Nine nights of the elven slave Vol.3

円をなす石造りの大盆に、諸肌を脱いだ伶人が琵琶を奏でる。暗い肌には汗が珠のごとく煌めく。詞と曲とは分かち難く撚り合わさって殷々と響き渡り、頭上で円を描く三対の黒翼が共鳴りすると、遮るもののない地平をどこまでも遠くへ広がってゆく。

大小の鬼も、東の夷(えびす)も南の寇(あだ)も、集う男女は老いも若きも足踏みし、胸を敲き、哭(おら)び吠えては笑って泣く。

黒の歌い手が爪弾き、黒の歌い手が口遊めば、血に飢えた民は戦を忘れ、西への恨みも憎しみも溶けてはただ命を寿ぐ歓びだけが残る。健やかなものに昂ぶりが、病めるものにも癒えるのを待つ気概が、飢えるものにも糧を探す活力が、衰えたるものにも昔日の躍動が戻る。

傍らでは、白の舞い手が跳ねては踊る。

尖った耳にほっそりとした肢体。肌には一糸まとわず、竜を崇める国の絹を思わせるような細髪を振り乱し、尖端に輪の飾りを貫かせたたわわな乳房を弾ませ、へそから下に広がる炎にも似た紋様を炯々と明るませ、珠の如く滑らかに円かな尻を振りたくり、羚羊に似た両脚を交互に蹴り上げ、蹴り下ろし、飛燕とまがうほど鋭く空を過っては、背をそらす。唇からはあえかな吐息がこぼれ、半ば伏せた瞼は恍惚に震える。

男の指と喉、声と弦がつむぐ調べが、まるでもう一つの楽器のように女を掻き鳴らし、旋回と宙返りを矢継ぎ早に繰り返させながら、四方を囲む万もの聴衆のうねりと一つに結び、どこまでもた高くへ導いてゆく。

はるか天にも達する絶唱の後で、暗い膚をした伶人は明るい肌の踊子を引き寄せ、琵琶を掲げつつ深々と接吻を奪う。

あたりに魔と人とが相和す祝福と歓喜の咆哮が響き渡ると、はるか高みでは三頭の仔竜が吐く火の息吹が大気を焦がしながら、影の国が催す舞台にふさわしく、華々しい終幕の輝きを添えた。

「ありゃ…」

黒の歌い手は息を弾ませつつも、腕の中でわななく舞い手が股の間から立ち昇らせる匂いに気づいた。

「仙女様。また踊りながらおしっこしちゃった?何回か?」

「…っ…言うなっ…」

「しょうがないよ。夢中になっちゃうと…あと」

頬に口づけして囁く。

「我慢できる?今ここでする?皆見てるけど」

「…谷まで…我慢する…連れてゆけ…」

「はーい」

琵琶を片一方の手に、伴侶をもう一方の手に抱えて、どこか乙女を思わせるような線の細い美貌の楽士は、いまだ熱の覚めやらぬ聴衆へ呼びかける。

「今日も盛り上がってくれてありがと!ちょっと早いけどあたい帰らなきゃ!皆も喧嘩せずにね!また月が欠けきったら、歌うよ!」

怒濤とまがう歓呼が応える。三頭の小さな黒竜は先を導くように外輪山に翔んでゆく。黒の歌い手は白の舞い手を抱いたまま口笛を吹くと、彼方から大蝙蝠が一羽降りてくる。

「じゃあね!」

男は女を抱いて飛獣の背に乗ると、軽やかに天へ昇り、矢の如くに馳せ去った。火照りをぬぐいとるような風を受けながら影の国の荒れ野を下に通り過ぎ、辿り着いたのは緑こぼれる豊かな谷。

「さあついたよ。仙女様」

優しく囁いても返事はなく、力の入らぬままに重みを預けてくるだけ。楽士は一寸考えてから、踊子の長い耳を甘噛みする。

「ひぅっ」

「ほら、水浴びして汗流そ」

「いちいち噛むな…お前達は…」

「だってここ噛んだ時の仙女様が一番かわいいもん」

「…たわごとを」

白い肌と暗い膚の二人は、澄んだ泉で互いを洗い清める。遠めにはじゃれあう姉妹のようにも見える。だが自然に口づけが始まり、黒くしなやかな指は白く張りのある尻を撫でては揉み、つねってはつつく。たわわな乳房にも手が這い、桜に色づく突起を貫いたごつい金属の輪をつまんでかるくひねる。

「ふっ…ふっ…」 「もうよさそう?」

臀肉を弄んでいた指がいつの間にか柔らかな叢をかき分け、濡れそぼった秘裂を混ぜている。

「ぁっ…もう…とっくに」 「どうかなあ?もうちょっとね」

伶人は舞姫を奏で、幾度か乱れた音色とともに痙攣をおこさせた。どこか剽軽なぱちゃぱちゃという水音が聞こえる。

「あ、またおもらし」

「ぁ…ぅっ…ぅうう…」

「そろそろいいかな?今日は赤ちゃんできそう?」

「知ら…ぬ…」

「何でさ。あたい、早く仙女様と赤ちゃん作りたいのに」

「なぜ…子を望む…お前は父と違い…復讐など…」

「だってさ。あたいがアケノホシ…父さんからしてもらったこと…もう何のお返しもできないよ…あんなにいっぱい…だから…赤ちゃんがほしい…今度はあんな風な終わり方じゃなくて…やり直せたら…だから世界で一番好きな人に赤ちゃん産んでほしいんだ」

「…っ…お前には…もっとほかに」

「あたい。仙女様より好きな人はいないよ。ずっとそうだった」

「…たわけ…うつけ…父に似て…」

「ねえ。仙女様は…ダリューテはあたいの赤ちゃん欲しくないの?」

「…っ…解っているのか…我等は…」

黒の歌い手は白の舞い手をまっすぐに覗き込む。

「答えて」

「…っ…欲しっ…い…」

たおやな奴隷の下腹で紋様が火と燃える。しなやかな主人は乙女の如きかんばせに花咲くような笑みを浮かべた。

「ほんと?」 「ああ…」 「もっぺん言って?誰の赤ちゃんほしいか!」 「お前の…子が欲しい…」 「何人ほしい?十人ぐらい?」 「は蝙蝠や雌狼ではないぞ…そうそう産めるものか」 「産んでよ!」 「…努めは…する…」 「やった!!」

楽士は踊子を抱いたまま呪文を唱え、泉の上に爪先だって踏み出すと、くるくると伴侶を振り回して踊り始める。

水面を足場に、ただ二人だけの舞踏会。男と女はぴったりと寄り添い、妖精の古式にのっとって、羽毛のように軽やかな足取りで、一巡を終えると向かい合って辞儀をし、また手を取り合う。

「あたいね。ずっとずっと、こうやって仙女様に触れて、ほっぺをくっつけて、胸と胸を合わせて、一緒に踊りたかったよ」

「ぁ…ぅっ…んっ…」

「おしっこ?」

「だまれ…」

ダリューテが芯まで仕上がったところで、伴侶は花の褥に引き入れ、体を重ねる。かたわらには東夷の作る素焼きの甕が置いてある。内には強壮の薬草を付け込ませた蜜酒。失った水気を補うため、主人は口移しで奴隷に飲ませつつ長々と交わりを続ける。

舞姫は伶人の上でまた跳ねては乳房を弾ませ、双臀を波打たせながら、あえかに啼く。

「きれーな声。いっぱいきかせてね」

「はっ♪ぁっ♪ひぁああっ♪」

黒の歌い手が果てるまでに、白の舞い手は幾度絶頂に達したのか。数えるのも虚しい程だった。

「大好き…仙女様…」

「わた…しもぉ…っ」

夜の最も深い刻に至って暗い膚と明るい肌のつがいは一つに溶け合うようにして抱き合ったまま眠りに落ちた。世界にはほかに何もないかのように。

払暁。

舞姫は瞼を開き、ぐっすりと眠る伶人の性の境(あわい)を惑わす可憐な寝顔を見やる。何か囁きかけようとして考え直し、ただ艶やかな前髪を払ってやる。

「…さん」

すると応えるように、小さなままやきが零れた。

ひとたび詞を発すれば、万民を熱狂の渦に導くあえかな唇が、ひどく弱々しげに夢うつつの言葉をあふれさせている。

かたわらで尖り耳がうごめき、じっと聞き入る。

「とうさん…あけのほし…ごめん…ね…ごめんね…」

奴隷は息を止め、吐くと、長い腕を伸ばし主人の頭を掻き抱いた。今はほかに為しうる業もなく。

「ラヴェイン…」

解き放つはずだった子。すべてに代えても。

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