「カニ… お前何やってんだ?」
「可憐な美少女のお出ましに何やってんだとはゴアイサツだねぇ」
 夏休みの終わったある土曜日。特に予定があるわけでもなく、のんびりとした時間を過ごせる貴重なひととき、だったのだが。
 それはこの瞬間カニ星人によって脆くも崩れ去った。
「つーかお前、この前スバルにもう俺の部屋にこないって言ってなかったか?」
「へっ、あんときゃスバルに上から言われてつい答えちまったけど、大体ボクがココナッツに遠慮しなきゃなんない理由なんてどこにもないんだよ。むしろ後から転がりこんできたアイツがボクらの聖域をぶっ壊しんだ」
 何事もなかったかのように窓から俺の部屋に侵入してきて、マンガを物色し始めるカニ。
「そもそもオメーが下心丸出しでココナッツなんざ構うからこんなことになっちまったんだろ? 後輩に目をかけるのは先輩の役目だとかなんだとかいいながら、どーせ無駄に発達した胸だとか尻だとかに釣られたんだろ? ったくムッツリスケベは始末におえねーよなーホント」
「お前って遠慮ないのな……」
 ってか、今日は一段ときつくありゃしませんかカニさんよ?
「それに、姫はどーしたんよ姫は? 姫に近づきたくて竜宮に入ったくせに、気がつきゃこのザマ。ま、ヘタレ日本代表のレオらしいっちゃーレオらしいけどさ〜」
「…姫は、一人でも生きていける。まぁ、よっぴーが常に側にいるから一人じゃないかもしれないけど。だけどなごみは…… あの時のなごみは絶対に一人にはしておけなかった。あいつの未来は、俺が護ってやるんだ」
「はぁ? レオ… オメーやっぱり頭ヤられてるよ。しょーがねーから、ボクが幼馴染代表として目ぇ覚まさせてやっから、せいぜい感謝しろよ」
 だからカニよ、人の話を聞け。頼まれもしないことはしないでくれ…


 ガチャッ
 何のことはない。扉の開く音。
 思えばこの時もっと気を配っておけばあるいは… いや、もう何も言うまい。
 俺のトランクスを引っ張り合っていたあの日の記憶が蘇る。
「センパ…… ちっ、カニも一緒か。今日は不法侵入してないだろうな?」
 一瞬、ほんの一瞬だけ柔らかな表情を見せたなごみだったが、勿論直後にカニ
を視界の端に見つけていつもの顔へと戻ってしまった。
「オイココナッツ。今日はボクが年上としてありがたーい話を聞かせてやんよ」
「聞きたくありません。出て行ってください」
「いいかぁ? テメーは勘違いしてるんだ」
 読んでいたマンガをぽすっとベッドに投げ捨て、なごみに向かって指をびしっと
突き立てる。
「テメーの脳内でどういう補完されてっか知らんけどよ、レオはテメーが好きだか
ら告白したんじゃねーんだよ」
 …突然何を言い出しますかこのカニは。
「他人の干渉ウゼーとかいってるくせに『一人じゃ寂しいオーラ』丸出しだったから、
心の優しいレオが見るに見かねて手を差し伸べただけなんだよ。でなきゃ口を開きゃ
ウザイだのキモイだの潰すだのしかいわねーパンストヤンキーなんて誰も相手にな
んてされないに決まってるだろ」
 おっ、こいつ意外と見るとこみてるな。伊達になごみと幾度もぶつかりあってたわけ
じゃないっていうか… いやそんな悠長なコト考えてる場合じゃないか。
 なごみはというと、『なにをバカな』みたいな多分に哀れみの含んだ視線でカニのい
うことを黙って聞いていた。とりあえず今すぐ修羅場になるような雰囲気ではなさそうだ。
 …この時の俺の目を例えるなら、ちくわかレンコンだったことは否めない。


「大体図体ばっかでかくなったガキンチョが、いっちょまえに人様とつきあおうっていうのが
間違ってんだよ。テメーにゃ人間の友達はまだ早すぎんだ。陽の当たらない部屋の片隅
に置いた鉢植えに向かって言葉遣いの練習でもしてな。植物同士な」
「…小さきカニよ。言いたいことはそれだけか?」
 意識的に抑えられた声音が俺の後ろから。ああ、やっぱりカニのことになると沸点低す
ぎだな… 
「しってっかココナッツ? レオはオメーの無駄に発達した胸と尻だけがお目当てなんだとよ。
要するに身体だけのオトモダチってワケだ」
 なっ、なんつーことを…… あぁ、視線が痛い。振り向きたくない。どーせ『カニのいうことは
いちいちむかつきますが、そこだけは間違ってない気がします』みたいな顔して俺を見てる
に違いない。うう、カニめ。
「ま、要するにテメーにゃレオはもったいなさすぎってコトだ。今までお情けでつきあいのまま
ごとにつきあってもらったレオに充分感謝するんだな」
 そこまでほぼ一気にたくしあげて、フンと鼻息一つ鳴らすカニ。満足げだった。
 まーなんつーかひたすらになごみの悪口ばっかだったよーにも聞こえるが… どっちかって
いうと、彼氏を別の女に取られた奴が嫉妬から毒吐きまくってる感じに近かったな。
 …嫉妬? 図式からいうと、カニがなごみにってことに…… ありえねーな。
 と、突如視界の端で黒い何かが動いた。
 次の瞬間、カニの絶叫が響き渡った。


「いだだだだだ〜〜!」
「蟹沢『先輩』…… 今日は新しいスポーツを紹介します」
 カニの顔を片手で鷲づかみにし、そのまま吊るし上げるなごみ。ちょっ、乙女さんじゃないのに
そのパワーは一体?
「重いフライパンや鍋を扱うのにはある程度の腕力が必要です。カニを吊るし上げるくらい出来
ないと、おいしい料理は作れませんから… さて、肝心の新スポーツですが、その名は『スプ
ラッシュ蟹沢』」
「す、すぷらっしゅ?」
「競技内容は簡単。こうしてカニの頭を締め上げて、カニミソが出たら勝ち」
「ヲイヲイ、殺す気満々なタイトルじゃねーですかソレ?!」
 じたばたともがくカニ。
「カニ… 敵ながら哀れな奴。いつもの軽口ならマーベラス蟹沢で許してやろうと思ったが、先輩
のことを悪くいうのは万死に値する。センパイ、ベッド少し汚しますけど後できちんと掃除しますので」
 めりめりと音がする。
「は、離せバカヤロー! 可憐な美少女が脳汁ぶちまけるシーンはレオにゃ刺激的すぎんだろがよ!」
「蟹の甲羅が砕けてカニミソがこぼれるだけ。問題ない」
「問題ありまくりじゃこのボケー!」
「おい、何でもいいけど俺の部屋であんまり暴れないでくれよ……」
「あっ… センパイすみません。すぐこのカニをしめますので…」
 だからそうじゃないってば。ああもう、この二人ってば… 


「スキありっ!!」
 俺に気を取られて一瞬力を緩めたのか、カニがホールド状態から抜け出す。顔には
しっかりとなごみに締め付けられた後がついていて、かなり笑える顔だった。
「テ、てんめぇ… 本気で顔の穴という穴から何かが出るかと思ったろーが!」
「灰汁抜きしてやろうと思っただけ。むしろ感謝して欲しいくらい」
 いつも思うんだが、このやり取りをみていてカニに分がよかったコトが一度としてない
んだが… どうして諦めないんだろうか? ガッツがあるとか、カニだからとかいえばそ
れまでかもしれんが、どうにも腑におちないんだよな。
 むぅ。
「ココナァッツ…… 生きてこの部屋から出られると思うなよ? せめてもの情けだ。テ
メーが片想いしてるレオの腕の中で死なせてやんよ!」
 ゆらりと構えるカニ。俺が一分くらい前に言ったことは耳を素通りだったようだ。
「今日、ボクは修羅になる。レオ、悪いけどバケツと雑巾用意しといてくれよ。もうすぐ床
がココナッツ汁まみれになっからさ」
「うざいカニ… センパイ、どうしてこの腐れ甲殻類はいつまでたっても学習しないんで
すか? いくらカニでも『一応』人間の形してるんですから、少しくらい脳味噌が入って
いるでしょう? これだけやられれば動物だってちゃんと上下関係くらいわきまえまる
はずなんですけどね」
 やれやれと肩をすくめるなごみ。少なくともなごみの方は先ほどの『スプラッシュ蟹沢』
とやらである程度ストレスは発散されたっぽいな。


 ガチャッ
 そう、何のことはない。俺の部屋の扉が開く音。
 俺がここにいて、なごみがいて、カニがいる。この状況で部屋に現れることの出来る人
物といえば…… 
「「乙女さん」」
 不意の闖入に俺とカニの声が重なった。
「む、何やらにぎやかだな。蟹沢に椰子… の二人か。お前達は顔を会わせる度にケンカして
いるな。二人きりのときならともかく、第三者がいるときくらい、お互い自重したらどうなんだ?」
「乙女さん、どうしてここに?」
「ああ…… 実は、ちょっと、な…」
 ものすごく歯切れの悪い答えが返ってきた。
 乙女さんは以前取り交わした約束で今日は朝から実家に行っているはずだった。はず
だったというか、今朝確かに見送ったのだ。玄関先までだけど。
 まあ約束とはいえ、実家で何かあったとか、逆に学校で何かあれば家にいたって不思議
ではない。あれはもともと乙女さんが俺に気を使ってくれただけだし。
 しかし、それは乙女さんの先ほどの一言であり得ないと思った。まっとうな理由があれば
まずそれを言ってくるはずだ。
「丁度いい。蟹沢も椰子にも話しておきたいことがあったんだ」
 カニとなごみの諍いは急な形で終わりを告げたのだが…… 


 乙女さんは胸に手を当てると、大きく深呼吸をした。そして、静かに話し始める。
「夏休みの間、しばらく実家に帰省していたんだが… どうにも頭から離れないことが
あってな。つい最近までそれが何なのかよくわからなかったのだ。だが、それが今日
になってやっとわかった。いや、わかってしまったというべきなのだろう……」
 なごみが鋭い視線で乙女さんを睨んでいる。まるでその先のセリフを遮らんとしてい
るかのようだ。
 カニは気をそがれてちょっとぽかんとしている。よしよし、お前もいつもどおりだな。かく
いう俺も乙女さんが何を言おうとしてるのかわからんから、今だけはお前と一緒だ。
 カニと一緒というのが辛いけどな。
「レオ」
「はい?」
「レオ… ハッキリ言うぞ。私は、お前が好きだ」
 ……あれ? 今なんかものすごい場違いな言葉が聞こえてきたような気が…
「…そんな顔をするな。お前は全く気づいていなかったとしても仕方ない。私自身、そん
な気持ちに気づかされたばかりだったしな」
「なっ… え、ちょっ?!」
 俺以上に狼狽するカニ。いや、お前がうろたえてどうするよ。まあ急展開だからな、
気持ちはよくわかる。
 つか、乙女さん? 俺、その展開がよくわからないんですけど… 一体どこでフラグが?
「振り返ってみれば、私は元々お前が好きだったんだ。そうでなければ従姉とはいえ一
緒に住んだりかいがいしく世話をしたりはしない。出来の悪い弟の面倒をみてやるなん
てつもりは、ひょっとしたら最初からなかったのかもしれん…」
「鉄先輩… 随分とあざといんですね」
 な、なごみさん?


「あたしとセンパイがつきあうようになってから、今更すぎるとは思いませんか? 鉄先
輩は筋の通った人だと思っていたのですが… 正直幻滅です」
「自分でもわかってるさ。今の私がどれだけ愚かなのかくらいはな… それでも、この
想いだけはどうしても止められなかったんだ。理性だとかモラルだとかそんなもので
は到底抑えつけることはできなかった……」
 重々しい空気があたりを支配する。
 何か言わねばならない。
 でも何を言えばいい? 下手なことは絶対に口にはできない。一時の感情に任せて
しゃべれば必ず後悔する。それだけは避けたい。
「オメーら… そんなにヘタレオがいいんか……」
 カニがやけに低い声音でそう切り込んできた。いいぞカニ、この場の空気を別方向に
持っていけるのはお前しかいない。うまくいったら麦チョコ一粒やるぞ… っつか、ヘタ
レオってなんだよヘタレオって?
「レオはな、テンションに流されて行動するのがイヤなんだよ。オメーたちがテンション
丸出しで近づいたってメーワクなだけってことに気づけよな!」
 そーだそーだ。たまにはマシなこといえるじゃねーか。
「レオはボクらという幼馴染と一緒にいつまでも平和に過ごしていきたいって、そう心か
ら望んでたんだ。だから… だからボクは決めてたんだ! ボクはレオの側にいてや
ろう。レオのことをずっと見てきたボクがいつまでも一緒にいてやろうって…」
 ヲイカニイマナンツッタ?


「蟹沢、お前……」
「カニ……」
 驚きの表情で三人がカニを見つめる。瞬間、自分のいったことに気づいて慌てるカニ
だったが、やがて諦めたかのようにベッドにどっかとあぐらをかくと、意を決してなごみ
に向かって言い放った。
「ああそうさ。ボクだってレオのことが好きだよっ!」
「甲殻類がセンパイに恋愛感情? …くくっ、笑えない冗談」
「ジョーダンなんかじゃねえ! こんなことジョーダンでもいえるわけねえだろタコ」
 顔を赤らめて俺を見るカニ。やめろ… やめてくれカニ。俺をそんな目で見るな。
「今日は鉄先輩といいカニといい… 冗談であたしをびっくりさせる日ですか? エイプリ
ルフールには遠すぎますよ。悪いこといいませんから、冷水でも頭からかぶってきたら
どうですか。少しは、目が覚めますよ」
 ものすごい余裕たっぷりになごみが言い放つ。
「まあ、折角ですから止めでも刺しておきます。 …いいですか、鉄先輩とカニがセンパイ
にどんな感情を抱こうと、センパイはあたしに向かってはっきりと『好きだ』と言ってくれた
んです。そしてあたしはそれにはっきりと応えた… そこに入り込むスキなんてないんです。
大人しく諦めてください」
「…椰子、いいことを教えてやろう」
「?」
「鉄家の教えでは『恋愛は奪い取るもの』なのだ。私がこの気持ちを口にし、レオに伝え
た以上全力でいかせてもらうぞ」


 何か大変なことになってるよ、ははは。
 知ってる? こういう時ってさ、大抵当事者の意思とかって見事に無視されるんだよね。
 おかげで当事者のはずなのにすっかり観戦モードですよ、俺は。
 なごみは終始余裕だった。そりゃそうだろう、なごみは俺と心も身体も繋がったワケだ。
どう考えてもゲーム終了。なごみの一人勝ちで全てに決着がついている。
 ついている… はずなのだが。
「重ねて言うが、私は手加減しないからな。 …たとえその先に悲しい結末が待っていよう
とも、この想い…… 貫き通す!」
 かっこいい。うん、とってもかっこいいよ乙女さん。
「へん、レオにゃ年上も年下も似合いやしねーよ。幼馴染にして竜鳴館のマスコットと名高
い美少女のボクがずっと側にいてやんよ。ココナッツの毒素に犯されたレオを救えるのは
ボクしかいないしね」
 はいはい、カニさんはいつも元気ですねぇ。
「………(センパイ、あたし信じてます)」
 …やめてくれなごみ。俺は雨に打たれて震えている捨てられた子犬の瞳にものすごく弱
いんだ。だから、そんな目で俺をみないでくれ……
 月並みだが、夢ならよかったのになぁ。
 幻覚なのか、目の前に裏返しのカードが三枚。
 どうする、どうするよ俺?


(作者・名無しさん[2006/08/12])


※1つ次 つよきすSS「椰子VS乙女
※2つ次 つよきすSS「椰子VS乙女 完結編


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