く集まるし、両親は客人好きだ。アラブ風の社交も賑やかで親密だと聞いているけれど、君も我が家の賑わいを見れば驚くよ。
勉強のことを忘れて静かにくつろぐなんて贅沢な望みは持つなよ」
ライアンは愉快そうに浅黒い肌の学友に話しかけた。二人は共に22歳。飛び級で進学した院の過程を終えれば、それぞれが世界に冠たる大企業で、未来の首脳としてエリートの道を歩むことが決まっている大財閥の子息だった。
「君に話したかな、年の離れた妹がいるんだよ。うるさくつきまとうかも知れないから予め警告して謝っておこう」
アフマドは見え見えのライアンの冗談に微笑んで答えた。年の離れた妹をライアンが溺愛しているのは知る人ぞ知る有名な話だった。
「僕は構わないさ。妹さんはキャロル・・と言ったかな。小さい子供の相手は不慣れだよ。ご自慢の妹さんに嫌われなければいいがね」


「ライアン兄さんっ、お帰りなさい!あっ・・・!」
母親と一緒に玄関に走り出してきた金髪の少女は大好きな兄が伴った異国の客人に驚いて、小りすのように照れて顔を赤らめた。
「キャロル、ただいま。こちらはアフマド・ル・ラフマーン氏だ。クリスマスのお客人だよ。ご挨拶を」
「はじめまして。ようこそいらっしゃいました、ラフマーンさん。キャロルと申します」
人形のような容貌の少女は頬を染め、濃い睫に縁取られた目を伏せてちょっと古風な挨拶の言葉を子供っぽい高い声で述べた。

「君と妹さんはずいぶん年が離れているのかい?」
応接間でライアン、ロディの兄弟と雑談の途切れたその時、アフマドはさり気なく気になっていたことを切り出した。
「ライアンとロディ君は2歳違いだと聞いていたが・・・・・さっきの妹さんはどう見ても10歳になっていないくらいの年だろう?」
「今、9歳だよ、アフマド。年は離れているけれど、我が国は一夫一婦制だ。母親違いとかそういうわけじゃない。両親が年を取ってから思いがけず授かった待望の女の子だから甘やかしてはいるね。驚いたかい?」
ライアンの気遣いにアフマドは手を振って笑って見せた。
「もっと年かさのお嬢さんかと思っていたんでね。しかしお人形みたいな子だったな。君の妹とは思えないよ。いかにも優しげで可愛らしい。ライアンの妹となれば黒髪のきつい優等生タイプのお嬢さんかと思っていたよ!」
その時、ドアがそっとノックされ、噂の当人キャロルが顔を出した。
「ライアン兄さん、一緒にゲームをしましょうよ!あら・・・!」
ゲームの箱を抱えたキャロルはアフマドがいるのに驚いたらしい。
「ごめんなさい。いらっしゃるとは思わなかったの。後でまた・・・」
いかにも躾の良さそうな、でも残念そうな反応にアフマドは微笑みを誘われた。
「君の大好きな兄さんを独り占めして悪いね。どう?皆でゲームをしないかい?」
アラブの客人は色鮮やかなゲームボードを囲んで子供っぽい遊びに興じたが、それは決して退屈でも不快でもなかった。


「アフマド様、ずいぶんな手荷物ですな。別便でお送りになってはいかがです?」
アフマド23歳の夏。スイスのリード家別荘で過ごす彼の荷物を見て古参の爺やは頭を振った。トランクなどではない。どれも高級店の箱ばかりだ。パリの有名洋装店、名の通った人形工房の箱、オモチャ屋の箱、それに菓子店の箱がいくつも。
「そうはいかないさ。キャロルに約束したからな、お土産をたくさん持っていくって」
アフマドは柔らかな微笑を漏らした。クリスマス休暇の終わり、すっかり「アフマド兄さん」に懐いたキャロルが泣いて名残を惜しみ、引き留めようとしてくれたものだ。
「やれやれ、あのお小さいお嬢様ですか?幾度かお手紙やお電話を下さったアメリカの方」
「小さい子供に懐かれるのもたまには目新しくていいものさ。さて・・・出発だ」

「アフマド、よく来てくれたな!待っていたよ。しかしこの荷物は・・・?」
「ライアン、君の妹さんと約束していたお土産だよ。キャロルはどこだい?」
「おいおい、アフマド。アラブ式の気前の良さかい、これは?子供には多すぎるぞ?」
ライアンは苦笑した。アフマドはリード家の面々にもそれぞれ土産の品を持ってきてはいたが、それ全部をあわせたよりもキャロルのものの方が多い。
その時、小さな足音が近づいてきた。
「アフマド兄さん!」
白いレースのワンピースを着たキャロルは半年ぶりに会った大好きな「アフマド兄さん」に照れてしまって、部屋のドアのところでもじもじしている。
「やあ、キャロル。大きくなったね。こっちにおいで。僕のこと覚えているだろう?約束通りお土産を持ってきた。見てごらん」
しばらく照れくさそうに通り一遍の挨拶をしたり、お礼の言葉を言ったりしていたキャロルだが、箱を開けるにつれ、キャロルは目を輝かせて子供らしい喜びを爆発させた。
「わあっ!すてき!見て、パパ、ママ!アフマド兄さん、ありがとう!」
キャロルは自分そっくりに作られた特注の人形でさっそく遊び始めた。側の洋品店の箱には人形とお揃いのキャロルの衣装が詰まっている。
「リードご夫妻、ライアン、ロディ、呆れないでください。僕は自分の楽しみのためにやったんです。兄弟がいないせいかキャロルが何だか娘のようにも妹のようにも思えてね」


アフマドは毎年のようにリード家の人々と休暇を過ごすのが習慣になった。学生時代を終え、ラフマーン財閥の首脳陣の一人として事業を動かすようになってもそれは変わらない。彼の学友、ライアンもまた巨大なリード財閥の社長となっていた。
大企業のトップ同士が親交を結ぶのは好ましいことと考えられていた。仕事上のことでのメリットは計り知れない。

「やれやれ、アフマド様。それはまたリード家のキャロルお嬢様への贈り物ですかな? そのご熱心さのせめて半分でもヤスミンお嬢様にお向けになればよろしいのに。ヤスミン様も二十五歳をお越えになりました」
ラフマーン家の分家筋の令嬢で、今のところアフマドの花嫁の最有力候補とされている女性の名前を、29歳アフマドは笑って聞き流した。
「ヤスミンは多忙なキャリアウーマンだ。俺のことなど構っちゃいない」
アフマドは手の中の宝石箱の中身を改めた。銀の透かし細工の葉の上にダイヤの露やルビーの一重咲きの薔薇が光っている逸品だ。
(キャロルは16歳か・・・。もう宝石を身につけてもいい年だな。ライアンもキャロルに初めての宝石を持たせたと言っていたっけ)
アフマドは父とも兄ともつかない熱心さでキャロルに構っていた。自分を慕って懐いてくれる異国の美少女はアフマドに強い印象を与えて心を離さなかった。

カイロのリード邸を訪れたアフマドは16歳のキャロルに再会した。しばらく会わなかった彼女は相変わらず幼げな愛らしい容貌であったが、生き生きとした精彩を放つ少女に成長していた。
だがアフマドは活動的な服装に身を包み、考古学に打ち込んでいるというお気に入りの少女との再会を素直には喜べなかった。
「アフマド兄さん、久しぶりね!会いたかったわ。
こちらは私のボーイ・フレンドのジミー・ブラウン。未来の考古学者なのよ」


「ところでライアン、さっき、キャロルと一緒にいたジミー・ブラウンとかいう子は・・・?」
リード邸で午後のお茶を飲みながらアフマドは探るようにライアンに問うた。
「ああ、ジミーか。カイロ学園のブラウン教授の孫だよ。キャロルの同級生だがなかなか野心的な坊やだ。お爺さんは浮き世離れした学者馬鹿の見本だが、彼は考古学だけじゃなく、金銭のマネジメントもできる。切れるね、なかなか」
ライアンのジミーに対する言葉が何故かアフマドを落胆させた。彼は滅多に人を褒めない。
「ブラウン教授なら知っているよ。精力的に遺跡調査をしている。君のところでも教授の発掘研究の援助をしていたはずだね?・・・・親しく行き来しているのかい?さっきジミーをキャロルに紹介された」
「まあね。ジミーがえらくキャロルを気に入ったらしい。キャロルも考古学の話のできる相手ができて嬉しいんだろうが、あまり深入りしたつき合いはさせたくないね」
ライアンの言葉は、今度はアフマドをたいそう嬉しがらせた。
「何故?」
「キャロルはまだ子供だし。言ったろう?ジミー・ブラウンは切れ者だと。あの年頃にしちゃ、なんというか、あざといくらいに切れるのさ。それは大いに結構だが・・・何というのかね・・・・キャロルに向いている相手ではないね」
「ほう・・・」
ライアンはジミーのことをあまり買っていないらしい。確かに貧乏学者の孫息子など大財閥の貴族的な家風には合わないのだろう。しかしそういうことに拘らないライアンの言葉からは、それ以上にジミーという少年に対する不信感のようなモノが漂っていた。
「ふ・・・ん。まぁ、キャロルには気をつけてやりたまえ、ライアン。悪い虫がついてからでは遅いぞ」
アフマドの言葉はただ、世間知らずで男慣れしていない箱入りの妹を心配する兄の言葉と受け取られた。


ジミーとキャロルは涼風の吹き抜けるテラスでレポートを仕上げていた。
「さぁ、済んだわ。ジミー、助けてくれてありがとう!久しぶりにアフマド兄さんが来てくれたから宿題は早くに済ませたかったのよ」
「お役に立てて何より。・・・・ところでキャロル、テーベの遺跡発掘ね、あれが今どうなってるか知ってる?ほら、例のメンフィス王の都の遺跡」
「ああ!ブラウン教授も参加しておいででしょ?だいぶ発掘は進んだと聞いたわ。今度、日本の発掘チームも参加するんでしょ?最新の機器を持って。
どんな発見があるかしら?楽しみね?」
ジミーはため息をついた。
「どうしたの、ジミー?」
「そうさ、お金持ちの日本のチームが来るんだよ。奴らは金と設備にモノを言わせて大発見をするかもしれない。僕のお祖父さんだってもっとお金があれば大発見も夢じゃないのに」
「まぁ、ジミー!遺跡発掘は情熱と運だと教授はおっしゃっていたわ。教授なら大発見をものにできてよ。お金じゃないわ。もちろん、お金はあるにこしたことはないけれどね」
キャロルの言葉にジミーはまた吐息をついた。それは太平楽に理想論を語るお金持ちのお嬢さんに対する嫉妬と、ままならない自分の野心に対する不満が滲んだものだった。だがジミーはそんな感情はおくびにも出さない。
「ねえ、キャロル!考えてもごらんよ。僕のお祖父さんが大発見をしたならば、それはつまり我がカイロ学園考古学研究学科の名誉でもあるんだ。考古学を志すなら誰だって大発見を夢見るさ。僕だって・・・いつか・・・」
「そうね。そうなったらすばらしいわね」
だが話はそこで終わりだった。
ジミーは、自分の恋人に発掘援助金の増額を頼みたくて仕方なかった。だがもし、そんなことをすれば潔癖なキャロルは自分から離れていくだろう。ジミーはキャロルに好意を抱いていたし、いつかキャロルと結ばれて金銭を惜しまず発掘調査をし、大発見をする日を夢見てもいた。
キャロルはジミーのそんな思いなど知らない。ただ同じ考古学の夢を語れる相手として大切に思っているだけだ。それがジミーを苛立たせているとは思いもせずに・・・。


「キャロル、3年ぶりだね。昔のおちびさんが本当に見違えたよ」
アフマドはキャロルに銀細工のブローチを手渡しながら言った。キャロルは頬を染めて目を伏せた。からかうようなアフマドの口調に、むきになって言い返す13歳の少女はもういなかった。
「綺麗な宝石・・・。アフマド兄さん、いつもありがとう。アフマド兄さんに頂いたもの、全部私の宝物なのよ」
「アフマド、君がくれた人形ね、キャロルは未だに洋服を縫ってやったりしているよ」
横からロディが言った。
「やだ、ロディ兄さんったら。アフマド兄さん、私、お人形遊びはもう卒業しているのよ。でもあのお人形は特別なのよ」
「俺が贈ったものを大事にしてくれて嬉しいよ、キャロル」
アフマドは満足そうにキャロルを眺めながら言った。
(キャロルは綺麗になった。つまらないみっともないアメリカ娘になるかと思ったが、とんだ見込み違いだったな・・・)

「・・・でね、これが今、発掘実習に行っている遺跡なの。この写真は私が発掘した杯。これで飲み物を飲んだ人はどんな人だったのかしら?」
考古学に熱中しているキャロルは、夜、書斎で自分の勉強についてアフマドに熱心に語っていた。好きな勉強に一心に打ち込む若々しい熱意がキャロルを眩しく見せた。
「・・・アフマド兄さん?ごめんなさい、さっきから私ばっかり話しているわね?退屈よね」
「そんなことはないさ、キャロル。ずいぶん熱心に勉強しているんだね。俺も知らないことばかりだ。とても面白いよ。この杯の模様は何だい?」
アフマドは考古学やその他様々なことを質問したり、彼女の答えにわざと反論したりして試した。
(なるほど怜悧な子だ。専門バカにならずに広く色々勉強しているな。知識を鼻にかけることもない。ふむ、リード家の貴族主義の躾もなかなかいいじゃないか)


キャロルの留学の関係でリード家の面々がカイロに滞在する期間が長くなるにつれ、アフマドがこの邸宅を訪れる機会も増えた。
とはいえ、アフマドもライアンもプライベートで仕事の話は持ち出さない主義だった。友人達は当たり障りのない話に興じたが、ライアンはじきにアフマドの興味の対象がキャロルだということに気付いた。妹を溺愛している兄はこの発見に驚かされた。
「アフマド、キャロルにあまり構うなよ。あの子はもうおもちゃにして遊べる小さい子じゃないぞ。一体どうしたことだ?」
「・・・・別に遊んでいるわけじゃないさ。あの子は小さい頃から知っているから、最近の成長ぶりがまばゆくてね。
・・・ところで話は変わるが、どうだい、ライアン。今度の休暇は君たちがアラブに来ないかい?」
アフマドの慣れ慣れしすぎるような口調にライアンは片眉を上げて薄く笑った。美しく成長したキャロルに近づく男性を全て疑い、排斥しようとするこの兄も、異教徒の学友がキャロルに友人の妹に対する以上の興味を持っているとは思っていなかった。
誇り高いラフマーン家の外国人嫌いは有名であったし、アフマドにいくつか縁談があるらしいことも知っていたから。

「キャロル、やあ!もう学校は終わったのかい?今日はいいお土産があるよ」
アフマドは本を手渡してやりながら上機嫌だった。今日はキャロルの側にジミーがいなかったからだ。
「まぁ、歴史の本ね!それに文化誌・・・。面白そう、ありがとう」
「喜んでもらえて嬉しいね。せっかく留学までして勉強するんだ、イスラム文化圏の歴史や文化風習全般も知って置いた方がいい。
それからこれはおまけの経済新聞。こういう知識も持っておきなさい」
キャロルが嬉しそうに「アフマド兄さん」にお礼を言うと、アフマドは言った。
「・・・何、かまわないさ。ねぇ、キャロル。ライアンにはもう話したんだが今度の休暇に俺の国に遊びに来ないかい?」


アフマドの誘いは魅力的だったがもとよりキャロルの独断で即答できる類のものでもない。アフマドは目を輝かせて、「ライアン兄さんに聞いてみなくちゃ」といったキャロルの折り目正しさに満足した。
「もし兄さんが許してくれたら行ってみたいわ、アフマド兄さん。でも外国人の入国は難しいんでしょう?」
「なぁに、それくらいいくらでも交渉できるさ。アラビアンナイトそのままの美しい宮殿や、壮大な砂漠の落日を是非、君に見せて上げたいね」
中東某国の王家にも連なる家系の嫡男はこともなげに言った。
「見たいわ!兄さんが許してくれればいいんだけど! そうだわ、期末のテストで良い成績だったらおねだりもしやすいかも!がんばり甲斐があるわ」
「よしよし、その意気だよ、お嬢さん。どんなところを勉強しているの?俺が見てやろう」
アフマドは几帳面に整理して書かれたキャロルのノートや、細々と書き込みのしてあるテキストを覗き込んだ。飛び級をするだけあって、なかなか良く勉強をしているようだ。
アフマドはそこで見慣れない筆跡を見かけた。明らかにキャロルやライアンのものではない筆跡で分かりやすく物理の応用問題の解法が書き込んである。
「キャロル、これは?」
「ああ、それはジミーが書いてくれたの。私と違って物理が得意なのよ」
キャロルは何心ない様子で文武両道の同級の優等生(といっても飛び級しているキャロルは年下なのだが)の話をした。仲の良い相手のことだけにキャロルの話にも熱が入る。
「キャロル、俺は古くさいのかもしれないが、あまり身内でもない男の噂をするんは良くないね。ジミー・ブラウンをまるでヒーローのように扱うなんて滑稽だよ」
思いがけないアフマドのきつい言葉にキャロルは涙ぐんで部屋を走り出していった。


「キャロル、きれいだなぁ!」
カイロ学園恒例の学年末ダンスパーティの夜。パートナーのキャロルを迎えに来たジミーは嬉しそうに言った。
「ありがと。さぁ、行きましょうか。ママ、行ってきます」
例によってライアンの見立てなのだろうか、古風な上品なドレスに身を包んだキャロルは、はにかみながらジミーの手を取った。胸元にはアフマドから贈られたブローチが光っている。

「キャロル?どうしたんだい?黙り込んだりしてさ」
運転席からジミーは声をかけた。
アフマドの言葉―ジミー・ブラウンをまるでヒーローのように扱うなんて滑稽だよ―があれからずっと頭から離れないのだ。そのせいだろうか?学園でもてはやされるジミーからダンスパーティのパートナーにと申し込まれたことも素直に喜べない。
(いつもならライアン兄さんにパートナーになってもらうのに今年はダメだったわ。だから・・・ジミーが申し込んでくれたとき嬉しかった。私も大人の女性の仲間入りができそうで。勉強もスポーツもできて、将来は考古学者として嘱望されているジミー。
アフマド兄さんと私で考え方が違うのは当然なのにどうしてこんなに、あの言葉が気になるの?)
考え事にふけっていたキャロルはジミーが車を止めたときに初めて、そこがパーティ会場ではなく、満天の星の下の砂漠だと気付いた。
「ジミーったらどうしたの?どうしてこんな所に?」
「君と二人きりになりたかったからさ。君は嫌?」
「あ・・・いえ・・・。いいえ!やっぱり・・・」

10
「僕の話を聞いて、キャロル。僕は君が好きだ。初めて逢ったときから・・・」
唐突な告白にキャロルも酔ったようになってジミーの腕の中から逃れられない。
「いつも明るくて、何をするにも一生懸命な君が眩しかった。
・・・僕には夢があるんだ。この満天の星の下、らくだに乗って花嫁の君とどこまでも行きたい。君と人生を共に歩みたいんだ・・・」
ジミーはこういうことに免疫のないキャロルをじっと見つめた。
目の前にいる愛らしい少女は、彼と同じ考古学を志す学生。彼を尊敬し、理解してくれる存在。そして―こんなことは付け足しだとジミーは自分に言い聞かせた―地位や名誉、財産にも恵まれた大財閥の一人娘。まさに理想の恋人。
「ね・・・キャロル。僕が嫌い?」
「あ・・・いいえ。考古学に打ち込んでいるあなたはすてきだわ」
キャロルはロマンティックな雰囲気に当てられて真っ赤になっている。でも家族に内緒で夜の砂漠でジミーと二人きりというのは気が咎めた。
「僕は君が好きだ。同じ考古学を勉強する仲間としてだけじゃなく・・・いつか結ばれたいと思う相手として。キャロル、愛しているよ・・・」
ジミーは頬を真っ赤にして身を固くしているキャロルに接吻した。キャロルはただただ初めてのことに酔いしれている。
(ジミーが私を好きだって!勉強もスポーツもできて人気もあるジミーが。
私も・・・私もジミーが好きだわ・・・)

キャロルを愛してはいるが、その愛の中に半ば無意識の野心と打算も含ませた若者と、初めての恋物語に前後不覚に酔ってしまった少女が帰宅したのは真夜中近くなってからだった。
砂漠の砂を靴につけているのをライアンに見咎められ、その夜、キャロルはすぐ寝室に追いやられた。ジミーは屋敷への出入り禁止をやんわりと宣告された。

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