Hell on the Earth Vol.5

打ち毀たれたロンダルキアの宮殿。出仕の半ばを占めていた魔族が下がり、がらんとした列柱と拱壁のあいだを、あとに残った非力な人間たちが行き交っては、のろのろと瓦礫や散乱した調度、家具を片付けていた。

広間を作り変えた急ごしらえの施療所で、大小の傷を負った神官が幾足りか、患者の手当てに働いていた。辺りは戦場と化したかの如き騒然とした有様だが、廊下を抜けた先に並ぶ数房の個室は多少の静けさを保ち、城内のそこかしこから身分の高い怪我人が移って、ほかと比べれば厚い看病を受けていた。

その一角、寝台だけが置かれた狭い部屋に、金髪の佳人が横になっていた。すぐ側には、緑の法服をまとった若者が腰かけ、黙ったまま手を握っている。周囲には、艶やかな光沢を帯びた鞠ほどの大きさの水玉が三つ、順番に飛び跳ねながら、か細くも柔らかに、子守唄を奏でて、場をくつろげていた。

静けさとともにしばしの時が過ぎてから、山吹の髪の乙女はおもむろに臥せっていた身を起こすと、青みの勝った唇を開いて、落ち着いた声音で話し出した。

「私、恨んだわ。あの方を。ピピンや…兄様を、サマルトリアから奪っていったから…恨んで恨んで…なのにここで暮らすようになった兄様のために、祝福の言葉を紡いで、宮廷では明るく振る舞って…そのうち訳が分からなくなってしまったの…だから…」

「うん…」

兄が長い睫を伏せがちに答えると、妹は僅かに口元を緩めて語句を継いだ。

「思ったの。いっそ会ってみようと。顔も知らないまま、恨み続けるより、どんな男なのか、この目で確かめて、憎むにしても、許すにしても、それから決めようって」

「ルル…らしいね…」

「だけど。多分会ってはいけなかった。あの冷たくて、美しくて、傲慢な顔を見た途端、憎しみだけがいっぱいに膨らんで…あんなことをしてしまった」

「いいよ…ルル。もう…」

砂漠の国のかつての世継ぎは、労しげに昔の許婚の肩へと掌を置く。けれど姫君は首を振って、また乾いた台詞をつないだ。

「私、弱かったのね…それで、あんなめくらましの魔法に…」

「仕方がないよ。ハーゴンの弟子は、とても幻術が巧みで、狡猾なんだ」

「狡猾?ううん…私が呪文にかかったのは多分、あの男が、ひどく真剣で、正直だったから。私の嘘を、本心と向き合おうとしない弱さを見抜いて、叫んで…抑え付けていたものを解き放ってくれたから。私は救われた…もう顔だけ笑いながら、胸の中で泣かずに済む。ひどいでしょう…ひどいですよね…私」

どこか楽しげなところさえある告白に、傍らの若者は驚くでもなく、怒るでもなく、ただ相槌を打ってから訊ねた。

「…今も、ズィータ様を憎んでる?」

「はい」

ルルは微笑んで、血の繋がらぬ兄、トンヌラをまっすぐ見つめた。

「私、あの方が嫌い。大嫌いです」

「そう…」

「でも安心なさって下さい…もう二度と刺そうとなんてしない。ここへも来ません…」

「うん」

頷く相手へ、乙女は微かに喉を詰まらせてから、言葉を重ねた。

「あのね…兄様…」

「何?」

「私が傷付けた親衛隊長…バズズ様…あの方には…謝りたいの…」

「分かった。ルルの具合がよくなったら…御見舞いに行こう」

「ありがとう…兄様…」

強く指を握ってくる妹に、兄は手を預けたまま、物思いに沈むように瞼を閉ざした。

二人の周りに控えたスライムは、なおもかそけき旋律を奏で、古傷を洗う清い流れのように、それぞれの胸の疼きを鎮めていった。

ところが不意に、一匹が小刻みに震え、尖端をぴんとまっすぐ立てて凍りつくと、二匹めも、三匹めも丸々した躯を強張らせたのだった。たちまち「和音が乱れ、聞き辛い金切り声に変わると、艶やかな液状の体がでたらめに弾んで、病室の中で暴れ回り始めた。

「シエロ!落ち着いて!」

慌てたトンヌラが立ち上がって語りかけても、水玉たちには通じていないようだった。

「また、邪神の像!?う…」

遥か地底の底から、千もの亡霊がひしるかの如き慟哭が溢れ、八重の石塁を貫いて城内に満ちると、数え切れない反響となって跳ね返った。狂乱の悲鳴に混じって、どこかで母を求める子の泣き声がする。

「カ…リーン…」

神鳥の化身は突っ伏しそうになる体を支え、絞り出すようにして娘の名を呼んだ。


滅びの咆哮が空気を震わす中、すぐ隣の部屋では、黒髪の少年が、布団の上でおののきながら、双子の片割れに囁いていた。

「フォ…ル…僕を…殺して…」

「し、しっかりしろよ!!」

とりすがる弟に、兄は濡れた瞳で訴えかける。母が守護のために描いた肌の紋様は、弱々しく輝きながら、古くなった樹の皮が剥れるようにめくれ落ちていく。

「はやく…僕が…僕で…なくなる前に…」

「だめだよ!シドー!お願いだから…」

「早く…僕が…フォルを…殺しちゃう……」

「だめだ!だめだったら…またあの姿に…シディアの姿になれば…」

「無理…もう…抑えきれ…ない…」

破壊の神の名を与えられたロンダルキアの王子は、叫びを上げて、宙に浮かび、石壁へ体当たりすると、まるで粘土で作られてでもいるかのように次々と障害を破っていった。もう一人の王子はこけつ転びつしながら、あとへ続いた。歯を食い縛り、父そっくりの厳しい顔をして、走って、走って、片割れに飛びつくと、しっかりと抱き締める。

二人はとうとう曲輪を突き抜けて、矢の速さで野外へ飛び出していった。広い空間に辿り着くと、シドーのほっそりした手足は瞬くうちに鱗に覆われ、華奢な骨格はねじれ、歪んで、全方向へと急激な成長を始める。

”あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!!!”

「シドー!!」

”いだ…痛いヨォ…フ゛ォ゛ル゛ゥ…カラダガ…ココロガ…チギレテ…キエテ…”

「絶対に…絶対に…消えさせない!!シドーは僕のものだ!僕だけのものだ!ほかの誰にも渡さない!神様にだってやるもんかぁああ!!!」

”グァアアアアアアアアア!!!!!”

異形の竜は、少年をしがみつかせたまま、純白の原に転がり、ついには半身を撥ね飛ばした。

「ギャンッ!!」

幾度も跳ねてから、雪に埋もれるフォル。意識を混濁させ、仰臥する童児に、黒く巨きな影が覆い被さった。続いて熱い雫が滴って、厚織りの子供服に当たると、焦げ臭い匂いとともに瘴気を昇らせた。

ロンダルキアの世継ぎが刹那の失神から覚めると、眼前には大きく開いた口と、剣の如く並んだ牙があった。

”グルルル…”

「シドー?」

”グ…グ…ガ…”

「僕だよ。分かるよね。ねえ…返事しろよ!シドー!!」

だが弟の叫びに兄は答えなかった。父によって形作られた本来の器を取り戻した今、餓えた魂にあるのは、まず最も愛しきものを喰らい、噛み砕き、虚無の蟠る胃袋に収め、続いて万象を貪り尽くそうとする本能だけだった。

フォルは、双眸に涙をいっぱいに溜め、悔しさに拳を握り締めながら、喚いた。

「嘘だ!!嘘だ!シドー!シドー!お前が僕を忘れるなんて嘘だ!嘘だったら!!」

”ガォオオオ!!”

すべてを引き裂く竜の顎は、瑞々しいロトの血を求めて勢いよく閉じた。


トンヌラは、侍従たるスライムの狂乱をどうにか押さえ込むと、つるつる滑る荷を抱えたまま、体当たりするようにして扉を押し開け、隣室に居るはずの二人の息子のもとへ駆けた。

地の底から絶えず噴き上がる咆哮に、目を眩ませながらも、どうにか部屋へ転がり込むと、出迎えたのは、まるで砂糖菓子が溶けたようにぽっかりと虚ろな口を空けた壁だった。息を呑んで四方を覗い、シドーとフォルの姿がないのを確かめると、三つの水玉を離し、身軽になって石積みの隙間をくぐった。

冬の寒さと外敵から王の一族を守るため、数代に渡って築かれた防塁を、あたかも紙細工の如く穿ち貫いた通り道に沿って、懸命に走る。四肢を動かすたび、反応の遅さに歯噛みしたくなった。夫と結ばれる前、戦士として下界を旅していた頃に比べ、すっかり敏捷さを失ってしまった。かてて加えて、大気を満たす得体の知れぬ絶叫に、頭が割れ鐘のように痛んで、追跡を妨げるのだった。

悲鳴とも憤怒ともつかぬ遠吠えは、次第に大きさを増し、終には立っていられないほどの凄じさになったが、耐え切れずに、ふらついて倒れそうになったところで、唐突に止んだ。未だこめかみを疼かせながらも、ほっとして足取りを早め、右往左往する家臣のあいだを掻き分けていく。

しかし、王妃がどうにか城璧の外へ着いた時には、すでにすべてが終わっていた。

シドーは、朱に濡れた顎を雪のあいだに埋め、臙脂の瞳から鱗に覆われた頬へ、幾本も銀の筋を伝わせていた。破壊の神えあれば零すはずもない涙を。

「あ…あ…」

呆然とする闇の妃のあとから、生きた水玉の群が跳ねて来て、それぞれ華奢な両肩と、黄金に飾られた頭に上に乗り、彼方の景色を眺め遣ると、厳かに短い旋律を歌った。

白き野にうずくまる異形の竜は、やがてのろのろと頭をもたげると、城壁を黒く抉った洞を見つめ、そこに立つしなやかな影に気付いたようだった。

「母様…」

「シドー…そんな…」

王妃が弱々しく呟くと、合図にしたようにスライムたちが一斉にとさかを垂れた。滑稽な仕草だが、ちっぽけな軟体生物なりの、最上位の礼なのだろう。

醜くごつい四肢を動かして、城へ戻ろうとするシドーの背後から、象牙の艶を帯びた大きな前肢が伸びて、しっかりと抑え付ける。雪の丘と思われた巨きな躯が急に動いて、乳色の翼がゆっくりと幼い滅びの化身の肩へとかかった。

”いけませんよシドー。元の姿に戻るまで家には入れません。これは第一の決まりです”

破壊の神はしゅんとしたようすで、首を項垂れた。

”…はい…お祖母様…”

ロンダルキアの太后、竜母ヴィルタは無垢の鱗を煌めかせながら、一族の若者が時ならぬ変身をした場合に備えての訓戒を孫に教えた。

純白のドラゴンの首筋には、汚れてあちこち穴だらけ身なりをした、もう一人の孫、フォルが冷風にも負けず笑っていた。

「さっき教わったじゃん。またお祖母様に力づくで止められて、口から血出すぞ」

”分かってるよ…だって母様が見えたから…つい”

「やっぱりシドーってがきだよなぁ」

”うるさいな!もうフォルなんて知らないからな!あのまま食べちゃえばよかった”

ひとにらみで大河を干上がらせ、山々を砕くといわれる形相が、すねたようにふくれて、かたえを向いた。

遠くから見守っていたトンヌラはたまらなくなって、へたりこむと、深々と息を吐いた。回りで励ますように弾むスライムたちに、軽く頷いてから腰を上げ、背をしゃんと伸ばして、雪原へ歩き出すと、口に手を当てて呼びかけた。

「お義母さま!お帰りなさい!!」

”…ちょっと…立ち寄っただけなのですけれど…丁度よいところで…”

「間に合ってよかったですね」

あとを引き取ったのは、恬淡と響く若者の声だった。次いで白竜の翼の影から、金と銀、二条の光が走ると、トンヌラの心臓が一打ち、二打ちするあいだに距離を詰め、左右を挟むようにして寄り添った。

一方は小山ほどもある猟犬で、舌を出しながら、じっとロンダルキアの王妃に視線を向けている。もう一方は仔猫で、前肢で髭を撫で付け、雪を落としながら、同じく上目遣いに見つめていた。

「クッキィに…プリン?」

「どうも」

あらためて面を上げると、青い戦装束の若者が、雪の原に立ち、手を上げて軽い挨拶を送っている。

「アレフ…さんも…」

”モニャス”

再び傍らで声がすると、クッキィと呼ばれた猫とプリンと呼ばれた犬は、それぞれ小柄な少年と丈高い少女に変わった。

トンヌラが目をぱちくりさせていると、クッキーの方が歩み寄り、懐から小さな護符を取ってから、そっと差し出した。

「お姉ちゃンニ上げるノ」

「…これ?」

「ルビスの守り」

傍らから、プリンが教える。

「…え、え…あの…あれ?た、確かズィータ様がそんなもの要らないとかいって…」

「お姉ちゃンノ旦那さんはちょっと…抜けてるノ」

少年が指摘すると、傍らの少女が頷いて、曖昧な仕草で訥々と説明を始めた。

「それ破壊神の力…防ぐから…あと…えーと。トヘロス」

云いながら、しなやかな腕を伸ばし、宙に弧を描かせると、たちまち輝く結界が生じて、みるみるうちに広がり、城全体をすっぽりと包んだ。聖なる波動が辺りを浸すと、スライムたちは居心地悪そうに女主人の裳裾の裏に逃げ込む。

「こ、こら…す、すごい…プリンちゃんて…ちゃんと魔法…使えたんだね」

感心するトンヌラに、クッキィは軽く頷く。

「うん。僕よりうまいノ」

「お腹減った」

悲しげに呟くプリンに、クッキィはよしよしと髪を撫でてやる。

「あとでネ」

「いちごパイ…」

「あとで」

「うん」

「じゃ、お姉ちゃン…こっち来て」

大小の二人が導くままに、闇の后は、ほかの皆の待つもとへ歩いていった。二人の息子はどちらも小さな怪我を負っているとはいえ、健康そのもののようで、早くも軽口を飛ばしあっている。

フォルの方が、祖母たる白竜の首から仔猿のように飛び降りる。真下ではアレフと名指された若者が、遥かな剣の国、ローレシア王家の紋章が入った套衣を広げ、年下の少年を受け止めると、そのまま包み込んでやった。

「ありがとう、アレフ叔父さん」

ちょっと照れたようすの甥に、さほど年の離れていない叔父は小さく頷きを返してから、兄嫁たるロンダルキアの王妃に眼差しを向けた。

たまたま(・・・・)ヴィルタ様がローレシアに来ていたので…運んでもらいました」

「あ…」

トンヌラがはっとして姑に視線を向けると、長虫の母は、象牙の鱗に覆われた顔をほんのり桜に染め、ほっそりした首を横へねじ向けた。

ローレシアの王子は眉一つ動かさず台詞を続ける。

「うちの者がそちらに迷惑をかけているようなので、お邪魔したんですけど」

「え?」

「王家の元剣術師範で、裏仕事をする男です。余計な真似をさせないようにしたつもりだったんだけど、父上がヴィルタ様を取り戻すために多少、自由にさせてたみたいで」

説明しながら、アレフの平らかな面立ちに、微かな疲労が翳る。トンヌラがおずおずと頷くと、義弟はさらに淡々と言葉を連ねた。

「その男が、南の島に隠れていたハーゴン派の残党を焚きつけたみたいなんです。邪神の像とサマルトリアのルル姫を使ってロンダルキアを攻めるように」

「…なんで…そんな…」

「あいつは古い陰謀家たちの最後の生き残りなんです。でも取り敢えず、ルビスの守りを持っていれば、邪神の像の力は防げます」

横から金髪猫眼の少年、クッキィが口を挟む。

「取ってくるノ大変だったンだよ。壊れた紋章を直したり」

「プリンがんばった」

赤頭巾の少女が量感のある胸を反らせて告げる。青装束の若者は手を振って二人の連れに沈黙を促してから、語句を継いだ。

「プリンのトヘロスも同じように、この城をしばらくのあいだ邪神の像から守れます。魔族には気持ち悪いでしょうけど、長引かなければ大きな影響はありません」

「…分かりました。城にトヘロスが効いてるあいだに、誰かがルビスの守りを持って…ズィータ様やカリーンのところへ行って…像をハーゴンのしもべから取り上げるか…壊すかする…そうですね」

ロンダルキア王妃が問いかけると、ローレシアの王子は首を縦に振った。するとやりとりに耳を澄ませていたフォルは、叔父の套衣にくるまったまま口を挟んだ。

「僕が行く!僕とシドーが!」

アレフはあっさり首を振って甥の提案を斥けた。

「シドーはだめだ。邪神の像に近付いたら、例えルビスの守りがあっても何が起きるか分からない」

「そんな…そうか…じゃぁアレフ叔父さんが行ってくれるんだよね!叔父さんなら…絶対ハーゴンのしもべなんかに負けないもの!」

「俺も行けない」

ロトの直系は淡々と告げると、半歩、幼い血族のもとから退いた。穏やかな面差しに、先ほどよりも濃い影がある。

「ど、どうしてさ!?」

「邪神の像の力がこれほど強くなっていたら、兄上とカリーンは、人間の姿を失っているかもしれない」

「え…」

ロンダルキアの国母と跡取りは、どちらももう一人の家族、異形の竜と化した長男を振り返った。シドーは悲しげに瞼を伏せると、翼で巨躯を覆った。

フォルは頭を振ると、再び背を伸ばして、叔父に言い募った。

「だけど!アレフ叔父さんは勇者じゃないか!勇者ロトじゃないか!お城の皆は言ってる。ロンダルキアの一番恐ろしい敵だって、誰も…父様だって勝てないかもしれないって」

「そうだね。多分、俺は兄上に勝てるよ。勇者は自分より強い相手でも殺せる。だけど、フォル、そうして欲しい?」

「え…」

「勇者は殺せる。竜王だろうと神様だろうと。でもそれ以外はできない」

「ころ…す…」

「勇者はね。殺す以外には、何もできないんだ。フォル」

アレフは初めて相好を崩した。フォルは、生まれてこの方、かくも淋しげな笑みを目にしたことはなかった。

ややあって今度はシドーが、うなだれていた顔を上げると、優しく肩を抱ている祖母を見つめた。

”じゃぁお祖母様は?竜の力があれば僕みたいに父上やカリーンを大人しくさせられるかも…”

”私も…いけません…あ、あの子の…ズィータのところへは…”

ロンダルキアの太后は、小山のような躯をおののかせて応じた。孫は紅の双眸を驚きでいっぱいに見開いて訊ねた。

”どうして?だって…”

「ヴィルタ様にはヴィルタ様の事情があるんだ。シドー」

アレフは素早く割って入ると、似ても似つかぬ外形になった双子の甥が、いずれもそっくりの仕草で沈みこむのを、それぞれ一瞥し、義姉に向き直った。

トンヌラは、掌に載った小さな護符を握り締めて答える。

「…僕が…いきます…最初からそのつもりでした」

「はい…」

「キメラの翼は…洞窟には使えないから…ガーゴイルか…メイジパピラスか…飛ぶのが早い魔族を呼んで…」

”我が輩がお連れ致す”

黒い翼の影が、ゆっくりと一行の頭上を覆った。結界の呪文のうちでさえ打ち消し得ぬ強い妖気に、思わずローレシアの王子は腰の剣に手をやりかけかけたが、周囲に緊張したようすがないので、すぐにまたもとの態勢に直った。

舞い降りたのは蝙蝠の羽持つ妖猿。緋毛に氷の欠片を散りばめ、肩から先のない利き腕の切り株を反対の手で抑えながらも、両の瞳は紅蓮の炎が軒昂と燃えている。

「バズズさん!!」

”ロンダルキアの将軍が揃って御家の大事に役立たずとあれば、後々まで天下の笑いもの。増して勇者ロトに国を救われたとあっては、この地に住まう闇の眷属にとり末代までの恥となりましょう…どうぞ背にお乗り下さいませ…我等の手で…すべてに決着をつけましょう”

デビル族の長は主君の伴侶の前に膝を就くと、深々と頭を垂れた。

「で、でも…どうして…それにまだ動いちゃ」

双生の后は、黄金の髪を揺すって、心配そうに手を伸ばした。相手は魔族にとっては致命の効果を持つ聖水に侵され、死を遅らせるため凍ったまま眠っていたはずなのだ。

”カリーン様の呼ぶ声で、目が覚めました。それに下界の人間どもがこねくった毒など、デビル族の丈夫にいささかの害も為せませ…ぬ”

狒々は唇の端から緑の粘液を零しながらも、強がってみせる。すると、しばし無言で脇に控えていた長身の少女が、いきなり横合いから毛むくじゃらの頬を撲りつけた。仄かな輝きを帯びた拳が深々とごつい顔面を抉り、ひしゃげさせる。

”ぶごべっ”

よろめくバズズに、プリンは服の袖で手を拭いながら、破顏した。

「漢になってこい」

”なにを…”

少し離れたところで見守っていたクッキィが嘴を入れる。

「今ノ光ノ波動。キアリーと、キアリクと、キアラルと、シャナクをいっぺんニ使うノ。大抵ノ異常ナら直せる」

”キアリク?キアラル?シャナク?そのような呪文聞いたことも…”

「いいから行って来いサル。もたもたすんな」

プリンが再び激励とも罵倒ともつかぬ台詞を叩きつけると、腕組みをした。

デビル族の長は憤りもせず、神妙に身を屈め、王妃が背に乗りやすいように腰を落とす。

トンヌラは唾を呑むと、冷え切った毛皮に腕をかけ、よじ登った。一緒にスライムの群もついてくるので、驚いて三つの水玉を見つめてから、にっこりした。

「そうだね。シエロ…手伝って」

”往きますぞ、トンヌラ様”

「うん…じゃ、フォル、シドー、行ってくる。夕御飯までにはズィータ様とカリーンを連れて戻ってくるからね!」

子供等に手を振ると、ロンダルキアの王妃は、腹心の元帥とともに碧空へ飛び立った。

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