+ Meteor +



**精霊装、新たなる力を得て**

アセリア歴4354年。
アセリア各国とダオスさんとの間で繰り広げられている戦いは、長らく拮抗状態が続いていた。ダオスさんはこの時代に転移する前の過去の時代において、魔科学研究の最先端をゆくミッドガルズ――私の時代ではかつてアセリア最大の栄華を誇りそして滅びた栄枯盛衰の国家として知られている――を滅ぼした。これによって幸いにもこの世界は、今でも豊かなマナにあまねく星の命が支えられている。

一方で、時間が経過すればするほど、彼の故郷は着実に滅びへの歩みを進めていく。戦争の拠点としているこの居城の最上階から、今にも崩壊しそうな故郷を見つめる彼の眼差しは日に日に険しくなっていった。

「……実りを得るためには、まだ力が足りぬ。私はどうすれば良い?どうすれば……」
「ダオスさん、焦るお気持ちはごもっともですが……ご自分のお身体もどうかお労りくださいな。もう昨晩も、一昨日だってほとんど眠っていらっしゃらないでしょう?」

私は寝台の隅にくしゃりと無造作に丸められていた毛布を手に取って、半ば無理やりダオスさんの身体に被せた。彼に指摘した通り、近頃の彼は故郷への想いが強く昂りろくな睡眠もとっていない。彼はアセリアで呼ばれているような無慈悲な魔王なんかじゃない。本当は故郷の民たちを誰よりも深く深く愛する、心の優しい男性なのだ。

「ダオスさんがもし倒れてしまったら、誰がデリス・カーラーンに実りを持ち帰るのですか。これはダオスさんにしかできない務めなのですから、ね?」

だから少しだけでも横になって、疲れた身体を休めてほしかった。私も寝台に腰掛けて、彼の金糸のように輝く髪を手でそっとといてみる。柔らかで引っ掛かりも一切ない、美しく滑らかな髪だ。

「……、私はどうしても眠れぬ……」
「ダオスさん……私がもっとお力になれれば良いのですが……」
「お前は十分私に尽くしてくれている。気にするでない」

首から下を毛布に包まれたダオスさんがごろんと私の方に顔を向ける位置に寝返って、寝台に置いていた私の手の上に温かくて大きくて、立派な手をそっと重ねてくれた。金色の髪が、彼の頬と輪郭を伝ってはらりと垂れる。彼の悩みに対して、今の私ができることなんてたかが知れている。もちろん、叶うなら今すぐにでも私が彼の悩みを解決できたなら……どれほど良いだろう。

そうしてふたりで手を重ね合わせたまま、幾らかの静かな時間が流れた。毛布の下で再びダオスさんがもぞもぞと動く。やはり眠れないのか、今度はゆっくりと上体を起こして、せっかく掛けた毛布を脱ぎ去ってしまった。

「……、私は大樹の様子を見てくる。お前は先に眠るといい」
「そんな、こんな真夜中に」
「ここで丸くなっているより、何か策が浮かぶやもしらぬ」

ダオスさんは一度こうと決めたら動かずには居られない人だった。引き留めたところで意味などないことは、ずっと彼と一緒に居る私が誰よりも知っている。

「……それなら私もお供させてくださいな。ひとりよりふたりの方が、良い解決策が見つかるかもしれませんから、ね?」

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アセリアの森はどこも夜になれば魔物や魔獣が跋扈し、手練の戦士や狩人でなければ最悪命を落とすこともある恐ろしさを秘めている。けれど精霊の森は、真夜中であってもおどろおどろしさを感じさせない不思議な場所だ。そしてその理由は、今ダオスさんの目の前で圧倒的な存在感を示していた。

「大樹カーラーン……」

このアセリアを満たしている全てのマナが、この立派な樹から生み出されているのだ。鮮やかな青緑の葉が時折穏やかな夜風に吹かれて擦れ合い、心がほっと落ち着くような独特の音色を奏でてくれる。ダオスさんがその太い幹に優しく手のひらを重ねると、まるでそれに応えるかのように、木々が一斉にざわめき始めた。

「……今宵もまた来てくださったのですね」

凛とした、けれど優しさを内包する透き通った女性の声が私たちの周囲に響き、大樹の中央から優しく一筋の光が降りてきた。その光はゆっくりと人の形をとり始め、木の根元に露出した、幹にも負けない太くて立派な根の上に腰掛けるように止まる。彼女こそ、この大樹に宿る精霊、マーテルだった。

「……様子はどうか」
「あなた方のおかげで……樹の穢れも徐々に祓われつつあります」
「実りは……」
「もう少し……かかるでしょう」
「……そうか」

彼が返したその声には、微かだが落胆の色が滲んでいた。とはいえ、実りがそう易々と手に入るものではないと、1番よく解っているのは恐らくダオスさん自身のはずだ。彼は気持ちを切り替えるようにふっと深呼吸をして、マーテルの側にある倒木に軽く腰掛けた。私もそっと隣にお邪魔する。

「ねぇ、ダオスさん……今夜のこと、マーテル様にお話ししてもよろしいですか?」
「……お前に任せる」
「ありがとうございます。マーテル様、実は……」

私はゆっくりと言葉を紡いだ。このままでは実りを持ち帰る前にデリス・カーラーンは滅びてしまうこと、私たちは膠着した戦況を打破しなければならないこと、そしてそのためには……更なる力が必要なこと。

「私も各地で情報収集に当たっているのですが……私の腕が未熟なせいで、思った情報に辿り着けないのです。どうか精霊としてのお知恵を……貸してはいただけませんか?」

精霊マーテルは私の話を一切遮ることもせず、時折頷きながらじっと耳を傾けてくれた。そしてしばらくの静寂の後、再び彼女の凛とした声が辺りに優しく響いた。

「あなた方が今置かれている状況はよく理解できました。残念ですが、今はまだ実りをお渡しすることができません。しかしあなた方はこの樹をここまで守ってくれました。微力ではありますが……あなた方のお役に立てそうなものをひとつ、授けましょう」

そのマーテルの言葉に応えるように、大樹から眩い光が溢れ出す。それはひとつの丸い雫のような形を作りながら、私たちの目の前に浮かび、そして留まった。光の珠の中で、何かがきらきらと輝きを放っていた。

「……これは……指輪?」
「そうです。その指輪を装着した者は、精霊の特別な祝福を纏い戦うことができるのです。きっと……あなた方の力になるでしょう」

思わず手を伸ばしそうになって、私はハッとした。この指輪を授かるに相応しいのは、ダオスさん以外に誰が居よう?

「ふふ、この指輪はダオスさんが受け取るべきものですね」
「私が……?」

全く想像していなかったらしい展開に戸惑っているのか、彼の青い瞳が揺れてマーテルを見据える。マーテルも彼に促すようにまた、確かにこくりと頷いた。

「精霊の特別な祝福……」

ダオスさんがその長い指で、光の中から注意深く指輪を取り出す。そしてそれを指に嵌めると……指輪から放たれた白い光が、彼の全身を一瞬で包み込んだ。あまりの眩しさに、私も思わず目を細めてしまう。

「何だ……これはッ……!?」

彼の身体を隙間無く包んでいた光が、ゆっくりと宙に離れてゆく。ようやく光に目が慣れて彼の姿がはっきりと見えてくると、彼の装いはガラリと変化していた。彼の纏っていた橙色のマントは優美なストールに変化し、黒い衣服は金糸の刺繍が増えて王らしい優雅さを増している。身体の各部を飾る金色の装飾具はゆらゆらと揺れる度に輝きを放って、どこか神々しささえ感じられた。今までは衣服に隠されていた彼の逞しい腹筋も露わとなっている。豪奢な新しい装いとなっても、彼の鍛え抜かれた身体は一切見劣りしない美しさを見せつけていた。

「ダオスさん、如何ですか……?」
「私の中に強いマナが注がれている……これが……新しい力……」

腕を何度もひっくり返したり回したりして、ダオスさんは新たに得た力を体感しているようだった。マナを紡ぐことのできない人間の私でも、彼の纏う力が格段に強くなっていることを肌で感じられるくらいだから、マナの繊細な変化さえも読み取れる彼ならば感じる変化は遥かに大きいに違いない。

「マーテル様、ありがとうございます……!」
「素晴らしい力を……感謝する。これで私はまだ戦える……!」

熱の高まる彼と私を、マーテルは木陰から優しい微笑みで見守ってくれていた。私たちは改めてマーテルに礼を伝え、精霊の森を後にした。

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あれから城に戻っても、私たちは新たに得た力に未だ興奮を冷ますことができなかった。纏った力の具合を把握するためか、無駄撃ちにならない程度の術を行使するダオスさん。攻撃術の影響で既に城のいくつかの柱は見事なまでに木っ端微塵だ。元通りに直すのは明日以降になるだろう。

「人間の私でも感じられるくらい、強い力を秘めた指輪ですね」
「ああ、実に強力だ……この力で、此度こそ我が民の願いを叶えねば……」

指輪から溢れる力の影響か、術を放っている間の彼の両腕はまるで光のグローブを嵌めたかように輝いていた。ひと通り力を確認し終わったのか、彼の深い呼吸と共に徐々に発光は収まってゆく。

、お前に感謝する。私一人ではマーテルに相談するなど……決して思い浮かばなかった」
「私は何もしていませんよ。でも……少しでもダオスさんのお役に立てたなら良かったです」

先程まで光でよく見えなかったけれど、彼の両手首を飾る腕輪も普段とは異なる形状に変化している。それは故郷の民を慈悲深く包む彼の手に相応しい、華やかで美しい装飾だった。

「ダオスさんは何でもおひとりで……抱え込みすぎです。何があっても私はダオスさんのお傍にいるとお誓いしたのですから、もっと使ってくれて良いのですよ?」

寝台の上で彼がしてくれたように、今度は私の手を使って、彼の温かくて大きな手を胸の前で優しく包んでみる。ダオスさんは独りじゃない、私もいる――そう伝えたくて、彼の男らしい筋張った手の甲にそっとキスを落としたら、力を抜いた途端に今度は私の手が彼に取られて、そのままぎゅっと抱き寄せられてしまった。怪我をしないようにか、普段は肌を空気に晒すことを強く警戒しているというのに、今の彼ははっきりと6つに割れた形の良い腹筋、きゅっと引き締まった胸元の筋肉まで惜しみなく披露して……彼の身体から直に感じる熱が私の服越しにもじんわり伝わってくる。とても色っぽい、熱。

「んっ……あったかい、です」
「それは良かった。私はもう十分過ぎるほど……お前に頼り切りだな」
「そんなことは無いですよ?それに……頼ってくれる方が嬉しいですし」
「そうか、ならば……」

ダオスさんはくくっと笑うと、私の耳たぶに唇の先を軽く当てて、私の大好きな低く甘い声でこう囁いた。

「……もう少しだけ、このままでいろ」


---END---


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