Slime Girl Vol.2

満天の星さえかすませ、はるか高みにかかった玉桂たまかつらしろがね耀かがよいで焼け野跡を照らしていた。

空の輝きが増すのに応えて、地には麝香草が淡い緑の灯を点して乱れ咲き、篝茸かがりたけも紫の傘を冷たく燃やし、くさったにおいとともに虫を引き寄せようとし始めている。夜気には燦爛さんらんと花粉や胞子が舞い踊り、鬼縞蛾おにしまが朧目蝶おぼろめちょうが鱗粉を千々に散らしてはばたく。

多彩な光の中を、透き通った裸身が跳ねるように駆けていた。

からまりあったやぶを、はやてのごとくすり抜けてゆくが、ひとつも枝も折らず、ほとんど葉も揺らさない。

流れるような動きは、くさむらをわたる蛇か、あるいは川を泳ぐ魚のよう。ほっそりした素足が踏んだ場所には、あとからありとあらゆる茸が生えてくる。

色のない髪は豊かに波打ち、時折、月光をからめとって虹の輪を作る。

長い脚が前へ前へと伸びるたび、澄んだ水でできたような乳房が上下し、つややかな表面に漣を起こす。胸の奥には、黒い珠を収めた石英の柱が、細い鎖につながって浮かんでいた。

命ある硝子細工を思わせる女は、だしぬけに立ち止まると、ななめ向かいにこんもりとしげった蜥蜴苺とかげいちごの群落におじぎをした。

「こんばんわ」

みがいた珠のような体が震えて、ささめきに似た音を放ち、のんびりしたあいさつをかたちづくる。

ややあって、ねじれ寄り集った細い幹のあいだから、背の高い男が歩み出た。革の鎧をまとい、長剣を背にしたいでたちには、月影のもとで昏く重たげなたたずまいがある。

「言葉が通じるようになったのか。魔物よ」

落ち着いた口調で尋ねつつ、たくましい拳で武器の柄をにぎり、ゆるやかな足取りで間合いを縮めていく。

「そう」

すると、なよかかな姿態がまた振動して返事をした。

壮漢は目を細めると、相手から三、四歩離れたところで足を開いて腰をわずかに落とし、また話しかける。

「話ができるのなら、聞きたいことがある」

「なに」

丈のある玉杯を思わせる首を傾げ、女は問い返した。構えるそぶりはなく、ただふくよかな曲線を織り成す裸身を、惜しげもなくさらしている。足元ではどくろに似たもようのある濃紺の茸が育っていた。

深呼吸した戦士は、目の前でわずかに揺れる豊満な胸鞠の奥を注視し、内側にたゆったっている瞳の如き濡羽玉の首飾りをうかがった。

「お前の胸にある首飾りはなんだ」

初めてまなざしに気づいたかのごとく、女はつつしみぶかく乳房を隠すようなしぐさをしたが、透明な腕では甲斐はなかった。また百のこだまを重ねたような声が響く。

「エランのお父さんが贈った結納ゆいのう。お母さんと一緒に埋まってた」

要領を得ない説明にも、男はなるほどと小さく首を縦に振ってみせつつ、さりげなく片脚を前に出し、体を横に開いた。肩のうしろにやった手で得物を強くにぎりしめ、巻き革をきしませる。

「ところで、お前の格好は以前と異なるようだが、埋まっていた誰やらと、かかわりがあるのか」

淡々と訊きながらも、双眸は錐の尖端をほうふつとさせるするどい光を宿し、二つ並んだ紡錘めいた胸を射抜いている。

「エランのお母さん。きれいでしょう」

生きた水のような裸身が震え、ほがらかにうべなった。

「食ったのか。屍を」

乾いた口調で、壮漢はたたみかける。魔物は透き通ったまつげをまたたかせてから、にっこりしてうなずく。

「とってもおいしかった」

「なるほど、な」

言い捨てるが早いか、戦士は剣を鞘疾さやばしらせていた。どのような仕掛けがあるのか、炸裂とともに一瞬で宙に跳ね上がった刀身をそのまま烈火の勢いで振り下ろす。

赤熱をまといつかせた風が、女の胴をけさがけに切り裂いた。爆発とともにもうもうと蒸気が立ち上り、視界を覆いつくす。せつな月も星も、花も、茸も、あたりの明かりは一斉にかげった。

すばやくとびすさった男は、いつでも二の太刀を放てるよう姿勢を直す。手にした刃は、血管じみた緋の筋を浮かばせ、妖しく脈打っている。十束の刀身はおよそ鋼にあらざるつやをしめしており、大きな獣の骨か歯を削ったらしかった。

しばらくして、かりそめの霧が晴れると、先程までなよやな姿態があったところには、透き通った肉の欠片さえ残っていなかった。

壮漢は大きく呼吸をすると、かすかにせきこんで、かまえを解いた。張り詰めていた二の腕の筋肉がゆるみ、武器は下を向いて、土に触れた切先がかすかな煙をのぼらせる。

どこかで四角梟が鳴き、あたりにはしじまが満ちる。

「あなた、乱暴」

いきなり真後ろから声が聞こえ、男は両の眼をいっぱいに広げた。喚きながら、振り向きざまにまた空を灼く一撃を放つが、今度は振り抜けず、何かに挟まって止まる。

燃える剣を胴の半ばあたりまで食い込ませ、魔物が悠揚とたたずんでいた。いささかも痛痒を覚えないのか、玲瓏の相貌も、滑らかな輪郭もいささかも崩れていない。ただ透明な胸に浮かぶ首飾りは真っ二つに断ち切れ、水晶の筒も割れて、中にあった黒い珠は溶けて靄となり、水のような体と混ざり合っている。

「くっ…」

男は脂汗でひたいをてからせ、得物を引き抜こうと力んでから、凍りついた。刀身を包みこむように、赤い茸が生えている。貴婦人がつける裳裾のひだに似た傘が、みるみる成長し、柄まで達そうとしていた。とっさに柄を握っていた指を離すと、とんぼ返りを打って距離を開けると、腰に吊るしていた短剣の鞘を払う。長剣と違い、何の変哲もない鍛鉄の刃が、そばでまたたく麝香草の燐を照り返し、にぶい光をはなった。

魔物は口元をほころばせ、突き刺さったままの剣をつかむと、引き抜くどころか、ゆっくり奥へ押しこんだ。たちまち貼り付いていた茸がはげ落ちてちらばり、次いで刀身は水のような体に触れているところから、ぼやけ、溶けていった。

しばらくして女はしゃっくりをひとつすると、消化しそこねた柄をへそのあたりから吐き出し、おじぎをした。

「ごちそうさま」

凝然とする戦士を横目に、納得したようすでうなずき、わなないて、またしゃべり始める。

「むかしむかし。世をさわがす魔物どもをこらしめようと、とある王様が八ふりの剣を作らせました。銀でも金でも鋼でもなく、すべて一匹の火竜の牙から研ぎ出だしたので、あらゆるものを焼き滅ぼす力がありました。できばえの見事さから重代ちょうだいの宝とし、しばしば国で指折りの豪傑に授け、民をおびやかす敵を退治させたのでした」

長広舌を振るいながら、女は流れる水のような肌膚に太陰の光をはねかえし、うっとり天をあおいだ。ややあって、おどすように短剣をつきつけたままの壮漢を一瞥すると、おだやかにおぎなう。

「エランのお母さんが、そのまたお母さんから聞いたお話。エランにも話した。作り事だと思ってたけど、食べたら分かった。本当だったんだ」

こらえきれず、戦士は、かすれた呪詛を紡いだ。

「魔物め…」

透き通った裸身が、立ち尽くしたまま振動すると、鈴を鳴らしたような笑いがあふれた。

「あなた、乱暴だし、礼儀知らず。でも、おかげで色々分かった。それはありがとう」

「ああ…」

嘆息した男は、いささか抑えた話しぶりになって訊いた。

「お前は姿が変わっただけでなく、頭もよくなったようだな。おかしな術も使う。屍や剣を食ったせいか」

すると女はかるく首をかしげ、色のない蓬髪を揺すってから、くったくなく返事をしようとする。

「あなたが壊した首飾りにね…」

みなまで言わせず、戦士は跳躍し、短剣で魔物のひたいをつらぬいた。深くはえぐらず、即座に刃を引くと、喉、胸、鳩尾、下腹をめった刺しにしていく。

嵐のような猛攻を終えると、壮漢は肩を弾ませつつ、唇を三日月にゆがめた。腕を高くかかげてとどめを加えようとした矢先、手に持つ刃が柄から半分あたりで切り取ったようになくなり、断面が赤熱しているのを認め、愕然とする。続いて肉のこげるにおいが鼻をくすぐり、ひたいをはげしい痛みがおそった。

あわてて眉の上あたりを指でなぞると、ななめにやけどが走っている。身震いして視線を戻すと、目の前の女は傷ひとつなく平静なままだった。ただ透き通った腕の片方が平らに長く伸び、先が細って、刃のようなかたちに変わっている。最前むさぼり尽くした剣とよく似ていた。

役立たずになった短剣を取り落とし、へたりこんだ男は、上目遣いに魔物をうかがい、つぶやいた。

「俺も食う気か」

磨いた玻璃はりのごとき縹緻がかすかにゆがみ、柳眉りゅうびをひそめる。

「まずそう」

「ならば、見逃せ。俺を殺せば都から必ず討手が…ぁ…」

途中までまくしたてたところで、戦士は急に語句を途切らせた。いつのまにかひたいの火傷から山吹色の茸が生え、顔にすっぽりとかぶさったのだ。分厚い菌類はそのまま、さらに広がって、鎧におおわれた上半身を占領し、さらには下半身も飲み込んでいく。

「そのまま頭冷やして」

石像のように固まった男を背後に置き去りに、水のような女はまた夜の野を馳せていった。

「エラン」

歌うように口ずさむ名の、幼い持ち主のもとへ。


茸酒のもたらす悪酔いのなかで、エランはまた絶頂に達した。何十回目、いや何百回目になるのかもう分からなかった。まだ精通を迎えていない体は、ただわなないて、後孔をほじくる剛直を締め付けるだけだった。

「ひひ、またイったか合の子」

小太りの男が酒に力を借りた荒々しさで突き上げると、少年は涙ぐんで、精一杯激しく首を縦に振る。正直に応えなければ、折檻が待っている。野太い指が繰り返しねじりあげた乳首は赤黒く充血し、黄ばんだ歯が飽きず噛み付いたとがり耳は、すっかり腫れ上がっている。

「あの女もこんな風に淫乱だったんだろうなあ。達者なうちに抱けなかったのが残念だ」

「ち…がぅ…おかぁさ…ちが…」

倦み果てた童娼は、しかし母を揶揄する台詞だけを聞き分け、名誉を守ろうとするかのようにままやく。

さんざんいたぶった相手が、なお見せる奇妙な強情さに、でぶはあきれて告げた。

「分かった分かった。淫乱なのはお前だけだ合の子。おら、接吻だ」

「ふぁ…」

荒淫を経てなおつやかかな桜桃の唇と、ざらつき荒れた男の口が重なり、舌が出入りし唾液が行き交う。

茸酒屋は、飼い慣らした子供の髪に手を突っ込み、絹のような手触りを楽しみつつ、いつまでもきつさを失わない直腸を内側から擦り上げ、粘膜の柔らかさに恍惚としながら、したたかに精を放ち、さらには放尿していく。

エランは体内を種汁と小水の混ざり物が満たしていくおぞましい感覚にわなないたが、余韻にひたる主人を怒らせないよう口付けを続ける。ようやく責め苦が終わり、呼吸ができるようになると、率先して礼を述べる。

「いやしいあいのこの…あなっぽこに…おめぐみをいただき…ありがとうごじゃいまひた…」

「よしよし。うまく言えたほうびだ」

小太りの男は、仕置きと同じように小さな尻肉を抓り上げると、弱々しい悲鳴をこぼす矮躯を突き飛ばすようにして床に捨てた。

受身もとれず、背をしたたかにぶつけた少年は、爛れた菊座から汚液をこぼしながら、あおむけになって痙攣する。

痩せっぽちの肢体が見せるぶざまな格好に、でぶは舌打ちをする。

「おら、後始末はどうした」

「ぁ…ぁっ…」

のろのろと身を起こした童娼は、四つんばいになって椅子に腰掛けた茸酒屋に近づき、しなだれた陰茎にむしゃぶりつくと、丁寧にねぶっていく。排泄口からは、間欠泉のように精と尿が垂れ流れる。

男は面白半分にとがり耳を引っ張ったり、前髪をつかんだりしながら、そっくり返ってひとりごちた。

「こいつぁ町の淫売にも負けねえ…」

目を細くし、猫がするように喉を鳴らしてから、にんまりして先を続ける。

「合の子。知ってるか。町で問屋から聞いた話だが、都にはお前みたいな変り種ばかりを集めた淫売宿があるそうだ。男でも尻だの胸だのふくらませて女みたいにしたり、邪魔な手足を切ったり歯を抜いたり、はたまた逆に生やしたり、何でも思うままだとよ」

かすかなおののきが、エランの背筋を走ったが、茸酒屋はまるで意に介さず興に任せてごたくを述べる。

「俺ぁ商売を考えたぜ。このまま村の男どもに抱かせるより、そこへお前を貸して、いいか、売るんじゃねえ貸すんだ。上等な雌にしつけさせてな。たんまり稼いだら戻す。あとは俺の妾として一生囲ってやるからな。うれしいだろ」

うつろな瞳で、少年は掃除を終えた肉棒を離すと、表情をなくしたあどけない面差しを上向かせ、見下ろしてくる主人をうかがった。

「ふぁ…ぃ…」

「ひひひ。こんな貧相な合の子の使い道を思いつくなんざ俺ぁ冴えた男だな。都から魔物を探しに来たあの物騒な野郎が帰ったら、さっそく手配をしようじゃねえか。よし、飯でも作れ。服は着るなよ」

ふらついて立ち上がったエランは、裸身のまま台所に立って、億劫そうにかゆの支度を始める。とうに活力は費えているはずなのに、茸酒の作る偽りの覚醒が未熟な肢体を動かしていた。

子種を滴らせながら揺れる褐色の尻を眺めるうち、男はまた欲望をよみがえらせたのか、のっそりと立ち上がって後ろに近づく。

「まったくいやらしいがきだ」

なまぐさい息を首筋に吐きかけながら、肋の浮いた胸から脇をまさぐるうち、また鎌首をもたげた陽根で、小ぶりな双臀をつつく。

「へへ…お前のせいで俺は気が休まるひまもねえ」

少年が野菜切りをつかんだ指を、関節が白くなるほどにぎりしめたせつな、戸口の方から雷とまがうような音がした。

飛び上がった茸酒屋がかえりみると、かんぬきをかけたはずの板扉が外れて、倒れている。外には背の高い影がひとつ立っていた。

「な、なんだてめえ」

下半身丸出しですごむ小太りの男に、相手はすべるように歩み寄ってきた。

まるで水でできているかのように澄みきった肌をした裸身の女。整った造作は、不思議なほどエランによく似ているが、およそ人とは思えぬたたずまいだった。

「こんばんわ。茸酒屋さん」

きらめく姿態が、全身を震わせて話しかけた。

「ひっ、ま、魔物」

名指しを受けたでぶは、泡を食って部屋の隅へ逃げようとする。顎肉のたるんだ猪首に透き通った触手が巻きついて、楽々と吊り上げた。

「そ、その格好、あの女といっしょになって、ば、ばけてでたのかぁ…ぁぐ…」

足をばたつかせながら、絞殺を前にした豚のように泣き叫ぶ男に、女はこくびをかしげて、つぶやいた。

「さようなら」

もがき回る脂ぎった贅肉の塊を、大きく横に振って放り投げると、樹皮紙を張った窓を突き破り、そのまま弧を描いて、焼け野跡のはるかむこうへと飛んでいった。

「菌の森で死人茸の苗床になるといい」

うそぶいてから、玻璃人形のような女は台所を一瞥した。野菜切りをにぎった裸の少年が、ぼんやり見つめ返し、幽かな微笑を咲かせる。

「おかあさ…むかえ…きてくれ…」

褐色の矮躯が前後に振れて崩れ落ちるのを、透き通った腕がそっと抱きとめる。

「エラン」

ささめきに似た呼びかけが、とがった耳をこころよく打った。


ねばりけのあるかゆを飲まされているような息苦しさに、エランはうなされて眠りから覚めた。まぶたを開くと、透明な顔が間近にあり、ついで唇を押す滑らかで柔らかい感触から、接吻をしているのだと知る。

「ぷはっ…ぁ…ぇ?…ぇ…?」

生きた硝子細工めいた容貌が遠ざかる。深呼吸をして、いつもある胸のざわつきや刺すような痛みがなくなっているのを悟る。

「な…なん…で…」

「胸のなかをきれいにしたの。菌が糸を張ってたから。エランのお母さんと同じ。あぶなかったよ」

聞き慣れた声が、優しく語り掛けてくる。しかし以前にどこで耳にしたのかは思い出せなかった。

身を起こして、夜明け前の住み慣れた家の寝床にいるのが分かる。次いで一糸まとわぬままなのに気づき、脚を閉じ、両腕で肩を抱いてから、恐る恐る視線を上げるとすぐ近くに、澄みきった水でできたような姿態が、ひざをくずして座っていた。

「おはよう」

「え…おはよ、ござい、ま…す」

「私は……………モーガ。エランのお母さんの…………ことを知ってる」

ところどころ語句を切れ切れにしつつも、透き通った肌の女はにこやかに告げる。だが色のない瞳が遠慮なく注ぐまなざしに、童児は縮こまって避けるようにしながら、かたえを向き、はっとしたようにつぶやく。

「同じ名前…」

「あ」

「え?」

大きな口を開けて固まったモーガを、エランはびっくりして見上げてから、またすぐ視線を逸らす。

「エランのお母さんと名前が同じ……だから…縁がある」

また穏やかに説く女に、子供は神妙にうなずいた。

「そう、ですか」

「お葬式、まにあわななかった」

モーガが悔いると、エランはうつむいたまま礼を述べた。

「いいえ。きてくれて、ありがとう、ございます」

「これから、私がエラン助ける。エランのお母さんの分も、お父さんの分も」

「えっ?」

女の腕がまるで、糸がほつれるようにほどけて、少年の肌にからみついた。

「ひっ…なん…」

「まだ胸と肌しか、きれいにしてない。お腹も、きれいにする」

「や…やめ」

「だいじょうぶ。痛くしない」

触手の一筋が、使い込まれた菊座にたどりつき、あっさりと入り込む。もう一筋はへそにたどりつくと、ねじれきっちり閉じたすきまから染み透ってはらわたにもぐっていく。

「ぁぅ…ぁっ…ひっ…や…モーガさ…や…」

いやいやをする赤ん坊のように首を横へ振る童児を、魔物はたやすく抱き寄せ、たわわな胸鞠でほっそりした肩を包むようにしながら、まつげの端に浮かんだ涙をなめとる。

「やっぱりエランおいしい。エランのお母さんよりもっとおいしい」

「ふぇ…?あぐぅ!?」

臓腑の内側から圧を受けたエランは、舌を突き出してあえぐ。モーガはかるく接吻を盗んでから、優しく頭を撫でてあやし、尻と臍を押し広げていく。

やせこけた腹が水風船のようにふくらんで、でこぼこになっていくのを、いとけない双眸はおびえ魅入られたように眺めやる。

「あんまり食べてないねエラン。きれいにしたら、すぐ栄養あげる」

「はひ…ひぃい!?」

触手は少年の体内で複雑に枝分かれし、繊毛を生やして糞便をこそげとり、消化していく。茸に由来する薬を分泌し、苦しさを快さに置き換えながら、丁寧に磨き上げていく。

「ひゃぉ…ひぁぁっ…」

容赦なくはらわたをかきむしる刺激に、声変わり前の喉が奏でる甘美な音色に、人の姿を写し取った化生けしょうは、うっとりしながら、耳孔に舌をねじこみ、鼓膜にまで達して、日々のつらい野良仕事でこびりついた垢や埃をこそげとっていく。

「エランはお腹のなかも耳のなかもおいしい。ほら、お礼に栄養あげる」

胃まで達した透明な蔦と、腸を満たした蔦が蠕動し、それぞれ糖や塩や必要な滋味を含んだ白濁をそそいでゆく。

「ひぁ…だんなしゃ…ま…あいのこのあにゃっぽこに…おめぐみ…」

思わず、体に教え込まれた口上をつぶやきながら、押し寄せる未知の官能を猶予してもらおうとするごとく、少年は透明な女にしがみついた。

「エラン。ここ、かたくなってる。きれいにしてあげる」

魔物はぞうさもなく新たな腕を生やすと、童児の股間で小さく主張する雛茎を包み込んだ。神殿の割礼を施していない包皮の裏へもぐりこみ、わずかな恥垢をこそいで分解すると、尿道に細い管を送って小水を吸い上げる。

「ぁぉぅあ!?」

焦茶の肌をした子供はとがった耳を上げたり下げたりし、括約筋を限界まで広げる触手を食い締めて、妊婦のように膨らんだ腹を揺すって失禁する。

「しょっぱくておいしい。全部出して」

後ろから水気と栄養を送り込みながら、前から小水を搾り取る。エランは惑乱しつつも、耳まで血をのぼせ、両の掌であどけない容貌をおおおうとする。だがモーガは触手をほそい手首に巻きつけて開かせると、わずかに意地悪な声色で命じた。

「おしっこ出してる顔見せて」

「ひ…や…はずか…」

「だめ」

「ひっ…ぅ…だんにゃしゃま…あいのこの…しょしょうを…おみしぇ…ひま…ひゅ…ふぁ…」

客の前で痴態をさらした経験はあるのか、稚い唇はまた覚え込んだせりふを暗誦して、魔物の手の中に排尿を続けた。

「エラン。かわいい。おいしそう。おいしい」

風変わりなほめたたえ方をしながら、透き通った女は少年をくるみとり、水のような体内に沈める。

怪異のさなかにありながら、入浴しているような温もりと、常に身を苛んでいた飢えが収まった安堵とで、幼い茸採りの心は徐々にまた睡みに浸ってゆく。

「だんにゃ…しゃ…おか…さ…モー…ガ…さ…ふぁ…ぅ」

「だいじょうぶ、エラン。お母さんみたいに死なせない。ぜったい、元気にする」

暗闇の中でまた心地よい眠りに滑り込みながら、少年はふと昨日会った不思議な水玉を思い出していた。


焼け野跡に、ひさしぶりに村中の男衆が集まっていた。しばらく雨が降らない週の、特に雲ひとつない晴天を選んでではあったが、近年とみにかびくささを増した菌の森からの風に備え、誰しもしっかりと野良着をつけ、樹皮紙を口元に巻いている。

時忘茸ときわすれたけまみれになったよそものを掘り起こし、表面を削り落として青梅酸おうめずで洗い、目を覚ませてやると、担架に載せて神殿に運んだ。祭司は穢れを忌んだが、よそものとつながりのある都の役人の怒りをもっと恐れていたので、仕方なく看病をした。

戦士は、はじめは意味のわからぬ独白をするだけだったが、やがて立って歩けるようになると、ひどく不審げに人々を眺めやった。今いるのがどこなのか、なぜいるのかもまるで解せぬようすだった。

「あなた様は運がよろしい。時忘茸が憑いたもののなかには、すべての思い出を吸われて赤ん坊に返った例もございます故」

祭司がいたわると、壮漢は頭を掻き、うめいたが、らちがあかぬとばかり、都へ帰っていった。村は幾分明るさを取り戻した。人々は茸酒を飲み、昂ぶって野合し、多くの子種を仕込んだ。

宴のはじめから、茸酒屋がいなくなったのに皆気づいたが、あえて探そうという輩はいなかった。酔ってついに焼け野跡を超え、菌の森にでも踏み入ったのだろうというのが大方の見方だった。茸採りに近しい稼業として当然の報いとささやきあった程度だ。所詮、秘密を分かち合ういくたりかの仲間のあいだでさえ、さほど惜しまれなかったのだ。

「いっそ茸と縁を切って、あとくされなく野焼きしよう。焼け野跡はそうしてできたという話だ」

息巻く若い農夫もいたが、古老からは用心深い意見が出た。

「菌の森には火を餌に増える紅蓮茸ぐれんたけがある。野焼きなどすれば逆に勢いを得て恐ろしいかぶれの病を起こす。竜の炎さえ無駄で、焼け野跡は昔もっと別の災いでできたものだ」

結局はうかつに手を出すまい、という考えでまとまり、焼け野跡は禁足地と定まった。

だが、幼い茸採りにはかかわりのない決まりだった。

粗末な手作りの母の墓に、石を積み直したエランは、二、三歩離れてからできばえを確かめた。浅く埋めた屍は針猫か山犬か、何かがさらっていったらしかったが、しかしなお、とむらいの場として整えたのだった。

ひざまずいて黙祷を捧げてから、立ち上がると、ふと首をもたげ、まばらな雑木林の彼方、かすみをたなびかせる菌の森を遠望し、また間近に建つ小さな塚にまなざしを返した。

「お母さん。あのね。夢を見た。おかあさんに似てる…透き通った女神様が…助けてくれた」

ちょっと頬を染めてから、語句を継ぐ。

「女神様が、教えてくれた。お父さんは北の国から来たって。大事な用があって帰ったけど、またお母さんを迎えに来るって約束したって。でも来なくて…死んだかもしれない…分からないけど…調べてくる」

一息にしゃべってから、少年はちょっと下を向いて、爪先で地をほじくった。

「ただの夢だから。やめた方がいいかな…」

眉間にしわを寄せてから、またおもてをあげる。

「やっぱり行くね。ちゃんと考えてる。隣町までの道知ってる。そこで行商に雇ってもらう…方法…あるから…あの…でも、帰ってくる」

樹皮紙を巻き直してから、うなずいてきびすを返す。一歩踏み出したところで、すぐ正面に大きな水玉がうずくまっているのを認め、転げそうになって、苦労して均衡をとる。

「な、なんで?」

「エラン」

生きた雫がおどりあがる。

「エラン、エラン、エラン」

「…なんだよぉ…」

幼い茸採りは弱々しく返事をする。虹の光沢を帯びたふくよかなかたちを見つめるうち、ふと夢の記憶がよみがえってか、とがった耳の先まで血がのぼっていた。

すかさず透明な塊は華奢な足に取り付くと、柱を登るねずみ顔負けのすばやさで駆け上がって肩に乗り、さらには頭巾の内側にすっぽり入ってしまう。

「こら…もぉ…もしかして、いっしょに来たいの」

「エラン」

たずねかけると、肯定するようにまた名前を呼ぶ。

「…勝手にしなよ」

くすりとしてから、少年はあらためて歩き出した。雛鳥のようにもろげな胸を精一杯張って、もはや、せきこみはせず、焼け野跡から出て世界へ通じる、曲がりくねった細い踏み分け道をたどっていった。

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