奥様はアホ毛っ娘

 鵜飼氏がテストの採点を終えて家に帰ったのは土曜の十九時半丁度だった。給料日前だったので家内と子供におみやげを買う気にもなれず、以前のように三十手前の体力を持余してジムに通う回数も減ったから、ようは真直ぐ玄関までついたと言っていい。

 常夜灯に照らされた厚い防音扉の前に立つと、三十年賦で買った己が城(とはいっても集合住宅の一房に過ぎないが)の門をぐるっと眺め回す。六千五百万円といえば、安月給の塾講師には目の玉が飛び出るような値段だが、セキュリティとプライバシーだけはしっかりしている。結婚相手が相手だけに、小心者の彼は世間の目が届き難い物件を探すのに苦労したのだ。

 インターフォンを鳴らす。

 "はーい♪"

 マイクから聞こえたのはまだうら若い少女の声。

 「俺だ。今帰った」

 "あっ、先生お帰りなさいっ♪"

 かつて世間では聖職者と呼ばれる(最近は怪しいものだが)仕事についていた青年は、いきなり項の毛を逆立てると、鼻からずり落ちそうになる眼鏡を支えて、咳払いした。

 「先生はやめろ」

 "あ、ごめんなさい…今開けますね"

 オートロックが外れるのを確かめ、把手を回すと、少し急ぎ気味に戸口を潜って、背後でしっかり鍵を下ろす。まるでなにか貴重な宝物を掠め取って、こっそり隠れ処に仕舞い込んだ盗賊のよう。靴を脱ぎ捨てるのももどかしく、昏い廊下を進むと、ダイニング・リビングへ通じる硝子ドアを開く。

 眩い蛍光灯に照らされた居間が、家長の帰りを出迎えた。広々とした八畳間は、まだ収納や家具があまり入っておらず、新居特有のがらんとした印象を与える。

 中央には化粧張りの丸テーブルが据えられ、青い細口の硝子瓶に飾ったオミナエシの花だけが、クリーム色の壁を背に、ぽつんと鮮やかな彩りを点じていた。

 街を一望できるよう、南側に大きくとられた窓の辺には、可動式のベビーベッドが置かれ、側に彼の妻が屈み込んで、丸々と健康そうな嬰児の寝顔を見守っている。

 務めを終えた塾講師の、怜悧と呼んでもいい面差しは、穏かな宵の光景を目にした途端、だらしなく溶け崩れた。

 「元気か?」

 「さっきおしめかえて、今、寝付いたところなんです」

 微笑みつつ頭を上げたのは、若干十六歳の鵜飼夫人、旧姓東野暁だ。ほんの1年前まで彼の生徒だった娘で、主婦となった今も、所作には子供っぽさが抜けない。

 中学二年の時付き合い初め、妊娠は卒業前だったから、色々紆余曲折も在った。公務員という少なくとも収入だけは安定した(最近は怪しいものだが)身分を捨てたのも、明日をも知れぬ進学教室の指導で口に糊する破目になったのも、幼げな美貌と、それに似合わぬ豊かな肉措きに溺れたのが原因である。

 ほんの数ヶ月前に籍を入れたばかりの鵜飼にしてみれば、こうして同じ屋根の下に居るのを眺められるだけで感慨深かった。

 毎晩変わらぬ夫からの熱っぽい視線に、暁は、ちょっと焦った様子で頭の房毛を揺らすと、やがて頬にほんのり紅葉を散らして、伏せ目がちになる。だが、いつまでも馬鹿のように突っ立ったまま幸せを噛み締める伴侶の姿に、段々とおかしさが込上げたのか、いきなりぷっと微笑を漏らすや、ぐっすり眠り込んだ我が子の側を離れ、とてとて上着を受け取りに走り寄った。

 「ごはんにしますか?それともお風呂?」

 ほっそりした両腕を差し出すと、世話をできるのが嬉しくてたまらないように、ベタベタな質問を口にする。鵜飼は一瞬よろめいてから我に返ると、服を脱がすのを手伝おうとする元生徒を制し、てきぱきと背広を椅子にかけ、ネクタイをゆるめた。

 「そうだな。まずは喉が渇いた」

 いつのまにかまたズれてしまった眼鏡を直しつつ、荒らぐ息を抑え、どうにか冷静な口調を繕って答えを返す。と今度は幼妻の方が、熟したトマトのように真赤になった。ジーンズを穿いた両脚がもじもじとすりあわされ、粗いデニム地が擦り音をたてる。

 「えっと…でもこの子が居るし…」

 「夫の言うことが聞けないのか?」

 「いいえっ…」

 夫という単語に過敏に反応しながら、急に縮んでしまった恩師との距離に慣れない様子で、元生徒はシャツの前を捲り揚げると、掌に掴んでも余りそうな釣鐘型の肉鞠を転ばせた。

 ブラジャーはつけてはおらず、代わりというか、尖りきった両の先端には、それぞれ一つづつ銀の留め輪がぶらさがり、妖しい光を放っている。硬くこごめた薔薇の蕾のような芯では、じくじくと母乳が滲んでいた。震える指が、片方の縁に滑り、一見継目の無さそうな艶やかな表面を探って、金具を外す。

 鵜飼が固唾を飲んで見守っていると、暁は陶然とした眼差しを上げ、乳房を掬い取ると、舌足らずなままやきを零した。

 「せんせ…もうちょっ、こっちに来てくださっ…」

 「ん?」

 「抜いたら…あふれちゃうから…」

 仕方ないなと苦笑した夫は、それでも言われた通り側へ寄ると、正面に跪き、柳腰に手を回して、小さな妻の身体を抱きしめる。

 「ふぁっ…せんせっ…」

 「先生はやめろといっているだろう…ほら、飲ませてくれ」

 「はいっ…」

 牛用の留め輪が外されると、白いミルクが噴出して、開いた男の口を受け皿に注がれた。授乳自体が快感なのか、ぽつぽつと滴の浮き上がる毎にあえかな息が上がる。

 「はぁっ…せんせぇが、はやく帰ってきてくれないから…右だけはっちゃって…」

 「んっ…んっ…むっ…ぷはっ…済まないな、夕方までのクラスが長引いて…」

 鵜飼は唇を離し、固くしこった肉芽を指で摘んで乳の出を抑えると、申し訳無さそうな上目遣いを投げた。暁はまた房毛を揺らすと、円かな相貌を、ふわっと明るい輝きで満たす。

 「お疲れさまですっ♪」

 「ああ、ありがとう」

 応えながら、元教師は、豊かな胸から顔をそむけた。ひとまわりも年下の相手に賤ましい行為を強いているのが、急にいたたまれなくなったのだ。なんとなくつれない返事と仕草に、少女はどんぐり眼を瞬かせると、またぱたぱた房毛を揺すって心配そうに尋ねた。

 「それであ、あの…おいし…くない…ですか」

 「いや…だが、もういい…ごちそうさまだ…」

 黒い睫にじわっと涙の粒が浮び、両瞼がきつく閉じられる。

 「だめですっ…」

 「はっ?」

 怪訝そうに問い返す男の癖髪に、細い指がわしっと掴みかかった。

 「だってまだ…ムネいたいですから…もっと…す、すってください!」

 うーっと唸る若妻に気圧され、年上の夫は頬をひくつかせる。

 「いや…しかし…」

 「す、す、すってくれきゃ、ごはん作りませんから!先生、始めたこと、とちゅうで投げ出しちゃだめです。最後まで続けましょう!」

 「最後までって…なにか違わ…うっ…」

 抗議は、真直ぐな怒りの視線にさらされるや、たちまちしどろもどろになってしまった。押しに弱い鵜飼は、暁の懇願(というか命令)に逆らえず、観念して向き直ると、舌を伸ばし、すぐり色をした胸飾りを擽って、ゆっくり唇を被せた。

 「あはっ…♪せんせっ…」

 「……」

 年甲斐もない悪ふざけをしたツケだろうか、いくらか情けない気持になりながらも、口腔を満たす馥郁とした風味に舌鼓を打つ内、いつしかまた強く乳暈を吸いたててしまう。衝動に駆られるまま、左の掌をたわわな果実に埋め、中味を揉み出す一方で、真丸な尻に巻きつけた右手を器用に使って、ジーンズのベルトとボタンを外し、色気のないコットンの下着の内側へ指を潜り込ませた。

 「はぁっ…せんせ…せんせぇ」

 だから先生はやめろというのに。

 軽く歯を立てるだけで、腕に抱いた双臀が痙攣し、鼻先で重みのある固まりが激しく揺すれる。暴れた反動からか、余計に乳首を引張られる破目になり、痛さに涙を浮かべる少女を、青年はしっかりと支え、上気した餅肌に顔を埋めるようにしながら、尚も繰り返し甘噛みした。

 間欠泉の如く迸るソプラノの悲鳴を快く聞き流すと、眼鏡がずれるのも構わず肉芽に食らいついて、滋養に飛んだ液体を吸い上げ、喉を鳴らして嚥下する。がっしりした顎が開いて、腫上がった乳首を解放する頃には、暁はすっかり腰が抜けてしまった様子で、良人の広い肩に弱々しくすがりつくより、立っている術がなかった。その逆上せた耳元に唇を寄せ、含み笑いと共にからかいを注ぎ込む。

 「べとべとだな…」

 「ふぇぇ…」

 「脱がすぞ」

 細い顎がこくんと頷くのを認めてから、十本の指を淫靡に(親父臭く)蠢かせ、慣れた手際で濡れそぼった下着と、染みのついたズボンを取り除いた。邪魔な衣服を脇へ退かすため、いったん抱擁を解くと、小さな身体はもう力無くフローリングの床にへたり込んでしまう。

 むっちりした太腿が冷たい木目に当って打ち震える様に、自分のベルトを緩めていた夫は、ついぽたりと鼻血を垂らした。

 「あ、せんせー」

 「旦那様と呼べ、もしくは下の名前でだ!くっ、鼻血ごときが…」

 ちょっと待ってろと合図して、人中の上をハンカチで抑えながら、ゆっくり深呼吸をする。幼い伴侶の気遣わしげな眼差しが背に刺さる。

 「せんせ、僕、ティッシュとってきましょうか」

 「要らんっ!!待ってろ!」

 「あ、はい…?」

 (セックス覚えたての高校生か、俺は)

 眉間に皺を寄せたまま、五分ばかり上向いていると、ようやく血が止まる。くるっと振向くと、暁は内股で座り込んだまま、脱いだものを几帳面に畳んでいた。

 「…っひが…っ…暁」

 「はい?」

 「まだ…その…いいのか?」

 「あはは。えーと」

 少女は首を傾げて、ちょっと考えてから、人差し指を立てて応えた。

 「そうだ、やっぱりベッドで♪」

 「…っ!!」

 「あとごはんとお風呂先のほうが良いですね」

 にこやかにそう続ける伴侶の顔を、まじまじと覗き込んでから、青年は肩を落として長歎した。

 「…寝る」

 「ふぇっ?」

 「今日はもう寝る…お前も早く休め」

 眼鏡を直すと、背広とネクタイを取って、ずかずかと寝室へ向かう。

 「でもごはんは?お風呂は?」

 「風呂は良い。飯は明日食う」

 「えぇっ?だめです、汚いですよ。それに夜中お腹空いちゃいます…」

 かき口説きながら袖へすがりつく手を、邪険に払いのけ、後手にドアを閉める。残された妻は半笑いで薄い合板の戸を叩いた。

 「せんせぇっ、だめですってば。せんせぇ」

 「うるさい。もう寝ろ」

 ドンドンドンドン

 「先生ったらぁ…先生ー!!」

 六回目に振り挙げた拳が打ち下ろされるより先に、また扉が開いて不機嫌そうな夫が頭を出す。

 「先生はやめろといってるだろう」

 「…ごめんなさい…」

 房毛を項垂れさせる暁のつむじ辺りを、巨きな掌がくしゃくしゃにした。許してもらったらしいと解ると、あどけない相貌は、すぐに明るさを取り戻して、スーツの腿に抱きついて、頬を擦りつけ、じゃれつく。

 「あははっ」

 「あまり大きな声を立てるとあの子が起きるぞ」

 「わ、そうですね…せん…あの…」

 「……来なさい。ただし、食事と風呂は…後だ…終わってから、眠り込まずに用意できるか?」

 「はいっ♪頑張りますっ」

 ドアが閉じ、夫婦の姿は寝室に消える。程なくして隙間からかすかな喘ぎと、舌の鳴る音、衣擦れが聞こえ始めた。がらんとした新居の居間には、ベビーベッドが一台、丸テーブルに寄り添うよう静かに佇んでいる。

 窓の向こう、宵闇に包まれた週末の住宅地では、家々から零れた光と街路灯の瞬きが混じり合い、どこまでも地上の星の如く広がって、排気ガスを含んだ夜気に、朧な光の羽衣を耀わせていた。

 不意に、高層マンションを取巻く風が二重硝子の戸を軋ませる。ほんのかすかな物音に、寝台に横たわる幼い命が目覚めると、頭上の虚空を見回し、保護者の不在を知るや、火がついたように泣き出した。

 たちまち寝室の扉が開いて、裸の母親が揺れる胸を抑えながら、廊下を駆け戻ってくる。後から追いついた父親は、ベビーベッドの中で短い手足をばつかせる仔猿のような娘に、ちらと恨みがましげな視線を投げかけたが、思い直して険を和らげると、あばば、とおかしな顔をつくって見せた。

 喚き声が大きくなる。すごすごと下がる夫に苦笑しながら、少女はそっと我が子の頬を撫ぜ、おむつを調べた。

 「おしっこかなぁ…ちがうの?さびしいの?そっかごめんねぇ…」

 手持ち無沙汰の亭主は、腕を組んで壁に寄りかかると、夜の向こう側を眺めつつ、むっつりした調子で口を挟む。

 「ダメなんだろう、お前の笑顔が側にないと」

 「そうなのかなぁ?」

 優しげな顔立ちがベッドの中を覗きこみ、太陽のような微笑みを注ぐと、むずがりはたちどころに止んで、すぐ寝息が聞こえ始める。わぁっと歓声を上げかけた暁は、慌てて掌でそれを抑え、肩越しに夫を振向いた。

 「ほんとだ!先生すごいですね」

 答え代わりにごつんと後頭部を壁にぶつけると、鵜飼は忌々しげに吐き捨てた。

 「だから、先生は止めろといってるだろう?」





あとがき
 …ところでHさんのお姉さま。ご結婚おめでとーございます(´ー`)b
 (ここでいってどうすんの?)
 曇りなき夫婦愛は、究極のドリー夢です。
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