今日一日も無事に終わり、帰りのHRをしていると、
いつものことだが、2−Cの教室の方が五月蝿い。
 一週間の終わりの今日、いつも全力を出して生きている僕からすれば、
週末は疲れが溜まっていて、ちょっとしたことで頭にきてしまう。
 今日だってこれから拳法部の練習があるというのに。

 帰りのHRが終わり、廊下で西崎と週明けの委員長会について
話していると、2−Cの教室のほうから、伊達とフカヒレが歩いてきた。
 僕はさっき2−Cが五月蝿かったことを思い出して、伊達に声をかける。
 「伊達。ちょっと良いか?」
 「おっ、洋平ちゃんじゃない。どうしたの?」
 「お前達のクラス、どうしていつもあんなに五月蝿いんだ?
佐藤さんが注意してダメなら、伊達、お前は影響力あるんだから、
皆を静かにさせてくれないか?」
 「何でオレがそんなことしなくちゃいけないんだよ。」 
 「お前は僕がライバルとして認めている男だ。
それ位の事はできるだろう。」
 「オレは洋平ちゃんにライバルとして認めてもらわなくても良いよ。
それに、俺は他の人間が騒ごうがわめこうが、関係ないしね。
オレ、部活あるから行くぜ。
フカヒレ、じゃ、また今夜な。」
 伊達が一緒にいたフカヒレに別れを告げて立ち去ろうとする。
 「・・・ふっ、お前がこんなだから、
対馬や蟹沢もどうしようもない奴になっちまったんだろうな。」
 僕の目の前を通り過ぎようとしていた伊達が、
僕の台詞にピクリと反応する。
 西崎が僕のシャツの裾を引っ張っている。
 ・・・分かっている、僕も言い過ぎたかと今になって反省している。
 が、そんなことお構いなしに、伊達は
 「オレや他の人間のことはどう言おうが勝手だがね、
カニやレオのことを馬鹿にしたら、ゆるさねぇぞ!」
 伊達がすさまじい殺気を放って睨み付けてくる。


 難儀なことだ。
 このままでは伊達と喧嘩になってしまう。
 僕もボクシングではなく喧嘩でなら伊達には勝てなくもないと思うが、
僕もただでは済まないだろう。
 だが、こうなってしまった以上、仕方がない。
 伊達が体をこちらに向けて、拳を握ったのが見えた。
 仕方がない、覚悟を決めるか。
 と、僕も拳を握った瞬間
 「そこの二人、待て!」
 その言葉に、僕と伊達の体が一瞬動かなくなる。
 この図太い声は、見回りの鉄先輩ではない。
 ようやく体が動くようになって、振り向くと、立っていたのは
橘館長だった。
 「その勝負、儂が預かった。
儂も勝負事は大いに結構だと思うが、
ルール無用の残虐ファイトは戦場のみで良い。」
 館長がのっしのっしと歩み寄ってくる。
 「どうだ?この勝負、儂に預けてみないか?」
 「館長が、そうおっしゃるなら。」
 僕は反射的に答えてしまっていた。
 伊達もしぶしぶうなずく。
 この人の提案に逆らう人間なんかいたら、見てみたいものだ。
 「そうだな。勝負方法は・・・二対二の市内場所当てレース、なんていうのはどうだ?」
 「えっ・・・場所当てレース?って言うか、二対二?
俺と西崎さんも含まれてるって事?」
 館長からの意外な提案に僕もびっくりしたが、フカヒレが一番驚いていた。
 「そうだ。お前らだって当事者だろう?
ちょうど明日は休みだ。
明日一日使って、儂が市内にばら撒いたヒントをたどって、
最終的に先にゴールに着いたほうが勝ちだ。
勿論、儂も鉄とお前らを徹底的にサポートするぞ。」
 ・・・館長、昨日やっていたテレビに影響されましたね。


 西崎のほうを見ると
 「クー♪(たのしそう♪)」
とニコニコしているし、伊達も館長の提案に勢いを殺されたのか
 「じゃ、それで良いんじゃない?」
と半ば呆れた感じで言った。
 「よし、決まりだな。
それでは明日、朝九時に参加者は校門に集合。遅刻は厳禁だ。
ぬわぁっはっはっはっはっはっはぁ!」
 館長はのっしのっしと去っていった。
 伊達が肩をすくめて僕の事を見る。
 「何だか、変なことになっちまったな。
館長がああ言った以上、オレ達も喧嘩するわけには行かない、か。」
 「そうだな。だが伊達、明日は負けないぞ!」
 「オレだって負ける気はないぜ。な、フカヒレ。」
 「って、本当に俺も参加しなきゃいけないのかよ!」
 「くー♪」
 西崎はなぜか嬉しそうだ。
 ・・・

 翌日、指定された時間に校門に行くと、館長と鉄先輩が待っていた。
 「それにしても館長、また変なことを思いついたものですね。」
 「なぁに、これも儂の教育の仕方よ。」
 「おはようございます。館長、鉄先輩。」
 「おはよー、・・・ござい、ます!」
 「うむ!二人とも元気が良いな。
それにしても、もうそろそろ時間だが、まだ残る二人が来ていないな。」
 いっそのこと遅刻でもしてくれたら、僕としては楽なんだが・・・
 振り返ると伊達がフカヒレを引きずりながら走っている。


 「ほら、フカヒレ、もうすぐそこだから走れって!」
 「ばっ・・・はぁ・・・はぁ・・・スバル早すぎ!」
 指定時間十秒前になり、二人がぎりぎりで到着した。
 「館長、乙女さん、スミマセン。スバルの奴が支度をぐずって・・・」
 「・・・フカヒレ、お前よくそんな嘘がすらすらと出るのな。
オレ、良くお前の友達やってられると自分を褒めてあげたいよ。」
 館長は二人のやり取りをお構いなしに、
懐から封筒を二つ取り出し、話し始めた。
 「まぁなにはともあれ、参加者は全員そろったわけだ。
早速だがルールの説明をする。」
 ルールは至極簡単なものだ。
 館長から手渡される封筒の中には、ある場所を特定するヒントが入っている。
 ヒントの正解となる場所に行くと、次のヒントが入った封筒がある。
 これを繰り返して行き、ゴールまで先にたどり着いたペアの勝ち、というわけだ。
 勿論、僕達のペアと伊達たちではゴールまでのルートは異なっている。
 橘館長と鉄先輩は、僕達の様子を要所要所で確認してくれるらしい。
 「それでは両チーム、儂からの封筒を開けたらスタートだ。」
 西崎が館長からもらった封筒を空け、中に入っていた紙を取り出す。
 僕がそれを横から覗き込むと、紙には
 『砂漠の真ん中、アメリカから来たインド人が癒してくれる』
と書かれている。
 「・・・なんだこれは?
西崎、何か心当たりあるか?」
 僕の言ったことが聞こえたのか聞こえてないのか、黙って考えている。
 「スバル!これ俺とカニがよく行くライブハウスのことじゃね!?」
 「でかしたぞフカヒレ!
洋平ちゃん、お先に!」
 伊達とフカヒレが先にスタートする。


 「ぐっぐぐぞー!西崎!僕達のヒントのほうはまだ分からないのか!」
 「わかった・・・よ。たぶん、かれーやさん。」
 「カレー屋?」
 「うん、まえにわたし・・・こうほういいんで、しゅざいしたこと、ある。」
 「よし!兎に角そこへ行ってみよう!
案内は任せたぞ!」
 「くー!」
 走り出した西崎に、僕が続く。
 「お互い、第一のヒントが示す場所が、分かったようだな。」
 「フフフ、館長、楽しそうですね。」
 「まぁな。男に生まれたからには、
こう言うことで楽しまなくてどうする、鉄よ!」
 「・・・館長、お言葉ですが、私はこれでも乙女なんです。」
 ・・・

 ボクと西崎が走り出してから、ずいぶん経つが、
一向に目的地に着く気配がない。 
 「西崎!まだなのか?もうずいぶん走ったぞ!?」
 「くー?」
 西崎は急に立ち止まって、きょろきょろと辺りを見回している。
 「・・・お前まさか、迷ったのか?」
 「ごめん、ね。」
 やれやれ、難儀なことに西崎の方向音痴が出た。
 「そのカレー屋の大体の位置を教えろ。
そこまで僕が連れてってやるから、そこからなら流石に迷わないだろ?
どこなんだ?そのカレー屋は?」
 「どぶざかどおり・・・」
 「ドブ坂通りだと!?
ここからだと学校をはさんで全く逆方向じゃないか!」


 「おこって、る?」
 西崎が申し訳なさそうに上目遣いで僕を見る。
 ええい!そんな目で僕を見るな!
 てっ、照れるじゃないか。
 って僕は何を考えているんだ!
 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!いいから、僕について来い!」
 僕が西崎の手を引くと、西崎は嬉しそうに頷いた。
 迷ってしまったせいで、もう日が高く上がってしまっている。
 お昼ちょっと前ぐらいだろうか。
 ドブ坂通りを目指して、休日で込んでいる松笠公園を走りぬける。
 途中、ベンチのところに2−Cの蟹沢+数名がいたが、無視して走りぬける。
 それどころではないんだ。
 それから少し走っていると、後ろを走っているはずの西崎の足音がしない。
 振り向くと、西崎は蟹沢たちを相手に、写真を撮っていた。
 急いで西崎のところまで戻る。
 「おい西崎!急に消えると思ったらこんなところで何やってるんだ!
時間がない、行くぞ!」
 「ごめん、ね。」
 僕がまた西崎の手を引っ張る。
 「ありがとうな!クー!」
 「西崎!おおきに!」
 「ありがとうネ!」
 「バウ!」
 蟹沢たちが西崎にお礼を言っている。
 走りながら西崎に言う。
 「全く、お前も少しは断るということを覚えろ!」
 「でも、よろこんでた、よ。」
 「・・・わかった、今はもうこの事については何も言わん。」
 そんな嬉しそうな目で見られたら、こう言うしかないじゃないか!
 ・・・


 西崎が言っていた例のカレー屋「オアシス」に着いて中に入り、
ターバンを頭に巻いた外国人風の店主に声をかける。
 「スミマセン。昨日ここへ、髭がもっさもっさの人が来て、
何か置いて行ったりしませんでしたか?」
 「アー!ヒゲモッサモサってワタシの事ですかー!」
 「いや、確かにあなたも髭もさもさですが・・・」
 「HAHAHAHAHA!ジョウダンデース!
何かって、これのことですネー!?」
 店主がエプロンのポケットから封筒を取り出し、ボク達に見せる。
 「そっ、それです。それをいただけませんか?」
 「それと、昨日のその人から、お代もすでに頂いていマース!」
 「お代・・・というと?」
 「その人が、封筒のことを尋ねてきた人間がいたら、
ここで一番辛いカレーを完食した後に渡すように言われてマース!」
と、店主がカウンター越しに真っ赤なカレーを一皿置いた。
 「よーへー、がんばっ、て。」
 「やっぱり僕が食べることになるのか!」
 目的地ごとにこう言うお題があるようだ。
 今頃伊達たちも苦労してるだろう。
 ・・・

 唇と舌が腫れ、ひりひりとした感覚が未だ残るが、
やっと手に入れた第二の封筒を空けて、中の紙を取り出す。
 紙には
 『UFOによる誘拐、実は人間の手によるもの。』
と書いてある。
 「くー?」
 西崎は全く分かっていないようだが、僕にはどこの事かすぐに分かった。


 「これは駅前のゲームセンター、UFOキャッチャーのことを言っているんだ!」
 「よーへー、すごい!」
 へへへ、なんかこう、良い気分だな。
 西崎に褒められるというのは。
 ・・・って別に僕は 西 崎 に褒められたのが嬉しいんじゃない!
 あくまで褒められたという事実が嬉しいだけだ!
 「どーしたの、よーへー?かお、まっか。」
 「うっ、うるさい!とっ、兎に角、行くぞ!」
 僕はまた西崎の手をとって走り出した。
 ・・・

 あれからボク達は、いくつものヒントを解き明かし、
その度お題をクリアーして行った。
 それにしても何時までこのレースは続くのか、
もう日が傾き始め、風も冷たくなってきた。
 さっきもらった新しい封筒を空け、中の紙を取り出し、
西崎と二人で覗き込む。
 そこには
 『ゴールは烏賊島の高台。専用ボートが松笠公園にある。』
とヒントではなく、直接的に書かれていた。
 「やっとゴールだが、烏賊島か・・・。」
 「がん、ばろ!」
 「そうだな。ここまで来たんだ!やってやる!」
 ・・・

 松笠公園に着くと、海べりの立て看板に
『竜鳴館館長、橘平蔵所有物につき・・・』
と書かれている。
 すぐそばには手漕ぎボートが二艘。
 ということは、これで烏賊島まで行けって事か?


 「ぼーとだ♪」
 西崎は先ほどまでの疲労が消し飛んだかのように、嬉しそうにボートに乗り込んだ。
 ・・・当然、僕が漕ぐ事になるんだろうな。
 杭にかかっていたロープをはずしてボートを出し、漕ぎ始める。
 ボク達がボートを出してすぐ、陸のほうから伊達とフカヒレの声が聞こえた。
 追いつかれる前に、急がなくては!
 ・・・

 今、お互いのボートは沖に出て、距離は20Mといったところだろうか。
 先に出た分、ボク達がリードしている。
 「おい洋平ちゃん!少しは休んだらどうだ〜!?」
 ボートを漕いでいる伊達は全く喋らないが、フカヒレの野次が五月蝿い。
 日がかなり西に傾き、海面をきらきらと輝かせている。
 僕はずっとボートをこぎっぱなしで疲れているが、
西崎はそんな僕を見て、なぜかニコニコしている。
 海風が吹きぬける。
 「きれー、だね。」
 僕は答えない、その代わりにオールに力をこめてボートを漕ぐ。
 まだ烏賊島までは半分をやっと越したぐらいだろうか。
 西崎がきらきらしている海面を写真に収めている。
 西崎がシャッターを切る音と、僕と伊達のオールの音しか聞こえない。
 あと少しだ!あと少しで終わる!


 「ボートに付けておいた発信機からの信号が、
後三十分もすれば烏賊島につく位置まで来た。
鉄よ、もうそろそろ儂等もクルーザーに乗って、島まで行ったほうがよさそうだな。」
 なにやら難しそうな機械に向かっていた館長が、私に言う。
 「しかし館長、予定では日が暮れる前に終わるはずだったのでは?
もうそろそろ日も暮れてしまいますが?」
 「それは鉄、お前の鍛え方が足りぬというものよ。
まぁ、儂ももう少し普段から厳しくしなくては、と反省しているよ。」


 私と館長が竜鳴館から松笠公園近くのヨットハーバーまでやって来るころには、
日が暮れてからだいぶ時間が経っていた。
 館長がクルーザーを停泊させているところまで私を連れて行くと・・・
 「なにぃ!儂の、儂のクルーザーがない!儂のどらごん号が!」
 「・・・どうしますか?館長?このままでは村田たちには追いつけませんよ。」
 「盗まれたのかも知れん。立派なクルーザーだったからなぁ。
・・・仕方ない霧夜に電話だ。」
 館長が携帯電話を取り出し、ダイヤルし始める。
 とぅるるるるるるる・・・
 「もしもし?橘平蔵だぁ!霧夜、頼みがある。
基地内の者に頼んで、ヘリを一台回して欲しい。
・・・無理?リューメイのタチバナという名前を出せば、簡単だ。」
 「館長・・・むちゃくちゃですね。」
 私は改めて、この人の偉大さを知った気がした。

 烏賊島の船着場に先にボートを到着させた僕達は、急いで高台へと向かう。
 伊達たちもすぐに後を追ってくる。
 日はもうとっくのとうに暮れてしまっているので、島は闇に包まれている。
 暗闇の中、僕は西崎とはぐれない様、しっかりと手をつないでいる。
 「こっちの茂みの中を行ったほうが、近道だ!」
 僕達が道をそれると、伊達たちも付いて来るのが気配で分かる。
 このまま行けば、僕達の勝ちだ!
 茂みの中を走り抜けて、少し木々が開けたところに出る。
 走りやすくなったと思いスピードを上げると、
突然目の前に何か大きなものが落ちてきて、僕はそれにぶつかってしまった。
 西崎ごと、僕は尻餅をつく。
 「痛っ!いったい、なんなんだ・・・?」


 顔を上げると目の前にいたのは、鳥の頭をした、でかい・・・人間?
 「グルルルルルル・・・」
 何だこれは?
 これも館長の演出か?
 危険を察知した僕は立ち上がり、
西崎を引っ張り起こすと同時にサイドステップを取る。
 すると今まで僕と西崎が立っていた所に怪物のパンチが放たれ、後ろの木に当たる。
 木は当たり前のようにメキメキと音を立てて倒れた。
 「よ、よーへー。」
 西崎の声が震えている。
 「「何だこいつは!?」」
 追いついてきたらしい伊達とフカヒレが、声を上げる。
 その声に気を取られた怪物が一瞬、伊達たちのほうを見た。
 瞬間、僕は得意の蹴りを怪物の顔面に放った。
 勿論、怪物相手に勝つ気はない。
 怯ませて、その隙に逃げるのだ。
 ボグゥッ!
 蹴りはきれいに怪物の顔面にヒットした。
 が、全く効いている気配がない。
 怪物は奇妙な低い声で笑っている。
 「みんな!にげ・・・!」
 瞬間、僕は怪物の攻撃に吹き飛ばされた。
 「ぐはぁ!」
 「よーへー!」
 西崎が僕に駆け寄ってくる。
 「洋平ちゃん!フカヒレはそこの茂みにでも隠れてろ!」
 「い、い、言われなくたってそうするやい!」
 気が遠くなりそうな痛みの中で、フカヒレがヘタレ発言をしているのが聞こえる。
 怪物が一歩一歩僕に近づいてくる。
 「ちっ。」
 伊達が走り出し、怪物にとび蹴りを放つ。
 が、怪物の腕になぎ払われ、伊達も吹き飛ばされた。


 「うげぇ!」
 伊達はそのまま後ろの木に叩きつけられた。
 「伊達!大丈夫か!くそぉぉぉ!」
 怪物がもう一歩僕のほうへよって来る。
 悔しいが、とてもじゃないが立ち上がれない。
 先ほどの痛みがひどすぎる。
 どうする?
 僕にはどうしようもないのか?
 ―――と
 西崎が僕と怪物の間に立ち、両手を広げ僕をかばう姿勢をとった。
 馬鹿な!
 早く逃げろと言おうとしたが、声にならない。
 後ろから見た西崎の手は震えている。
 怪物が腕をスッと持ち上げた。
 こいつ、西崎を突き殺すつもりだ!
 何とかしなくては!
 西崎を死なせるわけには行かない!
 だが僕の体は全く言うことを聞かない。
 僕が今までしてきた厳しい練習は、修行は何のためだったんだ!
 西崎一人守れないようじゃ、何にもならないじゃないか!
 怪物が突きを放つのが見えた。
 「西崎ぃー!」
 瞬間!
 ガシッっと突然現れた紫色の何かが、怪物の放った突きを横から掴んで止めた。
 掴まれた怪物の腕から、ゴリッと鈍い音が響くと同時に、怪物が叫んだ。
 「グケェェェエ!」
 紫色の男が、怪物の腕を握りつぶした!?
 「二人とも、早く離れるんだ!」
 後ろを見るとヘルメットをかぶった男が、僕と西崎を怪物と紫男から引き離す。
 「あんた等いったい、なんなんだ!」
 「・・・」
 ヘルメット男は答えない。


 紫男のほうは、怪物を圧倒的な力でボコボコにしている。
 荒削りだが、華麗な連撃。
 どうやったら、あんなに強くなれる?
 やがて紫男が必殺技らしいのを放つ。
 必殺技が怪物に当たると
 バガアァァァァン!
 爆発とともに地面にクレーターができ、怪物が消えた。
 その音に我に返り、西崎のことが不安になる。
 そういえば、西崎は無事なのか?
 あの角度からだとよく分からなかった。
 「西崎!?無事か?」
 見ると、西崎は震えながら、僕に笑顔を作って見せた。
 「よ、よかった・・・」
 情けないことに、僕は声が震えているのが自分で分かった。
 西崎の手を取る。
 「よーへーも、ぶじ?」
 「ああ、僕は大丈夫だ!この通り!」
 腕を動かすが、正直無事じゃない。
 ふと紫男のほうを見ると、なにやら新しく現れた白い人影と話をしている。
 白い人影がシュッと消えると、膝をついていた紫男も立ち上がった。
 紫男が消える前に、どうしても聴きたいことがある。
 「待ってくれ!・・・どうやったら、どうやったら強くなれる!?」
 紫男は無言で僕のほうを見ると、何も言わずに白い人影を追って言った。
 「なぜだ・・・なぜ教えてくれない!
僕は今回のことで実感した。もっと強くならなくては、と!」
 そう言う僕を見たヘルメット男がボク達に近寄ってきて
 「・・・あの人の強さの秘密はな、優しさだよ。」
 それだけ言うとヘルメット男も紫男の後を追って、
暗闇に覆われた木々の中へ消えていった。


 「優しさ、だと・・・?」
 僕は混乱していた。
 優しさが強さ?どういう事だ?
 考えていると、西崎が繋いだ手にぎゅっと力をこめて言った。
 「よーへーは、さいしょ、わたしをまもって、くれたでしょ?
もう、じゅうぶん、つよいとおもう、よ?」
 「西崎・・・。」
 西崎の目は諭すように、まっすぐと僕を見ている。
 「・・・正直、僕にはあいつの言葉やお前が言ったことが今はまだ分からない。
だから、僕はこれからもっともっと修行して、その答えを見つける!
いや、絶対に見つけてやる!」
 「やっぱり、よーへーはつよいよ。」
 フカヒレが伊達を担いで僕達のそばまで来た。
 「まぁーこうなっちゃったからには、レースはお開きだな。」
 「おまえ、今まで隠れてたクセに、何まとめようとしているんだ?」
 「こうでもしないと、俺の見せ場はないの!」
 そういったフカヒレの声を掻き消すかのように、上空にヘリの爆音が響く。
 館長たちの迎えか?
 レスキュー隊員のような人間が降りてきて、
ボク達を一人ずつヘリに引っ張りあげていく。
 ヘリには『US AIRFORCE』と書かれていたので一瞬不安になったが、
乗り込むと館長と鉄先輩が乗っていた。
 僕は館長に見たままの事を話すと、館長は
 「それは是非とも見ておかなければならないもだな。」
とヘリのパイロットに島を一周する様に告げた。

 ヘリが紫男達の姿を確認したのは、それから少し後のことだった。
 サーチライトで紫男達を照らすと、すぐに白い人影は消え、
紫男はヘルメット男に担がれて森の中へ消えていった。


 「館長、今の、わたしには人間に見えませんでしたが。」
 鉄先輩が館長に意見を求める。
 「ふむ・・・。」
 館長は少し考え込むと
 「いいか、お前等。今日見たことは夢だと思って忘れろ。
パイロット、勿論お前もだぞ。米軍は知りたがりだからなぁ。」
 「ア、アイアイサー!」
 「館長!なぜです!」
 「鉄よ、確かに姿形は人間ではなかったがな、お前にはまだアレの本質が
何か分からんか。まだまだ修行が足りんな。」
 「・・・はい。精進します・・・。」
 それだけ言うと、館長は船着場へをへりを飛ばすようにパイロットに命じた。

 砂浜に降り立つと、館長が驚きの声を上げる。
 「おお!儂のどらごん号が!
恐らく、さっきの異形たちが乗ってきたのだろう。
儂等はこれで帰る、パイロット、お前は先にヘリで帰って良いぞ!」
 「アイアイサー!」
 それだけ言うと、僕達を残してヘリは帰って行った。
 船に動けない僕と、気絶している伊達が担いで載せられる。
 「村田、お前こんなでは、だらしがないぞ。
明日からはもっと練習を厳しくしてやる。」
 「鉄先輩・・・流石に明日は無理です。」
 「そんなことはないぞ、それ!」
 鉄先輩が気合を入れて怪物に殴られた部分を叩く。
 すると
 「あれ?動く・・・?」
 「こんなものは気合でどうにかなるものさ。」
 向こうでは館長が、伊達に同じ事をしている。
 気合を入れられた伊達はすぐに目を覚まし、辺りをきょろきょろと見回した。
 「・・・あれ?もう終わったのか?」
 「あー、終わったぞ。後は儂のクルーザーで帰るだけだ。」


 その館長の台詞を聞くと、伊達は
 「そっか。全員無事だったようだな。」
と僕達を一瞥した。
 「伊達、お前は対馬ファミリー以外がどうなろうと、知ったことではないんだろう?」
 「ああ、そうだぜ。」
 「では、なぜあの時怪物に向かっていった?」
 「さあな。気が付いたら体が動いてた。
・・・ここは寒いな、船室で休ませてもらうぜ。」
 それだけ言うと、伊達はフカヒレと共に船室へ降りて行った。
 「ボートは仕方ないが、発信機は回収したし、置いていくとするか。
本来ならお前たちは回収せず、喧嘩しようとした罰として
「島流し」とする予定だったのだがな。
まぁよい、それでは、出港!」
 館長が恐ろしいことをさりげなく言って、クルーザーを出港させる。
 
 クルーザーが沖に出ると、冷たい夜風が船上を駆け抜ける。
 西崎が海に浮かぶ月をカシャカシャと撮っている。
 元気な奴だ。
 「おい西崎、もう風引くから、船室へ降りるぞ。」
 「そー、だね。」
 僕の声に反応し振り返った西崎が、背景の水面で光る月明かりのせいか、
その・・・いつもより可愛く見えた。
 いつでも冷静な僕をこんな気持ちにさせるとは、
月夜に魔力があると言うのもなんとなく納得できる。
 「くー♪」
 西崎が僕の手を取り、船室へといざなう。
 その手から伝わる体温を感じ取り、僕は絶対にもっと強くなろうと決心した。 


(作者・SSD氏[2005/10/17])


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