Belial's Love Vol.2

ハーゴンの屍は、ロンダルキア城の正門に打ち付けられていた。

大きく広げた両手の掌には薄霜に覆われた剣刃が突き刺さり、僧服の裳裾からは幾本もの氷柱が垂れている。雪の死化粧を施された蒼い顔は、未だ己の運命を受け容れかねるかのように固く強張っていた。

門の左右には教団の紋章を付けた高位神官の骸がうずたかく積み重なり、頂辺でブリザードが殺戮の祭りを寿ぐように妖しく舞っている。

鞍上の騎士は、酸鼻極まる光景に鬱勃とした眼差しを向けながら、ゆるく手綱を引いた。静寂の曠野に、嘶きと白い息とが立ち昇る。

「大殿…これは…」

背後に控える巨躯の悪魔、アークデーモンが重々しく口を開こうとするのを、籠手を嵌めた拳が制した。

「…分っておる。テパ攻略の陣中よりそれがしを召し出したのは…」

「ズィータ王子に相違なく」

「…封書の署名にはロンダルキア王とあった。殿下は、旧王家の再興を望むと?」

「因より、我等デーモン族には縁なき話。再三拒みましたが、デビル族がバズズ、一角獣族がアトラス、いずれも召喚に応じ登城したとの由…常とは異なる樣子にて、勝手ながら大殿にもこちらから使いを送った次第にござる」

青髪の悪魔は頷くと騎獣を降りた。

「良かろう、独りで行く。お主等はここで待て」

雪はやての吹き荒ぶ中待てとは、人の身なればおよそ正気の命とも思われなかったが、デーモン族の兵は、いずれも寒さを意に介さず、言い付け通り宮殿の道筋から逸れると、空堀の側へ移って足を休めると見えた。

ベリアルは、騎獣を馬銜取りに預けると、霜を刷いた二枚扉に近付き、大音声を上げる。

「デーモン族が長、ベリアル。召喚に応じ参上仕った。開門を願う」

居丈高とも取れる挨拶が、韻々と谺を引いて消えると、門の内側から歯車の回る鈍い軋みが聴こえ、鋼鉄の大戸はぎしぎしと動き始めた。

将軍は兜を脱いで傍に抱え、敷居を跨ぐと、急ぎ足に中庭を抜け、脇目もふらず内裏へと向かう。玄関広間にも、控えの間にも、祈祷師や悪魔神官はなく、警備のキラーマシンの一体にさえぶつからない。ハーゴンの結界が破れた宮殿は、ひどく空虚だった。

尤も、戦場の土を褥とする武辺にとっては、うっとうしい取り次ぎが要らぬ分、却って清々する位であったが。嵌め石の床を鳴らして進むうち、徐々に神経が張り詰める。伏兵が潜み居る前線の先へ軍を率いて征く時と同じ、ひりつくような感覚が全身に広がっていった。

やがて、向こうに大神シドーの似姿を刻んだ石戸が望める。

「…ズィータ殿下、デーモン族が長、ベリアル参上仕った。お目通り願う」

許しを待たずに謁見の間の扉を押し開き、つかつかと踏み込むと、昂然と顎を上げて正面を見据えた。だが鋭箭のような視線が、御所に在る"もの"を捉えた途端、舌先から放とうとした次の言葉は、口に収まったまま石のように凝ってしまう。

ドラゴン。

一頭のドラゴンが玉座に身を横たえて、此方を睨み返していた。紫鱗と双翼、真紅の瞳を備えた長虫が、尾にとぐろを巻かせて、ロンダルキアの奥津城に堂々と寝そべっている。

彼はその名を知っていた。凍てつく台地の冬の夜長に、永々と語り継がれてきた遥か遠き国の暗黒。憧憬とそれに倍する畏怖を以ってのみ思い起される、過ぎ去った時代の化身。

「竜…王…」

「会えて嬉しいぞベリアル」

聞こえたのは人間の声だった。騎士が目眩いを覚えて瞬きすると、黄金造りの椅子にはもう伝説に謳われた闇の太公の姿はない。ただ長身美貌の若君が独り、悠然と腰掛けているばかりだった。

「…御身は…」

「ロンダルキア王ズィータ。今日からお前の主君だ」

有無を云わせぬ、自信に満ち溢れた口調だった。親が子供に、世の習いを言って聞かせるような。騎士は己が額に汗が伝うのを覚えて、両手を握り固めた。

「なるほど…確かに亡きロンダルキア王の面影がある…彼の君とは旧知の間柄であった。御身が王家を再興するのに邪魔立ては致さぬが…そもそもデーモン族が、人間に伺候する謂れはなきところ、心に留められよ。すでにハーゴン亡く、邪神の像もそれがしを縛らぬ。臣従の契約は破れた」

苛立ちに任せた長口上に、ズィータはからからと笑って応じると、座を降りた。

「…デーモン族のベリアルは、無駄口を叩かない男と聞いていたがな」

「何?」

気色ばむ騎士に、王子は人差し指と中指を揃えて突きつける。

「お前達魔物が、新しき主に仕えるか否かを選ぶのに、ぐちゃぐちゃお喋りが要るのか」

「お…」

「かかって来いよ」

楽しげな囁きにあわせ、二本の指が上向き、くの字に曲がって招くような仕草をする。

刹那、悪魔は得体の知れぬ衝動に駆られ、仮初の姿をかなぐり捨てると、大顎から牙を剥いた。筋肉の隆起に鎧が弾け飛び、牛頭と黄金の鱗とを露にする。宙に拡がった蝙蝠の翼は、淀んだ大気を巻いて旋風を起し、咆哮は百万の雷鳴となって王子に襲い掛かった。

一閃。

白光が両者を隔てる虚空を薙ぐ。

ズィータの手には、いつの間にか鋭い長剣が握られていた。

数拍を置いて、ベリアルの鼻先から鮮血がしぶき、右肩、左腿、胸板に朱い刀瘡が咲き乱れる。寸豪のうちに幾度刃を浴びたのか。喉元から落ちる熱い滴りに、相手は必殺の一撃を僅かに容赦したものと悟る。

"がっ…ぁっ…"

「死ぬまでやってみるか?」

デーモン族の長は、無言のまま崩れ落ちた。双眸は昏く翳り、巌のような双臂にもはや膂力は残っていない。臓腑の冷えゆく感覚に、四肢までが重く疲れ、呼吸は浅くなった。

「戦で負けたのは初めてらしいな」

悪魔は首を捩って王子を見詰めた。少し痩せがちの体格。引き締まってはいるが、剛剣を振るうには細過ぎるような腕。ぞっとするほど秀麗な面立ち。切れ長の瞳はロンダルキアの王家特有の厳しさを、尖った顎の線は、マリア内親王と同じロトの血統の凛々しさを窺わせる。

ベリアルは求められもせぬまま、跪いていた。

"二度目にござる"

「じゃあもう負けるな。俺以外に屈する将は要らん」

ズィータは刀身から血を払い、見えざる鞘に刃を収める。敗れた将軍は瞑目して息を吸った。

"御意"

沈黙のうちに恭順の印を確め、ロンダルキアの新王はふと頬へ手をやる。濡れた感触に軽く肌を拭ってみれば、指の腹がうっすらと赤く染まっていた。

「…ちっ…」

もしデーモン族の長が頭をもたげていれば、己を苦も無く打ち負かした若者が、頑是ない子供のように悔しげな表情を浮べているのが認められただろう。

ロトと竜王の末裔は、深々と礼をしたまま動かぬ降臣に言葉をかけようとして、しかし口に出せぬまま、苛々と宙を睨んだ。

ややあって、広間を支える列柱の向こうの闇から、低い笑いが漏れる。

面に不興を増したズィータが、影蟠る一角をねめつけると、鉄の具足に身を固めた丈高い騎士が、燭台の明りが届く辺りへ姿を現した。燃えるような真紅の髪が、灯火の揺らぎを映じて燦めく。

「失礼致しましたズィータ様。我が輩の無礼、万死に値します」

大仰な台詞だが、冗談めかしたところは欠片もない。ただ、禽獣に似た野性味のかった美貌には、主君に対する崇敬に混じり、微かな諧謔も浮かんでいたが。

黒髪の青年はふんと鼻を鳴らすと、手を振って寛恕を示す。

「で…何がおかしいバズズ…」

ロンダルキアの古豪、デビル族の長は、尚も膝を就いたままのベリアルへ歩み寄りながら、瞼を伏せて答えた。

「こやつと、我が輩、それにアトラスの間にのみ通じる、つまらぬ話に候えば。ズィータ様のお耳に入れるようなものでは…」

「話せ」

王の言葉に、騎士は静かに頭を項垂れた。

「…我等三名、ハーゴン現れる迄、永らくロンダルキアの覇を争っておりました。いずれも最強の座を譲らず、大神官めの支配に屈してからも、いつかは決着をと互いの心に誓い、爪牙を研いで参ったところ、今日、意外な形でかたがつきました…」

「どういう意味だ」

怪訝そうに腕組みするズィータのもとへ、今度は広間のはす向こうから破れ鐘の響くような哄笑が渡ってくる。話を遮られたバズズが片眉を上げ、そちらに目差しを投げると、廷吏が出入りするための側廊から、雲突くような大男がぬっと顔を覗かせていた。

顎から耳元まで濃い橙の和毛に覆われ、炯々と煌く瞳は一方を眼帯に覆われている。やはり妖魅のまとう仮初の姿であろうが、あまり変化の術は巧くないようで、並の人間とかけ離れた大きさだ。

「バズズばかりに得意がらせては面白くない。残りは拙者が説明いたそう」

「…アトラス、ズィータ様の御前ぞ。言葉遣いを慎め」

巨人のくだけた物言いに、赤髪の騎士は顔を蹙める。だが若い主君は、まるで意に介した風もなく玉座に背を凭れて先を促がした。

「喋るのは誰でもいい。続けろ」

「なに、もったいぶるような話にはなく。まず拙者は陛下の前に出るや即座に臣下の礼をとり申した。本能がそうせよと告げたまで。恥とは思っておりませぬが、次に呼ばれたバズズは抵抗の素振りをみせた。こやつなりに陛下の器を測ろうという、浅知恵にござった」

がたいに似合わぬアトラスの軽兆な舌鋒に、デビル族の長は微かに険を強めたが、敢えて口を挟むような真似はしなかった。巨人はにやりとして語句を接ぐ。

「御身に指一本触れられなんだのはご存知の通り。然るにベリアルは、死合にて陛下に臨み、手傷まで負わせ申した。王に刃向いし不遜は許し難いとはいえ、もののふとして我等三名の優劣は最早火を見るより明らか…先程のバズズの笑いは、斯様な決着に至った運命の皮肉に感じての自嘲。無論、拙者も思いを同じゅうしております」

「そうか…よかったな」

嬉しげにまくしたてる一角獣族の長に、玉座に凭れたズィータは鷹揚な笑いで応じた。すっかり場を持って行かれた赤髪の騎士は、憮然と絨毯の模様を眺めている。

金色の悪魔はようやく姿勢を直した。これほど無邪気に振る舞うアトラスやバズズを目にするのは初めてだった。いまやはっきりと分る。彼等はこの少年の面影を残した主君に真底から信伏しきっていた。氷のような眼をした青年は、ハーゴンにはない何かを持っているのだ。

覚えず口元を緩めかけた将軍の脳裏に、突如燃え上がる月の城が浮かび上がる。血と埃に塗れた乙女の横顔と、赤い唇。黒煙と屍臭に混じって鼻を突く汗の匂い。大神官のひしるような高笑いが、鼓膜に張り付く。

気付くとベリアルは、喘ぐような声を漏らしていた。

"陛下、御身はムーンブルグの内親王をいかがなさる…"

呟きに近い密やかさで零した台詞は、果たして王の耳に届いただろうか。視線を上げ、答えを確めるより早く、第五の声が割って入った。

「陛下!王妃の御具合が優れません。すぐにいらして下さい」

切迫した叫びに続いて、侍女のお仕着せを纏った娘が息せききって駆け込んでくる。バズズがまたも忌々しそうにかたえを向いた。無礼を責めたいのを、こらえているのだろう。

ハーゴンの神官がいなくなった宮廷では、かつての仕来りはどこへ失せたか、まるで激戦の最中の野営地のような乱れぶりである。あるいは、位階の垣根を取り払い、ややこしい手順を省いて、さまざまな連絡を簡単に済ませるのがズィータの望みなのか。ベリアルはふと、デーモン族の本拠の雑然とした所帯を思い起し、肩の力を抜いた。

一方、ロンダルキア王は額に焦慮の皺を刻んで、すぐ娘の傍らへ近づく。

「赤ん坊か?」

「…はい…祈祷師の見立てでは、母胎が弱ってきていると…どうか陛下がお側に」

「分ってる。ベリアル、バズズ、アトラス。しばらく待て」

侍女の案内に従って、急ぎ足に側廊へ消える若者の背には、年相応の頼りなさが漂い、たった今までシドーの三騎士を圧倒していた竜王の裔とは、まるで別人のように見えた。


アトラスは顎鬚を掻きながらぼんやりと主君の去っていた後を見守る。

「やはり王妃のお身体には負担が大きいか…」

口調に忍ぶ曖昧な不安を耳にして、バズズが不機嫌そうに舌を鳴らした。

「人の身に…神降ろしなど叶うはずがない…まして…」

ベリアルは翼を揺すって鎖帷子の欠片を震い落とすと、二名をともどもに眺めやる。

"神降ろし?"

「うむ。王妃はシドーの御霊を胎に宿し、受肉せしめんとしておられる。拙者がズィータ様に忠誠を誓うのも、第一には生まれ来る神子の為」

巨人が拳を挙げて厳かに告げるのへ、赤髪の騎士は鬱屈した一瞥を呉れると、微かに歯噛みして吐き捨てた。

「王妃…王妃だと…果たしてロンダルキア王の伴侶として相応しいかどうか…」

「バズズ。何を言う」

「ベリアルも、ともに臣となったうえは聞いて貰おう。あの女は…女とも呼べぬ、不吉な”ふたなり”なのだ。ズィータ様の横に居れば必ず厄をもたらす」

金色の悪魔は黙ったまま、憤怒と狼狽に彩られたそれぞれの貌を比べた。厄介な話題を打ち切りたげな一角獣の長に対し、デビル族の長はまだ云い足りぬ風である。

「ベリアル。お主はどう思う。男でも女でもない異形の血を、果して竜王の皇統に混じえるのが正しいか?その子を魔物の王として仰げるか?これからズィータ様に仕えていくうえで、まず禍根は断たねばならぬ」

「バズズ!大それたことをほざくな!ベリアルも取り合うでない。こやつはくだらぬ蟠りを持っておるのだ。ハーゴンの神官どもが、デビル族にロンダルキア人の生贄を捧げていたのを、王妃がやめさせたのでな。食い意地が張っておるのよ」

「黙れアトラス。我が輩達デビル族は、腹が満たされれば言い伝えなど捨てて省みぬ一角獣族とは違う」

「なっ!?サルめが気取りおって!」

鼻と鼻を突き合わせんばかりにして、悪罵を投げ交わす巨人と騎士。将軍は無言のまま間に入ると、両者を分けた。

"やめろ。お主等が喧嘩をすれば、城が崩れるぞ"

だが、ひとたび滾った感情は容易く鎮まらぬらしく、互いに宿した破壊の魔力、膂力は抑えながらも、棘のある論説を仲裁役の頭越しに闘わせ続ける。

「…いいかバズズ。母神ラーミアは、両性具有にして諸神を世界に産み出された。ふたなりが不吉などというのはそもそも、言い伝えからしてもおかしいではないか」

「ラーミアだと!?デビル族の伝説ではこうだ。彼女が眠りに就いてのち、世界に現れた神々のうち精霊ルビスが光の玉もて世界を照らすと、闇のうからは地上を追い払われた」

「ふん。わらべを寝かす昔話ではないか。一角獣族にも伝わっておるわ。それがどうした」

「ならば続きも知っておような?やがて闇の統主ゾーマが現れ、虐げられた我等の先祖を解き放たんとした時、ラーミアは初めて目覚め、あろうことかルビスに従う人間の側についた」

「…それは…」

「ラーミアは、我等の味方か?人間どもの味方か?ズィータ様はどうだ。あの方は確かに竜王の血筋。だが人間だ。ハーゴンの神官どもは殺したが、ほかのロンダルキア人は守ったではないか」

がなりたてるうち、バズズの外見は陽炎のように揺らぎ、流麗な騎士の体躯に重なって、蝙蝠の翼を生やした真紅の狒々の姿が二重写しになって見えた。熱気に炙られて、巨人はニ、三歩退く。

「例え王妃が真に女神の化身だったしても、光か闇かいずれとも定まらぬもの。まして人間の血肉をまとっているのだ。不完全な薄汚い身体をだ!王妃によって竜王の血筋までが穢され、ラーミアのように敵に回るかもしれぬ。我等魔物に滅びをもたらすかもしれぬ」

「くだらん!言い伝えを曲げて解するお主の妄想だ。何の兆しもないぞ」

「兆しはある。それはな」

やかましい遣り取りにうんざりしたベリアルが、いい加減にしろと窘めかけたとき、バズズは怒鳴る代わりに冷笑を漏らした。それは、異様なほどハーゴンに似ていた。

「人間の弱さだ」

金色の悪魔は、いきなりかっと刮目して赤髪の騎士へ腕を伸ばし、喉首を攫んだ。

"何だと…"

「っ…どうしたベリアル。お主が我が輩とやる気か?アトラスの代わりにしゃしゃり出るとは」

"人間の弱さとはなんだ!それが何故魔物に滅びをもたらす!!"

「ふっ…奴等が慈悲とか愛情とかほざく、おぞましい心の濁りだ。それは気付かぬうちにあらゆる戦士の腕を鈍らせ、頭を曇らせ、破滅へと導く」

"…っ!…"

「我等はそれを持たぬが故に強く、奴等はそれを持つがゆえに弱い。あの”ふたなり”は身も心も濁りの塊だ。ズィータ様という完璧を穢し、魔物より人間の側へと導いている」

将軍は相手を放すと、よろめきつつ距離を置いた。

"…濁り…"

バズズは咳き込みながらも、長口舌を振うのを止めない。

「我が輩はな、ハーゴンが捕えた人間どもを弄び、心の濁りを掻き乱して楽しむのをたびたび眺めさせられた…お主も覚えがあろう」

"…それで…"

「吐き気がしたぞ。奴は、それによって己を人間以上の何かだと思い込もうとしていたが、逆に人間の世界への拘泥ぶりを曝していたのだ。分るか?」

"…ぁあ…よく…分る"

やっと同意をかちえて、野性味のかった美貌が満足げな笑みを浮かべた。

「しかし我が輩も先走りすぎたな。幸いズィータ様はロトの血筋を憎みきっておられる。王妃への迷いもいつかは醒められよう。我等三騎が手を下すまでもないやもしれぬ…なぁアトラス」

「むぅっ…」

アトラスはまだ納得いかぬげに唸っている。ベリアルは、どこか遠くへ魂を遊ばせるが如く視線をさ迷わせ、低く独りごちた。

"陛下は…ロトの血筋を憎んでいると…"

「左様。サマルトリアも、ローレシアも、ムーンブルクの如くに滅ぼし、王族には現世の地獄を味あわせた後、根絶やしにするご意向だ…ハーゴンめの采配もその面では役に立った訳だ。我等の務めは、これまで通り各国の攻略となろう」

"…そうか…"

「どうした?」

"いや、分りやすくて良い…"

金色の悪魔が嘯くと、巨人が勢い込んで頷く。

「まこと。はよう戦場に戻りたいものよ」

「…結局お主等は、いくささえできればできればよいのか…」

赤髪の騎士はやれやれと肩を竦めた。わざとらしく吐いた溜息は白く凝り、いつしか濃さを増した闇へ溶け込む。

語らいの時が過ぎるまま、謁見の間の寒さはいや増していた。一角獣族、デーモン族、デビル族の惣領はそれぞれの想いに沈むと、異形の彫像のように立ち尽くしたまま、ただ静かに王の帰還を待ち受ける。

雪国の奥津城のさらに深く、幾重もの厚い石壁に守られた小さな寝室では、金髪の王妃が夫の手を握り、余りにも大きな命の荷に耐えながら、太陽の輝く草原で、幼児を抱く明日を夢見ていた。

だが、暖かい炉の火の燃える部屋のはるか外、凍てついた台地に吹く風は烈しさを加え、長い夜と嵐の到来を告げていた。

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