+ Meteor +



Short short log -01-

「ひぁッ……!」

お城の炊事場にまさかのアイツ。茶色くて、不気味なくらいに表面がテカテカ光ってて、音も立てずに面を恐ろしい速度で移動するアイツが、ついに時空間を歪めた特殊領域に存在するこのお城にまで進出してきた。いや、奴だってこんな特異な場所にやってくることになろうとは露ほどにも想像していなかっただろうけれど。

当然、不測の事態なわけで……奴に対処できるような道具などここにはひとつも備えていなかった。奴は僅かな水だけでもゆうに数日は生き延びられるのだと、朝市のおばちゃんが言っていたことを今更思い出す。飲用の水に美味しい食材まで豊富に揃えられたこの部屋はきっと天国だったろう。それも今日で終いにしてやる。でも……でも、私には戦いの手段がない。何とかその姿だけは逃さないよう瞬きすら惜しんで目を見開いて、手の先で木箱の中を懸命に探るとちょうど良い太さの棒が手のひらに収まったではないか。神様は私を見放さなかったのだ!神様ありがとう、と心の中で精一杯の感謝を述べ一気に引き抜く。その手に握られていたのはやたら長さだけは立派な茄子だった。

「そんなっ……!」

喜びから一転して襲い来る絶望感は一層堪えるものがある。今日の神様はうんと悪趣味だ。けれどハリのある身を持つ茄子なら、奴に叩きつければ多少は効くかもしれない。いつだって希望を忘れてはいけないのだ。もし当たればその茄子は当然、食べられなくなるけれど……奴を仕留める為ならば、茄子には生贄になってもらうしかない。哀れな茄子、生まれ変わったら今度こそ美味しく料理して胃袋に入れてあげるからね!奴に狙いを定めて一気に茄子を振り下ろそうとした、その時。

「……茄子など握って何をしている、
「……ぁ……ダオスさ、ん……?」
「お前のマナが激しく揺らいだ故、魔物にでも襲われたかと駆け付けてみたが」
「……ごめんなさい……あれを、退治、したくて……」

切れ長の青い瞳が、振り上げた茄子の先を真っ直ぐに見据える。幸いなことに、茶色く扁平な楕円は当初の目撃位置から微動だにしていない。魔物ですらない、遥かに非力なはずの生物と私が本気の戦いを繰り広げていたことを可笑しく感じたのか、彼は整った顔を緩ませて小さく息を吐いた。

「……ふっ、成程、な。私がやる……お前は下がっているといい」

こんな様子では彼の力になど到底なれるわけない、とてっきり呆れられるかと思ったらまさかの展開。何ひとつ怖気付くことなく、小さな声で短く何かを唱えながら彼が指先を奴に向けて振るうと……突如空間に現れた水球が炎に包まれ沸騰し、奴を目掛けて一直線に飛んでゆくではないか。灼熱の湯を浴びせられ、最大の弱点である腹を晒し、最後の足掻きと言わんばかりに脚を微かに震わせて……そして奴はぴたりと動かなくなった。こうして戦いは彼の登場で呆気なく終わったのだった。

「あ……後始末まで、ありがとうございますっ……」

その後、残ったものは彼によって古布巾に包まれ、またしても魔術で作られた不思議な穴の中に放り込まれていった。穴の中は城の外と同じように時空間が激しく歪んでいて、入ったものは物質もろとも木っ端微塵に引き裂かれ、その原形は完全に失われてしまうという。それにしたってこの手際の良さ、思わず惚れ直してしまう。あの奴を冷静沈着に仕留められる男性、それだけで魅力数倍増しに感じるのは私だけじゃないはず。奴を退治してくれた時の彼の横顔の格好良さは、激しい戦いの最中にも負けてない。

「……また奴が現れたならば、この私が直々に葬り去ってやろう」

炊事場を立ち去る彼の背中は、うんと男前で輝いていた。


---END---


ヤツが現れた時、退治からの後始末までクールにこなす男性は本当に格好良いと思う。

Good!(お気に召されたら是非…!)

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