『ひでぼんの書』

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第2部第10話

「残念ながら、雲井氏がリタイアしても、君に対する脅威が減ったとは言い難いだろうな」
 今回は顎鬚がダンディーな老紳士の姿をしているゲルダさんが、“しょごす”さんの煎れた紅茶を飲み干すなり断言した。
「アタシも同意見よねぇ……むしろ日野ちゃんが明確な敵意を見せたって事は、これから容赦無い攻撃が来ると考えた方がイイわよン」
「わ、わぅう……きゃぅん!!」
 ジタバタ暴れる“てぃんだろす”をお人形さんみたいに抱きかかえながら、ボブロフさんが可愛らしく小首を傾げる。あくまで仕草だけは可愛らしく。
 今朝早く、僕の家に視察に来たゲルダさんとボブロフさんに、先日の事件の顛末を詳しく話して、今後の事についてアドバイスを聞いてみたんだけど……残念ながら、あまり安心感を持てる返事は聞けなかった。
 ゲルダさんの見立てによると、雲井氏は『接触者』として勢力的には最弱で、いなくなってもあまり全体に影響は与えないらしい。むしろ、最大の勢力を誇る日野さんが宣戦布告した事が非常にまずいという。先日、“とぅーるすちゃ”神の炎で人間の街ごとン・カイを焼き尽くそうとしたように、目的のためなら手段を全く選ばないタイプ――というより、いかに自分が楽しむかを基準に手段を選択するタイプだからだ。

 あ、ちなみに僕等『接触者』の勢力と言うのは、単純に自分の味方になってくれている『邪神』の数と強さに比例するらしい。
 そういった接触した『邪神』の事を『接触神』と言うんだけど、注意したいのは、単純に出会うだけの『邪神』では『接触神』には含まれなくて、ちゃんと積極的に味方となって手助けしてくれる『邪神』だけが『接触神』に数えられるという点だ。
 ちなみに、そうした面で見た僕の『接触神』の皆さんは、“つぁとぅぐあ”さんに“てぃんだろす”、“しょごす”さんに“おとしご”ちゃんという構成になる。“いたくぁ”さん、“あとらっく=なちゃ”さん、そして“あぶほーす”さんは、常時助けてくれるわけではないので、厳密には『接触神』には含まれないようだ。僕は前者だけならあまり勢力的には強くないけど、後者の3柱を加えると途端に最強クラスになるという、非常に微妙な勢力になっているらしい。
 そして、日野さんは最低でも“とぅーるすちゃ”に“ひぷのす”という2柱の『外なる神々』、“くとぅぐあ”に“らーん=てごす”という2柱の『旧支配者』を味方にしている。これはとんでもなく恐ろしい勢力で、特に『外なる神々』の力を使えば、銀河系の2・3個は軽く滅ぼす事ができるとか……しかも、この『接触神』は、あくまで確認しただけの数で、もっとたくさんいるかもしれないんだよね……ああ、頭が痛い。

「要するに、正面からまともに日野氏と戦っても、絶対に勝ち目は無いという事だ」
「残念ですガ、私もゲルダ様の意見に同意しまス」
 お茶菓子を運んでくれた“しょごす”さんの糸目は、どこか憂鬱そうだった。
 うーん、確かにこのままでは何かとマズイよねぇ……僕自身はただ平和な日常をのほほんと過ごしたいだけなんだけど、向こうはそれで『はい、わかりました』と放っといてくれる筈がない。かといって専守防衛しても、たちまち押し潰されちゃうだろう。
 珍しく真剣に思案する僕に、ボブロフさんがずいと身を乗り出してきた。
「ねぇ、これはあくまで提案の1つだけどォ……龍田川ちゃんと組んでみてはどうかしら? 2人の勢力が合わされば、日野ちゃんともけっこう良い勝負ができると思うんだけどォ」
 そのヒグマみたいな兇貌で、ばっちんと音を立ててウインクしてくれるのだからたまらない。思わず僕は後退りしながら反射的に傾こうとして――
「……それで……みんな同士討ちすれば……万々歳……というわけね……」
 例によっていつのまにか部屋にいる“いたくぁ”さんの声に、はっとなった。
 慌ててボブロフさんがごつい両手を振る。
「や、やぁねェ……そんな事考えて無いわ――」
「確かに、我々にとってそれが一番都合が良いのは事実だ」
 ゲルダさんの眼差しは、身震いする鋭かった。
「ちょ、ちょっとゲルダちゃぁン……」
「しかし、最後に誰かが生き残るのなら、君が最上だと考えているのも、また事実なのだ。我々脆弱な人間が君達に敵対すれば、その瞬間に破滅させられる事は理解している。だが、その上でなお君を利用しようとしている我々の覚悟を、少しでも汲んでくれればありがたい」
「……考えてみます」
 『覚悟』を決めた人間特有の真摯な言葉に、僕はそう答えるのがやっとだった。

 危惧していた事が起こったのは、その日の夜の事だ。
「……う〜、しばれるねぇ」
「わぉおん」
 いわゆる寒の戻りというやつらしく、この時期にしては珍しいくらい寒い。先月頭にしまったコタツを再び出して、僕は“てぃんだろす”と一緒に包まっていた。
「もうすぐお夕食ができますヨ。今日は寄せ鍋にしてみましタ」
 さすが南極出身、寒さなんて全然平気らしい“しょごす”さんが、台所からうれしい言葉をかけてくれた。
「……2ラウンド目から……早くも……おじや……」
 ……まぁ、今更コタツの向かいで勝手に玉露を煎れて飲んでる“いたくぁ”さんの事について、とやかく言うつもりは無いけど。最近、食事時には必ず出現するからなぁ。でも、最近は何かと助けてくれる事も多いので、その点は素直に感謝しよう。あまり調子に乗りすぎてる時は、例によってアナル地獄だけど。
 かりかりかりかり……
「はイ、できましたヨ」
「あぉん!!」
「おおお〜、待ってました!!」
「……ナベ……それは最後のフロンティア……」
 かりかりかりかりかりかりかりかり……
「ポン酢と出汁卵をどうゾ」
「はふ、きゃぅん!!」
「ほらほら、熱いからふーってしないと火傷するよ」
「……ガンフロンティアの……ラスボス戦で……連打して泣いたのは……俺だけでいい……」
 がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり……!!
「一献いかがですカ? “てぃんだろす”ちゃんにはメッコールでス」
「かりかり……わぅん!?」
「ああ、その海老の頭は出汁取り用だから、食べちゃダメだよ」
「……連打すると……難易度が上がるのは……なぜ?……」
 がんがんがんがんがんがんがんがん!!!……がしゃあああああん!!!
「いいかげんに気付けにゃ〜!!!」
 いきなり窓ガラスをブチ壊してきた乱入者に、僕は食べかけの具を吹き出しかけた。

「な、何が起こったの!?」
「わぅん!!」
「珍入者でス!!」
「侵入者だにゃ!!」
「……今のうち……肉を全部頂き……」
 あまりにも突発的な緊急事態に、無感情な1人を除く全員が身構える。あ、一応は僕も。
 謎の乱入者は――ちょっと一言では言い表せないような、珍妙な格好をしていた。
 白くてスリットの入った袖の長いワンピース風の衣装には、様々な色彩の宝石と黄金の装飾が成されていた。足には靴底の厚いサンダル、頭にはコブラの紋章が浮き彫りとなった宝冠、いわゆる古代エジプトの女王様みたいな衣装なんだ。その豪華さは、おそらく腕飾り1つで億単位の価値があるだろう。
 しかし、なにより豪奢で華麗なのは、その中身――驚愕、絶句の果てに陶酔するような少女の美しさだ。歳は14〜5くらいかな。ちょっと気が強そうだけど愛嬌のある顔立ちで、思わず抱き締めたくなるくらい可愛らしい。髪は光沢のあるダークブルーで、肩口でばっさり切り揃えてある。ただ耳の脇だけは長く伸ばしていて、その長さは腰に届くくらいだ。
 そして、何より特徴的なのは――頭のサイドからぴょこんと飛び出したネコ耳と、お尻から長く伸びた、左右に揺れるネコ尻尾!!
 そんな古代エジプト王女様風のネコミミ美少女が、その家宅不法侵入者の正体だ。いや、全然正体は明らかになってないけど。
「えーと、ちょっと『くるくるですぅ〜』って言いながら、その場でスピンしてもらえませんか?」
「何を意味不明な事を言ってるのにゃ!?」
 ……とまぁ、そんな感じの超絶美少女です。
 もう、いいかげん同じパターンばかり続くから、大体想像つくけど、やっぱりこのネコ娘は、『美味しい生贄』である僕を狙ってきたフリーの『邪神』さんか、あるいは日野さんの――
「わらわは“ばーすと”! 日野 エツ子の願いにより、赤松 英の命を貰い受けに来たのにゃ!!」
 あああああ、やっぱりこのパターンか。正解しない方が嬉しかったなぁ。

「ねぇ、やっぱり――」
 溜息を吐きながら皆の方に振り返った僕は――しかし、ある意味信じられない光景を見た。
「ごごごごごご、御主人様!! 危険でス!! マズイでス!! びーでんじゃーでス!!」
 あの“しょごす”さんが、糸目を見開いてガタガタ震えているじゃないか。
「……涙君さようなら……」
 “いたくぁ”さんは、一瞬の躊躇いも無くダッシュで2階に逃げようとしていた。ただ、熱い鍋を抱えて逃げようとしているので、簡単に捕まえられたけど。
「“しょごす”さん、あの妖怪エジプトネコ娘は、そんなに危険なのですか?」
 力無く暴れる“いたくぁ”さんのお尻を抱きかかえながら、僕は“しょごす”さんに尋ねてみた。いささか緊張感の欠落した僕の質問に対して、彼女の返答は緊張が漲っている。
「当然でス!! あの御方は“ばーすと”……『外なる神々』ですヨ!!」
「げ、“あぶほーす”さんや“ひぷのす”さんのお仲間ですか……やっぱり強い?」
「御主人様に分かりやすく表現するなラ、2週目剣王並みでス」
 やばい!! 即死れる!!!
「にゃはははは……わらわの恐ろしさ、思い知ったかにゃ?」
 いや、イマイチそれはよくわかりませんが、とりあえず非常にまずい事態になったみたいだ。まだ何もしてないのに勝ち誇る“ばーすと”さんには、確かに凄まじいまでの“人外の気”とでも言うべき迫力を感じる。見た目がアレなので、あまり緊迫感はないけど。
「にゃはははははははがぶっははははは――『がぶっ』?」
 突然、“ばーすと”さんの高笑いが止まった。よく見れば、彼女の背後に誰かがしゃがんでいる。その時になって、僕は“てぃんだろす”の姿をさっきから見かけない事に気付いた。
 “ばーすと”さんの後ろに回って、そのゆれる尻尾を掴み、嬉しそうに噛みついているのは――“てぃんだろす”!?

「がう、わう♪」
「うにゃぁああああああああ――!!!」
 近所から苦情が来る事間違いなしの大絶叫が、“ばーすと”さんの口からあふれ出た。
「がぶがぶがぶがぶ……わぅん♪」
 “てぃんだろす”は瞳をキラーンと輝かせながら、嬉々として“ばーすと”さんの尻尾に噛みついている。あの楽しそうな表情は、以前、僕の目を盗んで“つぁとぅぐあ”さんの胸やお尻に噛みついていた時と全く同じだった。あーあ、あの子の美味しそうな邪神に対する噛み付き癖は、まだ直ってなかったのか。後でお尻ペンペンだね。
「痛い痛い痛いにゃ〜!! 何をするのにゃ〜!? 離せにゃ〜!!」
 “てぃんだろす”を尻尾につけながら、半泣きの表情で部屋中を跳ねまわる“ばーすと”さん。その姿に、神様としての威厳はカケラも感じられない……
「えーと、ちょっとお聞きしたいんですけど、貴方は本当に『外なる神々』さんですか?」
「その通りにゃ!!」
 タンスの上に避難して、すぐ真下でぴょんぴょん飛び跳ねてる“てぃんだろす”に、全身の毛を逆立てて怯えている姿を見ると、とてもそうには見えないんですけど。
 とりあえず、このままでは話が進まないので、僕は陶酔している“てぃんだろす”を捕まえて、お尻をペンして大人しくさせた。
「にゃふふふふ……ようやく、わらわへの敬意を思い出したようにゃね?」
 “ばーすと”さんは、僕の隣でしゅんとなってる“てぃんだろす”を見ると、とたんに勝ち誇ったように薄い胸を反らして、意味もなく威張り始めた……
……もう少し、噛みつかせておけば良かったかな。

「とにもかくにも赤松よ!! おぬしの命、貰いうけるにゃ!!」
 物騒な台詞と同時に、“ばーすと”さんの周囲に健康に悪そうな漆黒のオーラが出現した。目に見えない殺気がちくちくと僕の肌を刺していく……“しょごす”さんが、ネコジャラシをぱたぱた振るまでは。
「はーイ、こっちですヨ〜」
「うにゃ〜ん♪」
 ゴロゴロ喉を鳴らしながら寝転がって、嬉々としてネコジャラシにじゃれつく“ばーすと”さん……
「えーと、もう一度聞きますが、貴方は本当に『外なる神々』さんですか?」
「……にゃっ!? も、もちろんそうなのにゃ!!」
 はっとしたように咳払いして、すくっと何事も無かったように立ちあがった“ばーすと”さんは、再び僕に剣呑なネコ目を見せた。
「うにゅにゅにゅにゅ……人間にしてはなかなかやるにゃね!? しかし、わらわが本気を出せば、おぬしなどネズミ同然に始末して――」
「……食べる?……」
「わにゃにゃにゃにゃ〜!?!?」
 “いたくぁ”さんが鼻先に突き出した蜜柑の匂いに、“ばーすと”さんは可愛い鼻を押さえながら床を転げまわった。
「あのぅ……くどいようですが、本当のホントに貴方は『外なる神々』さん?」
「と、当然なのにゃ!!」
 その後、“ばーすと”さんは掃除機をかける音を聞かせたり、煙草の匂いを嗅がせたりする度に逃げまわり、ニボシを食べさせたりコタツに当たらせる度にゴロゴロ喉を鳴らして喜んだ。
 数十分後――
「ぜぇぜぇ……さ、さすが幾多の邪神を退けてきただけの事はあるにゃね……人間の分際で『外なる神々』たるわらわをここまで苦戦させるとは、大した奴にゃ」
「…………」

 言いたい事は山ほどあるけど、荒い息を吐きながら汗びっしょりで、豪奢な服もヨレヨレになっている“ばーすと”さんの姿を見ると、どうでもよくなってくる。ちなみに、“しょごす”さんは食事の後片付けの為に台所に引っ込み、“てぃんだろす”は居間のテレビでアニメ番組を見ている。もう、彼女達にとっても、どーでもいいらしい。
「ならば、わらわも奥の手を使うしかないのにゃ……いでよ!!“うるたーるのネコ”!!」
 高らかと宣言する“ばーすと”さん――それと同時に、外から『どどどどど……』というイヤな地響きが聞こえて来た。
 そして――
「「「にゃー!! “ばーすと”様、“うるたーるのネコ”部隊、ただいま参上しました。にゃー!!」」」
 割れた窓から次々と部屋の中に乱入してきたのは……どこかの格ゲーのネコ娘か、どこかのミュージカルみたいに、身体のあちこちからフサフサのネコ毛を生やした、ネコ耳ネコ尻尾の全裸な美少女軍団だった。その数、およそ10体前後。全員、外見年齢もプロポーションも毛並みもバラバラだけど、目を見張るような美少女揃いで、素肌に毛皮だけという姿がとても色っぽい&可愛らしい。ただし――その手には黒光りする自動小銃やロケットランチャー、手榴弾にマシンガン等の凶悪そうな武器があるんだ。
 にゃふふと笑う"ばーすと"さんは、ギロンと僕を睨みつけた。
「さあ、あの幾多の同胞を手篭めにした女の敵を、蜂の巣にしてやるのにゃ!!」
「「「にゃー!! イエス、にゃー!!」」」
 あまりの事態にぽかんと口を半開きにしていた僕も、その“うるたーるのネコ”達が一斉に重火器を僕に向けてきたのには焦った。げげげ、いきなり大ピンチ!? でも――

「……ネコの邪神の……しもべ達よ……とっととお家に……帰りなさーい……」
 “いたくぁ”さんがすっと人差し指を突き出すと、“ばーすと”さんと“うるたーるのネコ”達は、びしっと身体を硬直させて、食い入るように彼女の指を凝視した。“いたくぁ”さんが指を左右に動かすと、それに釣られて彼女達もフラフラと目で追っていく。そして、素早く指を引っ込めて、入れ違いにネズミのオモチャを取り出すと、“ばーすと”さんと“うるたーるのネコ”達が同時に尻尾をぴーんと立てた。最後に“いたくぁ”さんがぱっと手放したネズミのオモチャは、どういう原理なのか勝手に走り出して、居間から廊下にダッシュで消えていく。
「「「「にゃー!!」」」」
 間髪入れずに、ネコ娘軍団はネズミを追いかけて僕達の目の前から消えてしまった……
 うーん、やはりネコはネコか。
「……えっへん……」
「えーと、作戦はアレですが、ありがとうございます」
 無表情で薄い胸を張る“いたくぁ”さんに、僕は軽く頭を下げた。
「ところで、あの“ばーすと”さんとネコ軍団は、どこに――」
「……ン・カイ……」
「……へ?」
「……あそこに送り込めば……ここは安全……さぁ……食後のお茶でも……」
「前言撤回します!!」
 僕は慌てて“いたくぁ”さんを小脇に抱え、Bダッシュで階段を駆け上がり、自室の押入れに飛び込んだ。
 “つぁとぅぐあ”さんが危ない!!……かもしれない!!

 転げるように飛び込んだ暗黒世界ン・カイは、しかし今回は普段と少し様子が違っていた。
 光源の水晶柱以外は闇一色の世界に、白い煙みたいな靄が立ち込めているんだ。
「“つぁとぅぐあ”さん!?」
「……はぁいぃぃ」
 妙にエコーのかかった“つぁとぅぐあ”さんのトロンとした声が、白靄の最深部から響いてくる。よかった、無事みたいだ。
 そして、その中に突撃した僕は――ちょっと予想しなかった光景に遭遇した。
 ちゃぷん、とお湯の跳ねる音が湯気を掻き乱す。ごつごつした岩肌の広がる暗黒空間の中、湯気を書き分けた僕の目の前に、いきなり25mプールぐらいの大きさの、天然温泉が出現したんだ。唖然とする僕の頬を、熱気と湿気が僕の頬をくすぐる。あの白い靄は温泉の湯気だったのか。
「ひでぼんさんとぉ……“いたくぁ”さんもどうですかぁ?」
 その温泉のちょうど真ん中に、気持ち良さそうに入浴している“つぁとぅぐあ”さんの姿があった。白い肌は少しだけ赤く火照り、塗れた髪がしっとりと張り付いている。少し白濁した湯の中に見え隠れする“つぁとぅぐあ”さんの肢体は、普段全裸姿を拝見しまくっている僕ですら、息を飲むくらい美しく、妖艶だ。あああ〜爆乳がお湯に浮かんでるよ〜!!
「な、何をしているのにゃ!? 早くあの食っちゃ寝旧支配者をコテンパンにしてやるのにゃ!!」
「「「にゃー!! ダメですにゃ〜!! 我々は熱いお風呂が苦手なのですにゃー!!」」」
 そして、温泉の周りでにゃーにゃー騒いでいるのは……あのエジプシャンネコ耳王女の“ばーすと”さんと、ネコ耳二等兵軍団“うるたーるのネコ”達だ。どうやら矛先を“つぁとぅぐあ”さんに変えたらしいけど、ネコの悲しさか、熱いお湯の中に入れないでいるらしい。

 その時、“うるたーるのネコ”の1人が、僕を指差して叫んだ。
「にゃー!! “ばーすと”様、いつのまにかターゲットが接近していますにゃー!!」
「にゃにい!?」
 い、いけない、バレちゃった。
 たちまち僕に向かって銃口を向ける“うるたーるのネコ”達。しかし次の瞬間、僕と“いたくぁ”さんの腰に何かが巻き付いたかと思うと、あっというまに温泉の中に引き込まれてしまった。
 ざぶーん!!
 一瞬、視界が熱い白濁に染まる。
 必死にちょっとぬるめのお湯の中から顔を上げた僕は、漫画みたいに口からお湯をピューっと吹き出した。
「……なぜ……私まで……」
 すぐ隣では、同じく濡れ鼠状態の“いたくぁ”さんが、それでも顔色一つ変えないでブツブツ呟いている。
「んんんぅ……湯加減はどうですかねぇ」
 そんな僕達に、お湯の滴る“つぁとぅぐあ”さんが、『にへら〜』と微笑みかけてくれた。
「ええい!! 卑怯者にゃ〜!! お湯の中に逃げるなんてズルイのにゃ!!」
 “ばーすと”さんがホントに悔しそうにじたんだを踏んでいる。なるほど、流石は“つぁとぅぐあ”さん。こうして僕達を助けてくれたのですね。
「……単に……何も考えてない……と思う……」
 動き難そうに“いたくぁ”さんがツッコミを入れてきた。動作がやたら鈍いのは、黒い着物がお湯を吸って重いのだろう。実際、僕も動くのが辛い。幸いなのは、向こうもあたふたしていてなかなか行動を起こさなかった事だろう。
「何をしているのにゃ!? 早く攻め込むのにゃ!!」
「「「にゃー!! そんな事を言うのなら、“ばーすと”様がまず手本を示して欲しいのですにゃー!!」」」
「にゃ、にゃにぃ!?」

 手下の思わぬ反撃に、“ばーすと”さんの身体がぴきっと硬直した。やっぱり彼女にとってもお湯は苦手らしい。しばらく俯いたままぶるぶる震えていた“ばーすと”さんは、やがてくわっと頭を上げると、
「ならば見るがいいにゃ!! わらわの勇姿を、その猫目でしかと焼き付けるがよいにゃ!!」
 気合一発、だだだだだーっと温泉に駆け寄って、ぴょーんと僕達目掛けて大ジャンプ!!
 ざっぱーん!!!
 わぷぷ、熱い湯飛沫を頭から被っちゃったよ。
 で、肝心の“ばーすと”さんは……僕と“つぁとぅぐあ”さんと“いたくぁ”さんを結ぶトライアングルの中心で、仰向けにぷかーっと浮いていた……
「えーと、大丈夫ですか?」
 敵の刺客である事を一瞬忘れて、慌てて抱き起こすと――
「ふにゃあ……お湯はダメダメなのにゃぁ……」
 “ばーすと”さんは瞳をぐるぐる回したまま、再び力無くお湯の中に沈んでいく。
「あらあらぁ……大変ですねぇ」
 今度は“つぁとぅぐあ”さんの髪の毛が、彼女の小柄な身体をそっと支えた。そのまま優しく腕の中に抱き寄せる。
「のぼせてしまったのですねぇ……介抱しましょうかぁ」
 “つぁとぅぐあ”さんに浮かぶ笑いの種類が変わった。『にへら〜』としたのんびりな微笑みから、地獄の女魔王のように、威厳ある妖艶な笑みに。
「ふにゃああああ……ああぁ……ああっ……あっ」
 両足首を掴んで、頭頂部が湯面に触れるギリギリの高さに、“ばーすと”さんを逆さに持ち上げた“つぁとぅぐあ”さんは、スリットの入ったロングスカートの中に頭を入れた。やがてピチャピチャと何かを舐め啜る音が淫靡に響き、同時に“ばーすと”さんが切ない声を漏らす。
「うにゃぁあ……や、やめるの…にゃあ……おまえ…ごときにぃ……にゃはぁん!」
 さすがは“つぁとぅぐあ”さん、舌技も天下一品だ。“ばーすと”さんは逆さ吊りのまま身悶えして、甘い声を漏らし、快楽の涙を流した。そして――

「にゃぁあああああ……」
 めくれたスカートの間から顔を出した秘所から、噴水のように香ばしい黄金水が噴き出した。それがしたたり落ちる直前、“つぁとぅぐあ”さんのセクシーな唇が尿道口に蓋をして、ゴクゴクと音を立てて飲み干していく。
「――んぱぁ……お風呂でオシッコしてはぁ、いけませんねぇ」
 “つぁとぅぐあ”さんは長い舌で唇をぺろりと舐めた。恐ろしいくらい艶然に。
「「「にゃー!! ボスがあられもない姿で陵辱されてますにゃー!!」」」
「「「にゃー!! 早く助けましょうにゃー!!」」」
 そんな“ばーすと”さんの艶姿に、周囲の“うるたーるのネコ”達が慌てて銃口を“つぁとぅぐあ”さんに向けるんだけど、ちょうど“ばーすと”さんが盾になる形となっているので、手が出せないでいる。
 その足元に、濡れた焦げ茶色の髪の毛が忍び寄った。
「「「にゃー!?」」」
 次の瞬間、一瞬にして“うるたーるのネコ”達は温泉の中に引き込まれて――
――主と同じように、ぷかーっと浮かぶ事となった。よ、弱い……やっぱりネコじゃ駄目だよなぁ。トラやライオンならともかく。
「……はにゃああ……あん! ふにゃぅぅぅ……」
 そうしている間にも、“つぁとぅぐあ”さんの責めは止まらない。髪の毛で全身を亀甲縛り状に拘束された“ばーすと”さんを、髪の毛触手が小さなピンク色の乳頭をキュっと縛り、限界まで引っ張り伸ばす。ネコ耳の中やうなじ、腋の下、背筋におへそ、太ももからふくらはぎ、そして足の指の間まで、あらゆる性感帯を何百本もの髪の毛が這い回り、くすぐり、徹底的に愛撫する。
「にゃあん!!……そ、そんな…とこぉ……!!」

 全身を縛られてる為に悶えたくても震える事しかできない“ばーすと”さんの秘所にも、次から次へと魔性の髪が侵食する。くるくると数十本が捻れた髪の即席バイブがアヌスに突き刺さり、腸の奥へ奥へと潜り込み、本当に小さなクリトリスに絡みついた髪が、上下左右に揺り動かしながら引っ張ると、“ばーすと”さんは声も出せずに全身を振るわせた。左右に広げられたピンク色のラビアはお湯と愛液とさっきのオシッコでしっとりと濡れていて、細い髪の束が何十本もつつくようにヴァギナをくすぐり、尿道口に挿入された髪が激しくピストンする。
「……にゃはぁああ……あふっ!! はにゃう!! にゃ、にゃ、にゃああ……ぅん!!」
 快楽のあまり、金魚のようにパクパクと開く口の中に“つぁとぅぐあ”さんが指を差し出すと、“ばーすと”さんは無我夢中でペロペロと舌を這わせ、濃厚な擬似フェラを開始した。
「あぁん……ザラザラして気持ち良いですねぇ」
 淫魔の女王も尻尾を巻くだろう淫靡な表情で、“つぁとぅぐあ”さんはお返しとばかり“ばーすと”さんの頬をぺろりと舐めた。
 ううう……見ている僕もたまらなくなってきたぞ。『人外の淫靡』に支配されてきた僕は、必死に獲物を探そうとしたけど……“つぁとぅぐあ”さんは“ばーすと”さんとお楽しみ中だし、“うるたーるのネコ”達は気絶中だ。うーん、“つぁとぅぐあ”さんに爆乳を借りて抜いちゃおうかな……
「……こそこそ……」
 そこで、僕はコソコソ逃げ出そうとしている“いたくぁ”さんを素早く捕まえた。襟首を掴まれた“いたくぁ”さんは、相変わらず無表情のままで必死にジタバタともがいている。
「……はなせ〜……変態アナルレイプマン〜……」
「人聞きの悪い事を。これは“つぁとぅぐあ”さんを危険な目に合わそうとした罰です」
 湯船の縁を掴ませて、目の前にお尻を向けさせる。黒く濡れた着物の裾をめくり上げると、小さいけど肉付きの良い、すべすべプルプルな白いお尻が顔を出した。美味しそうな尻肉に思わず頬擦りすると、濡れた肌が柔らかな感触を存分に伝えてくれる。お湯に浸かった為に、いつも以上に柔らかくなっているらしい。

 では、早速――
「……ふひゃん!?……」
 ぞくぞく〜っと背筋とお尻を震わせる“いたくぁ”さん。キュっとすぼまるアナルがとても可愛い。
「……な……何を?……」
「なんでしょうね?」
 とぼけながら僕は、再び綿棒で“いたくぁ”さんのアヌスの皺を撫でた。その度に彼女はアヌスをすぼめて背筋を反らし、面白いくらい反応してくれる。この綿棒はただの綿棒じゃない。“しょごす”さんに調合してもらった特殊な消毒用アルコールを染み込ませているんだ。いわば剥き出しの粘膜であるアナルにこれを付けると、あまりの刺激と冷気に飛び上がるという寸法だ。あまり大量に粘膜に塗りつけると、人間ならショック死してもおかしくないくらい強力な消毒用アルコールは、アナルがとことん弱い“いたくぁ”さんにとっては天国と地獄を同時に味合わせてくれるだろう。
「……ふひゃあ……はうぅ!!……ひゃあん!!……熱ぅ……ぃい!!……」
 アヌスの皺を1本1本、数えるように丁寧に綿棒で撫でて、薬液をたっぷり染み込ませる。口では嫌と言いながらも、“いたくぁ”さんのアナルはパクパクと呼吸するように口を開いて、しっかり感じてくれている。そろそろ頃合かと感じた僕は、つぷっと綿棒を彼女のアヌスに突き刺して、そのままクチュクチュと磨くように往復させた。
「……んぁあああ……ああああああぁああああっ!!!……」
 ビクビクっと“いたくぁ”さんの全身が痙攣する。震えるアヌスからぬぷっと抜いた綿棒は、薬液と腸液でねっとりと濡れていた。

「たっぷりイったみたいですね。じゃあ、次は僕をお願いします」
「……はぁ……はぁ……はむぅ!?……」
 “いたくぁ”さんの体の向きをくるりと変えると、僕は上気した彼女の頬に勃起したペニスをぺちぺちと押し付けた。イヤイヤして抵抗する頭を押さえ付けて、無理やり口の中に含ませる。
「……はふぉぅ……んぱぁ……はぐぅぅ……」
 小さな“いたくぁ”さんの口では、僕のペニスを半分咥えるのが精一杯みたいだ。僕はイラマチオ気味に彼女の頭を動かして、少しでも快楽を高めようとする。
「……はふぅ!?……んはぁああ……あむぅ!!……」
「ッ!?」
 突然、“いたくぁ”さんが僕のペニスを甘噛みした。何事かと思ったら――
「にゃあ……美味しそうなお尻ですにゃあ……」
「にゃあ……甘くて柔らかくて歯ごたえもありますにゃあ……」
「にゃあ……アソコもヌルヌルで舐めがいがありますにゃあ……」
「にゃあ……アナルがキュって舌を絞めますにゃあ……」
 なんとグロッキー状態にあった“うるたーるのネコ”達が、うっとりとした表情で“いたくぁ”さんのお尻を嬲っているじゃないか。その蕩けそうな顔付きは、彼女達も僕と同じように『人外の淫靡』に当てられている事を意味していた。
「……ああぁああぁ……ざらざらがぁ……ざらざらがぁ……お尻……をぉ!!……」
「ほら、ちゃんと舐めて下さいよ」
「……んふぅ……」

 ……っと、僕の方もそろそろ限界が近いかな。“うるたーるのネコ”達にちょっと待ってもらって、再び“いたくぁ”さんの向きを180°変える。彼女のお尻は“うるたーるのネコ”達のザラザラな舌で散々弄ばれて、可哀想におサルみたいに真っ赤に腫れていた。痛そうだなぁ……でも、遠慮せずに一気にアナルへ挿入する。
「……はぁああああぅあああ――!!……」
 嬌声の入り混じった絶叫を漏らす“いたくぁ”さんのアナルの中は、相変わらずたまらない気持ち良さだ。ヌルヌルの柔らかいゴムみたいな微妙な感触が、僕のペニス全体を痛いくらいに絞めてくれる。僕は彼女のお尻を破壊する勢いで激しく腰を叩きつけた。
 そして――
「……はぁああっ!……ぁぁ……あ……ああぁああああ――!!……」
「ううっ!!」
 大量のザーメンを腸の奥に放つと同時に、“いたくぁ”さんも再び絶頂を迎えた。
「……あはぁ……あうぅ……ひどぃぃ……」
 温泉の縁に寄りかかって、半泣きのまま絶頂の余韻に浸る“いたくぁ”さんのお尻から、ずるりと湯気の立つペニスを引き抜く。ぱっくり開いたままのアナルから、白濁液がトロリと溢れ出た。
「「「にゃー!! 我々のオモチャを勝手に取らないで下さいにゃー!!」」」
「「「にゃー!! 我々はまだイってないのですにゃー!!」」」
 僕も射精の余韻に浸っている最中、“うるたーるのネコ”達がにゃーにゃー騒ぎ出した。なるほど、ネコだけにレズビアンなんだね。
「あー、はい、どうぞ」
「……え?……」
 僕はあっさり“いたくぁ”さんを彼女達に引き渡した。
「……え……あの……ちょっと……」
「「「にゃー!! たっぷり鳴かせてあげますにゃー!!」」」
 うーん、ネコなのにタチとはこれ如何に。
 10人近い“うるたーるのネコ”達に弄ばれてる“いたくぁ”さんを見ながら、僕はそんな感想を抱いていた。
「……薄情者〜!!……」

 一方、“つぁとぅぐあ”さんと“ばーすと”さんの方では――
「……うにゃあ……はうぅ!! ……にゃうん……ぺろぉ……」
「んふぅ……ザラザラの舌がぁ……牙が差さってぇ…気持ち良いですよぉ」
 相変わらず髪の毛で亀甲縛りにされている“ばーすと”さんが、赤子みたいに“つぁとぅぐあ”さんの乳首に舌を這わせ、しゃぶりまくっていた。その間にも、髪の毛でできた擬似ペニスが“ばーすと”さんの秘所を絶え間なく嬲っている。
「“ばーすと”さぁん……ボクの髪は気持ち良いですかぁ?」
「にゃふぅん!! いいっ! イイにゃああ!!」
「ではぁ、ボクも気持ち良くして下さいねぇ……」
「……ふにゃっ!?」
 “ばーすと”さんのお尻でふりふり揺れる長い尻尾が、“つぁとぅぐあ”さんの手に優しく、しかししっかりと掴まれた。そのまま尻尾の先端を、“つぁとぅぐあ”さんの秘所に導いて――
「うにゃあああん!!」
「んんっ……はあぁん」
 お湯の中で“つぁとぅぐあ”さんと“ばーすと”さんの身体が同時に跳ねた。“ばーすと”さんの尻尾が、“つぁとぅぐあ”さんのヴァギナに深々と突き刺さり、彼女の手に導かれて激しいピストンを繰り出しているんだ。“つぁとぅぐあ”さんはともかく、“ばーすと”さんまで官能の波に悶えているのは、あの尻尾もペニス同然に感じるからか。
 そして――
「はあぁ……あぁん!!」
「イクっ! イっちゃうにゃあああああ――!!」
 2人は抱き合いながら同時に達して、白濁したお湯の中に沈んでいった……
 ……って、溺れないで下さいね?

「ふにゃー!! もうイヤにゃ〜!! やってられないのにゃ〜!!」
「「「にゃー!! 我々はそれなりに楽しめましたにゃー!!」」」
 十数分後――事が終わって解放された“ばーすと”さんは、地面にぺたんと座り込んでにゃーにゃー泣き出した。
「……泣きたいのは……こっちっス……」
 視界の隅では、四つん這いでお尻を押さえてこちらを睨む“いたくぁ”さんがいるけど、あえて無視する事にしよう。
「あの女にコキ使われるのにも、もう飽きたにゃ!! みんな、ブバスティスのお家に帰るにゃよ!!」
「「「にゃー!! イエス、にゃー!!」」」
 “ばーすと”さんの宣言に、“うるたーるのネコ”達が自動小銃やライフルを掲げて答える。
 ……え?
 その言葉に、僕はピンと来た。
「ち、ちょっと待ってください。“ばーすと”さんは、日野さんにお願いされて刺客として来たんですよね? 自分が言うのも何ですが、帰っちゃって良いんですか?」
「そんな事はどうでもいいのにゃ。わらわはわらわの自由意思であの人間に手を貸しただけにゃ。見捨てるのもわらわの自由意思なのにゃ」
 その言葉を捨て台詞にして、“ばーすと”さんは“うるたーるのネコ”達を引き連れて、闇の中に消えてしまった……
「また遊びに来てくださぁい……お風呂を用意してますねぇ」
 のほほんと彼女達を見送る“つぁとぅぐあ”さんを呆然と見上げながら、しかし僕は全く別の事を考えていた――

「あの“ばーすと”神を撃退した!? それは本当なの? 赤松 英……!」
 お冷にお代わりを注ぎ入れながら、ウェイトレス姿の龍田川さんは驚愕と疑念の声を漏らした。
 “ばーすと”さんと“うるたーるのネコ”が襲撃に来た翌日、僕は“てぃんだろす”と“しょごす”さんに“いたくぁ”さんを連れて、シーフードレストラン『ギルマンハウス』――龍田川さんの店に顔を見せに行った。休戦協定でかなりの金額を渡したにも関わらず、店はあまり変わり栄えしていない。彼女の話によると、あのお金はほとんどダゴン秘密結社本部に上納されてしまったとか。今も『ギルマンハウス』は、大勢の“でぃーぷわん”ちゃん達が元気に働いている。
「“ばーすと”神は『外なる神々』なのよ? 先日私が襲われた時は、“くとぅるふ”様達の力を借りて、命からがら逃げ出すのが精一杯だったのに……」
「……その時、日野さんの姿はありましたか?」
「ええ……私達が逃げ惑う姿を見て、高笑いしていたわよ。あの女、つい数日前まではあたしの協力者の振りをしていて……騙されたあたしが間抜けだったわね」
 下唇を噛んで悔しがる龍田川さんの姿を見て、僕は脳裏に浮かんだ仮説を確信しつつあった。
「龍田川さん、これはあくまで仮説なんですが……」

 ――今まで僕の目の前に現れて、僕に襲いかかってきた『邪神』には、大きく分けて2つのタイプがあった。1つは、襲いかかると言っても冗談半分みたいで、エッチしたり苛められただけですぐに諦めて帰ってしまうタイプ。もう1つは、本気の本気でマジ殺しに来るタイプだ。その両者の違いを分けるものは何なのか――それはひょっとして、自分と『接触』した人間が側にいて、その人間の直接指示で襲いかかるタイプの『邪神』は、後者が多いのではないだろうか? もちろん例外も多いから絶対にそうだとは言えないけど、龍田川さんと最初に出会った時はあんなに怖かった“だごん”さん達が、2度目の襲撃の際には、龍田川さんが目の前から消えたら、結局いつもと同じパターンで撃退できた。あの“ばいあくへー”さんも、雲井氏がいない時は僕を何度も助けてくれた事から考えて、けっこうこの仮説は当たっているのではないだろうか?
 なぜ、『邪神』達がそんな行動を取るのか? それは人間の僕にはよく理解できない。でも、これはあくまで仮説だけど、『邪神』さんにとって、人間なんて本当にどうでもいい、塵芥にも過ぎない存在であって、美味しそうな人間を見つけたり、『接触者』のお願いがあっても、他の『邪神』と喧嘩してまで相手にするものじゃないと考えているのではないだろうか。無論、自分と接触した『接触者』がすぐ側にいる時は、一応は指示に従うけど――

「――つまり、『接触者』が側にいない時、実は『邪神』はあまり怖くないのではないでしょうか? もちろん、こちらも用心棒代わりの『邪神』が側にいる事が前提ですが」
「……突拍子も無い考えね」
 さすがに龍田川さんも、僕の仮説には絶句したみたいだ。
「でも……考慮する価値はあるかもしれない」
 顎に手を当てる龍田川さんの視線が鋭くなっていく。
「つまり、こういう事ね……日野 エツ子がいない時に、あの女の『接触神』を襲えば、比較的容易に撃退する事ができるかもしれない……」
「そういう事です」
 そう、これが彼女との圧倒的な戦力差を覆す事ができるかもしれない、現在思い付く唯一の手段だ。
「――そして、それをあたしに伝えに来たという事は……」
 龍田川さんの瞳に、妖しい光が宿る。不敵に、華麗に、そして美しく。
「はい、僕と手を組んで、一緒に日野さんの『接触神』を退治する手助けをして欲しいんです」
 ボブロフ氏の言葉を思い出しながら、僕ははっきりその言葉を口にした。
 日野さんは、何の前触れも無く“ばーすと”さんという超強力な『邪神』を送り込んできた。つまり、彼女は何の遠慮も遊びもなく、本気で僕を殺しに来ているという事だ。
 『倒さなければ、こちらが殺される』
 そんな状況に追い詰められてしまったら、いくら僕でも懐刀を抜かざるをえない。
 追い詰められたネズミの牙の鋭さを、彼女に思い知らせてあげよう。

「…………」
 龍田川さんは、無言で周囲を見渡した。
「わぅ、わわん!」
「フフフ、ソンナ事ガアッタノカ」
 隣の席では、“てぃんだろす”と車椅子にちょこんと腰掛ける――普段はこの姿らしい――“おとぅーむ”さんが、楽しそうに談笑している。
「その肉を煮込む時間は――」
「――ちょうどこのソースを和える時間と同じよ」
「ふむふム、勉強になりまス」
 コック姿の“だごん”さんと“はいどら”さんに、“しょごす”さんが料理を教わっている。
「ふん、今度は負けませんわよ」
「……何度やっても……同じ事……」
 大量の紅茶と緑茶をテーブルに並べた“ぞす=おむもぐ”さんと“いたくぁ”さんが、懲りずにお茶の飲み比べを始めている。
 そして、龍田川さんは頷いた。
「いいわよ。あの女を倒すまでの間、協力してあげる」
 差し出された手を、僕はしっかり握り返した。
「日野 エツ子……あの女に、一泡吹かせてあげましょう!!」

 続く


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