“ケイ兄っ…ケイ兄っ”
午前二時。勉強机のうえの携帯電話が踊りだした。少年は一瞬で目をさますと、毛布をはねのけて寝台からおり、小さな光をまたたかせる端末をつかみとって、耳にあてた。
“ハニッサ、どうしたの”
“助けて…来るな…助けて…”
“今行く”
小さな機械ごしに話しかけつつ、残る手でひきだしをあけて鍵束をつかむと、はやてのごとく部屋をあとにする。
狩人に追われる仔鹿とまがう敏捷さで廊下をはねてゆきながら、なおもいくどか呼びかけたが、意味のとおった返事はなかった。いっそう足を速め、点々とした終夜灯のあいだにわだかまる暗がりを、次から次へととびぬけるようにして、とうとうめざす扉にたどりつく。
鍵束をまさぐり、ただしい一本を選ぼうとしていくどもまちがえてしまった。唇をかんで、ようやく青金石をうめこんだ鋼の細工を見つけると、もどかしげに開錠する。
扉を押しあけながら倒れこむように中へ入り、明かりをともす。
天蓋の下、まあたらしいクマのぬいぐるみのあいだに、青い肌の女があおむけのまま、酸欠になったかのごとく唇をひらいて、はげしくあえいでいる。掛布ごしに豊かな胸が上下し、燃えるような赤毛を汗でべっとりと額にはりつかせ、隻眼は瞳孔をちぢめたまま、虚空をのぞいていた。
童児は両手に持っていた携帯電話も鍵束もとりおとし、転げるようして走りよる。
“ハニッサ!なんで!?”
“いやだ…きらわれたくない…いやだ…助けて…”
幼い看護人は問いただそうとして、もう一度、相手をのぞきこんでから、口調をあらためた。
“きらわないから。話して。どうしたらいいか”
おののいた悪魔の奴隷は、口をうごめかし、ながながと溜息を吐くと、熱に浮かされたまなざしのまま、話しぶりだけは普段のおさえた調子をとりもどす。
「さわって…抱き…しめて…好きって言って…口づけして…ほしい…つながり…たい…」
妖精の仔は、こぶしをにぎりかためると、そっと臥所にあがって、ぬいぐるみを遠ざけて空間を作ると、だるまになった体にやせぽっちの腕をまわして引きおこし、抱きしめた。
「好き」
のけぞったハニッサは、宙をあおいだまま
“…がまんでき…る、はず…だった…今日…だって…ちゃんと…”
“好き”
ケイは耳元でもう一度くりかえしてから、青黒い唇に赤い唇を重ねる。ひとひらの羽がふれるような、短い接吻。四肢を欠いた身体がまたかすかによじれ、眼帯をはめたかんばせが陶然となり、青い喉がうごくと、うらがえった声をもらす。
“…はなれ…これ以上……”
“はなれない”
小さな兄役があやすと、大きな妹分はすっかりこわばりをとき、かたちのよい青い鼻を甘えたように鳴らすと、ふっくらしたほほにこすりつける。
少年は掛布をはぐった。たわわな寝巻きは大量の汗でしめり、股間はしとどにぬれそぼっているようだった。
丸まっこい指が、ためらいがちにのびて、そっと紅の髪をくしけずってから、首をすべりおりてゆく。せわしく上下する双丘に達すると、たっぷりした輪郭をなぞるようにさすり、とがった尖端にも軽やかにふれる。そのまま胴へとおりて、へそのあたりをなで、脇腹をいくども往復させながら、緊張がほぐれるように
“っ……手…あたたか…い…”
“うん”
丹念なもみほぐしを受けるうちに、ハニッサは腿までしかない両脚をすりあわせてから、いきなりはしたなく開いて、また身をよじった。
“またの…あいだ…”
数秒のあいだ固まったケイは、耳まで朱に染まりながらも、しかしまた華奢な手をうごかして、下着のあいだにすべりこませる。無毛の恥丘をこすり、たえず愛液をこぼす泉のふちを愛撫し、初めて触れる楽器をあつかうように、慎重に、丁寧に、刺激していく。
“っぃ…そこ…こすっで…”
肉襞の外側をたどり、陰核をかすめる、じれったいほどやさしいふれかたに、婢はむずがりながら、しかし次第に恍惚として身をまかせていく。
“ゆびぃ…なかにも、いれ…ぅ、ぁ”
幼い指が求めに従うと、赤ん坊めいたままやきがもれる。いつしか二人のかんばせがまた近づいて、接吻する。今度は情を交わすのに慣れた舌が、未熟な唇をつつき開かせ、もぐりこむ。
妖精の仔はかすかにたじろいだあと、悪魔の奴隷のむさぼるような口づけに応じた。未熟な指は、うまずたゆまず秘裂の外と内を走り、ねばった音をさせる。
やがて手足の先のない女が痙攣とともに背を弓なりにすると、唇と唇が銀の糸を引いて離れる。
“ぷは…ぁっ…りが…とう…おち…ついた…”
常ならず素直に感謝を述べる幼馴染に、丈の低い伴侶は神妙に応じる。
“うん…”
“…たのみが、あるんだ…”
“なに?”
“ケイ兄に、ぬがせて、ほしい”
大きな妹分のささやきに、小さな兄役は一瞬すくんだものの、いそいそと抱擁を解いてはなれてから、あらためて稚い手をのばし、寝巻きのボタンをひとつひとつはずすと、ゆっくりとりさる。
ふくよかな乳房やしなやかな胴、膝と肘までの手足をあらわにすると、伏し目がちになって、膝の上で脱がせたものをきちんとたたみ、脇に置いてから、今度は左右から下着の縁をつかんで、ゆっくりひきおろす。
紺の隻眼が見つめるなか、黒い双眸はまたたきもしない。ややあって、糸を引いて股からはがれた布きれをまるめ、たたんだ寝巻きのそばに置くと、どうしてかきっちりと正座して、年嵩の相手に相対した。
一糸まとわぬすがたになった女は、いたずらっぽく白い歯をのぞかせると、また大胆に短い脚をひろげ、陰部をむきだしにする。かつての以前には周囲を縁取っていた銀の輪や、粘膜にまで描き込んであった刺青は完全に消え、痕跡すら残っていない。
ケイは、きちんとそろえた太腿に拳をのせ、まっすぐ痴態を見つめつづけた。ハニッサは熱のこもった吐息をもらし、汗と蜜とをしたたらせながら乞う。
“あんたのも見たい”
“う…うん”
うなずいた童児は、寝巻きの上のボタンをひとつひとつ外し、一瞬だけちゅうちょしてから、はだけると、またきちんとたたんで脇に置き、次いでうしろに体重を倒し、小ぶりな尻をついて足をあげると、寝巻きの下も脱いで、最期に白い下着もとりさり、すべて几帳面にかたちをそろえて重ね、また正座になる。
“これでいい?”
声がわり前ののどが、わずかに震えてはなった問いかけに、女はすぐ答えず、ただ目の前にあらわれた伴侶の裸形に魅入った。
井戸の底よりも暗い髪と瞳。黄みがかった、みずみずしい南の果実を思わせるなめらかな肌。棒きれを組み合わせたようにやせているのに、肩や腰にどこか丸みを帯びた姿態。あばらのうえにうっすらと脂肪がのった短い胴。無毛の下腹には包皮におさまった雛菊がなかば硬くなっている。
染み一つない。
もちろん治療が拭いさっただけで、かつて疫病や猛獣や飢餓や毒虫がくりかえし未熟な骨肉をむしばんだのを、悪魔の奴隷は聞き知ってはいた。
“きれい…”
けれど蒼い唇からこぼれたのは素直な言葉だけだった。
“ふつうだよ”
妖精の仔は、恥ずかしさで視線をそらしたくなるのをこらえ、かろうじて返事をする。
すると四肢の先を欠いた伴侶はほほえんで、たわわな乳房をゆすらせた。
“もう一度、抱きしめて”
“うん”
肉置き豊かな胴に、矮躯がおおいかぶさると、汗にぬれた皮膚と皮膚とが重なり、ぴったりと貼り付く。瑠璃の女は、黒髪の少年の華奢な鎖骨あたりにあごをのせ、ゆっくり呼吸し、恋人の体温を全身でむさぼった。だしぬけに、片方だけの目から、一筋の涙がつたいおちる。
“なん…で…?”
とまどいのつぶやきを耳にしたケイは、肌をひきはがし、ハニッサの泣き顔をのぞきこむと、いきなりまた身を寄せて、塩からいしずくをなめとった。
“ひゃっ…ちょっ…ぁっ…くすぐっ…”
悪魔の奴隷が思わず笑ってもがくと、妖精の仔は小さな舌で唇をしめしてから、そのままうなじをなぞり、胸骨のあいだをぬけて、乳房に吸い付いた。表面をなめとると、先端をやわらかな唇でかるくふくんでから、黒い双眸が上目遣いに尋ねる。
“いい?”
女がわななきながら何度もうなずくと、少年は張りきった胸をやわやわともみしだきながら尖端を吸いたてる。
“っ…ぁ…もっと…つよぐ…んっ…かんで…いいから…”
生身の腕があれば、願いに応えて懸命に胸をいじる童児の頭を抱きしめていたかもしれない。だが、だるまになった雌にできるのは次第に強くなっていく愛撫にあえぐことだけだった。
“…ぅ…もっと…みぎも…”
かすれた声がうながすまま、あどけなさの残る口元が胸毬からはなれ、もう一方のふくらみにうつると、かたちばかりの甘噛みをし、またくすぐるようにねぶってゆく。
“ぅあっ…ぁっ…ぁっ!?…”
あえかな悲鳴とともに青い胴がまたそりかえると、ぬれた音を立てて幼い唇は乳首がはずれる。
まばたきをしたケイは、四肢の先を欠いた長躯がうねるのをあらためて見おろした。ハニッサは一つだけの紺の瞳をうるませつつ、筋肉質でいながら脂肪の乗った太腿を開くと、叱られるのを承知でいたずらをした少女のような、半ば挑むような、半ば怯えるような視線を投げかえす。
童児は息を吸いこむと、慣れない雌のにおいに、もろげな背をふるわせてから、かがみこみ、汗にまみれてきらめく藍の皮膚にまた舌をのばし、みぞおちのあたりにふれると、へそにいたる線をなぞっていく。
“ぁっ…ぁっ…”
期待に胸を痛くさせながら、大きな妹分は泣きだしそうな風情だった。兄役の舌が花弁をかすめるや、きれぎれのあえぎは嬌声に変わる。
“ひぎぅう…!!?”
指でなぞって覚えた感じやすい部分をひとつひとつ、やわらかな唇とかたい歯でさぐって、仔猫の毛づくろいをする親猫のように、すみずみまでなめてゆく。
“ひにゃぁああ!?ひぃっ…ぁあああ!!?ケ…ぁぅあああ!!”
もだえて腰をくねらすハニッサに、ケイはすぐ愛撫を止めて上目遣いをした。
“いたかった?”
すると手足のない伴侶は、なかば蕩けかけた表情に、精一杯うらみがましげな色をうかべてにらみつける。
“ち…がぁっ…ばかぁ…とちゅうでぇ…やめるなぁ…”
“うん…”
少年は女の腰をしっかり抱くと、また、いとけない顔を秘裂にうずめ、几帳面な口淫にもどる。
“ふぁあ…ぁああ!?…そこ…奧…ぁっ!?…くすぐっだ…ひっ…ぎもぢぃ…こんな…こんなのぉ…へんに゙…なっ…”
へそから下が溶けるような感覚に、悪魔の奴隷はとめどもなく喃語をもらし、切り株になた肘と膝をばたつかせてもがき、逃げ腰になったが、恋人の細腕はしっかりと巻き付いて離れず、淫らな接吻もやまかなかた。
“ぅあ!ぅぅ…ぁああ!?”
妖精の仔の舌が、包皮をかきわけ、とがった花芽を歯で器用にはさんでゆすると、伴侶はあっさり絶頂に達した。
“ふぎぃい!!!?…もぉ…もぉ…ぐひぃ!?”
尿道と膣の入口、肉襞の内側。はじめのうちはつたなかったのに、一度でも弱みをさらすとすべて覚え、的確な刺激を与えるようになる。ハニッサは涙ぐみながら、たわわな乳房を上下させ、枕に後頭部をおしつけ、赤毛をこすりつけた。
“…もぉ…らめらからっぁ…ああっ!?”
いまだ脳の奧にわだかまる呪いのせいか、恍惚に耐えかねるがごとくくりかえし甲高く叫んでは痙攣すると、とうとういきおいよく潮と
“ぅぁ…ぁ”
喜悦の極みにいたった余韻が、だるまになった女からひいてゆくにつれ、天蓋のあたりをさまよっていた紺のまなざしが、ゆっくりと下におり、小水で汚れた幼馴染の姿をとらえる。
“ぁ…ぁ…ぁ”
血の気がのぼって青黒さを増した頬がわななく。少年はしばらく黒い双眸を丸くしていたが、やがてくすくすと笑い始めた。
“な…なっ…”
涙目になって言葉を詰まらせる妹分に、華奢な兄役はまつげや鼻についたしずくを手ではらいおとしながら、おかしそうに話しかけた。
“なんか。最初におしっこかけられたとき思い出した”
“かけ…てな…”
必死に反駁するハニッサに、ケイはほころんだ口元をこぶしをで隠しつつ告げる。
“かけたよ。おしめかえるとき、よく”
“んなぁ…!?この馬鹿!!馬鹿!!”
わめいて肘と膝をばたつかせる女に、年下の恋人は首を左右にふってからさとす。
“よごれちゃったね。もう一回お風呂入ろう。シーツもかえるね”
“え…?”
呆然とする瑠璃のおもざしに、黄みがかったかんばせがしずかに問いかける。
“まだ、苦しいの、おさまってない?”
ふと我に返ったハニッサは隻眼のまぶたを閉ざし、なにかを確かめるようにゆるやかに呼吸をし、ふたたび括目し、ふしょうぶしょうというようすで答える。
“おさまっ…た…が…”
少年は肩の力をぬくと、やおら若枝のような腕を伸ばし、女の体の下へと入れた。
“…ちょっとごめんね…ラ・ラ・ラ”
歌いながらすくい上げる。四肢の先を欠いているとはいえ、逞しい筋骨を持つ剣士の胴を、まるで重さなどないかのように横抱きにすると、ひらりと寝台の下へ飛び降り、はずむ足取りで進みはじめる。
鼻歌を口ずさみながら浴場へとむかう幼い屋敷の主に、文字通り手も足もでない伴侶は溜息とともに隻眼を閉じた。
“ケイ兄の馬鹿…”
瑠璃の肌をした女が、白い琺瑯引きの浴槽に浮かんでいる。四肢の先はなく、片方の目は入浴用の眼帯でおおっている。欠けたところは多かったが、たっぷりした乳房といい、張りのある尻といい、すこやかで命に満ちあふれていた。炎のような髪を持つ頭は、一緒に湯に漬かっている少年の、華奢な肩にあずけている。
「さくら、さくら、やよいのそらは、みわたすかぎり」
ケイの声変り前ののどからながれる、澄んだ音色に、ハニッサは耳を傾けながら、けだるい体をただぬくもりが包むにまかせていた。
「なあ」
呼びかけると、かそけき旋律はとぎれる。
「なに?」
「口づけがしたい」
「…ん」
二人の唇が重なり、舌が互いの口腔にもぐりこむ。一分か、二分か、飽かずついばみあってから、ようやく糸を引いて離れる。
「ぷはぁ…ぁ…ぅ…なんか…やっぱ…やりすぎたかも…」
やせた胸をふいごのようにうごかしつつ、童児がつぶやくと、年嵩の伴侶は憮然として応じる。
「あのくらいは別に…」
「まだ…結婚するって、きまってないのに…ハニッサが苦しいからって、あんなの…」
小さな恋人のなやましげな口調に、女は紺の隻眼を大きくひらいて、また細め、藍色のほほを黄みがかったほほへこすりつけた。
「気にしてたのか」
「え?だって…大事なこと…」
とまどったケイの答えに、ハニッサはまぶたをとざして、なかば湯にひたった乳房をゆるやかに上下させる。
「もっと申しこみの仕方を工夫しろ」
「ぇ…あ、うん…そうだ…あの、ちゃんと申しこんだら、そしたら」
「そのとき考える」
ぶっきらぼうな返事に、きまじめな少年のおもだちがふいにくずれ、無防備な笑みになる。
「そっか…よかった…よかった…」
剣士はかすかに柳眉をふるわせながら唇をむすんでいたが、ややあってこらえきれず口を開いた。
「あんたはつくづく馬鹿だな。私は物語の姫君でもなんでもない、ただの…」
言いさしたところで、規則正しい息の音が青い耳をくすぐり、絶句する。片目を開いて首をねじると、幼馴染はいかにも子供らしい寝顔が飛びこんでくる。
「おい、馬鹿。私は今動けないんだぞ。こら。起きろ。起きろったら」
ぜんまいがきれた玩具よろしく力つきたようすのケイに、ハニッサは泣いてよいやら笑ってよいやら、切り株の四肢で湯をかきまぜながら、ひたすら声をかけつづけた。