+ Meteor +



**強くありたいと願うのは**

怒涛の勢いで繰り出される蹴りと拳。今ではすっかり慣れた脚使いで、私はある時は左右に、またある時は後方にかわしながら、冷静に攻撃のタイミングを見極める。

「成長したな、
「ありがとうございます、これもダオスさんに稽古をつけていただいたおかげですね」

彼と私の軽やかな足音が、城の鍛錬場に響く。こうして多少の言葉を交わせるくらいには余裕もでき、私の戦闘の腕も少しは上達しているらしいことに安堵する。先日、定期連絡を兼ねて差し入れを届けにアジトを訪問したところ、ちょうど道場で稽古をしていたらしい剣士の青年たちに声を掛けられ私は彼らと手合わせをする機会があったのだ。決して一方的にやられたわけではないけれど、勝負はつかなかった。時間を見つけては仲間内で誘い合って鍛錬に励んでいるらしい彼らは十分に手強かった。もちろん、ダオスさん程ではなかったけれど。そんな手合わせを終えて私も改めて鍛錬への意欲が一層高まり、こうして今また彼に稽古をつけてもらっているのだ。

「ふっ!」
「……もらいましたッ!」

けれど鍛錬とはいえ、互いに真剣勝負。言葉を交える最中であっても力を込めて床を蹴り、一気に間合いを詰める。実はアジトでの手合わせを終え、その成果から新たな技を考えてみたのだ。早速その技を試すには、今日はまたとない機会だろう。勢いに乗せて空中に舞い上がるように4段の蹴りを見舞った後、手にした短剣――といってもこれは模造刀だが――を振りかざし、その鋭い切っ先が彼を捉えたかと思ったものの。

「甘いぞ、

そこには既に宙を舞う橙色のマントのみ。私は素早く身を翻し防御姿勢をとる。攻撃を避けられないなら受け流せば良い、そう私に教え、実際に受け身の技を私に授けてくれたのもまた彼であった。

「はぁぁぁぁ!」

彼の得意とする、高圧のエネルギーを地面に叩きつけ衝撃波で周囲を一掃する技。まともに当たれば身体は容赦なく吹き飛ばされてしまうのだ。本来なら距離を取りたいところだけれどもう間に合いそうにない。教わった通りの受け身をとり、これから食らうであろう衝撃に備える。けれど彼が放ったのは、見慣れたあの技ではなかった。

「ひゃぁ!」

まるでマナの流れを創り出すように素早く彼が身体をひねると、その動きに重なるように大きな渦が発生する。さすが彼の力で生み出された激流だけあって私の受け身は容易く崩され、背後どころか前方も、何もかもが無防備だ。

「……まだ私には及ばぬようだ」

渦を生み出すと同時に一度後方に回避したダオスさんが踏み込むのとほぼ同時、瞬きさえ許さぬ間に私の前へと迫る。眼前には氷蒼の双眸。僅かな抵抗さえもできないまま短剣を奪われ、その切っ先が私の首筋をつうっとなぞった。

「今回も私の勝利だな」

相変わらず彼は息ひとつ切らさず、いつもの勝ち誇った表情で勝利宣言をする。一方で私はと言えば少なからず息も上がってしまっているし、これだけ見ても既に彼と私の実力差は歴然としているのだった。

「うう、また私の負けですね……」
「そう落ち込むでない、私が教えた通りによく動けている。後は経験だろう。それより怪我は無かろうな?」

疲労で床にぺたりと座り込んだ私に、彼が手を差し伸べてくれた。その優しい手を取って立ち上がり自分の服をパンパンと払って見せれば、怪我が無いことに安心してくれたのか彼の口元にも穏やかな笑みが戻ってきた。

「今日も稽古をつけていただいてありがとうございます。お水を持ってきますから、休憩にしましょうね」

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冷たい水が、カラカラになった喉の乾きを満たしてゆく。鍛錬を終えた後の、乾いた身体に染み渡る水は本当に美味しい。いつものようにソファに腰掛け、ダオスさんも私の隣で黙々と水を飲んでいる。同じように思っているのかどうかはわからないけれど。

「それにしても、さっきのあの渦は……ダオスさんの新しい技ですか?」
「ああ、そうだ」
「受け身も崩されてしまって……まだまだ私は鍛錬が足りないみたいです」

喉の乾きも満たされ、ようやく呼吸も落ち着いてくると、いつものように鍛錬の反省会が始まる。といっても、反省するのは私だけだ。

「ダオスさんはもう十分お強いのに、それでも新しい技をお考えになったりするのですね」
「当然だ。己を研鑽しない者に未来はない」
「……その言葉、胸に刻んでおきますね」

彼の圧倒的な強さの裏には、長年の彼のたゆまぬ努力があるのだ。たったこれだけの鍛錬で音を上げている場合ではない、と私の気も引き締まる思いになる。

「私に更なる力があれば、より大きな渦を生み出せるのだろうが……今はあれが限界だ」

コン、とソファテーブルに空のカップを置くダオスさん。私が水差しから水を注ぎ足すと、再び喉を鳴らしてごくごくと飲んでゆく。新しい技を使用した影響もあるのか、今日はいつもより少し体力を消費したようだ。

「そんな、あれより大きな渦なんて起こしたら、その場が全部飲み込まれてしまいそうですよ?」
「問題なかろう。むしろ鬱陶しい敵を一層するにはその方が好都合だ」

そう言うと、彼は飲み水と一緒に出した手作りのクッキーも口に入れた。運動の後に糖分が欲しくなるのは、どうやら人間もカーラーン人も同様らしい。

「新しい技にはもう名前は付けられたのですか?」
「いや、まだだ。良い名が浮かばぬのでな」
「そうなんですね。う?ん、舞うように渦を作って、敵を閉じ込める……」

もぐもぐとクッキーを頬張る彼の隣で、彼に頼まれたわけでもないのに、早速あれこれ単語を頭の中に浮かべてはくっつけたり、離したり。そんな作業に夢中になっていると、ふいに恐ろしく整った顔に覗き込まれてハッとする。

「……そんなにお前は、私の新しい技の名が気になるのか?」
「もちろんです!だって、ダオスさんの技は私の技と違っていつもお強いのに、美しくて華やかで……どんなお名前でも様になるんですもの」
「美しく、華やか……か」

ククッ、と彼が喉を鳴らす。

「己では考えてもみなかったが、それは恐らく、私がお前の新たな技を見て"愛らしい"と思う感情と似ているのだろうな」
「そんなッ、私の技はダオスさんに比べたら未熟ですし、そのっ、んッ……!」

私の言葉を遮るように唇を塞がれてしまったものだから、それ以上は何も言えなかった。首の後ろに回った彼の逞しい腕に抱き寄せられて、鍛錬を終えたばかりのまだ熱の篭もる身体がギュッと密着する。じゅっ、色っぽい音を立てて舌先を吸われてしまえば、せっかく落ち着いてきた心臓の鼓動はまたどくどくと激しく私を打ち鳴らすのだった。

「……私の言うことを素直に聞き入れ鍛錬に励む、お前の姿そのものが愛らしいのだ」

空いたもう片方の腕が、短剣を振るっていた私の手を取る。

「ああ、こんな小さな手で懸命に戦って」

伏せられた青い瞳、長い睫毛、彼の輪郭を縁取る金の髪。手の甲から指先へ止めどなく落とされるキスは極めて紳士的だと言うのに、彼が行うとどうしてこうも色っぽいのか。

「私の為にと武器を振るうお前の姿を見て、この私がどれほど救われていることか。そして私も尚、強くあらねばと思うのだ。強くあらねば、カーラーンの民も、大樹も、そしてお前も……守れはせぬ。、我が大義を果たすまでもうしばしの間、付き合ってくれるだろうか?」
「ふふ、もちろんですよ。それに、実りを持ち帰ってからも」

今度は私が、彼の手を取る。先程彼がしてくれたように、男らしく骨張った手の甲から、白く美しい指先へたくさんのキスをプレゼント。

「ダオスさんが良ければ……お傍に置いてくださいな?」
「ふっ、当然だ。お前が嫌と拒もうとも、私は手放さぬからな」

そう言われると何だか照れくさくって、本当は嬉しいのに彼の顔を見ることができなくなる。そんな私を彼はあっさり見抜いているのか、その長い指で顎を取られてしまえば熱の集まった顔は簡単に見つかってしまう。

ッ……」

だからそんな恥ずかしい顔を見られる前に、今度は私から彼の唇を奪ってみせるのだ。ちょっぴりクッキーの味がする。甘い。

「ふふっ、ではもう一度……お手合わせ願えますか?」
「良かろう。次も私が勝つがな」
「私こそ、次は負けませんよ!」

身体の凝りを解すように大きく伸びをして、ソファから立ち上がる。城の大窓から差し込むティル・ナ・ノーグの太陽は、今日もまだまだ天高く、大地を照らしていた。

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「……うむ、タイダル……スピン……」

再びの手合わせを終えて水を飲み干したダオスさんが、ふと呟いた。

「……新しい技の名前ですか?タイダルスピン、良いと思います」

予想外にも普通の名前が付けられたことに、実は少し私は驚いていた。ダオスさんのネーミングセンスは個性的というのか、独特というのか、とにかくちょっと変わっていて……今回もそうなるのかなと、勝手に思っていたりしたのだ。私もアジトでの手合わせで様々な流派の剣技や術を見ることがあるけれど、ダオスさんのセンスはいわゆる、ある意味での"爆発的芸術"なのかもしれない。アジトで出会った画家の女性も"ゲージュツはバクハツだ"って仰ってたもの。

「そういえば、お前もあの4段蹴りは新しい技なのだろう?名が決まっておらぬなら私が名付けてやろう」
「ふふ、そうですね、お願いしてもいいですか?」

今は良い名付けができそうな気分なのだ、なんて珍しく楽しげな様子で彼が言う。せっかく彼に名付けてもらう技、ちゃんとマスターしないと。

「……"テトラスマッシュ"、はどうだ?」

これしかなかろう、と自信満々の笑みで私を見る彼。……うん、やっぱりいつもの彼だった。


---END---


Good!(お気に召されたら是非…!)

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