成人向けとまでは行かないもののR-15くらいのネタ。
ノリノリの王様が見たかった。
**今日から枕を新調します**
「これ、どうしよう……」
買い物帰り、手に提げた大きな紙袋の中をちらと覗いては、私はまたひとつ溜息を漏らしてしまった。
「ちゃん、いつもアタシの店に来てくれてありがとね。実はちょっと困ってることがあってさ……娘からこんなものをもらったんだけど、アタシにはとても使えなくて。良かったらもらってくれないかしら?」
いつもの朝市ですっかり顔なじみのおばちゃんが、そう神妙な顔でこの巨大な紙袋を手渡してきたのだ。袋の大きさからして、服か、調理道具か、はたまた武器防具か。長らくこのお店に世話になり、実はこっそり価格も負けてもらっている手前、おばちゃんの困り事とあらば手助けしたい気持ちもあったものだから深く考えずに受け取った。袋は大きさこそあれど存外軽く、拍子抜けしつつも中を覗くと……入っていたのは何と2つの"イエス・ノー枕"だったのだ!
「ちゃんはアタシなんかよりずっと若いから、きっと使う機会があると思うのよ!」
イエス・ノー枕と言えば、その夜、営みがOKか、はたまたNGかをさりげなく意思表示するために夫婦が使うものとして、アセリア全土でよく知られている。新婚夫婦への贈り物――と言っても大抵は笑いを取る目的だが――として特に若い世代に流行していて、アルヴァニスタでもユークリッドでも年中沢山の種類が売られているのだ。おばちゃんのお嬢さんは先日婚礼の式を挙げたのだと会話した覚えがあるし、きっと貰い物が重複したのだろう。おばちゃんは私が独り身なのも知っているから、敢えて私に声を掛けたのだろうけど。
「……こんなの、恥ずかしすぎて使えないよ……」
******
「……ということが、今朝あって……」
行き場の無い枕2つ、流石に捨てるわけにもいかず結局城に持ち帰ってしまった。どうするかは後で考えようと一先ず寝室へ置いていたら、すっかりそのまま忘れてしまい……あの巨大な袋は何だ、と就寝前のダオスさんに指摘され今に至る。
「……エリュシオンには、似たようなものありませんか?」
「うむ……私は耳にしたことは無いな」
ベッドに腰掛け、取り出した枕を物珍しそうに何度も表裏ひっくり返してはしげしげと眺めるダオスさん。表面にはピンク色で"YES"、裏面にはブルーで"NO"と大きく文字が描かれている。訊いておきながら思うのも何だけど、そりゃそうだろう。こんな品の無いジョークグッズを、あろうことか王様が使うわけないのだから。けれど
「だが、実用的ではあるな。民の中には欲しがる者もいるやもしらぬ」
うんうんと頷きながらそんなことを言い出したものだから、私はすっかり驚いてしまった。その上、彼はベッドに置かれた自分の枕とイエス・ノー枕をさりげなく取り替えているではないか!
「ほう……高さ、硬さも悪くない。枕としての性能も充分と見える」
頭の角度を変えて真剣に寝心地を確かめる彼の姿は冗談なのか、それとも本気なのか私には全く判別がつけられない。
「、お前の分もある。横になって具合を確かめてみろ」
そしてちゃっかり私の枕も取り替えるダオスさん。促されるのを無視するわけにもいかず、私も控えめに枕に頭を置いてみると……ふわふわとした、けれど程良い硬さの綿が優しく頭部を包み込み、彼が言うとおりとても心地が良い。たかがジョークグッズと侮っていたけれど、物自体はなかなか上質なのかもしれない。だって、王族として育った彼を満足させるくらいだもの。
「これは実に良いな。私は今宵はこの枕で眠る」
すっかり新しい枕を気に入ったらしいダオスさん。そのままベッドに潜り込んで、今にも気持ちよさで寝落ちてしまいそうな表情だ。上の面が"YES"になっているのは……きっと偶然だろう。でも、もし彼が解っていてそうしていたのだとしたら……考えるだけで、少しだけ、身体が熱くなる自分はなんてはしたないのだろう。そんなこと下らないことを考えつつも、私もそろそろ横にならないと。
「……」
それまで使っていた私の枕も、いつの間にか彼に除けられていた。そして新しく鎮座するイエス・ノー枕。さて、どちらを上にして眠るか?さすがに初日から堂々とNOで寝るのは如何なものか。先程から妙に熱を感じる自分の、照れ臭さやら恥ずかしさやらを押し隠し、意を決してYES面を上にする。そして私の中でざわめく感情に無理やり蓋をして、彼が既に横たわるベッドに潜り込んだら。
「……お前の意思は"承諾"だな?」
人間離れした端麗な寝顔はどうやら真っ赤な嘘だったらしい。彼の芝居にいとも容易く騙された私の両腕はあっさりと頭上でひとつにまとめられ、打って変わってハッキリと開いた青の双眸に全身が射抜かれる。何かを期待して無意識に力み浮き出た線をなぞる様に、彼の赤い舌が私の首筋をつうっと這った。何もかもを教え込まれているせいで、跳ねた背筋に何重もの波が立つ。
何もかも枕のせいだ。いや……枕のおかげなのだろうか?
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