小鳥の声が聞こえてきた。俺の頭脳が急速に機能回復をはかる。朝の目覚めは良好。昨日の疲れも残っていない。
「う……ん。よく寝た……。ってまだ6時かよ……」
 寝なおそうかな……。
 とはいっても眠気がすでに太陽系の外まで飛んで行ってるので仕方なく布団を出る。
 洗面所に向かうと先客がいた。
「スバル、おはよー」
「ん? レオか、おはよーさん。ずいぶんと早いな」
「ああ、最近乙女さんのトレーニングでこの時間に起きてるからな。……タオルくれタオル」
「おらよ」
「サンキュ」
 顔を洗うと少し重かったまぶたも軽くなる。
「お前はなんでこんな早くから起きてんだ?」
「バカか。オレは毎朝この時間から走ってんだよ」
「おー、さすが陸上部」
「今から行くけどオメーも付きあわねえ?」
 ジョギングか。乙女さんからこの課外授業中もするようには言われてるしな。
「よーし、行くか」
 着替えて玄関を出るとそこには館長がいた。トレーニングでもしてたのか、額に汗が浮かんでいる。
「おはようございます」
「おはよッス」
「ん? おお、対馬に伊達か。おはよう、なかなか早いな。どこへ行くんだ?」
「ちょっとその辺走ってきます」
「うむ。早朝から鍛錬とは感心だな。朝食までには戻ってくるのだぞ」
「ウイース」
 館長に見送られつつ軽く走り出す俺たち。
 朝の山の空気は澄んでいて気持ちいい。足取りも軽い……。ってなんか乙女さん的思考に染まってきてないか俺?
「なあレオ」
「ん、なんだよ」
「昨日トンファーさんおんぶして登ってきたそうじゃねえか。それで手作り料理も食べたって?」
「! なんでお前が知って……」
「もうクラス全員知ってると思うぜ?」


「浦賀さんか……。いつの間に……」
「オマエが寝てる間にな。フカヒレたちからガードするの大変だったぜ?」
 確かに昨日は疲れていたから早めに寝たが……。
「そりゃまたスマンな」
「いいってことよ。……で?」
「で? ってなんだよ」
「トンファーさんだよ。どうなんだ、テンション上げる相手になりそうか?」
「べ、別にそんなんじゃねーって」
「彼女はそうでもなさそうだったがな」
「え……」
「質問攻めにされてるとこを見ただけだがな、まんざらでもない、って感じだったぜ?」
「う……」
「顔赤いぜ、坊主」
「う、うるせー! ほら、朝飯に遅れっから急ぐぞ!」
「やれやれ」
 ………………………………………………………………
「では、今日は食料集めを行う!」
 昼食後、外に集められたかと思えば全員にサバイバルブック〜山の食料編〜が配布された。
「今日の収穫がそのまま夕食になると思えい! 全員で力を合わせて食料を確保するのだ!」
 マジかよ……。いきなりサバイバルとくるか。つーか烏賊島のときといい館長はサバイバル好きなのか?
「そうそう、ここには松茸も生えておるそうだ」
 ざわ……ざわ……。
「そんなん言われたら見つけるしかねー」
「よーし、松茸見つけるわよ!」
 全員の目の色が変わりだしていく。
「みんな! 松茸見つけたぜ!」
「何! どこだフカヒレ!」
「ほら、俺のこかn」
『同時攻撃(ダブルアタック)だーっ!』
「うげはざーっ」
 俺とスバルのダブルキックが見事にフカヒレを吹っ飛ばした。


 ………………………………………………………………
 で、そんなわけで班ごとに分かれて食料探しをしているのだが。
「お、コレ食べられるやつだ。結構見つかるもんだね」
「こちにもあたネ。このきのこはネ、おひたしにするとオイシイヨ」
 どうやら俺たちの班は食いっぱぐれることはなさそうだな……。
「イテェ、イテテテ」
 イガグリが毬栗と格闘していた。がんばれ毬栗。イガグリに負けるな。ん!? まちがったかな……。
「そういや浦賀さんはどこいった?」
「さき、向こうの方へ行たヨ」
 一応俺は班長だし、単独行動はさせないほうがいいだろう。
「ちょっと見てくるよ」
 風が強くなってきたな。空模様も怪しくなってきた。雨にならなきゃいいが。
 浦賀さんは崖の手前にいた。
「浦賀さん」
「ん? なんや、対馬か」
「なんや、じゃないでしょ。何してんのさ」
「ほら見てみ。あれ、松茸とちゃうか」
「え、ウソどれ」
 浦賀さんの指差す先、木の根元に確かに松茸らしき傘の頭が見える。この木もアカマツっぽいが……。
「それっぽいけど……、こんなとこに生えるかぁ〜?」
 崖のそばだぞ。
「採ってみればわかるやろ」
「いや待て、危ないって! 落ちるって!」
「ダイジョブやて」
 ああ、もうしょうがねえな。
 俺が浦賀さんの手を取ろうとした、その時。
 ビュオオオオオオオオオオ!
「うおっ……!?」
「え……」


「!!」
「うおー、強い風だったな。スカートを履いた女の子がいないのが惜しいほどの風だったぜ……。スバル、どした?」
「今のは……。レオ……!」
「ッてオイ、どこ行くんだよスバル」
「すぐ戻る」
「オイ、スバル!」
「フカヒレ、スバルどしたの?」
「知らね。ションベンじゃね?」
「……なんかいやな予感がすんなぁ……」
 ………………………………………………………………
「くっ……、大丈夫か、浦賀さん」
「な、なんとか……」
 どうやら、2人とも命は助かっているらしい。
 素数を数えて落ち着いてから、とにかくこの状況を分析してみる。
 俺の左手は崖から生えている木を掴み、右手は浦賀さんの手を掴んでいる。
 浦賀さんは俺の手を握っているのみ。そして2人の足は地に着いていない。
「なあ、これって俗に言う宙ぶらりんってヤツじゃね?」
「俗に言わんでもそうやと思うわ……」
 ウン、やはりそうか。やっぱりな……。
 ……やっべえええええええええええええええ!!!
 つーかどうすんだよ! この状況! 足着いてねーし、あ、なんか木がビキビキ言ってやがる!!
 このままだとまっさかさまじゃねーか!下は……。激流だよ! 映画の1シーンみたいだよ! あんなん流されたら……。
「コ、コレは本格的にヤバイね……」
 ビキィッ!
「ゲ、木が……」
「うう、ウチら死ぬんか……」
 死ぬ? 俺が? 俺たちが? こんなところで? 死ぬ……?
「バ、バカなこと言うな! 死ぬなんてバカなこと……!」
「ウ、ウウウ、死ぬんか……。ウチら死ぬんか……」
「な、泣くな! 誰か来てくれる、助けに来てくれるって!」


 自分の声が裏返ったのがわかった。こいつはヤバイ。俺だって泣き出したい。でも。
「誰が、誰がこんなとこ来るっちゅーんや!」
 でも、1つだけ。1つだけ確信がある。それが俺を絶望させない。
「来る! 必ず来る!」
 そう、いつもそうだった。俺がピンチのとき。泣き出したいとき。子供の頃からいつも。俺が泣き出しそうなくらい苦しいときに。
 アイツは、アイツは俺の名前を呼んで……。
「レオーーーーーーーーッ!!! どこだーーーっ!!!!」
 この声は……! 来てくれた!
「スバルーーーーーーーーッ!!! ここだーーーっ!!!!」
「レオ! レオーーーーーーーッ!!!」
「浦賀さん! 助けが来たぜ!」
「! ホンマ? ホンマに来たの?」
「ああ、ほら!」
「レオ!! 大丈夫か!」
 上からスバルが身を乗り出しているのが見える。
「スバル! 大丈夫だけど大丈夫じゃない状況だぜ!
 浦賀さんもいるんだ! なんとか引っ張り上げられるか!?」
「2人!? ロープも無え、長いものも無え……。そうだ! ちょっと待ってろよ!」
 木がビキビキと音を立てている。マズイ。急いでくれ!
「待たせたな! それにつかまれ!」
 降りてきたのは……、服? 服を結びつけて即席のロープにしたのか!
 上を見るとスバルは半裸だった。寒そうだな……。ってそんなことより!
「よし、浦賀さん、持ち上げるからコイツにつかまるんだ」
「対馬!? 対馬は……」
「これだと2人いっぺんには耐えられない! 先に引っ張り上げてもらえ!」
「でも……」
「ゴチャゴチャ言うな! いくぞ!」
 日ごろの鍛錬の成果か、もしくは火事場の馬鹿力か。俺は片腕で浦賀さんを服ロープがつかめる位置まで引っ張り上げることができた。
「よし、つかまれ!」
「引っ張り上げるぜ!」


 スバルに引っ張り上げられていく浦賀さん。よかった……。
「よしレオ、オマエも早くつかまれ」
 よし、これで俺も助かる……。
 ベキッ!
「え?」
 俺、落ちてる?
「レオ! レ」
 スバルの声は、水の音でかき消されて最後まで聞こえなかった。
 ………………………………………………………………
 息、息……!
 上がれない!? クッ、服が重い……! 脱がないと……。
 水の流れが強くて……! 思うように動かない……!
 …………これはもうダメだな。
 ああ、なんか頭がクリアになってんなぁ……。こんなときなのに。
 死ぬ前はいろいろ思い出すっていうがホントだな……。走馬灯ってヤツか?
 ん? スバルか? お前にはいつも面倒かけてばっかだったなあ。
 俺が死んだらカニがわめくだろうからさ、しっかり止めてくれよ。
 オイ、引っ張るなよ。イヤに現実感のある走馬灯だな……。
 ああ、何か目の前が暗く……。
 ………………………………………………………………
「……オ、レオ!」
 ん……?
「レオ、オイレオ起きろ! 起きねえと襲っちまうぞ!!」
「だぁぁっ、やめてくれ!」
 慌てて飛び起きる。
「よかった、大丈夫か」
「あ……? 確か俺……」
 そういや、俺激流に落ちたんじゃなかったっけ? だとしたらここは……?
「ここ地獄か?」
「バカ」


 あだっ。何すんだスバル。ん? スバル?
「なんでお前が……」
 俺は激流に流されたんだよな。で、目の前にいるのは半裸でずぶ濡れのスバル……。
 で、俺は……生きてる? 
「お前が……助けてくれたのか……」
 スバルはいつものように飄々と笑っていた。
「ヒエックシ!!」
「そんなずぶ濡れだと風邪引くぜ。脱いだほうがいい」
「あ、ああ。そうだな」
「なんならオレが脱がせてやろうか?」
「謹んでお断りする」
 とりあえず濡れた服を脱ぐ。これでも寒いが幾分かはマシだ。
「これからどうする?」
「下手に動くよりここで助けを待つほうがいいだろ。直に館長が助けに来るさ」
「そうだな、そうしよう」
 俺たち2人は、風が避けられそうな木の陰で助けを待つことにした。が。
「寒い! マジ寒い!」
「半裸だしなあ……。なあ、こう摩擦で火とかおこせねえか?」
「悪いが俺は乙女さんじゃねえ。そいつはできない相談だぜ」
「じゃ、しょうがねえ。2人で肌を合わせて暖めあうか」
「それは最後の手段にしよう」
 この場に姫がいなくてよかった。なんて言われるかわからん。
 あ、そうだ。
「ありがとな、スバル。お前がいなかったら、俺、死んでたよ」
「別に気にすんなよ」
「いや、何か俺、お前に助けられてばっかだよな」
「そんなこと無えだろ」
「いやさ、流されてるときに、走馬灯が見えてさ。ガキの頃のこととか思い出しちまって。
 思えば俺、ずーっとお前に面倒ばっかかけてきちまってるなーって……」
「バーカ。面倒なんて思っちゃねーよ。言ったろ? オメーのためなら何でもするって。オレはオマエに惚れてんだからよ」


「だからそういう冗談はやめろ!」
「……それにオレだって、オマエに助けられてるさ……」
「ん? 何か言ったか?」
「寒いな、ってな……」
「だな……」
 みんな心配してっかな……。カニが騒いでなきゃいいけど。あ、浦賀さん大丈夫かな……。
 とそんなことを考えていると、俺は信じがたい光景を目にした。
「なあ、スバル」
「ん?」
「人間って、水の上に立ってられるんだな……」
「おお、対馬、伊達。ここにいたか!」
 激流の上に悠々と立ちながら俺たちを呼んだのは、言わずと知れた我らが館長であった。
 ………………………………………………………………
 俺とスバルは今、館長の肩に乗って高速移動している。
 着物を着せてもらったから寒くは無いのだが、いかんせん漢臭い。ちなみに館長は赤フン一丁だ。
「まさかこの歳になって人の肩に乗るとは思ってもみなかった……」
「んー、子供の頃でも思い出したか?」
「子供の頃つったら……、そういやスバルに肩車してもらったな」
「そうだな。オレもオマエとカニを肩車した記憶があるぜ」
「お前たち、兄弟みたいだのう」
「まあ、子供の頃から一緒ですから」
 そう。スバルやカニやフカヒレがいたから。俺は寂しくなかった。
 親がいないことが多かったけど。寄り添いあえるヤツらがいたから。
 コイツらがいなかったら……。俺はどうなってたのかな……。
「儂もお前たちみたいな子が欲しかったのう……」
「ん? 何ですか?」
「いや、何でもない。さあ、飛ばすぞ。しっかり掴まっておれぃ!」


 ………………………………………………………………
「あー、疲れた」
「モテる男はつらいな、坊主」
「うっせ」
 戻ってきたら浦賀さんが泣きついてくるわ、カニも泣き出すわ、つられて豆花さんやら佐藤さんも泣き出すわで……。
 男どもの視線が痛かったなあ……。こりゃ何されるかわからんなあ……。
「ま、今は温泉でゆっくりしようや」
「だな。後のことは後で考えよう」
 俺とスバルは館長に温泉に入るよう言われた。ま、冷えた体にはやっぱ風呂だわな。
「よっしゃ、温泉、温泉」
「待て待て坊主。体洗ってからだろ。そこに座りな、背中流してやる」
「いや、いいって。子供じゃねーんだし」
「遠慮すんなって」
 ガラッ!
「ふーい、冷えた体には風呂だのう」
『館長……!?』
「何をやっとるお前たち。早く体を洗って温泉に入らんと風邪引くぞ」
 そう言って館長は洗面台の1つに陣取って体を洗い始めた。だが問題はそんなことではない。
「スバル……」
「なんだ……」
「俺はさ、自分のこと、日本刀を持った侍だと思ってたんだ……」
「オレも自分は鉄槍を装備した歴戦の戦士だと思ってたぜ……」
「だが館長は……」
「ああ、あれは……」
『あれではまるで……大剣を持った、狂戦士(ベルセルク)だ!!』
「おーい、お前たち」
『はいっ!?』
 聞こえたかっ!?
「背中を流してくれんか」
『ハ、ハイ! わかりました!』


 よかった……、聞こえてなかったようだ……。
 俺たちは何事も無かったかのように館長の背中を流し始める。
「デケー背中だな……」
「漢は背中が肝要だからな。覚えておけ。背中で人生を語れてこそ、真の漢よ」
「なんのことだか……」
 にしても。なんだろな、この懐かしい感覚……。
 ああ、そうだ。親父の背中を流してるときもこんな感じだったけ……。
 ふとスバルを見てみる。スバルは無言で館長の背中を流し続けている。
 スバルは、今、何を思ってるのかな……。
「よーし、そのくらいでよかろう。ところでお前たち、もう体は洗ったのか?」
「え、いや、これから……」
「ふむ、ならば、儂が背中を流してやろう!」
「え、ちょ……どわっ」
「そぉ〜れ、背中ゴッシゴッシ」
『のわー!!!』
 ………………………………………………………………
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛〜、いい湯だぜ……」
「親父クセーぞレオ」
「ふむ、五体に染みわたるわい……」
 ようやく3人そろって温泉の中。気分は極楽浄土だぜ……。
「やはり温泉といえばコレだのう」
 館長がどこからともなく取り出したのは、風呂桶。それと。
「いーんスか。生徒の前で酒なんて……」
「お前たちが黙っておれば問題ないわい。……お前たちも飲むか?」
「いや、それこそダメでしょう」
「黙っておれば問題ないわい」


 ……意外だ。館長がこんなことを言うとは。
「どうしたのだ?」
「いや、館長がそんなこと言うとは思ってなかったんで」
 あ、スバルも同じこと考えてやがった。
「……生徒と酒を酌み交わす機会なんぞ、そうは無いからのう……」
 ……館長。
「……じゃ、せっかくなんでいただくとしますか。なぁ、レオ」
「……そうだな。いただきます、館長」
「うむ。しょうがないのお」
 お猪口はいつの間にか俺たちの分まで用意されていた。
 俺たちに酌をしてくれる館長はどことなく嬉しそうだった。
「……酒の相手が欲しかったら呼んでくださいな。いつでも行きますよ」
「そうだな。オレもいつでも相手しますよ」
「20歳になったら、な」
 俺も、スバルも、館長も。みんな、笑って。
『乾杯!』


(作者・名無しさん[2006/03/09])


※前 つよきすSS「山とレオと豆花
※次 つよきすSS「山と祈と花畑


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