「おーっす!乙女さん、おはよう!」
 朝の校門前、ボクは乙女さんに元気良く挨拶をする。
 「おお!蟹沢元気がいいな。
それに最近登校時間に余裕があるじゃないか。えらいぞ。
ところで、レオはどうした?一緒じゃないのか?」
 「しらねー。今頃ボクの部屋に入って、
ボクを起こしてるつもりにでもなってるんじゃないの?」
 「全く、あいつはせっかく私が起こしてやったのに、
今頃そんなことをしていると言うことは、あの後二度寝したな。」
 「少なくとも、ボクはまだ今日レオを見てないよ。」
 「見かけたら説教だな。」
 レオの奴が乙女さんに怒られる姿を想像すると、うきうきしてくる。
 ざまーねーぜ!
 校門の横をすり抜け、教室には向かわずに校舎裏へ行く。
 校舎裏の学校の敷地の隅の隅、普段は人が足を踏み入れないような
茂みの中を目指す。
 その中にうずくまる影に、ボクは今日も挨拶をする。
 「おーっす!ダニー!今日も元気か?」
 中からでてきたのは、最近学校に迷い込んできた不細工な中型の犬。
 犬種は分からないけど、一応ボクの中ではザッシュってことになってる。
 尻尾をフリフリボクに飛び掛ってきて、ボクの顔中をなめるダニー。
 「お、おいおい、うれしいけど、朝からそれはやめちくり。」
 ダニーを落ち着かせると、後ろから声をかけられた。
 「あー、カニち、おはようネ。今日はまた学校に来るの、早カタネ!」
 「おーす、トンファー!ダニーのご飯ならもうあげたよ。」
 「さすがカニち!」
 ダニーはボクが出したスナック菓子みたいなドックフードを
うれしそうに尻尾を振りながら食べ始めた。
 「ところでさ、マナは?」
 「マナはまだ見てないヨ。キト、今日も遅刻するじゃないカ?」
 「しょーがねーなーマナは。ボクだって最近になって
ダニーの為に早起きするようになったのに。」


 ダニーは一ヶ月ぐらい前に、竜鳴館の敷地内に現れるようになった野良犬。
 この珍しい来客者はすぐに学校中の話題になった。
 だけどいつか誰かが狂犬病だの、保健所で処分だのって言い始めたのが原因で、
当時の生徒会で、この犬をどうするかと言う話が持ち上がった。
 「誰か飼い主でも探せばいいんじゃね?一応、首輪はしてるんでしょ?」
 「誰もフカヒレ君に意見は聞いてませーん。
ところで、私からの提案なんだけど、このまま保健所って言うのもアレだし、
誰か飼う事のできる人いないかしら。
首輪はしてるみたいだけど、刻まれた文字もかすれて読めないらしいわね。」
 「ひ、姫に無視された・・・しかも同じ意見を堂々と後から言われた・・・。」
 フカヒレがいじけているが、何事もなかったかのようにボクが手を上げる。
 「何で姫が飼わねーの?姫んちなら余裕で飼えそうじゃん!」
 「却下。私、犬より猫のほうが好き。どうせ飼うなら、猫。
それに自分から議題に上げて置いてなんなんだけど、もう犬には興味ないから、
後はよっぴー、任せたわよ。」
 「えっ?わ、私?そんなぁ、こまるよぅ。」
 言い終わる前に、姫は竜宮を出て行った。
 「本当に行っちゃった・・・。
えーっと、それじゃあ、何か意見あるかな?」
 「はいはいハーイ!よっぴー!俺、意見有るよ!」
 「鮫氷君は黙っててね。他に意見ある人?」
 「よっぴーにまで・・・しかも露骨に冷たくされた。
でも、なぜかそれがカ☆イ☆カ☆ン!」
 生徒会メンバーの中で犬を買える人間はいなかったので、
とりあえず地元保健所に竜鳴館生徒会が「保護」したという形で届出を出しておいた。
 最初の内は一般生徒も犬を見かければお菓子を上げたり
可愛がっていたけど、不細工なのが災いしたのか、
一週間もすると誰もかまわなくなった。
 ボクもいつの間にか犬の存在すら忘れてた。


 ある朝、レオのアホのせいで、ボク達は四人は遅刻寸前、というか、ほぼ遅刻確定。
 間に合うかどうかぎりぎりだったから、四人で通学路を全速力。
 「はぁっはぁっはぁっはぁ、おい、スバル、カニ、お前ら早いよ!」
 「はぁはぁっ、へ〜。あの二人は頭空っぽな分、運動神経はすごいからな。」
 「でも、お前は運動も勉強もダメじゃないか。フカヒレ。」
 「あー!それを言っちゃあお終いだぜ!それを言っちゃあよ!」
 後ろでレオとフカヒレがバテてる間に、先に校門の様子を見に行った
スバルが帰ってきた。
 「やっぱりダメだったぞ。校門、閉まってた。
・・・やるか、フォーメーションB。」
 「やるしかないだろう。」
 ボク達は校舎裏側の塀のところまでやってきた。
 前に乙女さんに見つかったのを教訓に、
塀の向こうは学校敷地の隅の隅、本当に人気のないところ。
 フォーメーションBを華麗に決める。
 スバルが塀を乗り越えてきて、着地すると同時に言う。
 「急いで校内に入らないと、また乙女さんに見つかると面倒だ。」
 「そだね。じゃいこっk・・・」
と走り出したボクの視界の隅に、誰かがいるのを捕らえて、
思わずボクは立ち止まってしまった。
 レオやスバル、フカヒレはもう走っていってしまったし、
誰だろうと見てみると、トンファーがしゃがんで何かをしているのが見えた。
 しゃがんでこっちに背を向けているトンファーに近づいて、声をかける。
 「トンファーも塀を乗り越えてきたクチ?」
 一瞬びっくっと体を震わせ、トンファーが振り返る。
 「ああ、何だカニち。もうビクリさせないで欲しいネ!
チガウヨ。ワタシ、遅刻なんてしないヨ。」
 「じゃあ何やってんの?」
 と覗き込むと、例の犬がトンファーが持ってきたらしいエサを食べている。
 「モウ誰もこの子の世話しなくなたネ。
だからワタシ、この子のごはん、世話してあげてるヨ。」
 トンファーが犬の頭を撫でながら楽しそうに言う。


 トンファーは偉い、と思った。
 ボク達生徒会が一応保護という形を取ったものの、
もう誰も犬のことを覚えてる人間はいなかった。
 それをトンファーはこの不細工な犬を気にかけて、エサをやってる。
 ボクもちょっとは見習わなきゃダメかな。
 「トンファー、とりあえずさ、HRに遅刻しちゃうから、教室行こうぜ。」
 「もうそんな時間かネ。ダニー、またお昼に来るヨ。」
 「ダニー?ずいぶん立派な名前だね。」
 「なんとなくつけたヨ。それじゃ行こカ。カニち。」
 「あー、それとさ、トンファー。」
 「何?」
 「ボクも・・・ダニーの世話、手伝うよ。お昼一緒にここ来ていいかな?」
 「そんなこと聞くなんて、カニちらしくないネ。
ワタシダメ言ても、カニちは来るネ。」
 「ダメって言われても、来るつもりだったけどね。行こうか!」
 ・・・

 朝のトンファーとのやり取りを、レオ達は気が付いていないようだったし、
僕も何となくわざわざ言わなくてもいいや、と思って言わなかった。
 その日のお昼になって、ボクとトンファーが校舎を出ようとすると、
マナが声をかけてきた。
 「何や、二人していそいそと。どこ行くつもりや?」
 「あー、五月蝿いのに見つかったな。犬のところだよ。」
 「犬?犬って・・・あの四本足の?」
 「ホラ、二週間ぐらい前に、学校に迷い込んできた犬の事ネ。
マナも当時は可愛い可愛い言てたネ。忘れたカ?」
 「・・・・・・そういえばそんな犬がいたような。
なんかよう分からんけど、ついて行ってええか?」
 「どうせボク達がダメって言っても来るんだろ?」
 「あったり前やん!ウチはどこまでも二人に着いていくで!」
 結局三人でダニーのところに行くことになった。


 例の場所まで行くと、ダニーが嬉しそうに尻尾を振って、
トンファーめがけて走ってきた。
 「ダニー。お腹すいたかネ?これお食べ。
こっちに置いておくのは、夜の分ネ。」
 ダニーはトンファーの出したエサにはすぐに手をつけず、
お座りしてからボクとマナを見た。
 「ボクは蟹沢きぬ。よろしくなダニー。」
 「ウチは浦賀マナや。お前、立派な名前やな。」
 ボクとマナが自己紹介をすると、分かったかのようにダニーが
 「バウ!」
と吠えた。
 それから初めてダニーはエサに口をつけた。
 「この子、とてもお利口さんネ。
多分、前の飼い主さんが、よほどちゃんと躾けたネ。」
 「カニよりかお行儀いいんちゃう?」
 「ボッ、ボクだって流石に犬よっかは行儀いいよ!」
 「とてもそうとは思えないネ。」
 「ところでさ、トンファー。
ダニーは何時までもこのままにしておくつもりはないんやろ?
新聞部に掛け合って、飼い主募集の広告でも出したらどうや?」
 「おお!マナが珍しく頭よさげな発言!」
 「・・・ワタシもそれは考えたけどネ、
どうもそうしない方がよさそうな気がするヨ。」
 「何で?」
 「ダニーが来てちょとした時、
一部の生徒が保健所で処分処分て騒いだ時期があたネ。
ちょうどその頃ネ。生徒会が保護したのは。」
 「・・・そういえばそうだね。
そんな声も上がってるってよっぴーが言ってた気がする。」
 「ダニーの話が落ち着いて、騒いでた生徒も何も言わなくなたネ。
彼らも多分、ダニーの存在、忘れてるネ。
でもここでまた広告出したラ・・・」


 「確かにそうやな。ウチもダニーの事、人に言わんよう気をつけな。」
 「じゃーさー、どうするわけ?」
 「カニちは確かパソコン詳しいネ?」
 「うん、普通にやってる人よりかは詳しいよ。」
 「インターネットで、外部に飼い主募集の広告出すのはどうかネ?」
 「おお!さすがやな、トンファー。あったまええなー。」
 「じゃあボク、早速やってみるよ。
飼い主が見つかったら、生徒会には事後報告ってことで。」
 「ウチ、考えたんやけど、トンファーだけがエサ持ってくるの、
お金かかって大変やろ?当番制にせぇへん?」
 トンファーが豆鉄砲食らったような顔でマナを見ている。
 多分、ボクも今同じ顔してる。
 「な、なんなん?二人して豆が鳩鉄砲食らったような顔して?」
 「マナ、それを言うなら鳩が豆鉄砲ネ。」
 「なーんだ。まともな事言うと思ったら、やっぱりいつものマナだ。」
 「ワタシ、マナがまともな事言うから、変になたかと思たヨ。」
 「こっ、このくらいの間違い、みんなするやろ!?なぁ?」
 マナがダニーのほうを向くと、ダニーが顔を上げて、首を横に振る。
 「ほら、ダニーもしないって言ってるぜ!」
 「ハハハ、マナ、顔真っ赤ネ!」
 「んもう!うっさいなー!」
 「バウ!」
 ・・・

 こんなことがあってから、ボク達はダニーの世話を交代でするようになった。
 何も秘密にすることはないんだけど、
ボク達三人はこのことを誰にも言わなかった。
 
 今日はボクが当番だから、投稿もいつもよりちょっと早めにしたんだ。
 マナは今日は遅刻だろうけど、当番の日はちゃんと遅刻せずにエサ持ってくる。
 ダニーは不細工な犬だけど、今じゃその不細工さが可愛い。
 レオもこんな風に従順だったら、もうちょっと僕がかわいがってやるのにな。


 ネットで飼い主募集の特設HPを作ってずいぶん経つけど、
やっぱり外見のせいか、飼い主希望者はまだ現れてない。
 「カニち、もうそろそろHRの時間ネ。教室いコ。」
 「そうだね。じゃねー、ダニー。また昼に来るからね。」
 「バウ!」
 ・・・

 昼休みになって、いつものように三人でダニーのところへ。
 ダニーがまたまた嬉しそうに駆け寄ってくる。
 「バウバウ!」
 「おおお、お前、落ち着けって。ホラ、エサだよ。」
 エサのお皿にドックフードを出す。
 ダニーはちゃんとお座りをして、ボク達に一言
 「バウ!」
と言ってから食べ始める。
 「そういえばさ、明日は休みだから、続けてボクが当番だよね?」
 「そうネ。休みの日の当番は、前日の当番が続けてやる決まりネ。」
 「じゃあ、今の内に夜の分と明日の朝の分だしとかねーと。」
 こうして分けて出しておいても、ダニーはちゃんと決められた時に
決められた分だけを食べるから、ボク達としても世話しやすかった。
 ・・・

 家に帰り夕飯を食べ終えた後の、部屋での優雅なひと時。
 どれ、レオの部屋に行く前に、メールチェックでも・・・と。
 ピロリロリン♪
 おっ、知らないアドレスからメールが来てる。
 タイトルは『犬の飼い主募集見ました』
 ・・・ってことは!?


 メールを開き、中身を読んでみる。
 「ふん・・・ふむふむ・・・・・・おおお!」
 読み終わってすぐに、トンファーに電話をかける。
 とぅるるるるるるるる・・・
 「あ、トンファー、やったぜ!
ダニーに興味持ってくれた人がいてさ、月曜の放課後に見に来てもいいかって!」
 電話の向こうのトンファーも興奮している。
 「・・・うん!・・・・・・えっ、あ、そうか。そういやーそうだね。
飼い主が見つかったら、お別れ・・・か。
・・・うん、え?明日おめでとうパーティ?
ま、まださ、ダニー引き取ってくれるって決まったわけじゃないんだし、
そういうパーティーは早くねぇ?
・・・うん、そだね。じゃ、あしたやろっか。うん、じゃね。」
 電話を切る。
 ダニーの飼い主候補が見つかって嬉しいはずなのに、
ボクを急に焦りのような感覚が襲った。
 「ふーっ。」
 ドサッとベットに倒れこむ。
 あー、なんかもやもやする。
 レオの部屋に行く気も何だか失せた。
 今日はこのまま寝てしまおう。
 目を閉じると、嬉しそうに尻尾を振るダニーの姿が思い浮かぶ。
 「・・・寝よ。」
 電気を消して布団にもぐるといつの間にか眠ってしまった。
 ・・・

 翌日。
 今日は朝から三人でダニーのところに集まって、
散歩やら何やらをしてすごす予定。
 休日といえども部活動やってるところがあるから、ボク達は
何の問題もなくダニーのところまで行くことができる。


 きちんと今朝の分のお皿からエサを食べていたダニーが、
ボク達の姿を見るなりいつも通り走り寄って来た。
 「バウ!」
 「おっ、ダニー、今日も元気やな!」
 「ダニー、おはようネ!」
 「・・・おはよう、ダニー。」
 頭を撫でると、ダニーはうれしそうに尻尾を振る。
 「あんな、ダニー。聞いちくり。
昨日、おめーの飼い主希望者からメールがあって、月曜に見に来てくれるって。」
 「くぅーん」
 ダニーは分かったのか分かってないのか、寂しげな声で鳴いた。
 「ま、まぁ兎に角、今日はそれを祝ってぱぁって騒ごうや!」
 「そうネ!ダニーが食べ終わったら、まず、ダニーの体キレイにしようネ!」
 トンファーが犬用ボディーソープを取り出す。
 「さっすがトンファーやな。用意がええ!」
 「う、うん。そだね!今日はパーッと騒ごうぜ!」
 「バウ!」

 ダニーが朝食を食べ終わった後、学校の水道でダニーを洗う。
 水をかけられてもボディーソープでボクとトンファーにごしごしやられても、
ダニーは全く暴れない。
 「おめーは本当に頭がいいな。
ボクよりか頭がいいって言うのは認めないけど、ボクの一歩手前までは来てるね。
そこだけは認めてやるよ。」
 ダニーをごしごしと洗いながら言っていると、後ろから
 「ほれ、ダニーの泡を落とすで〜!」
と、マナがホースでボクとトンファーごとダニーめがけて放水してきた。
 「マナ!冷たいネ!」
 「てめー!何やってんだー!」
 「あはははははは!なんっか楽しーなー!これ!」
 「バウワウ!」
 ・・・


 日が高く上がる頃には、松笠公園まで皆で散歩しに来ていた。
 ある程度散歩をし、トンファーが作ってきた弁当を皆でベンチに座って食べていると、
目の前を村・・・村岡とクーが急いで駆け抜けていった。
 クーを見て、あるアイディアが浮かぶ。
 「クー!」
 「くー?」
 呼び止められてクーが振り返る。
 「あのさ、ボク達とダニー・・・この犬の写真とってくれよ!」
 「カニち!ナイスアイディアね!西崎さん、ワタシからもお願いするネ!」
 「ええなー。ウチからも頼むわ!」
 クーが一瞬走り抜けて行った村・・・何とかのほうを振り返るが、
 「いい、よ。」
と言ってくれた。
 早速ダニーを中心に取り囲むようにボク達が並ぶ。
 「はい、チー・・・ズ!」
 カシャッ!
 「おい西崎!急に消えると思ったらこんなところで何やってるんだ!
時間がない、行くぞ!」
 「ごめん、ね。」
 クーを探しに来たらしい村越にクーが引っ張られていく。
 「ありがとうな!クー!」
 「西崎!おおきに!」
 「ありがとうネ!」
 「バウ!」
 「ボク達ってさ、何気なくダニーの写真、
HP用の奴以外持ってなかったからいい記念になったね。」
 「そうやなー。最後の最後で、いい思い出や。」
 「あ、そっか。これが最後の写真かも知れんね・・・。」
 「マナ!本当に空気読めないネ!」
 トンファーがボクに気を使ってくれたのか、マナを叱る。
 「い、いいんだよトンファー。後半日、ダニーと遊び倒そうぜ!な、ダニー!」
 「バウ!」


 その後は、いろいろなところをダニーと周り、空が赤く染まる頃には、
学校にダニーを戻し解散となった。
 別れ際、ダニーは寂しそうな顔をしてたけど、不細工なのでキマっていない。
 「そんな悲しそうな顔すんなや。また明日な!」
 「そうヨ!カニち。ダニーはまだ明日までここにいるネ。」
 「あ、そっか!ダニーは明日もいるんだ・・・。」
 ・・・

 家に帰り、夕飯を食べ、ベットに突っ伏す。
 「あー・・・なんかな。」
 意味もなく声がでる。
 ふと部屋の隅に目をやると、ダニーのために買ったドックフードの箱がある。
 「・・・夜のガッコは怖いけど、ダニーをもう一回見て来ようかな。」

 外に出ると、もう日はとっぷりと暮れていた。
 この時期になると、夜の風はもう冷たい。
 学校に行くと、校門はまだ開いていて、体育館錬のほうに電気がついているのが見える。
 部活をしているところがあるのかな?
 ダニーのところまで行くと、寝ていたらしいダニーは起き上がって、
またまた嬉しそうに走り寄って来た。
 「バウ!」
 「おめーはちゃんと挨拶ができて偉いな。
・・・風がちっと寒いけどさ、ボクと二人っきりで散歩行くか?」
 「バウ!」
 ・・・

 ダニーと並んで歩く。
 お互い何も言わない。
 丘のほうへ歩いていくと、大きい公園が見えた。
 木が生い茂っていて、松笠公園とは全く別の雰囲気。


 「・・・ダニー、あそこ行ってリードはずして遊ぶべ。」
 「・・・クーン。」
 なぜかダニーが乗り気でないようだ。
 「ほら、行こうぜ!」
 ダニーがしぶしぶついてくる。

 公園に入ると、あたりに人気は全くない。
 街灯の下でダニーのリードを首輪からはずす。
 フリスビーを投げるとダニーは急いで取りに行くが、
そのまま帰ってこないで、遠くからボクのほうへ吠えている。
 昼間フリスビーで遊んだ時は、すぐに戻ってきたのに・・・?
 「おいダニー!それ持って戻って来いって!」
 「バゥ!」
 「・・・ったく、しょうがねーなー。」
 ダニーの元へ走り出そうとした瞬間、
 カチカチッ!
 頭の上の街灯が、急に点滅し始めた。
 ビックして思わず立ち止まり、見上げる。
 「なっ、なんだよ。びっくりさせやがって。」
と、正面に視線を戻すと、目の前にはでかい図体をした着ぐるみ?
 鳥の頭をして、手には映画で見た怪物のような、長い爪がついている。
 「グルルルルルルルル・・・」
 この唸るような声・・・人間じゃない!?
 「ばっばっばっ・・・化け物だぁー!」
 思わず尻餅をつくと、頭のあった場所を化け物の腕がブォンとなぎ払う。
 尻餅をついてなかったら・・・。
 こいつ、ボクを殺す気だ!
 で、でもボクはこれからどうやって逃げるんだ?
 化け物が一歩一歩近寄ってくる。
 立ち上がろうにも腰が砕けて力が入らない。
 ダメだ――――レオ!
 思わず目をつぶる。


 「ゲェエエエエ!」
 化け物が悲鳴を上げている。
 目を開けると、ダニーが化け物の腕に噛み付いている。
 「ガウガウガウ!」
 「ダッ、馬鹿!逃げろダニー!」
 化け物はダニーを振りほどくが、ダニーは化け物に向かって再び飛び掛る。
 すると、ダニーが化け物の体に到達する前に、化け物がダニーをなぎ払う。
 「きゃぅん!」
 ゴッっという鈍い音とともに、飛ばされ、ダニーはピクリとも動かなくなった。
 「・・・ダニー!?」
 飛ばされたダニーに声をかけるが、やはり動かない。
 この化け物が、ダニーを殺した?
 今までのダニーとの思い出が、走馬灯のように頭を駆け抜ける。
 化け物がまた一歩近づいてきた。
 キレた。
 今なら不思議と腰に力も入るし、実際立ち上がることができた。
 この鳥頭!ボク達のダニーに!
 「何をするだー!ぜっっっってぇゆるさねぇ!」
 勝てる勝てないの問題じゃない。
 ボクはこの鳥頭を絶対にボコボコにしてやる!
 と、瞬間!
 バキィッ!
 今度は紫色の光がどこからともなく飛んできて、鳥頭に直撃した。
 「ゲェェェェエエ!」
 飛んでいく鳥頭、それに見とれていると、後ろからヘルメットをかぶった兄ちゃんが
 「おい、ここは危険だ。ここはあの人に任せて避難するぞ!」
 といってボクの手を引っ張る。
 あの人?


 見ると、紫色に輝く、人型の・・・虫が背筋をピンと伸ばし、鳥頭のほうを見ている。
 確かに、あいつなら鳥頭に勝てそうだ。
 だけど、ダニーの敵を討つのはボクだ!
 走り出そうとした瞬間、ヘルメットが僕を羽交い絞めにする。
 「何やってんだ!ほらこっち来い!危ねぇから!」
 「離せよ!ダニーはボクたちの犬だったんだ!それをアイツが!
ボクが敵を取るんだ!」
 何だこのヘルメット野郎!すげぇ力で、全く身動きが取れない。
 紫の虫男は動かなくなったダニーのほうをちらりと見ると、すごい勢いで鳥頭との間合いを詰めた。
 そして、立ち上がりかけた鳥頭をボッコボコにする。
 思わず見とれてしまって、体中の力が抜ける。
 途中、何でか急に虫男がうずくまってピンチになったりしたけど、
ヘルメットの援護のおかげで、必殺技らしいのを鳥頭に食らわせる。
 ドガァァァアン!
 鳥頭が派手に爆発すると、虫男が地面に膝をついた。
 それを合図に、ボクは我に返った。
 ボクは遠くで動かなくなったダニーをちらりと見てから、
ヘルメット野郎と虫男のところまで行った。
 「おめーら・・・あれか、せいぎのみかた、って奴か?」
 ヘルメット野郎が事務的に答える。
 「まぁ、そんなようなもんだ。今日のことは心の中にとどめておけ。
何も見なかったことにしろ。」
 ・・・ダニーの事もあるのに、そんなこと、できるわけねーじゃん・・・。
 「まぁ、命助けてくれたし、ボクもそこまで馬鹿じゃないからそうするけどさ、
欲を言えば・・・もうちょっと早く来て欲しかった・・・かな。」
 自分でも目に涙が溜まっていて、声が震えてるのがわかる。
 虫男は息を切らしながら、ボクの事を見つめている。
 「別に攻めてるわけじゃないんだぜ。
これ以上、ダニーのような不幸な奴を出さないでくれよな。
・・・それと、助けてくれてアリガトウ。」
 ボクはそれだけ言って、ダニーの元へ行った。


 ダニーはピクリとも動かない。
 ダニーに触ってみると、まだ暖かかったけど、骨が折れているせいか、
体がぐにゃっとして、正直気持ち悪いと思ってしまった。
 どうしたらいいんだろうな。
 見ると、いつの間にか虫男とヘルメット野郎は消えていた。
 ・・・トンファーとマナに電話しよう。
 電話では、ダニーが死んだということだけど伝える。

 電話を終えると、すぐに二人がけつけてきた。
 「はぁっはぁっはぁっ・・・カニち・・・」
 「なっ!ダニー!こっ、こんなん、・・・・・・・こんなんってありか!?」
 マナが変わり果てたダニーを見てボロボロと泣き出した。
 ボクは今見たことを、嘘偽りなく話した。
 勿論、他の人間に言うつもりはない。
 「・・・信じられない話だケド、カニちが嘘をつくとは思えないネ。」
 「ウチも、信じるで・・・せやないと、こんなひどい死に方、どうやってするん?」
 「あ、あのさ・・・ごめん。
ダニーは危険なの分かっててボクを公園から連れ出そうとしたのに、
ボクが分かってなかったから・・・」
 ボクがそこまで言うと、トンファーがボクを抱きしめた。
 「カニちは何も悪くないネ!カニちは、がんばったネ!」
 マナもボク達を抱きしめる。
 「ウチらに可愛がられて、ダニーも幸せだったと思うで。」
 「うっ・・・う〜・・・えぐっ。」
 それからボク達三人は、静かに泣いた。
 ダニーの遺体は例の場所まで持ち帰って、三人だけでダニーを埋葬した。

 月曜になって、飼い主希望者の人が来たから、
ボク達はダニーが「事故」にあったと説明した。
 希望者の人はそれを聞くと、わざわざダニーのお墓に手を合わせて行ってくれた。


 それから数日、ボクは未だに早起きしてしまうが、
例の場所に行っても勿論ダニーは駆け寄ってこない。
 早起きの疲れが出て休み時間に机に突っ伏していると、
レオがボクを揺さぶり起こす。
 「なんだよーレオ。うるせーな。ボクは眠いんだよ!」
 「お前最近何だか元気ないよな。
・・・それはともかく、西崎さんがお前と浦賀さんとトンファーさん呼んでるぜ。」
 「んあ?」
 顔を上げると、教室の外でクーが手を振っていた。
 三人でクーのところに向かう。
 「・・・で、何か用?クー?」
 「しゃしん、でき・・・たよ!」
とクーがボク達に封筒を一枚ずつくれた。
 空けてみると 
 「あ、こないだの写真や!」
 ダニーと皆で散歩した日、クーに撮ってもらった写真だった。
 写真の中では、ボクもトンファーもマナも笑顔だ。
 ダニーは相変わらず、不細工なアホっ面をして写っている。
 「これがほんまに最後の写真になってしもうたな・・・。」
 「くっ・・・」
 「カニち・・・。」
 トンファーがボクを心配そうに見る。
 「アハハハハハハハハハハ!」
 「うわ、カニが狂いおった!」
 「馬鹿!ちげーよ、見ろよこのダニーの顔!アハハハハ、ヒー苦しい!」
 「そういやぁ、面白い顔して写っとるね。」
 「・・・」
 トンファーは何も言わずに笑ってるボクの頭を撫でてくれている。
 でも、これで何だか吹っ切れた。
 何だかまたダニーに助けられちったな。
 お前はやっぱり頭の良い、良い奴だな。ダニー。


(作者・SSD氏[2005/10/16])


※関連 姉しよSS「長い一日
※関連 つよきすSS「村田洋平、がんばる!


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