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夜の生活 |
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夕食を終えたあと、背中越しに食器を洗う音がする。 ありふれた、風景なのかもしれない。 けれど、それが、いままでどこにも在り得なかった風景なのだ。 二人にとっては。 「ライトくん」 夜は、ゆっくりと時が流れていく。 規則正しい生活の中で、夜の時間は比較的自由度が高い。 寝るまでのほんの数時間。 アナログな娯楽で楽しむのも随分慣れてきた。 先週までブームだったのは、オセロだった。 お互いがお互いを深読みしすぎて、勝負は五分五分。 「どうかした?」 ひょっこりと背後にから覗き込むLに、 振り返らないまま問いかける。 「どうして食器洗い機を使わないんですか?」 最新のマンションには、最新の設備が整っている。 もちろん、最新のキッチンには、 最新の食器洗い機が設置されている。 けれど、ライトは最初から流し台でスポンジを使い、 丁寧に食器を一枚一枚洗っていた。 「なんとなく。手で洗いたい気分だから」 「・・・、気分、ですか?」 「なんだよ、落ち着きないな。僕を待ってるのか?」 「はい」 「あとすすぐだけだから。もうちょっと待ってろよ」 先週はオセロ、今週はバックギャモンである。 リビングのテーブルの上には、盤と駒とさいころが、 すでに準備万端で用意されていた。 二人にとっては、お互いに腹を探り合うような、 シンプルなゲームにはまるのがちょうどいいようだ。 チェスや将棋、囲碁などは、すでにやりつくした。 やりつくしたけれど、また時間を置くとやりたくなるところが、 不思議である。 「おまたせ」 トレーに湯気のあがった紅茶とクッキーをのせて、 ライトがキッチンからやってくる。 先に戻っていたLがトレーから降ろす前にクッキーをつまんだら、 ライトに睨まれた。 「行儀悪いよ」 「すみません」 あまりにもしょんぼりと肩を落とすので、ライトは思わず笑ってしまった。 「子供みたいだな」 向かいのソファに座って、クッキーを1枚口に運ぶ。 「今日は負けません」 「昨日勝ったのはそっちだろ」 「今日も負けません」 「言い直すなよ。僕だって今日は勝たせるつもりはないから」 静かな夜更け。 過ぎていく時間は、なにものにも変えがたい、大切で幸せな時間だった。 終 |
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2007/6/1 |
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団地妻で10のお題。 |
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