「そこのお客人、ちょっと見てって下さいニャルラ」
あの事件から数ヶ月後――仕事の打ち合わせが長引いた僕は、夜風に当たろうかと徒歩で帰宅していたのだけど、突然、街外れでどこか舌足らずな声をかけられた。
声の方に振り向くと、裏路地の入り口に様々なアクセサリーをテーブルに並べて売っている、街頭露天商があったんだけど……それを見て、僕は絶句した。
「今なら全品三割引ニャルラ」
ミカン箱に座って呼び込みをしている店主が、なんとメイドさん――それも頭部のカチューシャから靴のつま先まで黒一色という、何ともフシギでブキミな姿だったからだ。服装を見る限り女性らしいけど、街灯が逆光になっているので、顔がよく見えない。
「お客人、助けると思って何か買って下さいニャルラ」
好奇心に駆られた僕は、その露天商を覗いて見る事にした。店主の声があまりにも哀れっぽかったのもある。
品揃えはイミテーションの宝石やシルバーアクセサリーが大半で、そこらの露天アクセサリーショップとあまり変わらないようだった。その中に『黒山羊の角』や『銀の鍵』が一山いくらで山積みになっている気がするけど、幻覚だろう。
「何かお勧めはありませんか?」
「それなら、掘り出し物があるニャルラ〜」
店主は嬉しそうに手を叩くと、懐から奇妙な物体を取り出した。
握り拳ぐらいの大きさの、赤い線の入った黒い多面体の宝石だった。材質はさっぱりわからないけど、特に高価そうには見えない。
「『輝くトラペゾへドロン』ニャルラ。輝いてないけど気にしないで欲しいのニャルラ」
「はぁ……お幾らですか」
「100億兆万円ぐらいの価値はあるニャルラ」
「いらないです」
「じゃあ、1000円でいいニャルラ」
「…………」
思い切りがいい店主だなぁ。それとも駄菓子屋のオバちゃんが言う『お釣り10万両』みたいなものなのかな?
「この『輝くトラペゾへドロン』をプレゼントすれば、どんな邪神のハートもゲットできるのニャルラ。誰でもお気軽に『接触者』か『資格者』になる事ができるラッキーアイテムなのニャルラ」
いや、これ以上『邪神』のハートをゲッチュする必要は無いんだけど……僕が世話になってる『邪神』の皆さんが喜ぶなら、プレゼントしてあげるのもいいかもしれない。
「じゃあ、それ下さい」
「ありがとニャルラ」
プレゼント用に丁寧に包装してもらい、意気揚揚と露店を後にした僕は、すぐにあの“黒いメイド”が『接触者』や『資格者』、それに『邪神』という言葉をなぜか知っている事に気付いて、愕然と振り返ったんだけど――あの露店の姿は、影も形も無くなっていた。
さて、この『輝くトラペゾへドロン』を、誰にプレゼントしようかな?