酒屋さん

 
     
 





ピンポーン。
電子音の呼び鈴がスピーカーを通して部屋中に響く。

ピンポーン。
反応がないせいか、もう一度、電子音が鳴る。

ソファから上体を起こしたライトは、両手を天井へあげて、背筋を伸ばした。
Lがふらりと一時帰宅してきた後、もう一度送り出し、夕飯のメニューを考えている途中で眠ってしまったようだ。

ピンポーン。
これだけの時間、応答がない場合、
大抵の新聞などの勧誘人は諦めるはずなのだが、本日の相手はそうではないらしい。
ライトは仕方なくインターホンに出た。

「はい」

普段は、ここに暮らしていることを誰にも知られてはいけないと、Lから言われていた。
それは、Lが考えたライトを守るための対策のひとつである。
声を発した後で、ライトはそんなことを思い出す。

(あ・・・)

どうやら、脳みその覚醒が間に合っていなかったらしい。
瞬時にLの顔が思い浮かんだが、いまさらどうにもならないので、ライトはモニターの電源を入れた。
一体誰がこの部屋に尋ねてきたのだろうかと、気になったのだ。

『あ、ライト君。僕です。松田です』

スピーカーから聞こえてくる明るい口調とモニターに映る笑顔に、ライトは苦笑した。

(変わらない人だ)

ライトが知りうる中で、誰よりも普通で、誰よりもまっすぐな人間だ。

「どうしたんですか?」

ドアを開けて、玄関へと招き入れる。
セキュリティが万全とはいえ、誰が何処で見ているかはわからないからだ。
そして、ライトが疑問に思うのは、ここに松田が居ることである。
いくら松田といえどもこの部屋に近づくことは、禁じられているはずだった。

「これを届けに来たんです」

内緒ですよ、といいながら松田が差し出したのは、長方形の箱だった。

「なんですか?」
「ワインです」

にっこりと笑って、松田は簡単にそのワインの説明を始めた。
覚えたばかりの知識なのか、ガイドブックさながらの細かい内容にライトは笑った。

「ありがとうございます」

軽く頭を下げると、松田はあわてて両手と首を振った。

「そんなたいしたものじゃないんだ。
ただ、前にライト君が好きだって言ってたのを思い出しただけで・・・」
「よく、覚えてましたね」
「忘れるわけないよ」

変わらない人。
変わらない目。
変わらない・・・。

ライトは、心臓をぎゅうっと締め付けられるような気持ちになって、辛かった。

「すごく、嬉しいです。本当に」

ワインの入った箱を抱きしめて、ライトは俯いた。
少しでも気が緩めば、すぐに涙が溢れてくるような気がした。

「そんなに、喜んでもらえるなんて、僕も嬉しいよ」

松田は照れくさそうに頭をかきながら、頬を赤らめる。

「じゃ、じゃあ、僕は帰るよ。ライト君も元気でね」
「松田さん・・・」
「また来るよ。次はもっとおいしいワイン探してくるから」
「怒られるんじゃないですか?」
「・・・だ、大丈夫。こう見えても打たれ強いんだよ」

自慢にはならないことで、胸を張る松田がおかしくて、ライトはとうとう声を出して笑った。

「知ってます」

つられて笑う松田を見送って、ライトはドアに鍵をかけた。

「独り占め・・・したほうがいいのかな・・・」

松田が持ってきたことを正直に言えば、きっとLの機嫌は悪くなる。
かといって、隠れて飲んだとしても、ばれたときの方がもっと悪い。

「今日の夕食で飲めばいいのか?」

上等な赤ワインに合うメニューを考えながら、ライトは箱を開けた。











 
 

2006/06/13

 
     
 

団地妻で10のお題。
拍手のお礼です。
ようやくその3。
酒屋さん=三河屋さん。
御用聞きのさぶちゃんは、
やっぱり松田さんのポジションだと思うのです。
そんな、単純な・・・(笑)

 
     
   
 

 
   
     
     
     
     
     
     
     
     
     

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