+ Meteor +



**デリスエンブレム、或いは束縛の証**

「あら?こんなところにいらっしゃるなんて珍しいですね」
「……うむ、少し考え事があってな」
「考え事、ですか」

ここは城の中に数多存在する小部屋の一室。特徴といえば、城の入り口からダオスさんの部屋に向かおうとした場合必ずこの部屋を通過しなければならないことと。それから時折、体の中心に大きな目玉のついた、正直言って少し気色の悪い魔物が単独で部屋とその周辺をうろうろと彷徨い歩いていることくらいだ。彼の言葉は独自の言語なのか私にもダオスさんにも全く聞き取ることができず、何となく"ROAMEYE(ロームアイ)"と聞こえるような音を発していたことから、そのまま彼らのことはロームアイと呼んでいる。他は至って普通の質素な造りの部屋、というよりもはや廊下、あるいは十字路と言っても過言ではない。

「この城への入り口は正面ただ一つ。この部屋を通らずして私に挑むことは不可能だ。そこで」
「……そこで?」
「この部屋に特殊な術の罠をかけるのだ。例えば特定の鍵を持たずにこの陣の上を通過すると……城の地下牢に送り込まれる」

そう言うとダオスさんは、手を広げて何やら詠唱を始めた。すると瞬く間に、飾り気の全くない部屋の冷たい床に眩しく輝く美しい魔法陣が展開されていく。詠唱と共に陣は部屋の床中央から円を描いて拡がり、あたかも元から模様が描かれていたかのように床を華やかに飾り付けた。

「……鍵は」

続けて彼が手のひらを上にして再び何か詠唱すると、今度は金色に輝く装飾品のようなものが現れる。表の模様は紋章のようにも見えた。

「それは?」
「カーラーンでは"デリスエンブレム"と呼んでいるものだ。魔術によって築かれた障壁を取り除いたり、魔術で閉じられた扉を開けることが……」
「あっ」

ダオスさんの説明が終わる前に、何も知らないロームアイがもぞもぞと蠢いて魔法陣に近付いていく。そして体がすっぽり陣の中に収まった途端……仕掛けられていた術が発動したのか、ロームアイは忽然と消えてしまった。

「……このデリスエンブレムを持っていれば、あの様に飛ばされずに済む」

デリスエンブレムを持ったダオスさんが、悠々とした表情で陣の上を歩く。彼の言う通りエンブレムの効果なのか、彼の身体は地下牢に飛ばされることもなくそのままだ。

「お前も試してみるか?」
「ええ、もちろん!」

陣から出たダオスさんにデリスエンブレムを手渡される。手元でよく見てみると実に精巧な金細工が施されていることがわかり、まさに王に相応しい装飾品といった感じだ。複雑な金属の凹凸が部屋の明かりを反射して、彼の長い金の髪と同じように眩しく輝いていた。

「それっ」

人によってはこういう場面は緊張するのかもしれないけれど、私は純粋にこの瞬間が楽しくて仕方がなかった。傍でずっと見てきたから、アセリアの誰よりも彼の魔術の力量については理解しているし、だからこそ信頼している。彼がこの程度の魔術に失敗するわけがない。両脚を陣に乗せても、当然反応は無い。

「……奴は城の地下牢に飛ばされたはずだ。見に行ってみるか?」

ええ、と頷けばぎゅっと腰を寄せられて、刹那、周囲の光景が圧縮され瞬きすら許さない間に風景は一変した。ここは薄暗く空気の冷たい地下の間。ダオスさん得意の空間転移術で、私たちは一瞬にしてあの部屋から地下まで飛んできたのだ。初めて経験した時は頭がクラクラしたものだけど、慣れればこれほど便利な術は無いとさえ思えてしまう。自分がただの人間であることが心の底から悔やまれる。

「あ、いますね、ロームアイ」
「うむ、罠は成功だ」

訳も分からず暗い牢に飛ばされ閉じ込められ困惑したようにうねうねと動くロームアイには少し申し訳ないけれど、満足げに口元を緩めるダオスさんを見ると私まで嬉しくなって、自然とふたりの間に笑みが溢れた。しばらくそうして牢の中を一緒に眺めていたら、今度は隣の牢に別個体のロームアイが飛ばされてきたではないか。

「あら?また飛ばされてきましたよ」
「一体一体を個別の牢に入れるようにした。牢の中でまとまられて突破されては困るのでな」
「なるほど、確かにその通りですね」

さすが一国の王だけあり、危機回避策も万全だ。

「……さて、結果を確認したところで元の部屋に戻るか」
「そうですね、このロームアイたちはどうします?」
「ここに居られても邪魔ゆえ、元の場所に戻すしかあるまい」

ロームアイたちに向かって何やら唱えながら、ダオスさんが右手首から先を左右に振るう。するとたちまち牢の中からロームアイが消えていく。本当に、魔術というのは便利なものだ。再び彼の空間転移術で元の部屋に戻れば、先程のロームアイ2体がぐるぐると回りながら部屋の周囲を再びうろついていた。

「でも……こうもロームアイばかり罠にかかるのは困りものですね」
「そうだな。奴らには鍵を持たせて、罠にかからないようにするしかなかろう」

さすがのダオスさんも仕方がない、といった様子だ。それでも術を使えばデリスエンブレムがあっという間に量産されていく。あんな豪華なエンブレムをいとも容易く増やせるダオスさんの術の腕に改めて驚かされつつ、ふたりで手分けして部屋の周囲を彷徨うロームアイを見つけては、彼らの体にデリスエンブレムを括り付けた。念を入れてきっちりと結っておいたから、激しい戦闘でも行わない限り取れたり落ちたりすることはないだろう。ロームアイは見た目こそ不気味だけれど、敵意を見せなければ存外大人しく、お陰で想像より楽に作業ができた。

「……、私の手は必要か?」
「ふふ、ありがとうございます。これが最後の一体なので大丈夫ですよ」

ダオスさんを長く待たせるのは申し訳なくて、手早く作業を済ませる。一足先に陣の前で待っているダオスさんは、何やらまた術を行使しているのか手元からキラキラと光が溢れていた。

「最後になったが……これがお前のデリスエンブレムだ」
「わあ……とても素敵です」

手元の光の中から現れたのは、さっきまでロームアイたちに取り付けていたデリスエンブレムが中央にぶら下がった、上品な首飾りだった。

「首にかけておけば、万が一戦闘になっても落とすことはなかろう。着けてみるか?」

嬉しい贈り物に二つ返事で返せば、彼の手が私の首の後ろに回って、金具が留められる。首に巻く部分は革のような素材でできており、頑丈そうで滅多なことでは切れそうにない。着けてみればペンダントというよりはチョーカーに近く、エンブレムの部分もロームアイたちに括り付けたものよりひと回り以上は大きかった。

「……よく似合っている」

彼の低くて甘い声に鼓膜を震わされて、耳たぶには優しくて熱いキスを落とされる。首飾りで華やかになった私の首元を、彼の長い指がなぞるようにそっと撫でた。

「ありがとうございます。何だかダオスさんの家の合鍵をもらったみたいで……嬉しいです」
「合鍵?」
「そうです。自分が住んでいる家の合鍵なんて、余程信頼している人でなければ渡そうとは思わないでしょう?それがもらえるってことは、私……ダオスさんの心にまた一歩、近付けたかなって」

私なりに正直に嬉しい気持ちを伝えたつもりだった。けれどダオスさんは困惑した様子で、うむ、と何か悩ましげな表情をして目線を床に落としている。

「……ごめんなさい、変なことを言ってしまいましたね」
「いや、お前が謝る必要などない。私は……生まれてからずっと宮殿暮らし故、家の鍵を渡すというのがよく……理解できぬのだ。しかし」

ふいに顎先をくいと持ち上げられて、息を呑むほど美しく整ったダオスさんの顔が目と鼻の先まで迫ってくる。真っ直ぐな青い瞳に射抜かれて、目線を反らすことなどできない。

「お前を信頼している、というのは確かだな。いや、信頼以上か……」
「信頼以上って、何だか曖昧な……」

そう言うと彼はふっ、と笑って、からかう様に私の頬を指先でつついた。信頼以上、なんて遠回しな表現だろう。私だったらもっと直接的に"愛してる"と言ってしまうんだろうけど、でもそんなところも彼らしい。お礼に頬へキスを返せば、それは予想していなかったみたいで、少し驚いた表情をしているのも可愛いのだ。

「……私は故郷の様子を見てくるが、お前も来るか?」

橙色のマントを優雅にひらりと翻して、私に背を向け歩き出したのはきっと照れ隠しだろう。

「ええ、ご一緒させてくださいな」

彼に遅れないように、私も足を急がせる。
この部屋から先は、彼と私だけが入ることの許される"家"なのだ。彼の安らぎを妨げるものは、何人であろうと決して許すつもりなど、ない。


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は白く滑らかな素肌の上にエンブレムの首飾りだけを身に付けて、私の腕に頭を乗せて静かに寝息を立てている。その寝顔は実に無防備であどけなくて、そしてどこまでも愛らしい。

我が宿願の達成まであと少しの辛抱だ。この星に蔓延る魔科学の根を一つ残らず焼き尽くし、何としても大樹の実りを得なければならない。魔科学がいかに愚かなものか、再三の警告にも関わらずこの星の人間はまるで理解しようとさえしないのだ。そんな愚かな下等生物はいくら死に絶えようと構わない。

だが……ただ一途に私を慕って、私の背負う使命を共に果さんとその小さな身体で私を支えてくれているだけは失いたくない。故郷を救う為とはいえ、この孤独な戦いの中で、私の使命を解し力になろうとする彼女の存在は、いつの間にか私の中で唯一の安らぎとなっていた。

「あろうことかこの私が、これほどに囚われるとはな……」

緩やかな曲線を描きながら彼女の顔にかかる前髪を指でそっと除けてやると、明瞭に現れるその愛くるしい寝顔に思わず口元が綻んでしまう。私は去るものを追うつもりはない。私の使命は私ひとりで果たすまでのこと。しかしもし彼女が私の傍から去ってしまったら……いつしか、それを酷く恐れている私がいた。

自慢の術で誂えたデリスエンブレムを、彼女は"家の合鍵だ"などと上機嫌に戯れていたが、彼女は私が敢えて首に巻き付ける贈り物をした意味など予想だにしていないだろう。首に巻くものとは即ち――首輪なのだ。お前が未来永劫、私のものであると示す証なのだ。

この可憐な花が、永遠に私のためだけに咲き続けるように。私の心を執着で染め上げた責任は、実りを得た後にしっかりと果たしてもらおうか。


---END---


Good!(お気に召されたら是非…!)

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