夜の人気のない海岸、纏身した私は握り締めた右手に力をこめる。
 右手の拳が紫色に妖しく光る。
 それを見てふらふらと立ち上がったクロウが逃げようと、天高く飛び上がった。
 私は拳に力をこめたまま飛び上がり、クロウとの間合いをつめ、
 「やああぁぁぁぁ!」
 拳を突き上げる!
 拳がクロウの背中にめり込むと、クロウの体から紫色の光が放たれる。
 「グエェェェェ・・・。」
 私が砂浜に着地すると同時に――
 ズガアアアァァァン!
 頭上のクロウが爆発を起こした。
 纏身を解くと体が急な脱力感に襲われ、思わずひざを砂浜についた。
 フルヘルメットをかぶった空也が駆け寄ってくる。
 「襲われそうになった人は家に帰しておいたよ。
・・・ともねえ、大丈夫?」
 ヘルメットを脱ぎながら空也が心配そうに聞いてくる。
 空也自身の提案で目撃者が空也の顔を判別してはまずいと、
空也はヘルメットで顔を隠しながら私の手伝いをしてくれるようになった。
 「うん、私は大丈夫だ。空也こそ怪我無いか?」
 とは言うものの、実は結構辛い。
 「俺はぜんぜん大丈夫だよ。
それにしてもともねえ、ちょっと疲れた顔してるよ。」
 「あは、私は大丈夫だよ。本当に。」
 最近、クロウの出現が頻繁になってきた。
 今回も今月だけでもう三匹目だった。
 この脱力感・・・疲労が溜まっているのかもしれない。
 「って言うか透子さんは何やってるんだ。
ともねえが戦ってるのに、あの人の姿最近ぜんぜん見ないぞ。」


 「いいんだ。透子さんにもなにか事情があるのかもしれないしな。」
 「・・・まあ、今日はもうゆっくり休んでよ。
明日の家事も俺が全部やるからさ。」
 「えっ、でもそれは・・・」
 「いいから、帰ろう。家に。」
 空也が私に手を差し伸べる。
 「・・・ありがとう。」
 その手をとって、ラスカルのところまで二人で歩いた。
 ・・・

 それから数日はクロウの出現もなく、いつもどおりの穏やかな日々が続いた。
 今日は休日だし、皆も思い思いにすごしている。
 午後に入り庭の手入れを終えると、雛乃姉さんが玄関から出てきて、私に声をかける。
 「ともえよ!庭いじりは終わったのか?」
 「うん!終わったよ。」
 「それでは、これから我と一緒にちと出かけぬか。
面白いものを見せてやるぞ。」
 「分かった。今行くよ。」
 簡単に支度を済ませて、外の人力車の席で待つ雛乃姉さんの隣に座る。
 「そいじゃあ雛様、行きやすぜ!」
 「うむ!」
 人力車の先端がひょいと持ち上げられる時の、体が斜めになるようなこの感覚、
そしてぽかぽかした午後の日差しと秋の匂いのする風が気持ちいい。
 「姉さん、見せてくれる お、面白いものって何かな?」
 「ふふふ、まるが、な。」
 嬉しそうに笑う雛乃姉さん。
 「マルがどうかしたの?」
 「まぁ、楽しみにしておれよ。」


 間もなくすると、雛乃姉さんのバイト先の神社に着いた。
 まず始めに私達はお社に参ってから、裏手の今は使われてない社務所の前まで来た。
 その旧社務所のすぐ裏は雑木林しかないので、あたりには人気は全くない。
 「もうそろそろ、だな。」
 雛乃姉さんが懐中時計を取り出しつぶやく。
 「あぅ・・・面白いものって、なんなの?」
 「まぁ、そうあわてるでない。間もなく来る・・・ほれ、うわさをすれば、だ。」
 と、姉さんが旧社務所の屋根の上を指差す。
 そこから―――
 「ギュッギュギュー!(待ってたぜ、ひなのん!)」
 マルが顔を出し、雛乃姉さんの胸に飛び込んできた。
 「おーお、これまるよ、そう慌てるでない。お前が言ってた例の友達は?」
 「えっ、友達!?マルに?」
 思わず友達と言う言葉に反応してしまった。
 「ギュルギュッギュ(もう来るぜ。)」
 マルが今し方自分が出てきた旧社務所の屋根に顔を向けると、
バサバサと羽を羽ばたかせやってきたのは緑色の鳥。
 インコかな。
 マルがそのインコの元まで飛んで行き、何か話している。
 マルの言っていることを了解したのか、インコが私達の近くの木の枝まで
飛び移り、私達の顔を一瞥すると、
 「おーう、お嬢さんたち元気にやってるかい?我輩は・・・」
と話し始めた。
 「うわっ、こ、このインコ喋ったよ。」
 「ともえよ、インコは喋るものだぞ。」
 「でっ、でも人マネしているって言うか・・・」
 「こぉら!人が話をしているのに割り込むんじゃねーよデカイねーちゃん。
それに我輩はインコじゃなくてオウムだ。」 
 「あぅ・・・ごめんなさい。」
 オウムは私が謝るのを確認すると、ゴホンと咳払いをして、背筋を伸ばした。
 「我輩は土永、と飼い主から呼ばれている。
土永さん、とかつっちーと呼んでくれていいぞ。」


 「我は柊雛乃である。まるが世話になっているようだな。
例を言うぞ。飴をやろう。」
 「柊巴です。オウムさんとお話が出来る日が来るって・・・あは、夢みたい。」
 「お前さんがひなのんかい。この間酔ったマルが
『ひなのん愛してるぜー』って叫んでだぜ。」 
 「ギュルギュッギュギュウル(それは言わないって約束だろ!)」
 マルが何を言っているかは分からないけど、みんな楽しそうだ。
 種の違う生き物がみんなで仲良く話をしている・・・なんか本当に夢みたいだ。
 雛乃姉さんが辺りをきょろきょろと見回し、言う。
 「ところでつっちーよ。
おぬしの飼い主も来ると言うような話を聞いていたのだが?」
 「ああ、祈は、我輩の飼い主のことだが、
今日は急用が出来て来れなくなった、とか言っていたが、我輩は知っている。
どうせまた近所のスーパーでお菓子の安売りでもしているのだろう。」
 「お菓子がだっ、大好きなんですね。」
 「あー、祈はお菓子のためならなんだってするぞ。
だけどそれじゃああんまりだと言うんで、
得意の占いでお前さんたち二人のことを占ってたぞ。」
 「占い、か。で、なんと出たのだ?」
 土永さんがまたゴホンと咳払いをして言う。
 「祈が言ってた事をそのままの言葉で伝えるぞ。
『雛乃さんはこれから当分何事もなく平和ですわね。病状も極めて良好。
それからもう一人、雛乃さんの妹さんが今日やって来ますが、
そちらの方は鴉とカミキリムシに注意ですわ。』」
 ・・・


 それからしばらく四人・・・二人と二匹で話してから、
私と雛乃姉さんだけ先に帰ることに。
 空が赤く染まり、風も冷たくなってきた。
 私も土永さんとお友達になれたのは嬉しかったけど、
飼い主の人の占いの「鴉とカミキリムシに注意」って・・・。
 人力車の座席で考え事をしていると、雛乃姉さんが心配そうに声をかけてくれた。
 「どうしたのだともえよ?つっちーが言っていた事が気になるのか?」
 「うん・・・い、いや!なんでもないんだ。
あ、明日のごみ捨ての時にきっ、気をつけなきゃなって思って。
ほら、鴉って言ってたでしょ?」
 「ふむぅ!やはりそういうことか。
最近のカラスは知恵が出てきたというからな。気をつけろよ。」
 「・・・うん。」
 違う。鴉は間違いなくクロウのことだ。
 とするとカミキリムシはやはり・・・。

 家の玄関を空けると、空也が出迎えてくれた。
 空也はすぐに私を部屋に連れて行き、
部屋の周りに誰もいないことを確かめて障子戸を閉めると、
真面目な顔で私のことを見つめた。
 あぅ・・・照れるなぁ。
 「・・・ともねえ、何顔真っ赤にしてるの?」
 「だって空也が・・・。」
 「いや、別に何をしようって訳じゃないよ。
今日は午前中にねーたんのところに遊びに行ったんだ。
で、久しぶりにねーたん得意の占いをしてもらったら・・・」
 「鴉とカミキリムシに注意・・・」
 「なっ、何で分かったの?」
 「ん、いいんだ。続けて。」
 「ねーたんは鳥達と白い悪魔って言ってたけど、
白い悪魔ってさ、透子さんのこと・・・だよね?」
 やっぱり、空也も同じ事を考えてたんだ。 


 「で、気になってちょっと町に出てみたんだ。
すると町で透子さんを久しぶりに見かけたんだ。
追いかけて話を聞こうと思ったんだけど、まかれちゃった。
ごめんねともねえ。」
 「いや、いいんだよ空也。」
 占い名人で名高い歩笑ちゃんも土永さんの飼い主さんと同じ事を。
 二人の占いが外れてくれればいいんだけど・・・。
 ・・・

 何が起ころうと夕飯の支度だけは欠かしてはいけない。
 家の外で死人を出す前に、まず家の中の平和を保たなくちゃな。
 鍋で炒めた肉と野菜にそのまま水を入れて煮込む。
 今日は何時クロウが出るか分からないから、簡単にカレーにした。
 鍋を火にかけて五分、まだまだかなと思っていると―――
 キンキンキンキンキンキン―――!
 クロウ出現のサインが頭に響く。
 急いで火を止めエプロンを脱ぎ、近くに置いておいたロングコートを手に取り、玄関まで走る。
 途中居間の前を通るときに、テレビを見ていた高嶺に
 「ごめん!高嶺、私出かけなきゃいけないから、料理続き頼む!」
と言っておいた。
 高嶺が何か反論していたが、聞いているヒマはない。
 ラスカルのエンジンをかけると、ヘルメットをかぶった空也がやってきて
ラスカルの後ろにまたがり、私の腰に手を回した。
 ここまで二人に会話はない。
 嫌な事だけど、もう慣れてしまった。
 私の腰に回ってる空也の手に私の手を添えて、心の中でつぶやく。
 お姉ちゃんが、守ってやるからな。
 感覚からすると、今日の出現地は少し遠そうで、鎌倉から出るかもしれない。
 アクセルを吹かして、ほとんど日の沈んだ薄暗い町にラスカルを走らせる。
 ・・・


 だいぶ走った。
 もう日は地平線の向こうに沈み、辺りは闇に包まれている。
 見慣れない町の人気のない広い公園。
 バイクを近くに止め、二人でクロウを探す。
 どこかで犬の遠吠えが聞こえ、そっちの方向を見ると、
電気の切れかかった街頭がチカチカと点滅している。
 その下に見える二つの影。
 アレだ!
 女の子だろうか、小さな影が何か叫んでいる。
 「なにをするだー!ぜっっっってぇゆるさねぇ!」
 今にもクロウに飛び掛らんばかりの勢いだ。
 ヘルメット越しの空也と顔を見合わせ、お互いにうなずく。
 「纏身!」
 紫色の光が私を包むと同時に、クロウに向かって走り出す。
 空也は女の子を保護、避難させる役。
 走って距離を詰めた勢いをそのまま体重に乗せクロウに飛び蹴りをする。
 バキィッ!
 「ゲェェェェエエ!」
 蹴りを食らったクロウが吹っ飛んでいく。
 着地して空也が女の子を避難させているのを確認する為に二人のいる方向を見る。
 すると女の子が何か叫びながら、空也の戒めを解こうと暴れている。
 「何やってんだ!ほらこっち来い!危ねぇから!」
 「離せよ!ダニーはボクたちの犬だったんだ!それをアイツが!
ボクが敵を取るんだ!」
 女の子の目線の先には、ピクリとも動かない犬。
 あのクロウ、犬を!
 一瞬、昔ウチで飼ってた『マル』のことが頭に浮かんだ。
 同時にお腹の底から声が響いてくる。
 『殺せ・・・クロウを・・・殺せ』
 キッとクロウが吹っ飛んでいった方向を見つめる。
 ふらふらとクロウが立ち上がろうとしている。
 ここで一気に、カタをつける!


 立ち上がったばかりのクロウの顔面に、容赦なく右ストレートを打ち込む。
 次は左でわき腹を、続いてミドルキックで反対側のわき腹を。
 かろうじてクロウが右腕で放ってきた一撃は、私に届く前に
その腕を下から弾いて折ってやった。
 「クワァァァ!」
 折られた腕を持って、クロウが苦しそうに悶えている。
 その滑稽な姿に、思わず鼻で笑ってしまう。
 お腹の底から、何か黒いものに包まれるような感じがして、気分がいい。
 このまま全身、真っ黒に包まれようか。
 さて、次はどうしてやろうか、どうやったら効果的にダメージを与えられる?
 どうやったらクロウを痛めつけてやれる?
 どうやってこのクロウを苦しめてやろうか。
 どうしたらこの快感を得られるか――――

 ・・・って、私は何を考えているんだ?
 クロウを苦しめる?
 違う、私はただ、皆を守るために戦っているんだ。
 決して楽しんでいるわけではない。
 でも・・・
 『フフフフ・・・殺せ!・・・殺せ!』
 お腹の底からのあの声が、笑っている。
 気持ちよさそうに。
 「う、うわあぁぁぁぁ!」
 訳が分からなくなり、頭を抱えてうずくまる。
 わ、私はこのまま、指輪に本物の怪物にされてしまうんじゃないか?
 私は確かに、一瞬、クロウ退治を楽しんでいた。
 視界の隅で倒れていたクロウが立ち上がったように見えたが、それどころではない。
 眩暈がして、世界が渦を巻いたようにぐるぐると回っている。
 どうしてしまったんだ私は?


 ふらふらのクロウが、ジャリジャリと音を立てて近づいてくる。
 もうだめかもしれない。
 ダメならそれでもいいかもしれない。
 このまま私が別の怪物になってしまうなら、いっそ―――
 と、何かが私のすぐそばを駆け抜け、クロウに体当たりした。
 まだ視界がはっきりと定まらないがそれを見て、
名前が思わず口から漏れる。
 「空也・・・」
 「ともn・・・ジガ!何をやってるんだ!
俺を、皆を守ってくれるんじゃなかったのか!」
 空也の叱咤で目が覚める。
 そうだ!今は考えてる時間じゃない。
 今までもたくさん時間をかけて考えてきて、出た結論が「皆を守るために戦う。」
 悩むのは後でいい。
 今はとりあえず――――
 空也に飛ばされかけたクロウが、態勢を立て直しこっちに向かってきた。
 今はもう視界もクリアだ。
 立ち上がり、右手に力をこめると、拳が紫色に光りだす。
 クロウはかまわず突進してくる。
 「えやぁぁぁぁぁああああ!」
 メメタァと拳がクロウの顔面にめり込むと、クロウが体内から光を放ち―――
 ドガァァァン!
 爆発した。
 クロウを倒して、思わずひざを地面につく。
 「大丈夫?ジガ?」
 空也が心配して聞いてくれる。
 体中がしびれる感じがして、辛い。
 襲われそうになった女の子が、私達の近くまで歩み寄ってきた。
 「おめーら・・・あれか、せいぎのみかた、って奴か?」
 空也が事務的に答える。
 「まぁ、そんなようなもんだ。今日のことは心の中にとどめておけ。
何も見なかったことにしろ。」


 「まぁ、命助けてくれたし、ボクもそこまで馬鹿じゃないからそうするけどさ、
欲を言えば・・・もうちょっと早く来て欲しかった・・・かな。」
 女の子が目に涙をためて、声を震わせ続ける。
 「別に攻めてるわけじゃないんだぜ。
これ以上、ダニーのような不幸な奴を出さないでくれよな。
・・・それと、助けてくれてアリガトウ。」
 女の子が犬の死骸のところに戻り、立ち尽くしている。
 何で私はもっと早く駆けつけてあげられなかったんだろう。
 ・・・兎に角、今は纏身を解かなくちゃ。

 空也に肩を貸してもらって、人目に付かないところに移動する。
 「纏身、解除」
 纏身を解除すると、混ざり方がいつもよりひどいのが分かった。
 「うぅぅぅ・・・。」
 「ともねえ、大丈夫?」
 空也がヘルメットを脱いで心配そうに私を見てくれる。
 「う、うん。ちょっと疲れたけどね。
バイクを運転して帰るぐらいは出来るよ。」
 とは言った物の、正直ちょっと休みたい。
 「いや、今すぐは無理でしょ。ちょっとそこのベンチで休んでいこう。」
 空也は私をベンチに座らせてくれると、すぐにコーヒー牛乳を買ってきてくれた。
 空也が私の隣に座る。
 コーヒー牛乳の中では牛乳が多めに入っているお気に入りの奴。
 それをぐびぐびと飲む。
 「っぷはぁはぁはぁ・・・ふぅ。」
 少し体がが落ち着いた。
 「空也、ごめんな。私、戦いの途中に、変になっちゃって・・・」
 「いいよ。ともねえは体を張って戦ってくれてるんだ。
本当なら俺が変わってあげたいぐらいだよ。
だからさともねえ、辛いことがあったらいつでも言ってくれていいんだよ。」


 「ありがとう空也。」
 空也を抱きしめる。
 「ちょっと、このままでいていいか?」
 「うん。気が済むまで抱きしめちゃってよ。」
 こうしていると落ち着く。
 私はこの暖かさを守らなくちゃいけないんだ。
 それをもう一度胸に刻み込む。
 空也を離し、頭を撫でる。、
 「さて、私も落ち着いてきたし、かえr」
 と言い掛けた瞬間、
 キンキンキンキンキン――――!
 「と、ともねえ・・・今の・・・」
 このタイミングで、また新しいクロウ。
 しかも感覚からすると今度の位置は
 「さっきのと比べると、ここから近いな。」
 立ち上がり、バイクに乗る準備をする。
 「ともねえ!今の体力じゃ無理だ!」
 空也が立ち上がり私に抗議して来た。
 私は空也の頬を優しく撫でて、にっこりと笑う。
 「ありがとう、でも、行かなくちゃな。」
 「・・・分かった。」
 空也もヘルメットをかぶる。
 二人で再びラスカルにまたがると、発信源の方に向けて走り出す。
 ・・・

 広い海辺の公園に出ると、大きな満月が空に浮かんでいる。
 大きな戦艦型の博物館が公園にあり、その近くでラスカルを止める。
 しかし、
 「ともねえ、信号の発信源は、ここじゃないよね?」
 「うん、暗くてよく見えないけど、海の上、多分島かなにかがあるんじゃないかな。」


 「島!?でもどうやって・・・。このバイクじゃいけないよ?」
 「あぅ、そっ、それもそうだな。
あ、あっちにヨットハーバーがあるみたいだぞ。行って見よう!」
 すぐ近くにヨットハーバーの柵があり、それを乗り越えて中に入る。
 ヨットハーバーにはさまざまな船があったが・・・
 「あぅ、どうしよう。まさか盗むわけにも行かないし・・・。」
 「ともねえ!人命とヨット、どっちが大事!?」
 「そ、それは人の命に決まってるじゃないか!」
 「じゃあこれでいいね。」
 空也はそう言って、一つのクルーザーに乗り込んだ。
 「いいのかなぁ・・・。」
 クルーザーにはどらごん号と書かれていた。
 なんかかわいらしい名前だな。
 「で、でも空也、どうやって操縦するんだ?
いや、その前に、鍵がないじゃないか。」
 「それはね、ここをはずして中の線のこれとこれをあーして、そう!」
 空也が操舵室の一部をいろいろいじると、クルーザーのエンジンがかかった。
 「く、空也!今どうやって・・・」
 「ま、親父との修行の旅も無駄ではなかった、ってことで。
・・・勿論犯罪には使わないよ!」
 お父さん、空也に何を教えたの?

 クルーザーが発信源に近づくまで、慌てていても仕方がない。
 空也が、一度しか操舵したことないって言っていたけど、操舵してくれることになった。
 その間私は体を休める。
 そういえば空也が歩笑ちゃんから聞いた占いの結果は
「鳥『達』に気をつけろ」ということだった。
 実際、今夜二匹目のクロウが待ち構えている。
 そうするとやはり白い悪魔、カミキリムシとも戦うことになるのかな。
 できればそれは避けたい。
 少しすると舵を握っていた空也が叫んだ。
 「ともねえ!島が見えてきた!あそこからだよ!」


 島に着岸した時、手漕ぎのボートが二艘船着場にあった。
 ということは、やはりこの島にも人が!?
 空也と二人で信号の発信源を探す。
 島の内部は木々が生い茂り暗闇立ち込め、探すのが難しい。
 発信源まで近づくと、木々の向こうから何人かの人の声が聞こえる。
 「伊達!大丈夫か!くそぉぉぉ!」
 やはり人がいる、纏身しなくては。
 空也を見つめる。
 「空也、お姉ちゃんは、どんな風になっても、いつでも空也を守ってやるからな。」
 空也が真剣な顔でだまって頷く。
 「纏身!」
 二回目の纏身。
 同時に発信源のほうに走り出し、クロウとの間を詰める。
 現場は木々が開けてちょっとした広場になっていた。
 目に入ってきたのは制服らしい服に身を包んで倒れてる男の人と、
その前に立ち両手を広げ、クロウから男の人を守ろうとしている女の子。
 女の子の目の前のクロウが、女の子にパンチを繰り出す!
 「西崎ぃー!」
 瞬間!
 ガシッ!
 私が追いつき、寸でのところでクロウのパンチを横から掴み止め、そのまま握りつぶす。
 ゴリッという嫌な音ともにクロウが叫ぶ。
 「グケェェェエ!」
 「二人とも、早く離れるんだ!」
 ヘルメットをかぶった空也が、二人を引きずって避難させる。
 私は握りつぶした腕を手前に引き、クロウの顔面に頭突きをする。
 左手でお腹にパンチ、クロウの手を離し、右足でハイキック。
 側頭部を蹴られたクロウは勢い良く地面に倒れる。
 またお腹の底から『クロウを殺せ』と声が聞こえる。
 だけど、私はもう声に飲み込まれない!


 飛び上がり、滞空中に右手にエネルギーをためる。
 二度目のパープルストライク。
 目標は真下で倒れているクロウ。
 上昇する勢いが消え、下降に入る。
 『殺せ!殺せ!殺せ!』
 狙いを良く定め、クロウが射程距離に入った瞬間
 「負けるもんかぁぁぁぁあ!」
 真下に向けてパンチを放つ。
 バガアァァァァン!
 爆発とともに地面にクレーターができ、クロウが消えた。
 同時にお腹の底からの声も消えた。

 「っはぁはぁはぁはぁ・・・」
 流石に、体力が持たない。
 空也はうまく避難させただろうか?
 ちらりと後ろを見ると、さっきの男女のほかに、木にもたれかかって
気絶してるらしい赤い髪の学生、もう一人は茂みに隠れて震えてるようだ。
  空也は私が見ているのに気が付いたのか、走り寄ってきた。
 「大丈夫、全員無事っぽいよ。無傷ではなさそうだけど。」
 「そうか・・・よかった。」
 「ジガ、大丈夫?」
 「あは・・・はぁ・・・はぁ・・・だい、じょうぶだよ。」
 「あらあら、もうそんなに疲れちゃったの?OKじゃないわね。」
 突然、場の雰囲気に似合わない明るい声がした。
 前に視線を戻すと
 「透・・・イド!」
 「まぁ、疲れてもらうためにわざと観戦してたんだけどね。
それにしても、相変わらず攻撃が鋭く強力ね。ジガさん。」
 「あんた!今までジガが一人で戦ってきたのに、何やってたんだ!」
 空也が叫ぶ。
 「フフフフ、相変わらず熱いのね。そういうところOKよ。」
 イドが辺りを見回す。


 「でもここは目撃者が多すぎるわ。
何も私も見世物になりに来たんでは無いの。
他の場所、そうね、島の反対側にでも行きましょう。」
 倒れている学生たちのことを言っているんだろうか。
 イドはシュッと軽く跳躍し、木々をわたって行ってしまった。
 私も行かなくちゃ。
 立ち上がった瞬間、
 「待ってくれ!・・・どうやったら、どうやったら強くなれる!?」
 青い髪の、女の子に守られていた男の子が聞いてきた。
 でも、私には答えられない。
 私は強くないから。
 男の子の顔を見て、返事をせずにイドの後を追った。

 そこはさっきの広場と似たような、木々の合間に出来た広場だった。
 イド・・・透子さんがそこで待ち構えていた。
 私が広場に立つと、イドが話し始める。
 「最近クロウが大量に出始めたのもトモちゃんも知ってるでしょ?
それに際して、とてもOKな事があったのよ。」
 「と、とてもOKなこと?」
 「そう、とってもOKな事よ。」
 空也が少し遅れて追いついて来て、私の隣に立つ。
 「クロウの出現位置が、ある程度予測できるようになったの。
いうなれば、出現予知って所かしら。
最初はちゃんと真面目に、トモちゃんの目もあったし、
出て来たクロウをやっつけてたのよ。
でもそうしている内に、やっぱり欲しいなぁって思ったのよ。
トモちゃんのはめてる指輪が。」
 やっぱりそうだった・・・。


 「トモちゃん、今日戦ってて、分かったでしょう?
体の中から聞こえる声と、それに従ったときの快感。
クロウを殺せって言う、あの声よ。
その快感をわかってもらうために、最近ずっとクロウを放置して
トモちゃんに戦ってもらってたんだから。」
 横に立つ空也にだけ聞こえるぐらいの声でつぶやく。
 「良いか空也。私の纏身が持ってる間に、ここから逃げるんだ。」
 とても今の私では透子さんと戦えない。
 もともと戦うつもりは無いが、今の状態では空也を巻き込みかねない。
 だから、僕としての力がある間に―――
 「今日もあらかじめ二体クロウが出るって言うのは分かってたのよ。
場所も、今回は時間も分かったわ。」
 「何言ってるんだよともねえ、そんなこと出来るわけないだろ。」
 空也がささやき返してくる。
 やはりそう簡単には聞いてくれないか・・・なら
 「ちがうんだ空也、クルーザーを、ちっ、近くに持ってきて欲しいっていう意味だ。
今のままじゃダメなのは、分かるだろう?」
 「・・・分かった、行ってくる。」
 「こんなチャンス、利用しない手はないじゃない?
・・・って空也君、逃げようなんて、OKじゃないわね。」
 空也が体を反転させると同時に、話を進めていた透子さんの
声のトーンが変わった。
 同時に、広場の周りを黒い雲のようなものが囲った。
 良く見ると・・・
 「全部、蜂!?蜂の塊・・・!?」
 「なっ、何でこんなにたくさん。一人で五体ぐらいしか僕に出来ないのに・・・?」
 「女王蜂よ。二人が来る前に、女王蜂を僕にしておいたの。
他の蜂たちは女王蜂の僕、女王蜂は私の僕、ってわけ。」
 最悪だ。
 これでは空也を逃がすどころか、ここから出られない。
 完全に、閉じ込められた!?


 「ふふふ、今まで楽しかったわよ、空也君、トモちゃん。
せっかく一度はお友達になったんだから、蜂に刺させて殺すなんてことはしないわ。
私が一思いに、ね。」
 じりじりと透子さんが近寄ってくる。
 私は纏身を維持しているのも辛い状態。
 空也は僕としての力が有るけど、とてもじゃないけどこの危機からは・・・。
 あきらめちゃダメだ!
 絶対に何か方法があるはず。
  @夢見る少女巴は突然一発逆転の方法を思い浮かぶ
  A新しいお友達が助けに来てくれる。
  B助からない。現実は非情である。
 こうして考えている間にも、イドが一歩一歩近づいてくる。
何としてでも、空也だけでも守ってみせる。
 ぜったに、あきらめるもんか―――
 突然辺り一帯を強い風と爆音が包んだ。
 バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ・・・・
 見上げると、大型のヘリコプターが一機。
 その側面には
 「ゆーえす、えあふぉーす・・・米空軍!?」
 同時に強力なサーチライトで照らされる。
 「べ、米軍!?・・・今日は引くわ。目立つのはOKじゃないんでね。
運がよかったわねトモちゃん。」
 周りを囲っていた蜂たちが、いつの間にか消えていた。
 イドが走り出す瞬間、振り返って
 「逃げようとは思わないことね。私の学校にはあなたの妹さんが通っているのだし、
そうでなくても私は空也君から住所を教えてもらっているのよ。」
 次の瞬間には、イドは視界から消えていた。
 「ともねえ!俺達も逃げよう!米軍に捕獲なんかされたら何されるか!」
 空也が私を担いで、森の中へ入っていく。

 本格的に米軍に捜索されたら絶対に見つかってしまうと思っていたが、
しばらく森の中に身を隠していると、米軍ヘリはどこかへ行ってしまった。


 纏身を解くと、とてもじゃないけど立ち上がれなかった。
 座っているのも辛い私を空也は、お姫様抱っこしてくれたんだ。
 空也の胸を通して伝わってくる体温。
 今日一日、がんばって本当によかったなぁ・・・。

 船着場に戻ると、クルーザーが消えていた。
 もしかするとあのヘリに乗ってた人の中に、あのクルーザーの所有者がいたのかな。
 仕方がないので、残った手漕ぎのボートで帰る事に。

 海には大きな満月が浮かんでいて、風は冷たい。
 辺りにはオールが水をかく音と潮の音以外何も聞こえない。
 私はボートに寝かせてもらいコートを体に布団のようにかけ、
船の縁に頭を乗せて、ボートを漕いでくれる空也を見ている。
 夜の海を滑るよう進むボートで、男の人と二人っきり・・・
 憧れてたシチュエーションの一つなのに、私は体を動かすことすらできない。
 「・・・今日昼間な、雛乃姉さんとマルにできた新しいお、お友達
って言うのを見に行ったんだ。」
 空也は答えない。
 「相手は、良く喋るオウムさんだったよ。
でもさ、何でイズナとオウムと人間がなっ、仲良く出来るのに、
人間とクロウ、そしてに、人間同士だと仲良く出来ないんだろうな。」
 ちゃぽっとオールから水が滴る音がする。
 「そうだな・・・。
大切なのは『皆で仲良くしよう』という意志だと思うよ。
その意志さえあれば、例え今回は仲良く出来なくてもいつかは仲良く出来る日が来るよ。
ともねえは仲良くしようとしているんだからね。違うかい?」
 「・・・そんな日が来るといいな。」
 そう言って私は目を閉じた。
 今日は疲れた。
 空也ごめんね、お姉ちゃん、先に寝かせてもらうよ。
 長かった一日がやっと終わる。
 静かな水音が辺りに響いた。


(作者・SSD氏[2005/10/17])


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