家電製品のない部屋を思い浮かべて欲しい。 パソコンも、ビデオデッキも、ゲーム機もなく、テレビやCD/HDコンポの影すら見当らぬ四畳間を。壁の一面にはスチールの書棚が立っており、格段にはぎっしりと本と雑誌が詰っている。畳にも雑誌が積み重なって山を作り、他にプラスチック製のねこじゃらしや、猫の爪と歯で傷だらけになったテニスボールが転がる。 どこから舞い落ちたのか、数毫、細い獣の毛が載った表紙には、それぞれ「月刊バスケットボール」「猫の雑誌」「HOOP」「Cats」「バスケットボールマガジン」「猫びより」と、取り止めのない題名が並び、これを基に部屋の主の正体を推し測るのは難しい。 薄暗い室内の中央にはせんべい布団が敷かれ、巨きな毛布の塊が呼吸に合わせて緩やかに上下している。時折低い寝息を漏らす姿は、さながら、冬ごもりをする大型の哺乳動物のようだ。 枕元には丸い置時計。文字盤では秒針が忙しなく時を刻んでいる。短針は真下を指し、長針は丁度左斜め四十五度へ角度を擦らした所。これが、部屋に在る唯一の機械らしき品だ。 カーテンを引いた窓から差し込む光は鈍い灰色。遠くで唸る新聞配達の原付を除けば、いぎたない鴉のお喋りと羽搏きだけが、騒がしく晩秋の曇天を渡っていく。 やがて、置時計の歯車が定められた形で噛み合い、内に隠された発条を弾くと、賑やかな朝の歌を奏で始めた。だらんと犬の耳そっくりに垂れていた一対の鐘が震え出し、甲高い叫びを鳴り響かせて、甘やかな目覚めの前の睡みを葬り去ろうとする。 物憂い夢を破られて布団の上の塊が蠢き、毛布の端から大きな手を飛び出させた。掌と指を蜘蛛のように広げて、しばらく盲滅法に畳をまさぐり、やっと音源を突き止めると、煩い虫を叩き潰すようにして、勢い良く抑えつける。 リン、と断末魔を残して、置時計は沈黙した。哀れ、役目を果しただけだというのに、文字盤を覆う硝子にはヒビが入り、鐘の片方は転げ落ち、真円だった外形は平べったい楕円になっている。金槌でぶん殴られてもこうはならないだろうに、どういう怪力なのか、時計は完全にスクラップと化した。 暴力的な手段で静けさを取り戻してから、毛布の塊はまた規則的な上下を再開する。窓の外では、おはようございますを交わす人々の声で溢れ、陽射しも明るさを増していくが、部屋の主は相関せず、安穏と眠りを貪っていた。 半刻ばかりが過ぎると、帳の隙間から覗く空は、雲をすっかり吹き払われて、青く冷たく澄み渡り、やがて冬の訪れを告げるような、仄白い光を下界に投げ掛ける。大気は暁闇の残香を失って緩み、穏やかな午前の匂いを漂わせ始める。朝が昼へと移り変わる、最初の兆しだった。 不意に本棚の隣の衾が揺れ、かすかに横へ押しやられると、毛並の整った猫が一匹、するっと部屋の中へ入って来る。なーん、と一声鳴いてから、毛布から飛び出る手を見つけると、すぐに近寄って、軽く鼻を擦り付ける。もうそろそろご飯にしてよ、と言う所。 だが、反応は無い。仕方なく、肉球のついた前肢で軽く押してみる。やはりだめ。諦めずにもう一度。毛布の山は少し揺すれたが、まだ起きない。猫は苛立ったあげく終に奥の手を出した。素肌に爪を立てたのである。どんな寝坊でもこれだけは堪らない。 「んっ…」 柔らかな掛布がずれ、盛大に寝癖のついた頭部が露になる。二重の瞼が眠そうに瞬かれ、不可思議な色合いの双眸を開くと、ぼんやり壊れた時計を見詰めた。瞳孔が焦点を結ぶに連れ、惚けていた表情が、若者特有の固さを帯びる。少年、と形容していいのだろうか。大人になりきる前の、けれどもう子供っぽい丸みは完全に削げ落ちた、独特の顔立ち。 「…っ、時計、また壊れてんじゃねぇか…」 だから機械ってのは。独りごちて彼は起き上がった。ぬっと天井をつくような身の丈は、やや猫背気味で、不機嫌な肉食獣めいた印象を与える。がっしりした剥き出しの肩、アンダーシャツの間から覗く厚い胸板、トランクスから伸びる丸太のような腿から、何か運動をやっているのが窺えた。 鍛え抜かれた姿は、如何にも低血圧、といった気配を漂わせていたが、猫は恐れ気もなく足元へ首を擦り付け、甘えた声で鳴いた。今さっき飼い主の手に爪を立てたことなど、何処吹く風だ。たいした度胸である。 「ん、マル…飯か?」 だが、意外にも優しく呟いただけで、少年は猫を叱らなかった。それどころか真直ぐ居間へ向うと、戸棚から缶詰を取出して、床の猫皿に中身を空けてやる。マルと呼ばれた猫は忽ち、だだっと走り寄り、脇目も振らず食事に入った。 「腹減ってたのか…わり…」 居間の掛け時計を見ると、時刻は十時半。彫の深い容貌が、眉間に皺を寄せた。学校の授業はもう半分終っている。時計が壊れていたとは言え、些か度を越して寝過したようだ。 「…ちっ」 面倒くさそうに舌打ちして、風呂場へ行く。アンダーシャツとトランクスを脱いで洗濯籠に放り込み、裸身を湿った浴室へ滑り込ませた。シャワーを捻って冷水を膚に受けると、ひりつくような感触と共に、夜の記憶が戻ってくる。 昨日は、誕生日だった。共働きの両親は今年も忘れ果てていたし、仲間が祝いさえしなければ、普段と変わらぬ一日だったろうが。結局いつもよりは何件か多くカラオケとゲーセンを梯子して、最後は居酒屋で飲み付けない水割りを引っ掛けた所までは覚えている。途中まで、女子も数人居た気がするが、はっきりしない。 「頭痛ぇ…」 顔を濡れた前髪で隠し、タイルの壁に拳を押し当てる。シャワーが湯になって、手足がじわじわと暖気運転に入った。再び眠気を感じたので、急いで栓を閉じ、代りに石鹸と垢すりを取って、半ば習慣的に脇腹や、四肢の上を擦る。 「……」 触覚が刺激されると、夢と現の違いがはっきりと感じられるようになる。次に、頭にシャンプーをつけ、指で髪のもつれを解くようにしながら、毛と毛の間に泡を絡めた。揉みしだくようにして手を動かしていると、こめかみと眉間の疼きはやや和らいだ。息を吐いてから、再び湯を出させ、全部を洗い落とす。 欠伸をして浴室を出てから、タオルで手早に身体を拭き終える。そのまま、やはり無意識に洗面台から歯ブラシを掴んだ所で、初めて鏡に目が行った。十六歳。別に、昨日や一昨日と変わらない、己の顔が映っている。少年はちょっと苦笑いを浮かべた。 新しい衣服を着け、ピアスを耳に通す。マルを探したが、腹がくちくなったら、もう家に用はないのか、とうに散歩に出かけていた。手持ち無沙汰になるので、空になっていた猫皿だけを洗う。 布巾を取ろうと手を伸ばそうとした所で、ドアフォンが響く。長身の少年は、皿を感想棚に置くと、大儀そうに戸口へと向かった。どうせセールスだろう。三秒も睨んでやれば、そさくさと退散する。両親が共働きな分、自然と押売りの類にはあしらいが身についていた。 靴をサンダル履きにして框を降り、鍵を外すと、ちょっと険悪な目つきを作ってから、戸を引く。牽制にぎろっと一瞥すると、相手の顔を確かめもせず、また閉じてやる。これでお仕舞だ。 「安藤?」 硝子越しに、怪訝そうな声が伝わってくる。彼は鍵に手を掛けたまま、ぴたっと動きを止めた。しばしむっつりと口を噤んで立ち尽し、やがて渋々と、しかしさっきよりは丁寧に戸を引く。 軒先の石畳に、彼より頭一つ背の低い少年が立っていた。やじろべえのように両手から白いビニール袋を吊るし、背には大きな登山用のズックを背負っている。学校の授業で見せられた戦争中の疎開児童みたいな格好だった。左程重さを感じていないのか、中性的な感じのする整った顔立ちに、鷹揚な笑みを浮かべている。 「ひさしぶり」 「…帰れ」 即答してから、また戸を閉めようとする。しかし、客は信じがたい反射速度で敷居へ足を入れ、滑りを止めてしまった。 「つれないな、誕生日を祝いに来てやったのに、ま、一日遅れだけど」 「…なんだ、その荷物は」 「プレゼント」 安藤はしげしげと観察してから、鼻を鳴らした。 「食い物ばっかじゃねぇか」 「お前に食わせてやろうと思ってさ。またおじさん達留守だろうし」 「……っ」 お前は馬鹿か。と言いたい所をぐっと押え、安藤は脇へ退いた。来訪者は、遠慮せずにずかずかと踏み込んで来ると、靴箱の上に手荷物を預けた。憮然とする家主には構わず、慣れた様子で靴を脱ぎ捨て、肩から背嚢を降ろす。口紐を寛げて、油紙に包んだ中華鍋を取り出すと、試すすがめつ傷がついていないのを確かめて、にっこりした。 「よし、じゃ、作るか。台所借りるよ」 「待て、里見」 「何だよ?昼メシまだだろ?」 「…っ」 そういう問題じゃねぇ、と突っ込み掛けて、またどもる。普通なら拳固で追い出しているのだが、この古馴染みばかりは複雑な事情の故、逆らいにくかった。 まず恩師の弟であり、次に中学時代の同級生でもあり、何よりクラブ活動のキャプテンだった相手なのだ。体育会系の少年達にとって、上下関係というものは、卒業してからも大きな比重を占める。まして、今年のインターハイを知る者なら、高校バスケットボール界を震撼させた一年生ポイントガード、里美光男の名にたじろがずには居られまい。 かつて同じチームで肩を並べていた者にとってさえ、いささか神々しさを抜きにしては見られぬ人物である。例え人様の家の戸口でビニール袋を掻き回し、どこぞの主夫宜しくピーマンを取り出していようと、つっけんどんに追い返すわけには行くまい。 「…うぜぇ」 精一杯の不満を述べると、安藤は袋の一つと背嚢を掴んで台所へ運んだ。里見は後から鼻歌混じりについてくる。 「相変わらずだよなぁ、この家」 「…」 「最近来てないけど、掃除は結構ちゃんとしてあるし」 「…」 「でも、まだCATV入れて無いだろ。兄キもあれだけ入れろって言ったのに、JBLとかさ、見れ…」 「ああいうのは、良く解らねぇ」 台所の簾を潜りながら、ぼそっと答えて、テーブルに袋を置く。里見は聞き流すと、早速引き出しを開けて、調味料を机にずらずら並べた。 「 「ねぇよ」 「 「ねぇっつてんだろ」 「しょうがないなぁ。何もない家だな。持ってきてて良かった…」 「…っ、おまえ…学校はどうした」 苛立ちを隠そうと、安藤は顔半分を掌で覆って呟いた。寝起きにがちゃがちゃ言われるのはうんざりなのだが、ここで切れる訳にも行かない。 里見はすぐには答えなかった。エプロンをつけ、バンダナを巻くと、まな板を降ろして、野菜を上に積み上げる。色鮮やかなピラミッドができると、今度は棚からボウルを出してまないたを傾け、落とし込んだ。最後に蛇口を捻って冷水を迸らせると、かき回すようにしてゆすぎながら、手を入れてニンジンやレンコンの表面を擦る。 「さぼり。お前もだろ」 「目覚ましが壊れてたんだよ」 「壊した、だろ。直ってないな。試合の日はいつも、俺に電話で起こさせてたよな」 「うっせぇ…」 「あ、テレビつけろよ。12chな」 「…また通販か」 「いいからつけろって」 リモコンは以前握りつぶして(比喩的にではなく)いたので、安藤はしかたなくテレビの前に屈み込むと、操作パネルに触れた。画面に縞が走ってから、すぐに下らないショッピング番組が映る。 "今回は、ご好評のミャウリンガルに桐箪笥をつけました!衣替えの季節に猫ちゃんとの会話を楽しみながら夏物を仕舞え…" 「おまえ、あれ買わなかったよな?」 「機械は分かんねぇ。あんなもん無くても猫と話は出来るしよ」 「はは、安藤って意外とメルヘンチックだね」 とんとんと小気味の良い包丁の音がし始める。長身の少年は椅子に腰掛けて片膝を抱え、てきぱきと立ち働く元同級生の背を、鬱陶しそうに眺めた。からかわれるのは好きではないので、無理にでも話題を変えることにする。 「…山崎の試合、行ったろ」 「ああ。でも向こう監督がちょっとね。身長差が影響するようなゲームの組み立てばっかするから…でもパスまた上手くなってたかな。安藤は一中の試合観たんだよな。準決勝だっけ?」 「ん…」 「そっちも上手くなってたってな、穂村とか城戸とか。東野とかさ」 「相手の羽深と、海老原もな…」 「へえ…。兄キが辞めてから色々あったみたいだけど。まぁ、みんな…」 油の滾る音。コンロが青い火柱を上げ、換気扇が咳き込みながら煙を吸い込む。食欲をそそる匂いが満ちる。 「セイロ用意してよ。ビニール袋のどっちかに海老シューマイとホウレンソウの餃子入ってるから」 「あ?」 何で俺が、と問い返しながらも、少年は命じられた通りセイロをコンロに据え、"聘珍楼"とシールの貼られたスチロール容器から、白と緑の皮に包まれた冷凍品を取って、竹篭の中に載せた。 「…と茉莉花茶のパック」 「どれだよ」 「黄色い奴」 図体の大きな方が、小さい方の指図に従う様はサーカスの熊使いさながらだ。滑稽を通り越して可愛らしくさえあったが、しかしこれでは誰の誕生日祝いなのか判然としない。 「大皿と取り皿」 「…」 「あと、湯飲み」 「…」 「皿持ってろよ。盛るから」 「…っ」 流石に堪忍袋を切らして顔を上げた途端、甘やかな微笑にぶつかる。チームメイトを夢中にさせずにはおかない、あの魔法の微笑だ。あっさりと怒りの芯を抜かれ、安藤はまた黙り込んでしまう。 そうこうする内に、テーブルには所狭しと料理が並び、白い湯気を立てていた。高校生が作ったものだから、見栄えや味はさて置くとしても、量だけはある。安藤家の食卓に同じだけの皿数が置かれるのは三年に一度もあるかないかだ。 「完成っと。遠慮せず座って食べろよ。ほら、誕生日なんだからさ」 「遠慮する訳ねぇだろ」 促されるまま腰を降ろすと、箸を取ってシューマイを抓む。悪くない。安藤は自分が空腹だったことに気付いて、言葉どおり、遠慮なく他の皿からも口に運び始めた。里見はというと、エプロンをつけたまま向かいに座り、頬杖をついて元同級生の健啖ぶりを眺めている。しかし、ものを食べている側にしてみれば、じっと見られるというのは、余り居心地良くはない。 「なんだ…」 眼だけ上げて訊くと、相手は肩を竦めた。 「茶も飲めよ。喉に詰る」 「うぜぇな…」 急須から茶を継いで、一息の呷る。ジャスミンの香に混じって、強い苦みが舌に広がる。 「苦ぇ…」 「茶が苦いのは当たり前だろ。変な奴だな」 コンビニの茉莉花茶は、こんなに苦くなかったが。もう一杯注ぐと、幾分慎重に啜る。やはり苦い。 「別にいいけどよ、結局、何しに来た…」 「だから誕生日祝いだって」 「ちっ、くだらねぇ嘘を…」 急に世界が回転した。上体が揺らぎ、椅子に座っていられなくなる。安藤は、背中から床へ倒れ込んで、後頭部と肩を強かに打ちつけた。視界の外れで、里見の笑みが邪悪に歪む。 「がっ…!」 「回りが遅いから、焦ったよ」 「おまえ、何混ぜ…」 「漢方。やばい薬じゃないから安心しなって」 「ふざ…」 舌がもつれる。麻酔を打たれたように動けない。明らかに"やばい薬"のような気がする。股間が異様に熱くなり、毛穴という毛穴から汗が吹き出していた。 「医食同源って言って…中華にも色々…」 薀蓄を垂れながら、里見は細い腰に巻きつけたベルトを外していく。瞳は艶っぽい光を放ち、言葉遣いも、怒ったような風に語尾が上っていた。安藤は嫌な予感に呻いて、なんとか身を起こそうとする。 「無理だから。大人しくしてろよ…」 するりとズボンを脱ぎ捨て、里見は、下着に指を掛ける。エプロンはつけたままなので、二枚目の布が足首に落ちると、下腹の当りに染みが出来る。一服盛られた方は、いよいよ切羽詰った危険を感じ取り、頬をひくつかせながら、回らぬ口を必死に動かした。 「勃て…てんじゃねぇ……」 「いいだろ、久し振りなんだからさ」 「…いいわけね…ぇ…だ…」 「安藤ー…」 甘ったれた雌猫のような声。項を逆撫でされる。とはいえ、やはり気恥ずかしいのか、エプロン姿の少年は顔を紅くしながら、おずおずと脚を開いて、しゃがみ込んだ。 「最近兄キが構ってくれない…から…さ…」 「知る…かっ…ぶっ…こわす…ぞ…」 「壊してみなよ。ほら」 指が褐色の窄まりを大胆に広げる。すっかり解れているのは、来る前に準備を済ませておいたからか。仄かに石鹸の香がする。壊し屋の異名を取る少年は、否応も無く下半身に血が集まるのを覚えながら、歯噛みした。 「…おれは…おまえの…兄キの…代りじゃ…ねぇ…」 「いいだろ、お互い寂しい身の上なんだからさ」 「…誰が…」 「何ならこの髪、てっぺんで縛ろうか?」 里見は蠱惑的に囁いてバンダナを解き、髪を軽やかにふりほどいて、旋毛のあたりをぎゅっと纏めてみせた。弱みを言い当てられた安藤は、浅黒い膚にかぁっと赤みを差した。ジーンズの股がはっきりと盛り上りを見せる。 「正直な奴…」 楽しげに呟いた口が、ジッパーを咥えて引き降ろすと、立ち昇る麝香に鼻を寄せ、舌でトランクスの奥の茂みから、目的のものを探し出す。 「…また、でかくなってない?」 「ぐっ…この…」 濡れた感触に続いて、口淫に馴れた唇が、巨大な肉刀にキスをする。グロテスクな雁首に愛しげに舌を這わせ、ぞっとするほど婀娜な吐息と共に、鈴口を咥える。 「んっ、はっ、兄キのより大きっ…」 「…ばか…が…」 こうなったらもう、自由にさせてやるしかない。長い付き合いから、壊し屋はそう学んでいた。正直、柔らかな舌と唇のもたらす快楽に抗う理由もさして見当らなかった。強いて言うならば…。 「…やま…ざきが…泣くぞ」 そう告げると、淫蕩に染まっていた里見の表情が、ふと我に返ったようだった。だが、もどかしげに菊座を慰める指は止まらず、くちゅくちゅと湿った響きを漏らし続ける。 「司は、可愛すぎて…でも、まだ子供だろ。あんまり会えないし、会ったら我慢利かなくなりそうで」 「…はっ…」 淋しそうな横顔と行為の卑猥さのアンバランス。安藤は視線を落として、疲れたような息を漏らした。相手の気持がく解るだけに、却って馬鹿馬鹿しい気がしたのだ。改めて見上げると、相手は傷ついた面持ちで此方を睨んでいる。 「おまえだって、年下の彼女とかできれば解るさ」 「な…ら…穂村とかにし……」 「同じだよ。こんなこと出来る訳ないだろ」 「…」 俺ならいいのかこのブラコン。罵って遣りたかったが、興奮して血の巡りが早まった性か、薬が本格的に効いてきて、殆ど喋れなかった。里見も会話に興味を失ったようで、唾液で濡れた淫具を離すと、エプロンの裾を抓んで持ち上げる。肌を紅潮させたまま、いきり立った剛直を己の排泄口へ宛がい、ゆっくりと腰を沈めていく。 「くぁっ、太ぃっ」 官能に彩られた美貌が天を仰ぐ。他方尻に敷かれた安藤は、括約筋のきつい締め付けに、思わず海老反りになった。その反応が伝わって、上になった少年はさらに悲鳴を漏らしてしまう。 「兄キ…兄キ…」 泣きじゃくるようにして兄の代用品に縋り、狂ったように腰を振る。毎度のこととは言え、異常な乱れぶりは、襲われる方にとって堪ったものではない。舌が胸板を這い回り、歯は飢えた狼のように噛み跡を刻んでいく。長めの髪から汗の珠を飛ばして踊る姿は、古代の巫女かなにかのようにも見えた。 「中で、中で達ってっ…おれ…ふぁっ!」 何度か痙攣してから、里見は耐え切れず、先に絶頂を迎える。 「なんだよ、兄キは…ちゃんと、いっしょに…」 知るか。あいつより遅いのは俺の責任じゃない。壊し屋が仰向けのままむっつりとマグロを続けていると、少年は不満そうな視線を投げてから、また尻を捻って行為を再開した。 「んっ…まだ、全然固っ…ふっ…」 最初の衝動が去った後の、打って変って苦行に耐えるような表情が艶かしい。一応、誕生日祝いの相手を満足させるのが礼儀というつもりなのだろう。エプロンの端を両手で広げ、飛び跳ねるような激しさで双臀を揺すって、浅く掠れた喘ぎを零す。 だが激しい動きが祟って、呼吸の間隔は急速に狭まり、直に二度目の絶頂がやってくる。鋭さを失わぬ肉の凶器に内側を貫かせたまま、少年は力無く崩れ落ちた。最初と比べ、飛び散った精の量はかなり少ない。 「あんど…だめ?」 尋ねなくても、直腸を深く抉る陰茎が充分な答えになっていた。しかし急速に消耗した身体は、もう言うことを聞かない。ぐったりと厚い胸板に頬を乗せて休んでいると、とうとう安藤が身震いした。薬が切れてきたらしい。 「休んでんじゃねえ」 いきなり尻朶をむずと掴まれ、痛みの余り切れ長の瞳に涙が浮かぶ。壊し屋は気遣う様子も泣く、冷酷な目付きで里見を支え起こすと、弛緩した秘所めがけて容赦ない抽送を始めた。 「きはぁっ…やっ…ちょっ…」 「望みどおり、ぶっ壊してやるよ」 いっそ腰を立たなくして、ウィンターカップを欠場させてやる。胸の内で毒づくと、駅弁スタイルでエプロンごとぐしゃぐしゃに抱き潰し、口腔に指を捻じ込む。嬌声に震える舌を玩具にしながら、鎖骨に強く歯を立てやった。元鷹鳥一中のエースは、娼婦のように悦楽の声を漏らすと、秘具を空打ちしながら安藤にしがみ付いてくる。 「あんど…ゆるし…」 「誕生日祝いに、命令される覚えはねぇな」 泣き崩れた顔に、噛付くようなキスをして、ピッチを上げる。技巧や身の軽さではともかく、体力で負けた経験は一度も無い。後半戦は精々、楽みの代価を支払って貰おう。正午の太陽に背を照らされながら、里見光男はたっぷり四十五分、壊し屋の玩具になった。 夕陽がビルの間に間に沈む頃、古めかしい一軒家の戸辺に、二人の少年の姿が在った。片や料理道具の詰った背嚢を背負い、片や胸に猫を抱いて、いずれも何いうともなく、見詰め合っている。もう、嵐のような性戯の痕跡はどこにも残っていない。 「じゃあな。楽しかったよ安藤。また来年も飯作ってやろうか?」 やたらと色艶の良い顔で別れを告げる相手に、安藤はびっと中指を立てた。 「二度と来るな」 「連れないね」 「おまえとはもう、敵同士だろうが」 険の在る言葉に、薄笑いが応える。 「あのメンバーじゃ、今年はまだ敵にもならないな」 「…コートで会ったら、潰すぞ…」 「やってみろよ」 揺ぎ無い自信に気圧され、壊し屋は目を逸らした。やはり、こいつは、作りが違う。悔しげに視線を落す安藤に向けて、里見はちろりと舌を出すと、すっと耳元へ唇を寄せた。 「ベッドでの方が、望みはあるかもな?」 「っ、消えろ!」 かっとして怒鳴ると、腕の中のマルが驚いて暴れ出す。慌てて宥める内に、向うはからからと笑って踵を返した。中華鍋の形に膨らんだ背嚢が遠ざかっていくのを、見送りながら、安藤はやれやれと溜息を吐いた。 来年は |
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