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昼下がりの主婦 |
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のろのろと歩き出す夫を見送って、妻であるライトはようやくほっと息をついた。 毎朝繰り返されることが、今日も終わった。 「さて、と」 専業主婦であることを望まれているので、外に働きに行くことは出来ない。 しかも、在宅で仕事をすることさえ、Lにとめられていた。 ライトはそれで不都合は無かったし、時間がある分、その時間を有効に使う術をいくつも持っていたので、困ることは特に無かった。 掃除と洗濯は、毎日のことであっても気は抜かない。 自由を許されているようで、本当はそうではない自分を忘れないために。 せめて、Lから与えられた主婦という仕事だけは、完璧でなければならない。 Lがそれを望んでいなくとも。 愛されることに慣れてはいけない。 ダイニングルームに掃除機をかけながら、窓から入る日差しに目を細めた。 (今日もいい天気だよ) この分なら洗濯物も午後には乾くだろう。 ライトは小さくあくびをして、掃除機を片付けた。 洗濯と掃除を終わらせてしまえば、夕食の支度をするまで、たくさんの時間が残る。 ライトはエプロンをつけたまま、クッションを抱えて、ソファに寝転がった。 目を閉じると、すぐに睡魔がライトの意識を奪っていく。 暖かな部屋と静かな空気。 飢えることも無い、穏やかな生活。 (僕は、幸せになってもいいのかな) 振り返ることも後戻りすることもできない。 目の前に在るのは、優しく、愛しい、生活。 満たされた、心。 「ライトくんは、ライトくんの思うとおりに生きればいいのです」 そう言って、迎えてくれたLの手を取ったことを、ライトは後悔していなかった。 ただ、毎日の生活が、幸せだけで成り立っていることに、不安を感じずにはいられないのだ。 ライトは、幸せに慣れていない。 Lに愛されることに、慣れていない。 Lのために食事を作り、Lのために洗濯をして、Lのために掃除をする。 まだ、そこから抜け出せなかった。 ふ、と。 口唇に触れる感触に気が付いて、ライトは目を開けた。 視界に映ったのはLの姿だ。 「・・・っ?!」 驚いて飛び起きると、Lが困ったように離れた。 「どうしたんだ?」 「この資料の入ったファイルを忘れたので、取りに戻ったのです」 Lが手にしていたのは、黒い表紙の分厚いファイルだ。 間の抜けた理由ではあったが、嘘ではないようだ。 ライトは困ったように笑ってみせたが、それ以上何も言えなかった。 「どうしたんですか?」 様子がおかしいことをLに気づかれてしまった。 ライトは思わずLから目を逸らした。 また、余計な心配をかけてしまう自分が、いたたまれない。 「・・・夢を、みていたんだ」 「こわかったんですね?」 Lがうつむくライトの頭を優しくなでた。 「仕事中だろ?早く戻れよ」 ライトは溢れそうな涙をこらえて、無理矢理笑ってみせる。 こんなに毎日Lに甘え続けるわけにもいかないのだ。 「今日は早く帰りますからね」 「ご飯作って待ってるよ」 玄関まで見送って、何度も振り返るLに手を振った。 終 |
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2006/05/16 |
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団地妻で10のお題。 |
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