今日で課外授業も終わり。午後には下山することになっている。
 それまで自由行動のため、みんな思い思いに過ごしている。
 室内で寝過ごす者、温泉でくつろぐ者、覗きに行って制裁される者、童心に帰って山で遊ぶ者……。
 俺、対馬レオはといえば。
「1人でのんびりと森林浴……。我ながらエレガントだぜ」
 たまには騒がしい日常から離れるのもいいものだ。
 新鮮な森の空気を吸うと心まで洗われる。
 これからの未来のこととかを、大自然の中でじっくり考えよう。
 …………30分後…………
「ふう、だいぶ歩いたな……。と、ここは?」
 森を抜けると、そこは一面、花、花、花。見事な花畑だった。
「へえ、なかなかいい所じゃないか……」
 しばらくここでのんびりするとしようかね。
 風に揺れる花達。なかなかメルヘンチックだ。
「惜しむらくはここに女の子がいないことだな……」
 甘い香りが俺を包んでいく。なんか心まで甘くなっていきそうだ……。
「対馬さん?」
「え? うわ、祈先生」
「何をしているのですか? こんな所で」
「いや、ただの散歩です。先生は?」
「私も散歩ですわ」
 一迅の風が吹いた。風が花を揺らし、花びらを舞い上げる。それはまさに、花のカーテン。
「すごいですね……」
「そうですわね……」
 花の、甘い香りがあたりに漂っている。酔いそうなほど、甘い香り。


「あの時も、こんな光景を見ましたわね……」
 祈先生が、胸のロケットを握り締めながら花畑に入っていく。
 俺も祈先生に続くように後を追いかけた。
「にしてもホントいい眺めですね。一面花なんて」
「そうですか。私はあまり好きではありませんわ」
「なんでです? こんな綺麗な眺め……」
「昔を思い出してしまいますから……」
 昔……? そういえば土永さんが言ってたっけ。確か、山の中で妹さんと生き別れに……。
「……対馬さん」
「……何です?」
「失った者に対してできる事って、あるものなのでしょうか」
「先生……」
「私は、あの子に何ができるのでしょう……」
 いつもとは違う祈先生の顔。儚くて、物憂げで。
 なにか言わなきゃいけないんだけど、なんて言っていいか思いつかない。
 風と花のオーケストラだけが、だんだんと強くなっていく。
 ただ立ち尽くす俺。舞い上がっていく花びら。視界が閉ざされていく。祈先生の姿も見えなくなる。
 花びらに囲まれる。まるで、ここだけ世界から隔絶されているかのように。
 …………祈先生。
 誰かを失う。とても大切な誰かを。俺には、まだわからない。
 痛いのか。苦しいのか。悲しいのか。
 俺にも、あるのだろうか。この先、失うことが。
 そして、失ったとき、どうすればいいのだろうか。……俺には、まだわからない。


 …………………………………………
 どれだけの時間が経ったのだろう。長かったのか、短かったのか。
 花吹雪が徐々に止み始める。世界が開けていく。
 甘い香りが、いっそう強くなっている。
 あれは……、祈先生。
 ? 誰かもう1人いる……。
「あれは……!?」
 女の子。少女、いや、幼女というべきだろう。でも、そんなことよりも。
「祈先生……!? いや、まさか……!?」
 祈先生と向かい合っているのは、祈先生によく似た、否。
 祈先生をそのまま小さくしたような女の子。そう、まるで────双子。
 女の子は祈先生に何かを手渡した。あれは、花? あの花は確か……。
 そして女の子は、ゆっくりと祈先生から離れていく。
「待って……!」
 思わず俺は駆け出していた。
「君は、憩さんだろ!? 祈先生、追いかけないと!」
 でも、祈先生は動かない。ただ、花を持ったまま、立ち尽くしている。
「祈先生!」
「……これでいいのですわ」
「先生!? 何を!? 会えたのに! せっかく、会えたのに!」
 どうして!? なんで!?
「待っ、うわっ!!!」
 花びらが再び舞い上がる。それはまるで扉のごとく。
 俺 、花の香 に  れて、意識 闇────。


 …………………………………………
「……さん、対馬さん」
「あ……? う……」
「気が付かれたようですわね」
「祈先生……? アウッ!」
 頭に鈍い痛みが走る。吐き気もする。気分は最悪だ……。
「大人しくしてなさいな。対馬さん、花畑の中で倒れてましたのよ?」
「え……?」
 倒れた?
「あれのせいですわ」
 祈先生が指差す先は、花畑。
「あの花はケシの一種のベノミフェルムですわ」
「ベノミフェルム?」
「はい。とても毒性の強い花ですわ。葉や実だけでなく、香りにも毒がありますの」
「げ……もしそのまま倒れていたら……」
「命は無かったでしょう」
 ぐはーっ。背筋が寒くなった。
「……先生は大丈夫なんですか」
「私は今来たばかりですから、それほど問題ありませんわ」
 え?
「今来た?」
「はい、それで倒れている対馬さんを見つけたのですが……、それがどうかしましたか?」
「いや、だって花畑の中で話して、それで……」
 あの子、憩さんが……。
「……対馬さん、幻覚を見たようですわね」


「え……、幻覚……」
「はい。ベノミフェルムの花粉は強い幻覚剤になりますから。風も強かったですし」
 幻覚? あれが、幻覚?
「とにかくもう少し休んだほうがいいようですわね」
 ……幻覚。本当にそうなのか?
「先生」
「なんですか?」
「スズランの花って、知ってますか?」
「……それぐらいは知ってますが、それが何か?」
「スズランは『幸せを呼ぶ花』、なんだそうです。
 ヨーロッパのほうでは幸せになってほしい人にこの花を贈るそうですよ。
 ……この季節には咲きませんけどね」
「……なぜそんな話を?」
「なんとなく、です」
「そう、ですか」
 穏やかな風が俺たちを撫でる。先生の長い髪が、風になびいて、顔を隠した。
「……先生?」
「……目に、ゴミが入っただけですわ」
「おーい、祈ー。そろそろ時間だぞー」
「行きましょう。土永さんが呼んでますわ」
「ハイ、そうですね」
「対馬さん」
「ハイ?」
「今日のことは、他言無用、でお願いしますわ」
「……わかりました」
 ……あれが本当に幻覚だったのか。それとも別の何か、だったのか……。
 花は何も言わず、ただ、風に揺れている……。


(作者・名無しさん[2006/03/18])


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