とぅるるるるるるる……とぅるるるるるる……とぅるるるるるるる……
 「チッ、どういうつもりだ。空也め。電話に出やがらねぇ」
 ピッと通話終了ボタンを押す。
 七月になったばかりのある日の夕方、俺は空也に会うために鎌倉に来ている。
 しかし、待ち合わせの場所に来てもいないし、電話をかけてもぜんぜん出やがらねぇ。
 照れ屋な女の子に待ち合わせで一週間も焦らされたり、
慌て屋な女の子に俺の番号を誤って着信拒否にされた事もあって、こう言うことに慣れてはいるが、
まさか空也に約束すっぽかされるとは思わなかった。
 しかし俺の今回の鎌倉来訪の目的は、一応沖縄では手に入らないマイナーグラビアアイドルの
きわどい写真集を手に入れることになっているから、一人でも問題はないはずだ。
 …空也にも言っていない、本当の目的が他にもあるのだがな…。
 これから空也の鎌倉での家に乗り込んで、どういうつもりか聞きだすという手もあるが、
以前鎌倉に来た時に空也の家の前で、古い雑誌で見た時よりも綺麗な、本物の瀬芦里さんに
吹き飛ばされた苦い思い出がある。
 アレはさすがに辛かった。
 始めて俺に合う人は皆、俺のあまりのカッコよさに目をそらしてしまう。
 そんな俺だからこそ、瀬芦里さんも混乱していたんだろう。
 誰か知り合いでもいない限り、空也の家の前の通りに近づくことさえ危険なので、
帆波さんや歩笑ちゃんの家にも近づけないことになる。
 どうしたものだろうか…?
 …とりあえず、近くの本屋にでも行ってイエヤスへのお土産のエロ本でも選ぶか。
 と、本屋に向けて歩き出した瞬間、背中にチリチリと刺すような視線を感じた。
 この視線、故郷沖縄で空也と遊んでる時によく感じた視線だ。
 バッと振り返ると、
 「…あっ、見つかっちゃった」
歩笑ちゃんが電柱の影から俺を見ていた。
 歩笑ちゃんは今の空也の家の隣に住んでるはず。
 ならば歩笑ちゃんを通して隣の家を尋ねる事ができるかもしれないな。
 それにもう一つの目的のゴールに近づくことも容易となる。
 そうでなくても、久しぶりなんだから声ぐらいかけたって捕まりはしないだろう。


 「やぁ、歩笑ちゃん、久しぶりだな」
 「あ…あぁ…だっ、団長君、お久しぶり…」
 相変わらず空也以外の男と話すのは苦手なようだな。
 俺が正面に来ても、歩笑ちゃんは体を半分だけ電柱の陰から出している。
 これでも俺とイエヤスは歩笑ちゃんと話すことの出来る、数少ない男なのだ。
 見ると、歩笑ちゃんは両手いっぱいに買い物袋を提げている。
 どうやら夕飯の買出しの途中だったようだな。
 「買い物の途中だったのかい?」
 「うっ………ううん…。もう終わったから、こっ、これから帰るところ」
 「じゃあ、買い物袋を家まで持ってあげよう。重そうだし」
 「あっ、いいよ。大丈夫……一人で行ける」
 「まぁ、遠慮は無しだぜ」
 やさしく手を差し伸べる俺。
 これが他の女だったら半ば無理やり袋をひったくって、男らしいしぐさを見せるのだが、
相手が歩笑ちゃんなだけに、慎重な行動が必要だ。
 「……じゃあ、これと、この袋をお願いします」
 こうして俺は、とりあえず犬神家まで無事にたどり着くことが出来た。

 犬神家の玄関の前で、歩笑ちゃんが振り返り、
 「じゃあ、団長君…お礼に、お茶でも一杯」
 家に入り買い物袋の中身を冷蔵庫にしまうと、すぐにお茶を用意してくれた。
 「今回の訪問で元々帆波さんと歩笑ちゃんにも挨拶するつもりだったから、お土産持ってきたんだぜ。」
 俺は持ってきた紅芋饅頭の封を開けて、歩笑ちゃんに渡した。
 「あっ、ありがとう…でも私…」
 歩笑ちゃんがそこまで言うと、玄関の戸が開く音がして、ダイニングに明るい声が響いた。
 「ただいまー☆ あーもう、お腹ペッコペコ、歩笑ちゃん、お夕飯…って、どちら様かしら?」
 ダイニングに入ってきた帆波さんが俺の顔を見て、不思議そうな顔をして言った。
 どうやら完全に忘れられているらしいな。せっかくイイ顔作ってたのに。
 おそらく沖縄を離れる事で俺と会えなくなる寂しさから、無理やり俺の事を忘れたのだろう。
 「姉さん、この人、沖縄でのクー君の…」
 「ああ! 思い出したわっ。丼君だっけ?」
 「団です。団長」


 「ところで歩笑ちゃん、ワタシ、もうお腹ペッコペコなんだけど、
お夕飯、今晩は早めに作ってくれないかしら?」
 「ごめんね姉さん。私、明日の朝までに仕上げなくちゃいけない原稿があるから。
 買い物に行ってたのも、気分転換なんだ。だから姉さん、夕飯は自分で何とかしてね。」
と、歩笑ちゃんは自分用のお茶と紅芋饅頭をお盆に乗せて、俺と帆波さんに軽く手を振って
二階に上がっていってしまった。
 ダイニングに取り残された俺と帆波さん。
 …しかし、これは好都合だ。
 俺のもう一つの目的とは、ずばり帆波さんに再アタックをかける事。
 前回告白した時は、帆波さんも思うところがあったのだろう、
ずっと一緒に仲良くしたいから、友達のままでいて欲しいと、間接的に付き合う事を断られたが、
あれからずいぶん時が経った。
 帆波さんも沖縄を去って俺に会えなくなり、もうそろそろ俺の存在の大きさに気がついた頃だろう。
 今回告白すれば、俺は確実にうまく行くと信じている。
 しかし、告白にはタイミングが重要だと雑誌に書いてあった。
 何かパーティーのような楽しい、お酒の混じっている時に告白すると、成功率が高いという。
 そんなパーティーの様なイベントがあるといいのだが…。
 思考から現実に戻ると、帆波さんが俺の事をキラキラした目で見つめている。
 ふっ…真剣に考え事をしている俺の顔は、そこまで素敵だったか。
 「ねぇ、丼君?」
 「団です」
 「私のためにお夕飯作ってくれないかしら? そしたら今晩ぐらいは庭にテントを張っても良いわよん☆」
 「テントを張る……そんな言葉が帆波さんの口から聞けるとは……わかりました。
 簡単なものですが作りましょう。」
 早速冷蔵庫を開けると、先ほど買い物をしてきた材料がたくさん詰まっていた。
 適当なものを選んで、早速調理に取り掛かる。
 ふっ、俺の料理している姿に、帆波さんもさぞかしウットリしている事だろう。
 「あ、それから夕飯作り終わったら、早速庭にテント張って、すぐにそっちに移ってねっ☆」
 まったく、どこまで照れ屋な人なんだろう。
 それとも今流行のツンデレだろうか?
 俺は帆波さんの夕飯を作り終えると、言う通り早速テントを張り、その中で一夜を過ごした。
 ・・・


 翌日、目が覚めたのは昼前だった。
 昨晩遅くまで帆波さんにどうやって告白するか、軽く三百通りは考えていたからな。
 テントから這い出てテントを折りたたんでいると、歩笑ちゃんが声をかけてきた。
 「おっ、おはよう。団長君」
 「やぁ、おはよう歩笑ちゃん」
 「……昨日はごめんね。ねっ、姉さんがわがまま言ったみたいで」
 「まぁ、未来の生活のシュミレーションだと思えば、苦ではなかったよ」
 俺の発言に歩笑ちゃんは一瞬訳がわからない風だったが、すぐに話を切り替えた。
 「……あっ、あのね、いま、高嶺さん……お隣のクー君が暮らしている家のお姉さんの一人なんだけど、
その人が来て、バッ……バーベキューパーティーやるから、来ないかって」
 パーティ!
 俺はその言葉を耳にした時、運命の存在を感じた。  
 右手の蛇のタトゥーがチャンスだと、手首を軽く締め付けてきた。
 「俺も行っても良いのかい?」
 「そのほうが、クー君が喜ぶと思う」
 なるほど、そういえば空也に直接会って昨日の事を問いただすのも、目的の一つだったな。
 帆波さんのことに夢中になりすぎて、すっかり忘れていた。
 「わかった。俺も行くよ」
 玄関に行くと、ツインテールの女の子が立っていた。
 この娘が高嶺さんだろう。
 胸は控えめだが、ワンピースからすらりと伸びた足がなんともなまめかしい。
 「高嶺さん、この人、クー君の沖縄での友達の、団長君」
 「団長です。よろろしく」
 「あら、ごきげんよう。なかなか独創的な服装ですわね(何で半裸なのかしら。キモイ」
 早速気に入られてしまったようだ。
 モテる男は辛い。

 高嶺さんに連れられて、空也の家へ。
 玄関ではロリっ娘が俺達の事を迎えてくれた。
 これがおそらく雛乃さんだろう。
 話には聞いていたが、こう言うタイプもなかなかだな。


 「雛乃ちゃんチャオ! 今日はお誘いありがとうね」
 「こんにちわ。雛乃さん」
 「うむ、二人とも元気であるな」
 そこで雛乃さんが二人の後ろに立っている俺を見上げる。
 「なななななな!? ほなみ! ぽえむよ! 後ろに変質者がおるぞ!」
 「あの、雛乃さん。この人、確かに怪しく見えるけど、クー君の沖縄での友達の、団長君」
 「歩笑ちゃんにまで怪しいと言われるとはな…
 団長だ。よろしく。雛乃さんだろ? 空也から色々話は聞いてるよ」
 「おぉぉ! くうやの友達とな!? これは失礼した。弟が沖縄で世話になったな」
 「本当は昨日空也と会う予定だったんだが、あいつ電話に出なかったから…」
 「ふむぅ、くうやなら明日の晩まで帰らんぞ?」
 「なにぃ!? 俺、明日の晩に飛行機で帰るのに!?」
 まさか家自体にいないとは思わなかった。
 歩笑ちゃんが聞こえるか聞こえないかぐらいの声で残念がっている。
 「それは重ね重ね申し訳ない。 その代わりと言ってはなんだが、
今日は家でばーべきゅーぱーてぃーがあるから、楽しんでいくが良いぞ」
 雛乃さんからの丁寧な接客を受けていると、庭から男の声が聞こえた。
 「準備が出来たから皆庭に集合だ! よーしパパ、張り切っちゃうぞ!」
 おそらく空也の親父さんか何かだろう。
 早速俺達は庭に移る事にした。

 庭に移ると、空也の親父さんが串に色々材料を刺してコンロで焼き始めたところだった。
 しかし、今はそんなことはどうでも良い。
 何だこの庭は?
 前後左右、どこを見ても美女、美女、美女のオンパレード。
 桃源郷と言うのはここの事を言うとしか考えられない。
 くそぅ、空也め。
 こんな美女達に囲まれて生活していたとは。
 しかし、空也の初恋の相手で京が似ていると言う、氷の弁護士、要芽さんの姿がない。
 一度生で見てみたかったんだが。


 要芽さんがいなくとも、全国の美女平均をものすごい勢いで上げている空也の姉達に見とれて
キョロキョロしていると、雛乃さんが缶ビールを持ってきてくれた。
 「だんちょー、だったな。ほれ、おぬしも遠慮せずに飲むと良いぞ」
 「おっ、これは申し訳ない。いただきます」
 「見かけに反して、といっては失礼だが、なかなかに礼儀正しいのだな」
 「女の人はギャップに弱いと物の本に書いてあったので」
 こんな感じで最初は雛乃さんと沖縄での空也のことについて話した。
 パーティもまだ始まったばかりで、帆波さんにもそれほどお酒も入っていないだろうし、
まだ告白するのには早いだろう。
 それに姉の顔になり、俺の空也話に聞き入る雛乃さんを喜ばしたかったのもある。
 途中、空也の親父さんが料理を焦がしてしまうなど、ちょっとした事件もあったが、
最終的には肉や野菜、フルーツなど、なかなかに豪勢なパーティーになっていった。

 日が傾き始めた頃に、帆波さんが一瞬一人になったのを見計らって、
帆波さんの隣まで移動する。
 帆波さんの頬は、少し酔っているのだろうか、桜色に染まっている。
 その上、空を赤く染める夕日。
 完璧なシチュエーションだ。ロマンチックな事この上ない。 
 これは、運命の神様が俺の為にセッティングしてくれたに違いないだろう。
 ガラにもなく少しドキドキしてきた。
 俺の右腕の蛇のタトゥーが、俺に語りかける。
 団長、素数だ。素数を数えるんだ。
 1、3、5、7、9、11、13、15………
 素数は二で割り切れない数字。お前に勇気を与えてくれる、と。
 何か少し違う気がするが、細かい事は気にしない俺。
 瞬間、帆波さんが隣に居る俺に気がついたようで、俺のほうに向き直った。
 今だ――――
 「帆波さん、おr」
 「イヤ」
 ・・・

 翌日、沖縄に向かう飛行機の中で、彼女が素直になった時に戻ってくると、俺は硬く心に誓った。


(作者・SSD氏[2006/02/28])


※関連 姉しよSS「歓迎! 柊法律事務所御一行様!
※関連 姉しよSS「クッキング親父


Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!