七月に入ったある晩。
 今夜は珍しく親父殿が皆と一緒に夕飯を囲んでいる。
 何でも「久しぶりに愛すべき娘達とのんびり過ごすため、三日も休みを取った」
とのことらしい。
 どうせかなめとでもいちゃつこうと思ったのだろう。
 しかし残念ながら、かなめは明後日から旅行…ふむ? 明日だったかな?
 「かなめよ。確か明日だったな。お前が温泉旅行に行くと言うのは」
 言った瞬間、親父殿がかなめに詰め寄る。
 「なにぃ!? 要芽、お前温泉旅行に行くのか!?
 何でパパに言っておいてくれなかったんだ? ワシも同行するぞ!」
 親父殿の反応に、少し嫌そうな顔をして、かなめが答える。
 「雛乃姉さん、正確には明日の晩からです。
 それからお父様、一応社員旅行なので、事務所の者以外は参加できません」
 ふむ…、よくよく考えれば我があのような事を言えば、
親父殿があのような反応を示すのは当然のこと。
 かなめとしては親父殿には知られたくない旅行だったのだろう。 
 我もまだまだ気配りが十分ではないようだな…などと考えをめぐらせていると、
親父殿がかなめに対して我侭を言って聞こうとしない様子が目に付いた。
 「…ったく、ショウは要芽姉のことになると必死だよね……」
 「お父さん、いい加減キモイよ〜」
 「親父殿、先ほどから行儀が悪いぞ」
 「くそー! もう良いもん! ワシ、寝る!」
 我と妹達に怒られてやさぐれた親父殿は、
お茶碗に残っていたご飯をかっ込んで、泣きながら二階に上がって行った。
 「お父さん、ちょっと、か、かわいそうだったね」
 「いいのよ、巴。あれぐらい」
 「……ともえよ、ご飯を食べ終わったら親父殿の様子を見てきてくれぬか?」
 「うん、わかった」
 我の頼みをともえが承諾するとすぐに、かなめに
 「…と、いうことで明日の夜から明々後日の夜まで家事を一人で頼むわよ。巴」
 「あは、大丈夫だよ。まかせて」
 …色々と頼まれて、ともえも苦労人よなぁ。


 「ふむぅ、くりすたるひとし君か…なんとも知的な雰囲気のものよな」
 「あら、雛乃姉さんコレ欲しいの? じゃあアタシが取ってあげるわよ。
 ふむふむ、正解だと思う番号に電話すればいいのね…」
 夕食後に居間でたかねとテレビを見てまったりしていると、
ともえが二階から降りてきて居間にやってきた。
 「雛乃姉さん、今、お父さんの様子を見ようと思って二階に行って来たんだけど…」
 「ふむ、で、どうであったか?」
 「う、うん。それがなんか部屋に篭ったまんま、返事がないんだ」
 「む! まさか縁起でもない事になっているのではないだろうな?」
 「ちっ、違うと思うよ。すすり泣くような声が聞こえたから、多分泣いているんだと思う」
 ふむぅ…。親父殿、かなめと母上が似ているからと言って、
思慕の情でかなめを見ているのではないと分かっていても、かなめにひいきが過ぎる。
 これでは他の妹達がちとかわいそうな気がするな。
 明日にでも我が親父殿に意見しなくてはならぬな……
 そんな事を考えていると、たかねがテレビに向かってなにやら叫んでいる。
 「えっ!? ちょっと! 何で白柳の答えが正解なのよ!?
 絶対、野々町の答えが正解だと思ったのに…」
 …どうやらくりすたるひとし君は諦めた方がよさそうであるな。
 ・・・

 翌日の朝、予想された親父殿によるかなめの引き止め作戦は無かった。
 かなめは普通に事務所に出て行き、親父殿はついに朝飯、お昼ご飯と部屋から出てこなかった。
 午後遅くになってくうやが荷物を抱え家を出て行った頃に、ともえが
 「お父さん、大丈夫かな…」
と、心配し始めた。
 せろりやうみは親父殿について
 「別に良いんじゃない? ショウが部屋に篭ってたいなら、それでさ」
 「う〜ん、くーや、忘れ物しないで行ったかなぁ。不安で仕方がないよ〜」
などと言っていたが、さすがに我も少し親父殿が心配になってきた。
 「今夜の晩御飯にも出て来ない様だったら、ドアをけっ、蹴破るしかないかな?」
と、ともえがどこか楽しそうに言っている。


 しかし実際は、ともえが晩御飯が出来たと告げると、
 「うー、もうワシ腹ペコだよ。おっ、うまそうだな。今夜はとんかつか」
と、何事も無かったように親父殿が二階の書斎から出てきた。
 「どうやら、ドアを蹴破る必要はなくなったみたいだね」
 安心したような顔をしているともえだが、どこか残念そうだ。
 食事中、妹達も親父殿が書斎に篭って何をしていたかは聞き出そうとはしなかったが、
多少心配していたのに親父殿自らの説明が何も無かったので、
親父殿は分からなかったろうが、少しだけ居間がいやな雰囲気になった。
 夕食が終わり、親父殿が書斎に引っ込んだのを見計らって、
我は親父殿に注意を促すために書斎を訪れた。
 「親父殿! 雛乃である。入りますぞ」
 「ああ、雛乃か。入ってくれ」
 部屋に入ると親父殿は机に向かって、山のような書類を相手に何かをしていた。
 「なんか用か? もうそろそろで終わるから、五分ほど待っててくれないか?」
 「親父殿、それは?」
 「………………っと、おわったぁ! ん? ああ、コレな」
 積まれた書類を片手でぽんぽんと叩きながら、親父殿が続ける。
 「昨日の夜に急にFAXされてきて、休み明けまでに仕上げなくてはいけなくなってな。
 明日皆と遊べるように、今日一日で終わらせようって頑張ってたんだ」
 「じーっ」
 我が親父殿を非難の目で見つめる。
 「うっ、何かワシ、悪い事しちゃったの?」
 「あのな親父殿。夕飯の時、居間の雰囲気が微妙なのに気が付いていたか?」
 「えー…ぜんぜん」
 「やはりな…昨日の晩に泣きながら部屋に篭った自分の父親が、
その夜に声をかけても返事もなしに、しかもその翌日には夕飯まで部屋から出てこないとなると、
言葉には出さずとも皆が心配するのは当然であろう?」
 「うぅぅ…そうかなぁ」
 「仕事をしていたなら仕事をしていたと言うべきだったと我は思う。
 それに今回の事でなくとも、親父殿はかなめをひいきし過ぎだ」
 「えぇっ! そう? ワシ、気をつけてるつもりなんだけど…」
 「アレでは他の妹たちが可哀相であるぞ」


 「雛乃、ワシ、どうしたら良いと思う?」
 「一度失った信用は、父親らしさを妹達に示して、信用を取り戻すしかないと思うぞ。
 親父殿は、父親はどうしたら父親らしいと思うのだ?」
 「お父さん…お父さんと言えば…BBQ、かな?」
 「ばーべきゅーとな?」
 「うん。家族でソーセージとか野菜を焼いて、それを父親が仕切る!
 あの役割は父親にしか出来ないと、ワシ思うのだけど」
 「ふむぅ…親父殿の思う父親らしさがそれだとするならば、
明日にでも皆に謝罪の意味も込めて、ばーべきゅーぱーてぃーをしたら良いと思うぞ」
 「そしたらマイ愛しのドーターズは許してくれるかな?」
 「そこは親父殿しだいでなはいのか?」
 「よし! ワシ、明日頑張って父親らしいところを娘達に見せて、
娘達のハートゲットだ!」
 ・・・

 翌日、朝食を食べ終わると、親父殿は皆の前で
 「今日はワシの指揮の下でバーベキューパーティーやるぞ!
 巴!材料の買い出し行くからついて来い!」
 「えっ、・・・あう!」
 親父殿とともえは間も無く買いだしに車でどこぞへ行ってしまった。
 「どういう風の吹き回しかしら。急にあんなこと言い出して」
 「べ〜つにどうでも良いんじゃない? 私、あんまし興味ないし」
 「とか言って〜、瀬芦里お姉ちゃん、ちょっと嬉しそうじゃない〜」
 「うっ、嬉かなんかないよ。うみゃもへんな事言うなぁ!」
 「犬神姉妹も誘っておくとしよう。親父殿はおそらくお昼にぱーてぃーを始める気だろう」
 親父殿の宣言を受けて、居間がにわかに活気付いた。
 どうやらここまではうまく行っているようだ。

 しばらくすると親父殿とともえが肉や野菜、ばーべきゅーこんろのかーとりっじなどを
たくさん買い込んで帰ってきた。


 「よーし! 皆、準備を始めるぞ! まず瀬芦里はワシと蔵に行くぞ!
 バーベキュー用コンロを出す! 巴は材料の下ごしらえ頼む。高嶺は…」
 早速ぱーてぃーの指揮を取り始めた親父殿が、どこか輝いて見える。
 仕事柄、人に指示を出すのになれておるのかも知れぬな。
 少しして、たかねがほなみとぽえむを隣から連れてきた。
 「雛乃ちゃんチャオ! 今日はお誘いありがとうね」
 「こんにちわ。雛乃さん」
 「うむ、二人とも元気であるな」
 ふと二人の後ろに目をやると、上半身半裸の怪しい男が立っていた。
 「なななななな!? ほなみ! ぽえむよ! 後ろに変質者がおるぞ!」
 我が注意をすると、ぽえむと変質者は少し困った顔をした。
 「あの、雛乃さん。この人、確かに怪しく見えるけど、クー君の沖縄での友達の、団長君」
 「歩笑ちゃんにまで怪しいと言われるとはな…
 団長だ。よろしく。雛乃さんだろ? 空也から色々話は聞いてるよ」
 「おぉぉ! くうやの友達とな!? これは失礼した。弟が沖縄で世話になったな」
 「本当は昨日空也と会う予定だったんだが、あいつ電話に出なかったから…」
 「ふむぅ、くうやなら明日の晩まで帰らんぞ?」
 「なにぃ!? 俺、明日の晩に飛行機で帰るのに!?」
 「それは重ね重ね申し訳ない。 その代わりと言ってはなんだが、
今日は家でばーべきゅーぱーてぃーがあるから、楽しんでいくが良いぞ」
 我が接客をしていると、庭のほうから親父殿が叫んだ。
 「準備が出来たから皆庭に集合だ! よーしパパ、張り切っちゃうぞ!」

 庭に出ると、親父殿の指揮の下、ばーべーきゅーの準備は完璧のようだ。
 皆が集まって、早速親父殿は肉や野菜を串に刺して焼きだした。
 その親父殿の横に行ってささやく。
 「親父殿、なかなかやるではないか。ここまではなんとも『父親らしい』ぞ」
 「おっ、そう思うか?」
 「うむ! 今後失敗がなければ、昨日の名誉挽回どころか父親として尊敬されるぞ」
 「よっしゃ! ワシ、がんばっちゃうもんね」


 しかし、我がだんちょーから沖縄での空也の話を聞いていると、
ともえの慌てた声が聞こえてきた。
 「お、お父さん、ここらへんのお肉、全部焦げちゃってるよ」
 「なにぃ!?」
 「お父さ〜ん。こっちの野菜、真っ黒こげだよ〜。」
 「なんてこったぁ!」
 どうやら親父殿は、ほなみとせろりに囲まれて飲んでいて、浮かれていたようだ。
 「これじゃあ私が調理したほうがよっぽどましだよ〜」
 「うみゃ、それは流石に無いよ」
 「しぼむ〜」
 親父殿は炭と化した肉や野菜を目の前に、顎に手を当てて考えている。
 ここでどう判断を下すかが、失敗挽回の鍵であるな。
 「…うむ、仕方がない。巴、余分に買っておいた肉や野菜があったろう?」
 「うん、あるけど…」
 「コゲたのは涙を飲んで捨てるとして、今度は失敗しないように新しい肉を焼くぞ!」
 「うぅぅ…ちゃんと食べてあげられなくて、ごめんねぇ…」
 ともえがベソをかきながら炭になった食べ物を捨てている。
 しかし親父殿、ダメになったら捨てる、後ろを振り返らない選択は、英断であったぞ。

 その後親父殿が、先ほどの失敗を取り戻すかのようにこんろの前に張り付き、
焼き加減をよくよく観察した結果、
 「うまうま。バーベキューうまうま」
 「やーん。あんまり食べないほうが良いのに、美味しいからついつい食べちゃうわ☆」
 「うん。大味だけど、なんか美味しいね。
 お父さんの料理って感じがして私は好きだな」
 「これが空也の親父さんの料理か…まさに男の料理だな」
 「私はも好きだけど、もうちょっと辛いほうが良いと思う」
 「うん、まぁまぁ美味しいわね。60点」
 「高嶺お姉ちゃん、バーベキューなのに焼きそばしか食べないのはどうかと思うけどな〜」
と、まずまずの評判だった。


 日がだいぶ西に沈み少しだけ涼しくなってきた頃に、ようやくに親父殿が買い込んできた
肉や野菜が底をついた。
 「何だか、今日はお昼からずっと食べっぱなしだったから、お腹いっぱいになっちゃった」
 うみがお腹をさすりながら言った。
 「ワタシ、オジサマが料理してるの始めてみたけど、なかなか様になってますわネ☆」
 「うん、今日のショウはちょっとカッコよかったよ」
 「いつものパパとは、確かにちょっと違ったかもね」
 「えっ? そう? そんなにかっこよかったかな? ワシ」
 褒められて嬉しいからか、あるいはびーるで酔っているのか、
親父殿が頬を染めて、頭をぽりぽり掻いて喜んでいる。
 そんな親父殿を見ていると、何だか我まで嬉しくなってくるな。
 …何だか、嬉しいついでに安心したせいか、少しばかり眠くなってきたぞ。
 今日は色々動いたりしたからなぁ。
 「ふわぁ〜あ」
 「おっ、何だ雛乃。眠いのか?」
 「うむ、少しな…いや、だいぶ、な」
 我が言うと、親父殿が我を抱え上げ、「お姫様抱っこ」をした。
 「こっ、これ! いくら親父殿といえども、我を子ども扱いしないで欲しいですぞ!」
 などと言いながら、嬉しいような、こそばゆい感じがする
 「何を言ってるんだ雛乃? 子ども扱いとかじゃなくて娘が眠そうな顔をしてたら、
寝床まで運んでやるのも父親の勤めだと思うんだが?」
 「…そんなものであるか?」
 「そんなものであるよ
 …それに今日のお礼もあるしな」
 ……何だかんだ言って、一番「父親らしい」親父殿にかまってもらいたかったのは、
我だったのかも知れぬな。
 今は親父殿に久しぶりに甘えるとして、このまま眠ってしまうとするか…
 ・・・

 「むっ! 玄関のほうから車の音がする…。これは要芽姉の事務所の車の音…
 って事は!? 二人帰ってきたんだ!」
 翌晩になって、せろりが超人的な聴覚でかなめとくうやの帰宅を察知した。


 せろりがこれまた超人的な速さで、居間から玄関へと飛び出していった。
 「やれやれ、昨日の親父殿とのばーべきゅーが楽しかったからと言って、
それを二人に話したくて仕方ないようだな。せろりもまだまだ子供よなぁ」
と、我の隣にいる親父殿に言う。
 が、親父殿をふと見ると、なにやら我慢しているようにプルプルしている。
 「……親父殿、今すぐにでもかなめの所に飛んで行きたいのであろう?」
 「うっ! そんな事ないぞ! ワシは娘達には平等だからな」
 「…まぁ、昨日あれだけがんばったのだから、我は今回だけはかまわんのでは? 
と、我は言っておくぞ」
 それを聞いた瞬間、親父殿が嬉しそうな顔して、これまた凄い速さで玄関のほうへ飛んで行った。
 「要芽ー! 帰ってきたか! パパは待ちかねたぞ!」
 親父殿の嬉しそうな声が居間まで聞こえてきた。
 やれやれ、親父殿にはまだまだ我のサポートが必要なようだな。

おまけ

 「それにしても昨日のバーベキュー、美味しかったわね、歩笑ちゃん」
 「ブツブツ……しっかりした娘と、ちょっと頼りない父親の愛情物語……使えるかも」
 「歩笑ちゃん? もしかしてお仕事モード入っちゃった?」
 「ごめんね、姉さん。思いついた時の勢いが重要だから、夕飯は自分で何とかして」
 「ちっ。今夜はカップ麺ね… またふくよかになっちゃう〜!」


(作者・SSD氏[2006/02/27])


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