+ Meteor +



**王様は何枚も上手でした**

タンッ、タンッと踊るように床を蹴る音が広間に響く。力を込めて蹴り出した脚を、後ろ脚を軸にしてぐるりと身体ごと回転させる。そのまま勢いに乗せて後方へステップ。柔らかに着地した後は間髪入れず、もう一度間合いを詰めて今度は反対の脚で蹴り上げる。教わった動きが、ようやく少しはモノになってきただろうか。

「……初めに比べれば格段に良い動きだ。後は鍛錬を重ねるがよい」
「ありがとうございますっ」

戦闘術の鍛錬は私の日課のひとつだ。アセリアでは都市の外に出るならば魔物や魔獣との戦いは避けられない。故に戦闘の基本程度であれば習得している人間はそれなりに居るが、ダオスさんの願いを叶えるために今の私にはより高度な戦闘技術が必要だった。そこで空いた時間に彼にお願いして、戦闘の稽古をつけてもらっているのだった。

「この私が直々に指南しているのだから当然だが……ふっ、戦い方が私に似てきたな」

いつもはきゅっと締まっている口元を弛ませて、彼が嬉しそうに頷く。そう、頑張れば頑張るほど身も心も着実に彼の色に染まっていくのが私もまた嬉しくてますます稽古に熱が入るわけだけれど、それでも戦いの腕は彼に遠く及ばない。

「それなら尚更、早くダオスさんの様に……強くならないといけませんね。これではまだまだです」
「お前と私では研鑽を重ねてきた時間が違う。そう易々と追いつかれては私も困る」

きっと幼少の頃から未来の王に相応しいだけの実力を身に着けるために厳しい鍛錬に励んでいたのだろう。そんな彼に比べればたった僅かな期間の稽古で彼に追い付こうなどと、傲慢甚だしい考えなのだ。まずはせめて、自分の身を確実に守れるようになろう。

「呼吸が速いな、……少し身を休めるといい。ろくに休みもせず稽古を続けていただろう?休息も鍛錬のうちだ」
「ごめんなさい……そうさせてもらいますね」

この城に出入りする魔物たちが好き勝手に装飾した広間の豪奢な柱に背を預けて、そのままトンと床に腰を下ろす。水分補給用に用意した水差しからたっぷりの水をカップに注ぎ喉を鳴らして一気に飲み干せば、乾いた身体にはいつもの水だって何倍も美味しく感じられた。

「ダオスさんもお飲みになりま、あっ」

訊ね終わる前に私の手の中のカップは彼の手にひょいと取り上げられ、そのまま残った水がダオスさんの喉元にくっと注がれていく。

「私が口を付けたものなどより、新しいカップをお出ししますのに」
「ふっ、既にそのような事柄を気にする仲でもあるまいに」

くくっと笑いながらダオスさんも私の隣にドンと腰掛ける。同じカップで回し飲みというのは恋人同士なら普通とはいえ、あまりにも自然と成立すると彼が王様だということをつい……忘れてしまいそうになる。

「……そういえば、ダオスさんは術を使った戦いの腕も相当なのに、何故わざわざ身体を使った戦い方まで習得されたのですか?」

術師として魔術で戦うだけでは不足があるのか?と、実は以前から少し気になっていたことをこの際率直に訊ねてみた。そもそも王様なんだから周りにはきっとたくさんの護衛の兵士が控えているはずだし、彼が戦う必要も無いような気がするけれど。

「私のような立場の者は、敵対者にいつ命を狙われるかもわからぬ。万が一術を封じられようと、手元に武器が無かろうと、拳と蹴りで戦うことができれば脅威に応戦できる……その為だ」

そう言うと、ダオスさんは空になったカップをトレイに置いた。私の飲み残しで水は少なかったはず。だからもう一杯水差しから注ぎ足しておく。

「そうだったのですね……護衛の方がいても決して安心できないのはお辛いです」
「物心ついた頃からこうだったのでな、故にもう慣れたが……流石に幼い頃、抜き打ちで寝込みを襲われる鍛錬には参ったものだ」
「まぁ!いくら鍛錬とはいえ、そんな小さな頃から寝込みを襲われるなんて」

いくら未来の王様とはいえ、小さな子にそんな鍛錬はあまりにも気の毒で、つい声が大きくなってしまう。当のダオスさんはといえば、遠い過去を懐かしむように目を細めていたけれど。

「ダオスさんはずっと……ゆっくり眠れていないのですか?ならば私がもっと強くなって……ダオスさんの安眠をお守りしなければ」

人間の3大欲求のひとつである睡眠が満たされない生活は過酷だ。なんて、彼が人間ではないことなどこの時の私はすっかり忘れてしまって、勝手に突っ走って自分が強くならないといけない理由をまたひとつ付け足していた。

「……
「は、い……!?」

だからそんな私の様子がおかしくって、ダオスさんはふっと笑ったのだと思う。そして急に名を呼ばれたものだから何も考えず振り向いたら、ふいに唇が熱いもので塞がれてしまっていた。からかうように舌先をちゅっと小さく吸われて、けれどすぐに熱は離れてしまったものだから、どこか物足りなさに切なく唇が震えた。

「ふふ、寝ている最中にこうして……唇を奪っても気付かぬのだからな、私がお前を守る方が早かろう?」
「なっ……今まで何度キスしたんですかっ!?」

今更になって初めて知らされる、自身のあまりの無防備さと鈍感さに顔面がかぁっと熱くなる。キスをされてたなんて全く身に覚えもない。寝ている間さえ警戒心を保ったままのダオスさんの横で、私はどれだけ丸腰で寝入っていたのだろう……

「何度か、だと?それはお前の想像に任せるとしよう」

ダオスさんは意地悪な笑みを浮かべて、まるで非力な小動物を愛でるようにぽんぽんと私の頭を撫でた。

「もうっ、ダオスさんってば!」

どれだけ鍛錬を積んでも、様々な意味で彼にはまだまだ――私は敵いそうにない。


---END---


Good!(お気に召されたら是非…!)

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