「金色の ちひさき鳥の かたちして」
「銀杏散るなり 夕日の岡に……、与謝野晶子だね」
「よく知てるネ対馬クン」
「乙女さんに教わった。豆花さんもホントよく知ってるよね」
「アハハ、そんなことないヨ」
「オーイ、何しとるんやー!」
「早くしねーと、ビリになっちまうべ!」
「ハイハイ、わかってるよ! 少し急ごうか豆花さん」
「ウン」
 赤や黄色に染まった葉を踏みしめ、俺は前を行く浦賀さんとイガグリに追いつこうと歩を早くした。
 今、俺は山を登っている。登山である。
 なぜ登山なんかをしているのか? その理由は2日前に遡る。
「お前達、元気がいいのは結構だが少々度が過ぎているようだな。他のクラスからも苦情が殺到しておる。
 ここは1つ、お前達を鍛えなおすために、今度の休みには儂が直々に課外授業を行うことにしよう」
 そんなわけで俺たち2-C連中が館長に連れられてきたのは山。
 そしていきなりくじで何班かに分けられ、それぞれのルートで頂上を目指せ! ってなわけである。
 ビリ、リタイア、タイムアップまでに辿りつけなかった班は罰ゲームがあるというのでわりとみんな必死だ。
「アァ〜、楽しい休みがこんな登山になってまうなんて……、ウチらが何したっちゅーんやー!」
 いや、思いっきり騒いだり他クラスとの問題を武力解決したりその他etc。
 今まで大した問題にならなかったほうが不思議なくらいな無法地帯、それが2-C。
「ハア、この休みにはゆっくり遊ぶべ、と思ってたのに……」
 先ほどから浦賀さんとイガグリの愚痴の応酬があたりにこだましている。
 それに引き換え、豆花さんは結構楽しんでいるようだ。
「♪」
「楽しそうだね豆花さん」


「ウン、私もお休みはいろいろ遊びたかたけど、こういうのもいいネ。日本の秋を感じられるネ」
 さすが和の心を知る留学生。考え方が風流だ。
「対馬クンは楽しくないカ?」
「ん……、いや、俺もけっこう楽しいかな」
 乙女さんの影響か、こういうのも嫌いじゃない。何よりメンバーが新鮮だ。いつもは幼馴染ズと一緒だからなぁ。
「ウン、どんなときも、楽しむほうがお得ネ!」
 満面の笑みを見せる豆花さん。ポジティブシンキングだなぁ。
「トンファーは元気やな……、お、これは……。オーイ、イガグリちょっと来てみいや」
「なんだべ浦賀さイテッ!!」
「アハハハハハ」
「な、何するべか」
「いや、ここに毬栗(いがぐり)が落ちとったからな。そしたらイガグリに投げないわけにはいかんやろ」
「どういう理屈だベー!」
 なんだかんだ言ってあの2人も楽しんでるじゃん。
「ネ、対馬クン」
「ん、何?」
「あの2人、なかなかイイ感じだと思わないカ?」
「え、そう? 普通だと思うけど」
「対馬クンて、鈍い方カ? カ? カ?」
 ……カニにもそういうこと言われた覚えがあるな。
「自分ではそうは思わないんだけど……、って浦賀さん何してんの」
「対馬! ウチの盾になってくれ!」
「逃がさないベー!」
「ちょ……浦賀さん放せ。わー待てイガグリ! その毬栗投げるのちょっとま痛ぇ!」
「アイヤー!」


 ……………………
「ったく、まだヒリヒリするじゃんかよ!」
「またくネ!」
「イガグリがあんなに投げるからや!」
「先にやってきたのは、浦賀さんのほうだべ!」
『2人とも悪い!!』
 俺と豆花さんが声を合わせて怒ると2人とも口をつぐんだ。まったく……。
「あ、でもここの頂上の旅館の温泉は傷にいいらしいで」
「温泉か。そういえばそれがあったな」
「私温泉初めてネ。楽しみネ」
「知っとるかトンファー。日本では裸の付き合いゆうてな、温泉では男と女一緒に入るんやで」
「そ、そうなのカ!?」
「嘘教えんなよ」
 豆花さん真っ赤になっちゃっただろ。
「確かに混浴ってのもあるけど、ここのは男女別だよ」
「なんや対馬、あっさりバラすなや」
「マーナー、嘘教えたカー!」
「騙されるほうが悪いんやー」
「コラー! 待つネー!」
「まったく浦賀さんは……。ん? どうしたイガグリ」
 なんかトリップしてるぞ?
「混浴は、漢のロマンだぁ……」
 なんかフカヒレが重なって見える。放置しておこう。
「ここまで来てみー」
「待つネマナ! ア!?」


「! 豆花さん!」
「トンファー!」
 浦賀さんを追いかけてた豆花さんが派手にすっ転んだ。
「イタタ……」
「大丈夫かトンファー!」
「豆花さん、大丈夫? 立てる?」
「だ、だいじょぶヨ。全然平気ネ……!」
 いや、そんなしかめっ面で言われても。
「無理しないほうがいい。どっちの足?」
 俺は荷物の中から救急セットを取り出す。(←一応班長)
 豆花さんは申し訳なさそうに右足を指した。
「うーん、折れてはない……、腫れてもない……、軽く挫いただけかな? 一応湿布を貼っとこう」
「ゴメンネ、ホントにゴメンネ……」
「何謝っとるんや。トンファーは悪くないで」
「そう、悪いのは浦賀さん」
「ウチかいな!?」
「それ以外に誰がいるか!」
「マナは悪くないネ。転んだの私ヨ。だから悪いの私ネ。マナじゃないネ」
「トンファー……」
「豆花さん……」
 なんていい娘なんだ。思わず胸がキュンときた。
「先に行てテ。大したことないから、少し休んでから追いかけるネ」
「何言ってんの。豆花さんを置いてけるわけ無いでしょ」
「そうやでトンファー。対馬の言うとおりや」
「俺も少しキツイし、みんなで少し休もうや」


「でも、ビリの班には館長発案の罰ゲームがあるべ」
 いつ夢の世界から戻ってきたんだイガグリ。
「ぬう、館長の発案する罰ゲーム……。確かに避けたいところだな……」
「それはそうやけど……」
「だから先に行てテ。すぐに追いつくヨ」
 豆花さん……。いや、置いていくのはダメだ。しかし罰ゲームは……。
 ……よし、決めた。
「浦賀さん、イガグリ。俺と豆花さんの荷物を持ってくれ。俺が豆花さんをおぶっていく」
「対馬!? 大丈夫なんかいな。まだ結構距離あるで?」
「俺も結構鍛えてるから」
「でも、この山道だとそんなに早くは歩けないべ? ビリになっちまうかも……」
「そう、そこでだ。順番は班長が旅館の帳簿に名前を書いた順に決まる。
 2人には先に行ってもらって俺の名前を帳簿に書いてくれ。タイムアップまでには行くからその間俺たちがいないのをごまかしといてくれ」
「なるほど。でもうまくいくかいな?」
「ほかに方法が思いつかん」
「オイラも思いつかないし、それでいくしかないべ」
「豆花さんもそれでいいかな?」
「……ウン」
「わかった。じゃあうちらは先に行っとる」
「一応信号弾はこっちに渡しといてくれ」
 俺の荷物から信号弾とその他救急セット何点かを抜き出しておく。
「じゃあ、頂上でな!」
 2人が先に出発する。上手くやってくれよ。
「よし、俺たちも行こう。さ、豆花さん」
「ウ、ウン……。ヨロシクネ」


 豆花さんが背中に覆いかぶさってくる。
「う……」
 豆花さんを背負った瞬間、俺は背中に、とあるやわらかい感触を確認した。
 背中に感じるこの感触は、これは俗に言う乳房というものではなかろうか?
 それだけじゃない。豆花さん、足とか腕とかいろいろやわらかいよ。
 そういや女の子を背負う経験なんてカニ以外ないぞ。
 いかん落ち着け、何を動揺している対馬レオ。そうだこういう時は……。
「2、3、5、7、11、13……」
「? ナニ言ってるカ?」
「いや、ちょっと素数をね」
 よし、落ち着いた。
「よっしゃ、行くぞ!」
 ……………………
 グハ、甘かった。人1人背負いながらの山道がここまでキツイとは! 足が重い。膝が笑う。もうその場に倒れそうな勢いだ。
「対馬クンゴメンネ。私、重いカラ……」
 ぬ、豆花さんに悟られてしまったか? ここでキツイとこを見せるのはかっこ悪い。男の意地を見せねば! 
「そんなことないって! カニなんかよりも全然軽いよ!」
「それはカニちに失礼ネ」
「いーの。あんなカニ」
「クス……。デモ、無理はいけないネ。私歩くヨ」
「それはこっちのセリフだよ? ケガ人は歩かせません。それにコレぐらい全然キツくないって」
「……ホント?」
「鍛えてるって言ったろ? それに比べればこれぐらい……」
 脳裏に乙女さんの鍛錬が浮かんでくる……。
 20キロの重りを背負わされて、並木道をジグザグ走行したり、素手で畑を耕したり、大岩を動かしたり……。


「全然キツくない。マジで。あの鍛錬に比べたら富士山に登るほうがまだマシだ」
「……よくわからないけど対馬クンも大変ネ」
 なんかホントにこの状況がキツくなくなってきたな。一応乙女さんには感謝だ。
 秋風が山を揺らす。木の葉が舞い上がって、紅葉吹雪を起こした。
「オオ、スゲエ」
「きれいネ」
 なかなか幻想的な風景だ。
 秋風が冷たいが、火照った体にはちょうどいい。
「……クシュン」
「あ、豆花さん、寒くない?」
「ン、大丈夫ネ」
「……ちょっとまって」
 いったん豆花さんを下ろして、俺の上着を着せてあげる。
「ゴメン、気づかなくて」
「でも対馬クンが……」
「ああ、俺は熱いぐらいだから」
 再度豆花さんを背負って出発。もうそろそろ何組か着いちゃってるかな?
「対馬クンは、優しいネ……」
「そんなことないよ」
「ウウン、出会ったときと変わらないヨ。あの時とおんなじ、優しさでいっぱいネ……」
「あの時?」
「まだこっちに来て間もない頃ネ。まだカニちともマナとも仲良くなくて、とてもとても不安だた頃ヨ」
 俺は黙って豆花さんの話に耳を傾ける。風がやんで、足音と豆花さんの声だけがあたりに響く。
「不安でネ、どうしようもなかた時ネ、対馬クンが親切にしてくれたヨ……」
 豆花さんと出会った時……? 俺、何したっけ?


「ゴメン、あんまり覚えてないや」
「フフ、覚えてなくて当然ネ。とてもささいなことだたから。デモね、私嬉かた……」
 こころなしか、豆花さんがほんの少し強くしがみついてきた、気がした。
「ホントにネ、嬉かたヨ。私、忘れない……。あの時のこと、ずと、ずと、忘れない……」
 なんだろう、体が熱い……。
 豆花さんの体温が伝わってくる。豆花さんの頬から、胸から、足から、鼓動から、吐息から。
 豆花さんが、熱い……。
 ……いや、違う。熱くなってるのは、俺の、胸、だ……。
 ……………………
「よーし、あとはこの石段を登れば頂上だ」
 周りには人はいない。時計を見るとタイムアップまではまだ時間がある。どうやら間に合ったらしい。
「あとは人に見つからないように紛れ込むだけだな」
「ここから先は私も歩くヨ。背負ったままだと目立つネ」
「……いや、最後までこのままで行くよ。どうせなら、最後まで……」
 カッコつけさせてくれ。
「……わかた、お願いネ。最後まで、連れてっテ……」
 ……………………
 俺たちはなんとか人に見つからないように紛れ込むことができた。
 こんなところで乙女さんから教わった隠密術が役に立つとは思わなかった。一応感謝。
 浦賀さんとイガグリも無事任務を果たせたようだ。
 しかし、俺たちがいなかった理由が拾い食いをして腹をこわしたことにされてたのは許せん。あとで2人をシメておこう。
「うむ、全員、時間までにそろったようだな。ではおまちかねの罰を受ける班を発表する!」
 待ちかねてねえよ。ま、ビリはフカヒレの班だ。俺たちには関係な……。
「対馬班! このあともここに残っておれ!」
 ……へ?


「それでは各自、食事まで休んでおるがよい。では、解散!」
 ……………………
「オイ、どうなってんだよ。ちゃんと書いたか?」
「あ、当たり前や。ちゃんと帳簿に名前を書いたで!」
「それに誰にも書くところは見られてないべ。オイラが見張りをしてたから確実だぁ」
「だたらどうして……」
「では、対馬班に罰を……」
「ちょっとまった館長! ビリはフカヒレ班のはずです! なんで俺たちなんですか!」
「たわけが! これをよく見るがよい」
 館長の手には帳簿があった。帳簿には各班の班長の名前が記されている。
『霧夜エリカ』『伊達スバル』『佐藤好美』『浦賀真名』…………
「しもたー!!!!!!」
「しもたー、じゃねえべ!」
「浦賀さんに任せたのが間違いだった……」
「やはりマナはマナね……」
「罰はあとで伝える。心して待つがよい!」
 ……………………
「腹減った……」
 俺に命じられた罰は今夜の夕食抜き。育ち盛りにこの罰はキツイぜ館長。
 これなら浦賀さんやイガグリと一緒に全館のトイレ掃除のほうがまだマシ……。
 そういえば豆花さんは何だったのかな……。足を痛めてることは伝えたから無理はさせないと思うけど……。
 ぐー。
 ああ、また腹の虫が騒いでやがる。しょうがない、お茶でも飲んで紛らわすか……。
「対馬クン、いるカ?」
「その声は豆花さん? どうぞ」


「失礼するネ」
 大和撫子のように膝をついてふすまを開ける豆花さん。
 そしてなんだか美味そうな匂いが……。
「ってそれ……」
「コレ、対馬クンに作てきたヨ」
 豆花さんが持ってきたのは、お盆に載せられた美味そうな、見るだけで涎がたれそうな食事。
「うわ、美味そう……。でも俺、館長の罰は飯抜きで……」
 俺が心底悔しそうにそう言うと、豆花さんはクスリ、と笑って、言った。
「私の罰はネ、『お腹を空かせた対馬クンにご飯を作てあげる』だたヨ」
「え……」
 ってことは。
「もしかして、全部ばれてたの?」
「そうみたいネ」
 ……あんの館長!
「さ、食べテ。冷めないうちがオイシイネ」
 ……そうだな。とりあえず食欲を満たしたい。俺は本能に従うことにした。
「では、いただきまーす」
 ガツガツガツ!
「美味い! 美味いよコレ! あ、コレも美味い! つーか全部美味い!!!」
「イイ食べぷりネ。おかわりもあるからドンドン食べてネ」
「じゃ、おかわり。あ、そういえば、足の具合どう?」
「ウン、もう痛みは無いヨ。これもみんな対馬クンのおかげネ」
 お椀を渡しながら微笑む豆花さん。
 こういうのなんていうんだっけ。
 あ、そうだ。花が開いたような笑顔、だ。
 この美味しいご飯と、この笑顔を見れただけでも、今日がんばったかいはあった、な。


(作者・名無しさん[2006/02/23])


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