Slime Girl Vol.3

川に夜霧がかかっている。

粘りつくようなしけり具合だった。

暗くゆるやかに蛇行する流れの両岸では、うっそうと茂る樹々がみな幹に汗をかくほどの蒸し暑さだが、さざなみだつ水面にぽつんと一つ浮かんだ小島だけは、どこからか涼しい風が吹く。

狭い中州の緑こもれる奥ふところには、じょうぶな蔓を編んで横枝に渡した手製の吊床つりどこがかすかに揺れていた。

寝そべっているのは、栗皮くりかわ色の肌にとがった耳、射干玉ぬばたまの髪をした少年。ななめに差し込む月明かりがうっすら浮かばせた面立ちは、童女ともまがう可憐さで、体つきもほっそりしているが、眠りのうちにのぞかせる苦しげな表情にどこかしら男児らしさが見て取れる。

「エラン」

きらめく小さな水玉がそばで跳ねながら、名をささやく。

まるで空から落ちてきた雨粒を何十倍にもしたような、おかしなかたちをしているが、何やら命あるものらしく、言葉まで操る。

「エラン、エラン」

透明な塊が何度も宙に飛びながら声をかけるにつれ、うなされていたエランは段々と身のこわばわりを解いて、いとけない唇を開き、寝言をつむいだ。

「モー…ガ…」

「エラン。私は、ここ!」

子供が夢うつつに呼ぶと、モーガと称する生きた雫はうれしげにまた躍り上がった。

か細く甲高い歓喜の叫びは、しじまに広がってゆっくりと帳のようにあたりを囲む葉群に消え、また沈黙がよみがえる。

規則ただしい川波の響きをのぞくと、あたりはひっそりとして音もない。たいてい湿った場所につきもののぶよは一匹たりとあらわれず、食い意地のはった銀鱗鯉しろかねこいも餌を狙って跳ねるのを控え、ほかではよく寝ぼけて騒ぐ闇告鴫やみつげしぎさえ鳴いたり羽ばたいたりしようとはしなかった。

不意に低く地鳴りがした。水辺から蒸気が立ちのぼって散り、木々のあいだにかかる吊り床がわずかにきしむ。だがなお、島を包む静けさは揺るぎもしなかった。

生きた雫はしばし縮こまると、あたりに横たわる沈黙に聞き入るかのごとくしばしじっとしてから、やがて童児のそばにすり寄り、安らかに上下する胸にのしかかると、一緒になってまどろみに落ちていった。


暁とともに起きたエランは腕をこすり、脚をあげて、虫が刺した痕がないのに首をかしげてから、地面に降り立った。

猫を思わせる忍びやかな足どりで川端に近づくと、ほかに誰もいないというのに、あたりをうかがってから素早く服を脱ぎ、そっと浅瀬に入る。

まずそばに生える草の茎を抜いて皮をむしり、けばだたせてから、よく洗って歯をせせり、ついでやや大胆に腕でしぶきをはねかして沐浴をする。隅々まで洗うと、軽く息を弾ませつつ陸に戻り、両脚を順にねじって表裏とも調べ、蛭が噛んでいないのを確かめてから、またちょっと頭をひねる。

「エラン!」

いきなり透明な塊が体当たりしてくる。

「ひゃっ…」

「エラン!おはよう!エラン!」

「おはようモーガ。そうだ。ごはんにしよう。昨日食べられそうなもの見かけたよ」

「エラン!ごはん!」

「うん」

少年はまた水に踏み込むと、抜き手を切って半ば泳ぐように進んだ。よどみのやや深くなっているあたりに達するとと、突き出た岩のあいだにひっかかっている赤浮瓜あかうきうりの実を掴んだ。

ひとかかえもあって運ぶのにはいささか苦労する。だが何とか引き上げ、小刀で割って食べるとほんのり甘味があり、汁気も多く十分に果肉の量もたっぷりしている。

「おいしい…お母さんが好きそう」

にっこりしてから、半切れをモーガに分け、食事を終えると、ごみを川に流してもう一度身を清め、歯を磨き、また服を身に着ける。

「エラン!」

足首にしがみついてくる水玉を見下ろして困ったように言う。

「あのね…僕ちょっといかなきゃ」

「エラン!」

「ちょっと待ってて」

じゃれつく相棒をひきはがして、いそいそ藪に入る。穴を掘って、しゃがみ、下穿きをずらしていきむ。肛門がめくれるが、きれいな水が出るだけだった。

「なんで…」

かすかに身震いしてから後始末をして立ち上がる。

「街についたらお医者さんに…見てもらわなきゃ」

といっていつになるかは分からない。そもそも助けが来るのかどうか定かでなかった。

半月ほど前に病でみまかった母をとむらい、ゆくえの知れぬ父を求めて故郷を離れ、なじみの行商について北へむかう途中、荷を運ぶはしけに乗り込んだところが季節外れの大水に遭ったのだった。

もう数日雨もなく川の嵩もさほど高くなかったのに、いきなり下手からさかのぼってきた泥まじりの逆波のせいで、船旅に慣れない身はふなべりにしがみつくまもなく放り出され、上手から返す波に飲まれた。

ちっぽけな連れを懐に守ったまま、どうにか溺れまいともがくうち、いつのまにか川中島にひっかかって助かったが、そこから今度は対岸に渡るすべがなかった。

渦巻く流れは、中州から二間ばかりも離れると、とたんに深くまた勢い強くなり、とうてい泳ぎきれそうもない。しかたなく筏を作ろうとしてみたが、なかなかうまくいかなかった。しばった蔓が切れたり、まとめた丸太が暗いあいだに河に転げ落ちたりするのだ。

「…しっかりしなきゃ」

エランは両掌で頬をはたいて、また作りかけの筏に向き直る。島に育つ木は細いので、まとめたところではなはだ心もとないが、不安を振り払って取り組む。かたわらでは、透明な塊が退屈そうに揺れていたが、いきなり何か思いついたように林のあいだに駆けこんでいった。

「モーガったら…」

不思議な生きた水玉の、落ち着きのなさにぷっと笑ってから、童児はのびをして、一休みしようと寝転んだ。どこからともなくかびくさいような、甘いような匂いがする。小さい頃を過ごした“菌の森”の匂いに似ていた。たちまちまぶたが重くなる。

「あ…れ…」

弱々しくままやいてから、未熟な肢体はまたぐったりと動かなくなった。


ほのかにえたようなかおりの中、白昼夢にたゆたいながら、エランは透き通った乳房に頬を押し付けていた。

「モーガ…女神…さま…?」

「うん。私だよ」

白いふちどりのある羽衣茸はごろもたけの冠をかぶった玲瓏のかんばせが、やさしく見下ろす。硝子細工のような唇が褐色の唇と重なる。たちまち鞭のようにしなる舌が潜り込み、枝分かれして幼い口腔を犯す。

「んむ…ぅっ…」

石英を人型に彫り上げたような、あるいは水を乙女の輪郭にこごめたような肢体が、しっかりと少年の焦茶の素肌をくるみこむように抱いて、長く伸びてうねる指でそこかしこを撫でまわす。やがて一本が尻朶を割って菊座に滑り込むと、すぐにすぼまりをくつろげて、粘膜をほじりだした。

「ぅぅ!?」

同時に別の一本が臍にたどりつき、閉じた穴を広げてはらわたを直接いじる。

「ふぅっ…♥ふぅっ…♥」

別の指の群がさざめきつつ、がうっすらと脂肪がのった鳶色の胸をなぞり、すでにとがった乳首をつまんでひねり、つねり、ねじって、痛みと快さの混じった刺激を送り込む。硬くなった幼茎にはすっぽりと透明な肉筒がはまってしごき立てていた。

足指にも手指にも、溶けた石英でできたかのような細いひもがからまり、皮膚の薄い股の部分をなぞりあげる。

一斉のエランはすぐ絶頂に達する。だがいまだ精通を迎えていない秘具は衰えを知らず、とめどもない玩弄に切なげに揺れる。二回、三回と立て続けに気をやってから、桜桃のような亀頭から色のついていない小水をあふれさせ、触手でいっぱいにひろがった肛孔と臍穴からは腸液をしぶかせる。

四回、五回と達したところで、ようやく透き通った女神は寵童を離した。

正午すぎのあたたかな陽射しのもとで、エランは産まれたての仔鹿のごとく震えながら腕を抱いて脚を縮める。

「や…見ない…で」

「隠しちゃだめだよ」

モーガは宝石のような指を蔓のごとく伸ばして、焦茶の肌をした子供の背筋をさかなでする。

「ひんっ」

「もうエランは、私のものだから。隠さないで、見せて」

てらいもなくそう求めながら、まっすぐ見つめる乙女の眼差しに、少年は頬を上気させつつ、そろそろとまた手足を開く。

「中も見せて」

たたみかけるようなうながしを受けると、発育のよくない肢体はわずかに震えてから、両足を折り曲げた格好で、指で菊座と臍をひろげ、てらつきうごめく粘膜をさらす。あどけない面差しは、熱病にかかったかのごとくうつろで、双眸はうるみ、唇からは涎がひとすじ落ちる。

「ぅ…ぁ…だんなしゃま…いやしい、あいのこの、あなっぽこに、おなしゃけをおめぐみくだしゃ…ぃ」

茸採りをして暮らしていたころ、稼ぎを補うために男に春をひさぎ、習い覚えた屈従の台詞をつい口にのぼせる。だが女神は首を振ると、花びらのような菌の傘でかざった、色のない蓬髪をゆすり、日の光にきらめかせる。

「またそれ!なんかやだ!」

「ふぁ…ぇ…」

「エランはいやしくないし、私はだんなさまじゃないから」

「ぅ…ぁっ…わかんな…」

「じゃあ…こう言って」

透き通った娘はかがんで男児に何事かささやきかける。

「ぅ…ぁっ…はずかし…」

「言って」

優美な輪郭を持つ水玉は、なお身もだえしてためらう幼い恋人へ熱心にこいねがいつつ、とがった耳の先端を噛んでせかす。

「ひんっ…ぃ…いとしい…モーガさま…かわいいエランの…なかも…そとも…めでてください…これで…いい?」

「うん♪」

水でできたような腕が華奢な胴を掬い上げる。女神の股間にはいつしか透き通った剛直が鎌首をもたげ、ものほしげにひくつく褐色のすぼまりに狙いを定めていた。

「ぁっ…」

寵童は覚えず期待をこめた一瞥をしてから、羞じらうように長いまつげを伏せ、しかし排泄口をつつく屹立を望んで咥え込んでいく。

「んぅうっ♥」

対面で抱き合ったまま、容赦のない抽送を始めるモーガに、エランはきつくしがみつきつつ腰を弾ませ、臓腑を叩き潰さんばかりの突き上げに合わせて奉仕を試みる。

応えるように水晶のような指が、焦茶の双臀に食い込み、逃がさぬようしっかりと抑え、硝子細工の太杭を暗く濡れたあなぐらの奥深くへ打ち込む。

眼差しを合わせ、接吻を繰り返し、つながりながら大小二つの影はぴったりと重なって、とめどもなく歓びを交わした。

時折また地鳴りがして、濃い霞がかかったが、もはやかそけきあえぎとむせびとは途切れるのを知らず、先程まで林のあいだにわだかまっていた沈黙は、もう還らなかった。


日暮れても夜明けても、醒めない夢が続くようだった。

モーガの願いで、エランは服をまとわず、かわりにどこからか摘んできた羽衣茸の冠で黒髪をかざったきり、焦茶の素肌をあますところなくさらして暮らした。そうして寝るときも、食べるときも、用を足すときでさえ、二人はともに過ごした。

少年は妊婦のように膨らんだ腹を抱え、ふうふうと息を荒らげつつ、重そうに歩き、あるいは四つん這いになって乙女のあとをついて歩き、命じられるがままに排泄をした。

「がんばってるエランかわいい」

女神はすんなりした脚を開いて立ったまま、かたわらに蹲踞した寵童の頭を撫でてはほめる。

「んむぅ…」

頑是ない褐色の面差しが、ちょっとすねたような上目遣いを返す。口いっぱいにほおばった透明な陽根のせいで、答える声は不明瞭だった。

長い耳を下向きに垂らした子供は、以前はした金を稼ぐため嫌々習い得た舌技を、今は伴侶のために嬉々と振るい、すぼめた唇の縁から泡をこぼしながら激しく頭を前後させる。

同時に形の良い尻が跳ねるがごとく動き、菊座を裏返しながら大人の握り拳より量感のある透明な珠を次々に産み落とす。張った陰嚢もうごめいて、半勃ちになった幼茎からも小さく弾力のある粒がぽろぽろとこぼれる。やわらかく艶やかな塊は、徐々に積み重なって小山をなしてから、ややあって一つまた一つと転がってゆき、乙女の爪先にふれたとたん、溶け込んで消えてしまう。

「いっぱい出せたね」

女神は寵童をほめそやし、柔らかい絹糸のような黒髪をくしゃくしゃにしてから、いとけない唇から剛直を引き抜く。続いて膝をそろえて座ると、虚脱した矮躯を抱き上げ、背をさすってやる。落ち着いたところで、今度は片手で臍の穴に指を入れてかき混ぜ、もう片手でふくよかな双臀を交互に揉んだりつねったり、軽くたたいたりし、はらわたの奥に残っていた水玉を排泄させてから、さらに攪拌を続ける。

エランはもう臓腑の内側から玩弄を受けるのには抗いもせず、すんすんと鼻を鳴らしては淫ら穴に変わった臍と尻の二つのすぼまりから腸液に濡れた音をさせ、ただまれに胸の先や舌の先に甘噛みがあると、背を弓なりにする。あとはモーガのかいなのあいだに愛用の楽器のように収まったまま、裏返った声で節の喜悦の歌をとぎれとぎれにさえずるばかりだった。

「エラン。起きて、起きて」

未熟な秘具はいまだ欲望の印を放つすべを知らぬまま、幾度も果てて意識が遠のくたび、乙女はさみしそうに訴えては少年の奥の奥を無数の指でなぞりまわす。

「ぃぎぃっ♥」

頬をひきつらせ、涙ぐみ、歯を食いしばり、泣き笑いのような面持ちになって、とがり耳の男児は、透明な恋人を横目に見る。

「モーガ…さ…ぁっ…♥」

「なあに?」

「これぇ…ぼく…だめぇ…」

「どれ?ここ?」

女神は、長く枝分かれした指ではらわたをまさぐり、結腸のさらに先を押し開く。とたん寵童は陸に上がったばかりの青若鮎のように撥ねてもだえた。

「ぉごぉぉっ!?…ぅぎゅっ…ぼぐぅ…らめにぃ…なっひゃ」

「うん♪だめになったエランきっとすっごくかわいいよ。見せて」

「ぁ…ぁっ…ぁあっ…♥」

焦茶の肌をした少年の腹がまた丸みを帯び、続いて凸凹を作ると、触手の群がなめらかな皮膚の下でうごめき、ゆすぶり、踊り狂った。

たちまちかすれた叫びとともに、つるばみ色の双眸が白目を剥き、細いおとがいはいっぱいに開いて舌を突き出す。

透き通った乙女は噛みつくように接吻を奪うと、さらに褐色の乳首と幼茎の先端を同時に硝子のような蔦で包んで吸いたて、いっそう絶頂の高みへと押し上げていく。

小さな掌が開いては閉じるのを、そっと白魚のような指がとらえてからまる。口付けが解け、厳かに言葉を紡ぐ。

「好きだよ…だから…見せて…聞かせて…触らせて…嗅がせて…味あわせて…エランの外も…中も…隠してる顔も…全部」

「モーガさ…ま…」

洟と涙と涎と汗とでどろどろになりながら、寵童は人外の快楽に酔い痴れ崩れた面差しをあらわにして、女神の抱擁に憩った。

だしぬけに島はまた鳴動し、木々は幹をきしませ、枝は葉を落とした。蒸気は煙のごとく波立つ川面にたなびき、中天にかかる火輪を陰らせたが、しかしなお、周囲の静けさは破れなかった。


「無茶させちゃってごめんね」

疲れ切り、胎児のように身を丸めて眠る少年に添い寝しながら、乙女は囁きかける。

「エランに元気でいてほしいの」

いとけない唇が意味のないままやきで答えると、なよやな輪郭を持つ水玉はおっとりと微笑んで先を続けた。

「私、エランが好き。姿が好き、声が好き、匂いが好き、柔らかさが好き、味が好き。だから一つになりたい」

色を欠いた髪が随所に蛍火を点しながら広がり、すっぽりと幼い連れ合いを包む。

「なのに。側にいたい。初めてだよ」

「モー…ガ…」

「だけど…こうしなきゃ…またがまんしてね」

女神が寵童を胎内に抱え込むと、かすかに泡がこぼれ、夢うつつにもがく気配があって、透明な肌に波が起こるが、やがて鎮まる。

「エラン…とってもおいしい…だから絶対…ほかの誰にも食べさせたくない」


前触れもなく島の地面が崩れ、縦横に亀裂が走った。木々は根をむきだしにし、やがてちぎれて倒れる。割れ目からはもうもうと蒸気があがり、奥では途方もなく大きな肉塊がうごめいていた。

エランを宿したモーガはすかさず、玻璃の瓶のようなまんまるの腹をとりまくようにほろに似た傘を持つ風袋茸かざふくろたけの輪を生やすと、胞子まじりの噴気を放った勢いで、宙に浮かび上がった。

「あなたにはあげない」

告げながら見下ろす先には、渦巻く激流のあいだで、四つに割れた中州、いやそのふりをしていた別の何かがのたうつ内部をさらしていた。

さしわたし五町ほどはあるか。おもてをおおっていた土や木がはがれていくにつれ、明らかになってきた全容はどこか貝に似ていた。ただし牡蠣のように一枚の殻を持つのでもなければ、蛤のように二枚の殻でもない、合わせて四枚の殻を花のように開いて、いくつもの突起から霧を吐いている。

「あなたが大水を起こして、船を揺すったんだね」

貝の魔物はさらに蒸気を噴き出してから、周囲を波立たせ、いきなり数本の水柱を躍らせると、槍のようにぶつけてきた。

少年を腹に抱えた乙女は、腰を取り巻く茸の袋から煌めく瘴気をあふれさせ、またさらに高くへ昇り、虚空に暴れ狂う濁流をかわす。

「水に落ちて流れてきた獲物を島のふりをしてひっかけて、太らせて食べるつもりだった」

霧をまといつかせながら、生きた島は今度は川床にたまった泥土をすくって捏ね上げつぶてに変え、やつぎばやになげうつ。小屋ほどもある弾丸を、透き通った肌を持つ娘はひらりひらりとよけながら、なおも語りかける。

「むかしむかし。世をさわがす魔物をこらしめるため、王様から宝剣をさずかった豪傑が、水に人を引きずり込む川の主を退治しようとしました。けれど魔物を守る殻の鎧はあまりにかたく、宝剣をもってしても断ち切れず、とうとうあきらめるしかありませんでした」

澄んだ玻璃のような皮膚を淡く輝かせながら、モーガはうたうように語句をつむいだ。

「エランのお母さんが、そのまたお母さんから聞いたお話。私、その宝剣を食べたから分かるんだ。本当のことだって」

透き通った娘は唇をつぐむと、右腕を一振りする。たちまち硝子細工のような手指に代わって、炸裂する炎を帯びた刃があらわれる。

「ほら」

急降下した女神は、泥土の弾丸と濁流の鉾槍をかいくぐって、貝の化生に斬りつける。だが内側の柔らかな肉に燃える剣が食い込もうとする刹那、四枚の殻はぴたりと閉じて灼熱の一閃をはねのける。

「やっぱり」

水玉の乙女は腰の風袋茸からまた瘴気を発して、宙で直角に向きを変え、雨あられとそそぐ魔物の反撃をすべていなしたうえで、べたつく礫を一つだけをあえてうけとめる。

透明な指がうなりとともに襲いくる巨大な飛び道具に触れるやいなや、灰黄色をした塊に禍々しい深緋の傘が点々と頭を出したかと思うと、またたくうちに丸ごと真赤な菌床にしてしまった。

「これは、紅蓮茸。火を餌にして増え、恐ろしいかぶれの病を起こすの」

焔よりも肌をただれさせるという猛毒を、モーガは貝の魔物へ投げつける。水柱が接触を阻もうとするように幾重にも交差すると、もろい朱の巨球はばらばらになってあたりに散る。

すかさず色のない腕が火を帯びた刃を薙ぎ払うと、爆轟が波となって点々と空に舞う臙脂のかけらを飲み込んでいった。

たちまちあたりに茜の雲のごとき茸の群落が育ち、胞子と熱を放ちながら、川の主を閉じ込める。霧が立ちのぼり、濁流が躍り、泥土が乱れ飛ぶが、ますます菌床は成長を続けていった。

やがて紅蓮茸の壁にはさまった貝の魔物は四枚の殻をぱっくりと開き、痙攣する臓腑をさらした。

「おいしそう」

透明な乙女は、褐色の少年を宿したまま、玻璃の両眼を炯々と光らせると、できあがった料理に向かってまっすぐ飛び込んでいった。


焦茶の肌をした男児が長い眠りから目を覚ますと、大河のほとりの草地にいた。はっと飛び起きて波立つ水面を見晴るかしたが、澄み切った青い流れのどこにも島影はない。

「…また…あんな夢…」

縮こまってとがり耳を伏せていると、かたわらで艶やかな雫のおばけが飛び上がり、午後の陽射しを反射させる。

「エラン!エラン!」

「…モーガ!よかった」

胸に跳び込んでくる小さな相棒を抱きしめると、なめらかではりのある表面にほおずりをする。

「よかった…」

「エラン!」

「モーガ…あの…ごめんね…えっと…夢で…その…なんでもない」

「エラン!好き!」

「うん…」

少年は頭巾のうしろに生きた水玉を入れてやると、髪をくしゃくしゃにしようとするいたずらをたしなめてから、立ち上がって周囲を見回す。太陽の方角と、川の上手、下手を確かめてから、ぽんぽんと尻をはたいて、街道のありかを求めて歩き出した。

滔々たる流れはかたむいた日をきらめかせ、遠ざかる幼い影を、まばゆさのあいだにまぎれさせる。かなたの蒼穹からは、餌を探して舞う水鳥の叫びが、風に乗ってかすかに、いつまでも響いていた。