第五章「運命の女神は、突然に」

俺は、その後、みんなと一緒に地元の中学に上がった。そこで、クラスの悪がき連中が、エロ話を嬉しそうにしていた。
オナニーのやり方を皆に教えていた。「チンポの皮をな、剥いたり戻したりずっとやってると気持ちよくなるんだぞ」
と偉そうにみんなに言ってきたせた。セックスについても偉そうに講釈をたれていた。
連中は「はめっこ」という言葉をつかっていた。
俺はそのとき、自分と愛美ちゃんがやっていたことは「はめっこ」なんだと気がついた。それから、興味をもって、
家にあった百科辞典で性用語を調べ始めた。
芋づる式に、セックス、性交、射精、自慰、オーガズム、前戯、妊娠、中絶など、性に関するありとあらゆる言葉を覚えた。
何回も何回も同じ項目を調べたので、百貨辞典の性用語の載っているページはうすく線がついてすぐわかるようになった。
愛美ちゃんとすべてを経験尽くしていた俺にとっては、オナニーとかオマンコとかいって喜んでるクラスメートが、
限りなく子供に見えた。でもオナニーに関して言えば、自分もその頃やったのが初めてだった。
今までオナニーなんて考えたことも無かった。オナニーでも同じようにいけるということはわかったけど、
恐ろしく空しいことのように思えた。でも年齢的に、性欲の一番強い時期、俺も人並みに、
エロ本その他、エッチなものに興味をもって友達とエロ本を友達と回し読みしたりした。
一年生も2学期になる頃には、俺の心の傷もかなり癒されてきた。
もう、嫉妬ではらわたが煮えくり返るような気分になることもなくなっていた。
もう、胸がくるしくなって、天井を見つめて、ため息をつくことも無くなった。もう遠い過去の事のようにおもえていた。
記憶の中の愛美ちゃんの顔が、色あせた古い写真の中のイメージのように見えた。

でもその頃からか、俺は、愛美ちゃんの夢を時々見ることがあった。夢の中ではいつも近所を一緒にを手を繋いで歩いていた。
夢の中の愛美ちゃんは、すごく優しかった。そして目が覚めると、夢だった事に気がつきがっかりした。
夢の中の可愛い愛美ちゃんを思い出して胸がキューンと痛んだ。
中学2年生になっても、愛美ちゃんの夢を時々見た。でも自分で愛美ちゃんはもう死んだんだと思い聞かせるように努力した。
俺は、だんだん、普通の中学生と同じような精神状態に戻っていた。実はこの時期、友達のお姉さんとエッチしたり、
それはそれで話の種になるような、エロいことが幾つか起こったんだけど、
直接今のストーリーに関係ないので、とりあえずここでは割愛させてもらう。

三年生になったばかりのある日、俺にとって、信じられないことが起こった。いつものように昼休みクラスメートと、
廊下で溜まって話をしていると、向こうからなんか見覚えのある女の子が歩いてくる。
数秒後に「えっ?ウソだろ?」と心の中で叫んでいた。愛美ちゃんに似ていた。
髪型は違うし(ショートカットではなく長い髪をポニーテールにしていた)、
体つきもかなりかわっていたが(胸が発達して大人の女性のようだった)、動きが何回も夢に見た愛美ちゃんそのものだった。
俺はみんなの輪を離れて、彼女の前に躍り出た。彼女は気がつかない振りをして、視線をそらせて通り過ぎていってしまった。
でも一瞬彼女の顔に浮かんだ戸惑いの表情を俺は見逃さなかった。
家に帰ってから、父親に、その事を話した。「ああ、そうだよ、愛美ちゃんところまたこっちに戻ってきたんだ。」
となんでもない事のようにいった。それを聞いて俺の心はまた激しく揺れ動いた。心臓がバクバクと音を立て始め、
呼吸が速くなるのがわかった。「愛美ちゃんがもどってきた」「例の和也という中学生とはどうなったのだろうか?」
考えはじめると嫉妬心が頭をもたげて、また心の古傷が疼いた。俺は決心した。もういちど愛美ちゃんと会って話をしようと。
前みたいな仲に戻れなくたっていい。このまま一生喧嘩別れしたままで口をきかないというのはあまりにも悲し過ぎると思った。
俺は、次の日、休み時間に二年生の教室を回って歩いた。どの教室にも彼女はいなかった。
あきらめて自分の教室に戻りかけたところで、トイレから出てきた彼女に出くわした。

俺は、勇気をだして、「愛美ちゃん」といった。彼女はびっくりしたようにこっちを見た。
俺たちは廊下の真ん中で向かい合っていた。心臓がドキドキなっていた。空白の時間がすぎていく。
2年生が俺たちの方を興味ありげにジロジロみながら通り過ぎていく。
あの小学校から来た生徒は全体の4分の1しかいなかったので俺たちの事を知っている子は少なかった。
俺はそこから、なんて切り出して言いかわからなかった。
昨日からさんざん頭のなかでリハーサルしてきたのに頭のなかは真っ白で台詞が浮かんでこなかった。
始業ベルが鳴った。俺はとっさに、「放課後、会える?」ときいた。彼女は、困ったような顔をしてだまっていた。
「何組?」と聞くと、彼女は「2組」と答えた。俺は「じゃあ、あとで行くから待ってて」と一方的にいって分かれた。
その日は、一日中彼女のことばかり考えて、授業は上の空だったことは言うまでも無い。
俺は、あまた頭の中で何を言うのかずっと考え続けていた。愛美ちゃんが待っててくれるかどうかもわからなかった。
放課後、彼女のクラスにいくと、教室の端の方の机に、愛美ちゃんがぽつんと一人で座っていた。
他にはだれもいなかった。俺は、扉を後ろ手で閉めると、彼女の方に近寄っていった。
彼女は不安そうな顔をして、俺の方をみていた。彼女のところまでくると、俺は彼女の前の席に座った。
おれは、心臓がバクバクドキドキして痛いほどだった。
俺は、まずリハーサル通り「こんにちは」といった。実際に言ってみると、なんか間の抜けた感じだが、
彼女もそれにこたえて「こんにちは」といった。彼女の視線は、机の上にあった。

「久しぶり」と俺が言うと、
「うん」と愛美ちゃん。それから、俺は一生懸命一日中考えていた台詞をいおうとした。
「愛美ちゃん、僕さ・・・」といいだすと、彼女は、
「リョウ君、もう何にもいわないで。もう終わったことだし。私が悪いのわかってるし、
 なに言っても許してくれないってわかってるから」
「・・・・」
おれは、なんか出鼻をくじかれて、次にどう言葉を繋げていいか困っていると、
愛美ちゃんは、俺の方を見て、
「リョウ君、元気だった?」と、助け舟を出してくれた。
「うーん、まあね・・・・愛美ちゃんは?」
「私は、うーん、わかんない・・」とまた視線を落とした。
「あのさ、なんていったっけ、あの男の子」
「和也君?」
「うん、まだ、仲良くしてるの?」俺は、表向きは平静を装っていたが、実は、
心の中は嫉妬心で胃がよじれるような気分だった。彼女は間髪いれず、
「ううん、あの後すぐ別かれた」といった。
この意外な返答に、俺は、一気に落ち着きを取り戻した。
「ええ?」
「なんか、あの子、すごく嫌になったの。」
「なんで?仲よさそうだったじゃん」
「うーん、そうなんだけど・・」
「・・・」
「なんか、リョウ君にすごい意地悪だったでしょ?」
「うん」
おれは頷きながら、あの、ちょっと格好をつけた憎たらしい顔を思い出していた。
また、内臓をギュウと捻られるような気分になった。
「リョウ君がすごく可愛そうだった」
「・・・・」
おれはなんて応えていいかわからずに黙っていた。
「私がまんできなくて、後でいろいろ言ったら喧嘩になっちゃって・・」
「そうだっんだ」
「信じてくれないかも知れないけど、あの時も、私、リョウ君すごい好きだったから」
「でも、あいつも好きだったんだろ?」
「うん、でもちょっと違ったの」
「・・・」
「なんかリョウ君の悪口ばっかりいうから、私、リョウ君の方が好きだってはっきり言ったの」
「・・・」
「そうしたら、怒っちゃって、それから私にもいろいろ嫌がらせしてきた」
「そうか」
「なんかそれで、一気に嫌いになっちゃった」
俺は、この予想外な話の展開に少しびっくりしたのと同時に、嬉しくて仕方がなかった。
急に全身にエネルギーがみなぎってくるのがわかった。
スーパーヒーローが、やってきて、いじめっ子を、こてんぱんにやっつけてくれたような、
なんともいえない爽快感を味わっていた。
「わたし、東京に行ってからさ、寂しかったから、お友達もいなかったし」
「・・・」
「あの子が親切にしてくれたの。なんかお兄さんみたいな感じで」
「・・・」俺は無言で頷きながら彼女の話を聞いていた。
「でも最後、なんかあんなると思わなかった」
「そうか、知らなかった」と俺がいうと、
「手紙にも書いたと思うけど・・」といって俺の顔をみた。俺は、読まずに捨ててしまった手紙の事を思い出した。
「ああ、あの手紙・・・・あれ、読まないで捨てちゃった」
愛美ちゃんは驚いたような顔をして
「ウソー、ひどい」というと、愛美ちゃんは俺の顔をにらんだ。
俺は、一瞬、いい訳を考えようとしたけど、正直に本当の事を言った。
「ごめん。だって、耐えられなかったんだよ」
「・・・」
「僕さ、愛美ちゃんの書いた宛名を見るだけでさ、あいつの顔を思い出しちゃってさ」
「・・・」
「なんか、心臓が引き裂かれるような気持ちになってさ、毎日、苦しくてため息ばっかりついてた」
「ごめんね、本当にごめんね、私なんていっていいか・・・」彼女は下を向いた。
「いいよ。もう終わったことだしさ、忘れようよ」
「うん・・・でも、わたし・・・・嬉しい、またリョウ君と話ができるなんて」
このときの愛美ちゃんは本当に嬉しそうな顔をした。俺は可愛いなと思った。
「わたし、またこっちに来るってわかったとき、リョウ君に会ったらどうしようってそればっかり考えてた。」
「・・・・」
「あっても、無視されるだろうなって・・・」
おれは、すこし心に余裕が出てきて
「でも昨日、そっちが無視したじゃん」と意地悪くいった。
「うん、私なんか恐かったの」
「何が?」
「まだ怒ってんだろうなと思って」
「おれ、そんな顔してた?」
「わかんないけど、なんて言っていいかもわからなかったし」
そして、「ふー」と大きく息をすると、愛美ちゃんはうれしそうにニッコリ笑って
「でもよかった。リョウ君まえと変わってなくて」といった。
「僕はもっと早く大きくなりたいたけどね、僕だけいつまでも子供みたいでさ」
「でも、ちょっとおっきくなったんじゃない。」といって、愛美ちゃんは俺の足の先から頭のてっぺんまでながめた。
「うん、そうかも、でも愛美ちゃんは随分変わったね、最初だれだかわかんなかった」
「私も大きくなった?」
「ていうか、ちょっと太くなったんじゃない?」
「いやだあ、もう、気にしてんだから」
「それに、すごいじゃん」といって、俺は自分の胸の前に両手を持ってくると、大きなおっぱいの形に動かした。
子供の頃から肉付きの良かった彼女は、女性的な肉のつき方をして、さらにムッチリ度が増していたけが、
特に2年間のうちに胸は良く発達して、セーラー服が窮屈に見えるくらいになっていた。
「えっちー」といってい愛美ちゃんは俺のおでこをポンと叩いた。俺は、嬉しくて仕方が無かった。
愛美ちゃんとこんな風に喋れる日が来るなんて、つい二日前まで思っても見なかったのだから。
思えば俺は、その前の二年間、愛美ちゃんの事を自分の心の中から消そうといつも努力しつづけていた。
ほんの30分ほどの間に、俺たちは、以前ののりを取り戻しつつあった。驚異的だった。
俺は、ぽんぽんと軽い会話を交わしながら、大人の女性になりつつある愛美ちゃんに新たに魅了されていた。
二人の会話がふと途切れたとき、俺は愛美ちゃんの目を見ていった。
「愛美ちゃん・・・」
愛美ちゃんは恥ずかしそうに
「なあにぃ?恥ずかしいじゃん、そんな見たら。なにぃ?」
俺は、本当は「好きだよ」、といいたかったけど、なんか気恥ずかしていえなかった。
「うん、なんでもない」といってごまかすと、
「なによう、いいかけて」と追及してきた。おれは、かわりに、
「僕さ、よく愛美ちゃんの夢を見てた」といった。
「えー、ほんとう?私も」
「エーどんな夢?」
「リョウ君が先に言って」
「うん、大した事ないんだけどさ、・・・」といってから、俺は自分の夢の話をした。
「へー」
「それだけ。面白くないでしょ。はい、今度、愛美ちゃんの番」
「私のはねえ・・・ちょっと言うの恥ずかしい。やっぱやめる」といって恥ずかしそうな顔をした。
「ずーるい、僕は教えてあげたじゃん」
「うーん、じゃ言う。私のはね、リョウ君とね、・・・海で『変なこと』してるの」と恥ずかしそうにいった。
俺は、そのとき「変なこと」というすっかり忘れていた言葉を久しぶりに聞いて、心が騒いだ。
なんか股間がムズムズとしてきた。俺は
「『変なこと』って、どっちがエッチなんだよー」とわざと意地悪そうにニヤニヤして見せた。
彼女はニコっとしたあと俺の目をじっと見て、
「リョウくーん・・・・」というと急に思いつめたような顔をした。そして
「わたし、今日ね・・・」といって、視線を落とした。
「今日どうしたの?」と俺がきくと、
「わたしね・・・わたしね・・・」といって声を詰まらせた。
彼女は、机の一点を見つめているようだった。俺はすこし待った。彼女の体が小刻みに震えるように見えた。
俺は、彼女の顔を覗き込むようにしてみた。俺の視線に気がついて、俺の方を見た彼女の目に涙がが浮かんでいた。
俺が「え?泣いてるの」と思った瞬間、彼女の口元がギュウと歪んで、わーっと泣き出した。
俺は、立ち上がると、彼女のそばに行って、彼女を抱きしめてあげた。彼女は泣きながら、
「ごめんねー・・・・・リョウ君・・・・本当にごめんね・・・・・リョウ君」
とそれだけを何回も何回も繰り返した。
「いいよ・・・わかったから・・・もういいよ」
という俺の目からも、涙がこぼれた。彼女の涙で俺の学生服の前が濡れた。
彼女はしばらく俺の胸でしゃくりあげるように泣きつづけた。

そのときに不意に、ガラガラという音とともに、入り口の戸が開いて、男子が数人入ってきた。
俺たちに気がつくなり、「おっとー」「ヤバイヤバイ」「なんか、なっちゃってるよ」と口々にいった。
俺たちは、あわてて離れた。彼女はあわててセーラー服の袖手で涙をぬぐって鼻をすすりながら笑った。
俺は、愛美ちゃんの手をとると、驚きのまなざしで俺たちを見ている、2年生を尻目に、教室を出た。
俺たちは、外に出ると、校舎と校舎の間を通って、学校の外にでた。生徒が、門の周りに何人かたまっていた。
俺たちは、無視して、あてもなく、ただ、人のいないほうへ向かって歩いていった。

歩きながら愛美ちゃんは俺に聞いた。
「リョウ君って、付き合ってる子とかいるの?」
俺の頭にある女のこの顔が一瞬浮かんだが、すぐかき消した。2年生の時にちょっとした事があった。
でもその時点では付き合っているという状態ではなかった。俺は
「ううん、いないよ。愛美ちゃんは?」と聞き返した。
愛美ちゃんは何の躊躇もなく、
「私もいないよ。だってこっちに来たばっかりじゃん」といった。
そのあと俺たちはしばらく何も言わないで歩いていた。でもお互いに何を言いたいのかわかっていた。
俺たちは、畑の間の細い道を歩いていた。周りには誰もいなかった。
しばらくして、愛美ちゃんがぽつりといった。
「わたし、また前みたいにリョウ君と仲良くしたいな」。俺は
「うん、僕も」といった。俺たちは立ち止まってどちらからともなく抱き合った。
そしてお互いの唇を求め合った。2年半ぶりのキスだった。俺たちはお互いの舌を絡めあった。
これでもか、これでもかというように、絡めあった。俺は、行き先を失って、さまよっていた俺の魂が、
やっと、帰るところを見つけたような、安堵感を味わっていた。
俺は愛美ちゃんのつぶった目からツーっと一筋の涙がこぼれ落ちるのを見た。
このときほど、愛美ちゃんが愛おしいと思ったことはなかった。俺はこのとき世界中で自分が一番幸せ者だと思った。

 

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