僕はあまり他人を恨んだ事が無い。
いや、もちろん人並みに誰かを嫌ったり、敵意を向ける相手と喧嘩ぐらいはした事があるけど、基本的に僕は小心者で無用なトラブルはできるだけ避けようとする、挑戦心とは無縁な性格だからだ。ある意味、根性無しと言われても仕方ないかもしれない。
しかし、今、僕は、生まれて初めて『殺意』のレベルまで他人を恨んだ。
雲井 明――“そいつ”が再び僕の前に出現していた。
「ほう、そんな目ができるとは意外だな。もっとヘタレで腰抜けの根性無しだと思っていたぜ」
……本当に言われちゃったよ。しかも3倍増しで。
コケそうになる意思を総動員して、僕は思いっきり迫力を込めて相手を睨んだ。
人間じゃないとはいえ、あの“ばいあくへー”さんをあそこまで虐待できるなんて、同じ人間という種族として許せない。この男をどうにかしないと、僕は恥ずかしくて“つぁとぅぐあ”さん達に顔向けできない気がするんだ。
「御主人様、ぼーっとしてないで下がってくださイ!」
「わん、わぉん!!」
……ガンを飛ばしていたつもりだったんだけどなぁ。
すかさず“しょごす”さんと“てぃんだろす”が僕をかばうように、雲井氏とその背後に控える“らーん=てごす”さんと“ひぷのす”さんの前に立ち塞がった。あ、ついでに人質になってる日野さんの前にも。
「ついでなんてヒドイです〜!!」
泣き叫ぶ日野さんの首筋を、“らーん=てごす”さんが鋭い爪先でつい、と撫でた。それだけで、彼女は短い悲鳴を漏らして崩れ落ち、“らーん=てごす”さんに支えられながら気絶してしまった。
雲井氏があの嘲笑的な目で僕を睨む。
「言うまでも無いだろうが、余計な事は考えるなよ赤松。さもなければこの女の命は――」
「言うまでも無いと思いますガ、日野様を人質にしてモ、私とこの子には何の意味もありませんヨ」
「わ、わぅん?」
「ちょ、ちょっと“しょごす”さん、そんな乱暴な……」
「御主人様、こういう場合は相手に弱みを見せてはいけないのでヨ。たとえ本心は別としてもでス」
「……そういう台詞は、相手の前で口に出さない方がいいと思いますけど」
「ソ、そうでしタ……でモ、私の場合はあながち嘘ではありませんかラ」
“しょごす”さんの淡々とした脅しにも、雲井氏は動揺の気配なんて欠片も見せなかった。
「そうか、じゃあそっちを人質にしよう……“ばいあくへー”!!」
「!!」
次の瞬間、背後から伸びてきた機械と腐肉が融合した触手が、一瞬にして僕の体を雁字搦めに拘束した。
「“ばいあくへー”さん!?」
し、しまった。あいつに気を取られて、彼女の存在を一瞬失念しちゃってた。
『……動かないで。抵抗しなければ、今すぐ殺される事はないから』
僕にだけ聞こえるように物騒な台詞を言う“ばいあくへー”さん。その不気味でおぞましく、そして悲しそうな響きに、僕の抵抗の意思はたちまち萎えてしまう。まるで僕が彼女を苛めているみたいな気がするんだ。
「……だめだ、もう降伏しよう」
僕はかろうじて動かせる片手を振って、降参の意を伝えた。
「御主人様!?」
「あぉおん!!」
「そうだ、無駄な抵抗は止めるんだな。どのみちショゴスロードとティンダロスの猟犬では、この戦力差は埋められねぇよ」
しばらく雲井氏を睨んでいた“しょごす”さんと“てぃんだろす”も、やがてがっくりと肩を落とす。
もう……ダメだ。
雲井氏の勝利の哄笑を、僕達は呆然と聞いていた。
「……さて、これからお前をハスター教団に連れていって、盛大におもてなしする所だが……その前に」
突然、雲井氏が“しょごす”さんの巨乳をメイド服の上から鷲掴みにした。
「――あッ」
ワンテンポ遅れて、“しょごす”さんが甘い声を漏らす。雲井氏はそのまま強引に彼女の身体を抱き寄せた。
「俺はあんたみたいなタイプが好みなんだ。どうだ、あんなマヌケな奴は捨てて、俺の女になれよ」
「ミ、見損なわないで下さ――ああうッ!!」
気丈な顔で目の前の男を睨もうとする“しょごす”さんだけど、右手で形の良い巨乳を揉み潰され、背中に回した左手でお尻を撫でられると、たちまちその息が荒くなって、糸目をトロンと綻ばせていく。
トホホ……しっかり感じちゃってるじゃないですか。“しょごす”さぁん……
「言っておくが、少しでも余計な事をしようとすれば、その瞬間、あの男の命はないぜ」
“しょごす”さんの耳たぶを甘噛みしながら、雲井氏はささやいた。
「がるるるるるる……」
“てぃんだろす”が四つん這いになって雲井氏に唸り声を上げる。いや、それは彼に無抵抗のまま愛撫されている“しょごす”さんに向けられた物なのかもしれない。でも……
「きゃうん!?」
妖艶な美貌の半分を銀の仮面で隠した美女――“ひぷのす”さんが、背後から素早く“てぃんだろす”を抱きかかえた。ジタバタ暴れる“てぃんだろす”を、虹色のマントで自分ごと包むと――
「ひゃうん!! わうぅ……ぁあん!!」
今度は“てぃんだろす”が甘い声を漏らし始めた。そのマントの中でどんな行為が行われているのか、首から下をマントで隠された“てぃんだろす”は、瞳を潤ませながら肌を上気させて、切なそうに悶えながら嬌声を放っている。
「なんやなんや、何もできへんのはウチだけやないか。損な役目でごわすなぁ……」
腕の中でぐったりと気絶している日野さんを藪睨みしながら、“らーん=てごす”さんが唇を尖らせた。
そして――
「あぉおおおおおおん……!!」
一際大きな悲鳴にも似た嬌声を上げて、仰け反るように天を拝んだ“てぃんだろす”は、そのままカクンと失神してしまった。
“ひぷのす”さんが虹色マントを振り払う。
ぱふっと床に崩れ落ちた“てぃんだろす”は、いつのまにか全ての服を脱ぎ捨てられていて、まだビクビク震えるペニスから射精したザーメンで自分の下腹部を白く染め、女性器からはこぽこぽと愛液とオシッコを垂れ流していた。
ど、どんな事をされたのだろう?
「んはぁ……はむぅ…美味し…んんぅ」
ぴちゃぺちゃと卑猥な音が響いた。
「し、“しょごす”さん?」
見れば、“しょごす”さんが雲井氏の前で膝を付き、剥き出しになったペニスをうっとりとした表情でパイズリしているじゃないか。その豊かな乳房の間に勃起した肉棒を挟み、左右の乳肉で擦り合わせるように刺激して、突き出た亀頭をアイスキャンディーのようにしゃぶる……あああ、何だか寝取られたみたいでとっても悲しいぞ。
「うぉおお……いいぞ、よし、ケツを向けろ」
「ふふフ……はイ、どうゾ」
言われた通りに前屈みの姿勢でお尻を向けた“しょごす”さんは、ゆっくりとじらすようにメイドスカートをめくり上げた。ガーターベルトだけで下着を着けていない“しょごす”さんの秘所が丸見えとなる。何の愛撫もされていないのに、しっとりと濡れたそこに、雲井氏はいきなりペニスを突き刺した。
「んぁあああア!! ソ、そんナ…いきなリ……はぁああァ!!」
「オラオラ!! ガンガンいくぜ!!」
宣言通りにガンガン腰を叩きつける雲井氏。その動きの激しさは明らかに常軌を逸していた。おそらく“しょごす”さんの『人外の誘惑』に支配されているのだろう。
そして――
「うぉおおおおおお――!!」
獣のような雄叫びと同時に、雲井氏は“しょごす”さんの中に放って――
ずるり
「――っな!?」
いや、射精する直前に“しょごす”さんは雲井氏から離れたんだ。射精寸前の状態で爆発しそうなペニスが、容赦なく“しょごす”さんの美味しそうなお尻から抜き取られる。当然ながら、生殺し状態の雲井氏は吼えた。
「お、おい! まだ終わって――」
「いいエ、終わりましたヨ」
一瞬にしてメイド服を着直した――というより、原形質の身体をメイド服状態にした“しょごす”さんは、糸目を妖しく歪めた。
「時間稼ぎは終わりましタ」
その時、押入れが内側から爆発するように開いた。同時に中から飛び出したのは、蠢く焦げ茶色の髪の束と、黒い着物姿の無表情な美少女“いたくぁ”さん。そして体操服にブルマ姿の――まだセーラー服は直ってないらしい――“あとらっく=なちゃ”さん。それに灰色のフレアスカートを広げた超絶美少女“あぶほーす”さんまでが降臨したんだ。
「なっ!? ば、ばかな、何時の間に!?」
慌てて“ひぷのす”さんと“らーん=てごす”さんの側まで離脱した雲井氏は、心の底から動揺しまくっている。
「あの子と“つぁとぅぐあ”神に頼まれましたの……ふぅ、あまり手間をかけさせないで下さいな」
ブルマ姿でも妖艶な雰囲気を崩さない“あとらっく=なちゃ”さんの視線の先には、“つぁとぅぐあ”さんのものらしい焦げ茶色の髪の束と――それに包まった“おとしご”ちゃんの姿があったんだ。
そこで初めて、僕は自分の手首から黒いミサンガが消えている事に気付いた。
そうか、この危機的状況で“おとしご”ちゃんが出現しないのが疑問だったのだけど、誰にも気付かれずにこっそりとン・カイへ救援を求めに行っていたのか。さすが“おとしご”ちゃん、ナイス判断だよ!
「まったク、どうせならもっと上手にして欲しかったでス。感じる演技するのが大変でしタ」
小馬鹿にしたような“しょごす”さんの台詞に、雲井氏はここまで聞こえるくらい強く歯軋りした。
「“いたくぁ”神に“あとらっく=なちゃ”神、それに“あぶほーす”神だと……馬鹿な!! お前達に赤松を助ける義理は無い筈だ!!」
「……ヘイ……無いっス……けど……」
「“つぁとぅぐあ”神に頼まれましたの。我々には我々の義理というものがあるのよ。人間のそれとは異質の概念ですけど」
「…………」
「お……おおお……おのれェェェ!!!」
雲井氏の瞳の色が変わった。明らかな狂気の色だ。
「“ばいあくへー”!!奴を殺せ!!」
背筋の凍るような命令――そうだ、まだ僕の生殺与奪権は、彼女に握られている。
『…………』
「どうした!?早く殺せ!!」
でも――“ばいあくへー”さんの触手は動かなかった。動かなかったんだ。
『……命令を拒否します』
「なっ……なぜだ!?」
『……今、赤松氏を抹殺すれば、その瞬間に雲井様も八つ裂きにされるでしょう。冷静になって下さい』
「う、う、五月蝿い!!肉便器風情が俺に逆らうな!!言われた通りに――」
「……もういいわ。あいつ、用済みね」
その時――僕の耳に聞き覚えのない声が届いた。
いや、正確に言えば、発音そのものには記憶がある。違和感を感じたのは、その声の主が、そんな発言をするとは思えなかったからだ。
まさか――
どしゅ!!
身の毛のよだつような音が、部屋中に轟いた。
「……が…ぁ……ぁあ……はぁ…」
驚愕の表情で固まった雲井氏の口から、ゴボゴボと音を立てて赤黒い血が零れ落ちる。その胸の真ん中から、血塗れの手首が生えていた……“らーん=てごす”さんの手首が!!
「わ、わぅ!?」
「これハ……」
「あら、面白い」
「…………」
「……14行き?……」
僕は声も出せなかった。
ずるり、と嫌な音を立てて、“らーん=てごす”さんの血に染まった手が抜き取られる。糸の切れた人形みたいに、床に崩れ落ちた雲井氏の向こうには――
「どこまでも使えない男ね……ほんと、それに相応しい死に方だわ」
“ひぷのす”さんにロープを解かれた日野さんが、ふてぶてしいまでに不遜な態度で、雲井氏を見下ろしていたんだ。
あの日野さんが――!?
「……ば…か……な……裏切っ…た……の…か……お前……達ッ……!?」
全身血塗れになりながらも、体を起こそうとする雲井氏の驚愕と憎悪に満ち満ちた眼差しは、日野さんの左右に控える“らーん=てごす”さんと“ひぷのす”さんに向けられている。
「裏切ってなんかいないわよ。初めから“らーん=てごす”神と“ひぷのす”神は、私と『接触』した邪神だったの。私の指示で、あんたに仕えているように見せかけていただけなのよ』
「……な……に…ぃ……?」
「あんたは最初から“はすたー”神と、その奉仕種族の“ばいあくへー”としか『接触』していなかったわけ。ホントに馬鹿よねぇ……“はすたー”神は人間の為に自ら動くような神じゃない。唯一あんたの味方だった“ばいあくへー”を、そんな風に虐待するなんて」
「……ぁ…ぁあ……」
『…………』
「もう少しあんたが利口に動いてくれたら、私ももう少し甘い汁を吸えたのに……ま、もういいわ。あんたの役目は終わりよ。早く死んでちょうだい」
「……ぉ………ぉ……」
「何よ、あんたは薄汚い悪役でしょ? 悪役は悪役らしく、惨めに泣き叫びながら、見苦しく死になさい」
「…………」
それで人を殺せるくらい殺意を込めた視線を、日野さんに向けていた雲井氏は、やがてゴボリと大きな血の塊を吐いて――そのまま永久に動かなくなった。
「…………」
あまりの事態に、僕は頭の中が真っ白だった。信じられない光景が立て続けに起きて、何が真実で何が偽りなのかも分からなくなっている。そんな僕の意識を現実に戻したのは、日野さんが鬱陶しそうにトレードマークのぐるぐる眼鏡を外した事だった。
なんて綺麗な――そして冷酷そうな眼差しなんだろう。彼女が牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけていたのも当然だ。あんなに美しく、そして邪悪な美貌を素で外に晒していては、周囲の人間が怯えてしまい、まともな日常生活を送るのは不可能に違いない。
「……どういう事なんですか、日野さん」
僕はようやく、その一言を搾り出せた。
「説明する必要はないでしょ? これが本当の私。あんたや雲井は私に騙されて、まんまと手の平で踊ってくれたわけよ。本当はこのままあんた達を同士討ちさせるつもりだったんだけど、あのバカが自惚れたおかげで、計画がぶち壊しになったわ」
そういう事か……僕の知る気弱でオドオドしていた日野さんの姿は、全て他の『接触者』を騙すための演技だったんだ。おそらく、雲井氏や龍田川さんにも、同じように自分が無害な仲間だと思わせていたに違いない。
「……さて、このままあんたを始末してやりたいけど、『外なる神々』が一柱、『旧支配者』が三柱もいては戦力的に不利よね。ここは退散させてもらうわ」
億劫そうに肩をすくめる日野さんを、“ひぷのす”さんが虹色のマントで包んだ。そのまま“らーん=てごす”さんも一緒に足元がどんどん薄れていく。
「あら、そう簡単に逃げられると思って?」
“あとらっく=なちゃ”さんの右手が、グロテスクな外骨格状の鉤爪に変貌する。しかし、それを見ても日野さんは余裕そうだった。
「いい事教えてあげる。先日、あんたにン・カイを案内してもらったでしょ? その時、あそこにちょっと細工をさせてもらったわ」
ぞわり、と背筋の産毛が逆立つのを覚えた。暗黒世界ン・カイに仕掛けを?
……“つぁとぅぐあ”さんの住処に!?
「壁の大穴から外を見てごらん。ちょうど見える時間よ」
彼女の言葉通り、僕は大穴の外を見て――そこで信じられないものを見た。
緑色に輝く美しい――そして恐ろしい巨大な火の玉が、遥か上空に浮かんでいるんだ。どれほど巨大な火球なのか、相当に距離が離れている筈なのに、それは満月以上の大きさで空に浮かんでいる。しかも、それは少しずつ――しかし目に見えてはっきりと大きくなっていく!!
「あたしがン・カイにした細工は、簡単に言えば誘導灯よ。あの『緑の火焔』“とぅーるすちゃ”神の炎を送り届ける為のね」
日野さんと“ひぷのす”さん、“らーん=てごす”さんの姿は、もうほとんど消えかけていた。
「安心しなさい。“とぅーるすちゃ”神の炎は、ほとんどがン・カイに送り込まれるから、地上世界はあんたの家から半径数キロが消滅する程度で済むわ。ン・カイがどうなるのかは……説明するまでもないね。『外なる神々』の炎、絶対に防ぐ事は不可能よ」
最後に盛大な高笑いを残して、日野さん達は虚空に消えてしまった……
「きゅぅん……」
“てぃんだろす”が不安そうに僕の足元に寄って来た。でも、そんな目で見られても、僕にはどうしようもない。
「直径400km前後の火球ですネ。まともに地球に落ちると仮定するなラ、地球ばかりか太陽系の火星公転半径まで完全消滅するでしょウ」
“しょごす”さんも実に物騒な予想をしてくれた。
「また面倒な事をしてくれますわね」
「……75被害点……」
「…………」
みんな特に慌てたりしないのは、完全に諦めたのか、この脅威から逃れられる手段を持っているのだろう。それに頼れば、僕も助かるに違いない。でも、ここで僕の家が消滅して、ン・カイへの入り口が消えてしまったら……
……もう、二度と“つぁとぅぐあ”さん達に会えなくなってしまう!!
なんとかしなくては……でも、どうすればいいのだろう? あの火の玉を消す事ができるのなら、僕が頼まなくてもとうの昔にこの場の誰かが実行している筈だし……
……あ、そうだ!!
僕はポケットのふくらみを思い出した。『銀の鍵』があったんだ!! “ばいあくへー”さんの話では、夢の世界に渡る資格のない僕でも、この鍵から力を借りれば一度だけどんな願いもかなえる事ができるという。それであの火の玉を消してしまえば――
『……駄目よ』
背後からの恐ろしく、おぞましい声がポケットに進む僕の手を止めた。
『……“世界変革”の力を持つ鍵を、こんな即時的な危機に使ってはいけないわ……ここは私に任せて』
そして、その声の悲しさに、僕ははっとした。まさか……
「あの火球を止める事ができるんですか?」
『……可能よ』
僕は少しずつ不安になってきている。彼女の声が、どんどん悲しい響きに聞こえるからだ。
「止めてくれるのは嬉しいですけど……まさか自分の身を犠牲にするなんて事はないでしょうね!?」
“ばいあくへー”さんは笑った。明るい笑い声だった。そう、悲しいくらいに明るく。
『……そんな古臭いパターンに倣う気はないわ。自己犠牲も最近流行らないしね。大丈夫、私は死なないから』
蒼い、蒼い、蒼い――果てしなく蒼い光が、カーテン越しに部屋の中へと差し込んだ。僕の人生において、今後これほど美しく、そして悲しい輝きを見る事は二度とないだろう。
蒼の光が、世界に満ちて――
『……ごめんなさい』
――消滅した。
「“ばいあくへー”さん!?」
僕は愕然とベランダに踊り出た。いない。“ばいあくへー”さんの姿は何処にもない。
「わぉん!」
“てぃんだろす”が僕のズボンを引っ張って、上空へと促した。そこには――
「――っ!?」
遥か天の高みに、蒼き光球が昇っていく。その先には、巨大な緑色の火球が迫りつつあった。
そして、蒼と緑の光が交錯して――
(……ごめんなさい)
青緑色の光の粒子が、四方八方に爆発した。
「ば、“ばいあくへー”さん!?」
きらきらと輝く光の粒が、雪のように天から舞い落ちてくる。それは地面に触れると儚く消えていった。
「……『“とぅーるすちゃ”神の炎』の反応消滅を確認しましタ」
“しょごす”さんの口調はひどく重い。僕は形振り構わず彼女に掴みかかった。
「“ばいあくへー”さんはどうなったんですか!?」
「……それハ――」
ドサッ……
その落下音に、僕の背筋は凍りついた。
振り向きたくない。でも、振り返らずにはいられない。
そして、そこには――半分溶解した金属性の翼の破片と、申し訳ばかりにこびり付く焦げた腐肉だけがあった。
「…………」
僕は無言でへたり込んだ。頭の中でキーンという音が延々と響いて、何も考えられない。
以前、これと同じ感覚を味わった事がある。高校入学の朝、父が目の前で車に轢かれた時だ……
(……ごめんなさい)
最後の“ばいあくへー”さんの、恐ろしく、不気味で、おぞましく、そして悲しい声――それだけが、蒼い光の雪の中、頭の中で何度もリフレインしていた――
「――という事があったんですよ」
「まぁ……それは大変でしたねぇ」
翌日、“つぁとぅぐあ”さんに供物を捧げに行った僕は、昨日の事件の顛末を話していた。
「“ばいあくへー”さんも酷いですよね。自己犠牲なんて流行らないとか、古臭いパターンは嫌だとか言ってて、あんな事をするんですから。まったく、謝るくらいなら初めからやらなければ――」
柔らかく、暖かく、優しい感触に僕は包まれた。
「ボクには人間の感情はよくわかりませんがぁ……」
僕をそっと抱き締めた“つぁとぅぐあ”さんの手が、優しく頭を撫でる。
「泣きたい時はぁ……思いっきり泣いた方がいいと思いますよぉ」
僕は言われた通りにした。
――さらに翌日、珍しい事に“あぶほーす”さんに呼ばれた僕は、“おとしご”ちゃんの案内で、暗黒世界ン・カイの最深部へと案内された。何の用なのかはさっぱりわからないけど、先日の件でお礼を言いたかったから、僕にとっても丁度いい。
奥に奥に進むにつれて、光源代わりの水晶の柱も数が少なくなり、先導する“おとしご”ちゃんの手に掴まらないと、真っ直ぐ進めないくらいになってきた。
やがて、ついに光源が無くなり、文字通り世界が暗黒に包まれようとしたその時――まばゆい輝きが、世界に満ちた。いや、実際はほんの少し明るくなっただけなんだけど、そう錯覚するくらい、輝くように美しい美少女が視界に飛び込んで来たんだ。
レースにフリル、オーガンジーを多用した灰色のゴシックロリータ風ドレスは、フレアスカート部分が異常なまでに長く、床に広がる様はまるで灰色の泉のように見えた。短く切り揃えた銀髪と、物静かに沈思するような落ちついた顔立ちは、驚愕を通り越して戦慄するくらい美しい。
どちらかといえばアダルトで成熟した大人の女性が好みな僕でも、一瞬で幼児愛好者に鞍替えしそうな超絶美幼女――“あぶほーす”さんだ。
「……ええと、僕に何の用でしょうか?」
ミサンガ状態に戻った“おとしご”ちゃんに、手首をきゅっと締められて、僕は我に帰って“あぶほーす”さんに話しかけた。どうやら、たっぷり十数分間は見惚れていたらしい。
「…………」
“あぶほーす”さんは、相変わらず無言、無表情のまま、スカートの中から何かを取り出した。その際、触手のような物が見えた気がするけど、忘れよう。
それよりも、取り出されたものを見て、僕は絶句したんだ。
溶解しかけた機械の翼と、焦げた肉片――思わず目を反らした。昨日、“つぁとぅぐあ”さんに慰められた悲しみが、再び僕の心を侵食し始めて――
「…………」
しかし、その言葉を聞いて、僕は思わず“あぶほーす”さんのスカートを踏みしめながら、彼女に猛烈な勢いで詰め寄った。
「“ばいあくへー”さんを再生させる!? 本当ですか!!」
「…………」
「え? 再生じゃなくて生まれ変わり? あと、スカート踏むな? そんな事はどうでもいいです!! 本当に彼女が生き返るのなら、ぜひお願いします!!」
「…………」
「以前の“ばいあくへー”が甦るわけじゃない? 新たな生命として転生させるだけ?……それでもいいのかって?」
沸騰していた頭の中が、急速に冷めていく。
「……それは……」
“ばいあくへー”さんが生き返る――それは嬉しい。本当に嬉しい。
しかし、以前の彼女がそのまま甦るわけではないらしい。それに、本人に承諾を得たわけではない、僕の勝手な行動だ。そんな事をしても、彼女は全く喜ばないかもしれない。僕が『銀の鍵』で彼女を復活させないのも、そう皆に諭されたからだ。
でも――
「……お願いします。“ばいあくへー”さんを生き返らせて下さい」
僕は自分のわがままを押し通す事にした。これはきっとエゴだろう。でも、僕は彼女に悲しみ以外の感情を与えたいんだ。
「…………」
“あぶほーす”さんは微かに頷くと、再びスカートの中に翼と肉片を戻した。その際、ばりばりむしゃむしゃごくんと何かを咀嚼する音が響いた気がしたけど、幻聴という事にしよう。うん。
「…………」
「え? 今から復活を手伝えって? はい、それはもちろんOKですが……何をすればいいのですか?」
「…………」
「はぁ、“あぶほーす”さんとSEXしろと……って、なにィ!?」
さすがに僕は驚いた。少しはこの展開を予想もしたけど。
彼女とセックスするって……あんな幼い彼女とできるのか!? あ、“おとしご”ちゃんや“つぁーる”&“ろいがー”ちゃん達とはできたか……
……いやいや、そういう事じゃなくて。
ひょっとして、僕と“あぶほーす”さんの間に生まれた子供が、転生した“ばいあくへー”ちゃんだとか!?
「…………」
「少し違う? 産んだ子供が転生体なのは確かだけど、僕とのSEXはただのきっかけであって、全然関係無い? はぁ……でも、なぜ“ばいあくへー”さんを生き返らせてくれるのですか? いや、もちろん有難い事ですが」
「…………」
今度は何も話してくれなかった。まぁ、きっとこれも人外の存在特有の、人間には全く理解できない異次元の思考によるものなんだろう。
「…………」
「早く始めよう?……わかりました。では――」
僕は身を屈めて“あぶほーす”さんのお人形さんみたいに可憐な顔を正面から見つめた。そのまま彼女に吸い込まれるように、自然に唇を合わせる。色素の薄いピンク色の唇をついばむようにキスして、本当に小さな舌先をチロチロと舐め合った。手の平に感じるマシュマロのように柔らかな頬と、甘い銀髪の感触が心地良い。指先でみみたぶをくすぐるようにマッサージして、伸ばされた舌を唇で咥えると、“あぶほーす”さんの大きな黒目がちの瞳が、徐々にうっとりと潤んでくるのがわかる。
「…………」
「ほら、もっと声を出していいんですよ」
少しずつ息を荒げる“あぶほーす”さんの胸を、ドレスの上からそっと揉む――いや、撫でる。揉めるほどの大きさが無いんだ。このままではあまり面白くないので、僕は彼女のドレスを脱がそうと――
「……えーと」
脱がそうと――
「……どこかにチャックかボタンは……」
脱がそうと――
「…………」
見かねたらしい“あぶほーす”さんが自分の肩に手を当てると、魔法のようにドレスがスカートを残して床に落ちた。素肌の上に直接着ているらしく、一糸纏わぬ上半身があらわとなる。雪のように白く銀のように艶やかな裸身は暗黒の背景に栄えて、息を呑むような美しさだ。ほとんど純白に近い薄桃色の乳輪が可愛らしい。
「…………」
「ほら、気持ちいいですか?」
腕じゃなくて手で抱えられるくらい、“あぶほーす”さんの体は小さくて幼い。僕は彼女の腋の下を両手で掴み、ゲーム機のコントローラーを操作するみたいに、親指で小さな乳首をクニクニと押し潰した。親指の腹に本当に小さな乳首が少しずつ固くしこってくるのが感じられる。“あぶほーす”さんは泣きそうな表情でイヤイヤしながら、僕の胸に顔を埋めて快楽の波に耐えているようだった。
「では、そろそろ……」
幼いながらもしっかりと自己主張した乳首から手を離した僕は、“あぶほーす”さんの背中に手を這わせた。背筋を指先でツツーっと撫でると、ぞくぞくっと震えながら僕の首元に齧り付いてくれる。そのまま僕は彼女のスカートの中に上から手を差し込んで、お尻を愛撫しようと――
「――!?!?」
名状し難い異次元の感触が、僕の手を襲った。身体中が総毛立った次の瞬間、しかし僕の手の平には、すべすべとした手触りの良いお尻の感触がある……
……えーと、さっき僕は何を触ったんだろう?
「…………」
「え? 気にするな?……わ、わかりました」
言われた通りに気にしない事にして、僕は“あぶほーす”さんのお尻を存分に味わった。ほとんど脚の延長みたいに肉付きの無いお尻だけど、その分柔らかくてすべすべしている。僕は思う存分尻肉を揉みまくり、指に食い込む感触を満喫した後、お尻の割れ目に指を運んだ。
「…………」
ぎゅっと僕の胸にしがみ付く“あぶほーす”さん。1本も皺のないアヌスをクリクリと撫でて、スジ状の性器を指先で開く。クリトリスも膣口もまとめて1本の指で愛撫できるくらい幼い性器だ。たまらない背徳感が僕の心を侵食する。サラサラだった秘所の感触は、だんだんニュルニュルとなり、今はクチュクチュと指全体を濡らしていた。
「…………」
「もう、入れて欲しい? では、さっそく……」
僕の方もそろそろ限界が近付いていた。さっそく“あぶほーす”さんのスカートをめくろうと……
……って、このスカート大き過ぎるよオイ。今も広げたスカートの上に乗って彼女を愛撫しているくらいだ。さて、どうしようか……?
「…………」
「え? そこで横になれ? は、はぁ……」
彼女に言われた通りに仰向けに寝転がる。いつのまにか僕の下半身は剥き出しになっていたけど、そんな事はどうでもいい。
すっ――
「え?」
驚いた事に、僕の下半身だけが灰色のスカートを擦り抜けて、中に潜り込んでしまったんだ。さすが人外の存在。どういう原理かはさっぱりわからないけど、物体透過なんて朝飯前なんですね。
そして、“あぶほーす”さんは僕の真上に移動すると――すとん、とそのまま腰を落とした。
「――!?!?」
声の無い絶叫が僕の口から凄まじい勢いであふれた。快感と呼ぶには強烈過ぎる衝撃が、僕のペニスを――いや、僕の下半身全体を襲ったんだ。これは気持ち良いなんて生易しいレベルじゃない。この快感はあまりに危険過ぎる。そのまま発狂してもおかしくはないだろう。
大体、この感触はセックスのそれとは全然違うぞ!? 下半身全体をウネウネグチョグチョニュルニュルグチャグチャした『何か』で包み、凄まじい勢いで蠢いているんだ。スカートの中に隠れた今の僕の下半身は、どんな状態にされているんだろうか? いや、それ以前に“あぶほーす”さんの下半身は、一体どんな姿なんだ!?
ただ――恐ろしいほど気持ちいい。ただひたすら気持ちいい。あまりに気持ちが良過ぎて、いつ射精しているのか全くわからない。おそらく、ずっと射精しっぱなしなんだろう。
「…………」
“あぶほーす”さんも、可憐な顔を上気させた女の表情で、快楽を貪っているようだ。彼女が騎乗位の体位で上下する度に、切ない吐息がどんどん熱くなっていく。
そして――
「…………ッ!!」
幼い身体とオソロシイ下半身を震わせて、“あぶほーす”さんは絶頂を迎えた……らしい。その時、僕はすでに意識とSAN値を完全に失っていた……
「……はっ!?」
まるで頭に水をぶっかけられたような勢いで、僕は気絶から目覚めた。意識とSAN値を回復した僕は、よろよろとよろめきながらも何とか身体を起こそうとして……
……またへたりこんだ。
下半身がまるで綿みたいだ。しばらく休まないと1歩も動けないだろう。
「…………」
そんな僕の様子を、いつもの無表情に戻った“あぶほーす”さんが、無感情に見つめている。さっきまでの痴態が嘘のような落ち付き振りだ。
でも――
「えええっ!?」
僕は目を見張った。“あぶほーす”さんの灰色のドレス姿の下腹部が、ぷっくり膨れているからだ。ひょっとして……もう御懐妊なんですか? それにしても……幼女妊婦って……何だか今までで最大級に背徳的な姿ですね……
「えーと……とにかくおめでとうございます」
「…………」
「え? 数ヶ月後には産まれる!?」
そうか……また彼女に会えるんだね――!!
12年後――成長した彼女とその仲間達によって、再び『邪神』達を巻き込んだ大騒動が起こるのだが――それはまた別の物語である。