+ Meteor +

テイルズオブザレイズ、ダオスのアラビアン衣装実装ありがとう!!
もしP本編でダオスがアラビアン衣装になったとしたら
こんなお話があったらいいなという、イラストだけから妄想を膨らませた結果です。

レイズ内ストーリーを知る前にプロット組んで書いているので
実際とはかけ離れています。
本編には出てこない街とか捏造しちゃってるので何でも許せる方向けです。


**千の夜さえ生ぬるい**

アセリア歴4354年。
現在戦況は膠着状態であり、ダオスさんの目的である"大いなる実り"の獲得が果たしていつになるか、予想が難しい状況が続いている。私は様々な街を巡り、各国の進軍状況や兵器の情報を集めて報告するのが役目となっていた。役目と言ってもダオスさんに命じられて行動しているわけではない。魔術も法術も使えないただの人間であり、かといって戦士として戦闘に長けているわけでもない私が彼の役に立とうと思ったら、この程度の働きしかできないというのが正直なところだ。

「若い剣士の一味が、魔王討伐の為に魔剣を探しているらしい」

そんな私の耳に聞き捨てならない噂が入ったのは、ある街の酒場でのことだった。

「へぇ、気概のある奴らがいるもんだ」
「だよな。フレイランドにその剣があるとか無いとか言って旅立っていったらしいぜ」
「フレイランド!?あそこはカラッカラの砂漠しかないしバカみたいに暑いし、俺はごめんだね」

その剣がどんな力を持つものなのか、そもそも本当にそんな剣が実在するのかも私にはわからない。けれどそれが魔王討伐――つまりはダオスさんの目的を阻むものであるならば、決して彼らの手に渡すわけにはいかない。そしてもしその剣を先に我が手にできたなら……きっとダオスさんも喜んでくれるだろう。

「……という噂を耳にしたので、真偽はともかく私もフレイランドに向かってその魔剣を取りに行きたいのです」
「確かに事実なら厄介ではあるが、お前ひとりでは危険すぎる。その手の物は大抵、腕に自信のある魔物が守っているものだ」
「ご心配には及びません。確かに私はダオスさんみたいに魔術は使えないですが……この通り武器もありますし、剣術の鍛錬も続けていますから」

腰に携えた二振りの短剣は、元々持っていた護身用のものより遥かに攻撃力を高めた本気の戦闘用。見せて余裕をアピールしてみるが、どうにも彼の表情は険しいままだ。何か考えているのか、ダオスさんの薄く形の良い唇が硬く閉じられたまま無音の時間だけが刻々と流れていく。

「……わかった。だがお前ひとりではあまりにも心許ない。私も行こう」

作り物と見まごうほど美しく整った顔に柔らかな笑みを浮かべて返ってきた答えは全くの想定外。思わず面食らうが、そんなこんなで私たちの旅は始まることになった。


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南の大陸フレイランド。アセリアの中でも唯一、広大な砂漠が延々と続く灼熱の大陸だ。乾いた日差しが容赦無く照りつけ、緑が少なく水が貴重なこの土地はそれだけでも人間にとって過酷な大地だけれど、その上一歩街を出れば他の地域以上に火の取り扱いに長けたモンスターたちが、彼らもまた生きる為に躊躇いなく襲い掛かってくる。現状『魔剣はフレイランドにある』以外の手がかりを得られていなかった私たちは、まず大陸最大の街でさらなる情報収集を行うことにしたのだが。

「どうだ、これなら目立たなかろう?」
「……ダオスさん、似合いすぎてそれはそれで目立ちます」

降り注ぐ猛烈な日差しと暑さを凌ぐため、そして何より、普段着ではどう足掻いても姿が目立ってしまうダオスさんのために服装を現地の文化に合わせてみたら。

「まるで砂漠の国の王子様ですね」
「王子か……そんな頃もあった」

そもそもこの人は元から王である、ということを一瞬忘れていたことは秘密にしておこう。頭部を日差しから守る白いターバンは、まさに王に相応しい気品溢れる宝石と羽飾りで留められている。日除けにもなるマントとストールには華やかな模様が描かれていて、ずっと眺めていても飽きることがない。腰を飾るベルトにはこれまた眩い輝きの宝石が幾多にも散りばめられていて、彼の腰が動く度にきらきらと光を放つ。暑い場所でも通気性を保って涼しさを感じられるよう、普段のダオスさんの服とは打って変わってゆったりした作りのアンダーウェアに、一目見ただけで手間がかかっていると解る豪華な金の刺繍が惜しみなく施された靴からは、女性の肌と見紛うほど白く滑らかな甲が覗いている。けれど何より、一朝一夕では到底纏うことなどできない王の気品がこの装いに深い説得力を持たせている。

「私の支度は済んだが、お前の方はどうだ?」
「私の準備も整いました。格好はダオスさんに比べたら地味ですが……これはこれで王子と侍従のようで悪くないですね」

私の方はと言えば、何の装飾もない単調な白のローブを頭からすっぽりと被り、口元も日除けの布で覆っているため見えているのは目元のみという華などまるでない姿。旅をする王子とそれに付き従う侍従だと仮に10人に説明したとして、10人全員があっさり納得してくれそうな組み合わせだ。今回の装備を整えるにあたっては、道中の砂漠で狩った魔物の素材を売り払って得たお金を使用したが、彼がこの長旅を少しでも快適に過ごせるためなら、私の装備など必要最低限で十分なのだ。

互いの装備が整ったところで、早速この街で一番大きな市場通り――ここでは市場をスークと呼ぶらしい――での情報収集を開始する。が、さすがに聞き込みは怪しまれるため難しい。

「今はどこも"魔王"の話で持ち切りですからきっと何か収穫はあるはずです。他人の会話の盗み聞き、なんて品が無いですが」
「良くも悪くも話題になるのは慣れている」
「……さすが王様ですね」

一星の王ともなれば、その一挙手一投足が国民の話題を呼ぶであろうことは庶民の私でも容易に想像がついた。何ら普通の男性と変わりなく隣を歩いている彼と私ではあまりにも生きてきた世界が違うことを改めて思い知らされる。そんな彼と今は一緒に砂漠の街を偵察しているのだから、世の中何が起こるかわからないものだ。なんて考えながら、人でごった返すスークでそれらしい話題を挙げていそうな人物を探して歩く。今歩いているマスヤーフ通りのスークは布張りの天井でいくらか日光は遮られているとはいえ、生物の発する湿った熱と合わさった特有のべったりした暑さは身体に堪える。当初は群衆に紛れるためだったが、砂漠の気候に合わせた衣服に着替えておいて良かったと心から思う。

「暑ければいつでも休憩しますから仰ってくださいね」
「お前も無理をするでない」
「ふふ、ありがとうございます」

ダオスさんは王様なのに、意外と環境の変化に耐性があると思う。都の貴族たちなんて道楽三昧の我儘放題だというのに、彼にはまるでそんな様子がないのが不思議だ。鬱蒼とした森だろうと灼熱の砂漠だろうと必要であれば足を運ぶし、野宿となっても文句ひとつ言っているのを聞いたことがない。こんな王様の元で暮らせる国民が正直言って羨ましい。

「焼き立てのバクラヴァ!今ならおまけするよ」
「部屋の模様替えに織り絨毯はどうかい!」
「うちのオリーブ石鹸で肌がすべすべに!」
「……それでね、私その剣士さんたちに炎の塔の場所を伝えたの!」

うだるような暑さの中でも威勢よく響く呼び込みの声に紛れて、気になる言葉が耳に入る。ちょっと待って、とダオスさんに手で合図し、彼の手を引いて一緒に近場のベンチに腰掛ける。これは群衆にうまく紛れて怪しまれにくくなるという、偵察の経験を積んで得た技だ。

「魔王を倒すのになんで炎の塔なんかに?修行?」

言葉の発生源は通りに面した喫茶店。シーシャという、この地域で長く親しまれているらしい水タバコの装置を囲んで談笑している妙齢の女性たちのようだ。

「それがね、なんか塔の一番奥に変わった剣があるんだって。それで魔王が倒せるらしいの。
 魔剣フラン……ベルジュ、だったかなあ?
 そんなことより剣士さんが爽やかで見た目も格好良くて私惚れちゃいそうだったわ」
「サリーマってば、本当に面食いなんだから!」

魔剣、剣士、魔王を倒す、そして炎の塔。まさかこんなに早く決定的な手がかりを得られるとは。トントン拍子に事が運ぶ嬉しさについ小躍りしなくなる気持ちを抑えつつ横で静かに座っているダオスさんに目配せすると、彼にも件の会話が聞こえていたのか小さく頷きが返ってくる。

「魔剣は炎の塔にあるみたいですね。この街からだと少し距離がありますから、念の為雑貨屋で装備を整えてから向かいましょうか」
「ああ、それが良かろう」

ベンチから立ち上がり、ふたりで最寄りの雑貨屋へ向かっていた時だった。

「……そこのお兄さん、どこの国からお忍びで来たんだい?」
「ちゃっかりキレーなおネーチャンまで連れちゃってさ!」
「金目のモノを寄越せば穏便に返してやるぜ?」

ケケケと下品な笑みを浮かべて、如何にも粗暴そうな男たちが私たちふたりを取り囲む。恐らくダオスさんをどこかの国の貴族だとでも思い込んでいるのだろう。確かに広い意味では間違いじゃないけれど。

「……金目当てなら好きなだけくれてやる。今すぐ私の目の前から消え失せろ」

ここで抵抗するのは愚策とはいえ、ゴロツキにガルドの入った皮袋をあっさりと投げ渡してしまうダオスさん。王様にとってははした金額かもしれないけれど、小市民からしてみればなかなかの大金が入っていた袋なだけに、今後の装備調達をどうしたものかと一瞬でも考えてしまう自分の庶民感覚が悲しい。

「これっぽっちの金じゃあ足りねぇよ?」
「そっちのおネーチャンが服の中に隠してる分ももらわねぇとなあ?」

ゴロツキ連中がじりじりと距離を詰めて迫ってくる。連中は私たちの持ち物、それこそ場合によっては命まで根こそぎ奪うつもりのようだ。異変に気付き始めた人の群れがザワザワと私たちを取り囲み、人だかりから注がれる幾重の視線が私たちを貫く。

「……私の後ろにいろ。まとめて薙ぎ払う」
「術は駄目です、この状況では目立ちすぎてしまいます」

確かにダオスさんの魔術であれば、こんな連中など容易く屠れるだろう。しかしアセリア全土を恐怖に陥れた魔王がこんな街中に現れたとなれば、大騒ぎどころでは済まなくなる。私はダオスさんの一歩前に出て、腰に携えた双剣の柄に手を掛けた。どこからでもかかってくればいい。

「……私に考えがある」
「お前ら!やっちまいなッ!」
「お前の剣を片方借りるぞ」

連中のリーダー格と思われる男の掛け声に合わせて、ゴロツキのひとりが手にした斧を私めがけて振り下ろす。構えた剣を抜こうとした刹那、私の片方の短剣を抜いたダオスさんが刀身でゴロツキの斧を受け止めると、空いた腕の拳で見事なストレートパンチを決めた。たった一発なのにゴロツキは起き上がることすらできず、ううっ、とくぐもった呻き声をあげて地面に伏して悶えている。さすが、たったひとりで全世界を相手に戦う男は違う。

「てめぇ!よくも!」
「……愚かな」

柄に鎖が取り付けられた戦鎚を、今度は別のゴロツキがダオスさんめがけて振り回す。遥かに重量のありそうな戦鎚でも難なく剣で受け流すと、靭やかな彼の長い脚が思い切り顔面を蹴り倒した。一連の動きがあまりにも美しく優雅で、戦闘中だというのについ見惚れてしまう。

「今度は俺が相手だァ!」
「とっとと潰されちまいなッ!」

二方向から剣の同時攻撃。さすがに彼が危ないと今度こそ私も剣を抜こうとすると、お前は下がっていろ、と手で後ろに隠されてしまった。
片方の剣を軽やかにかわすと、もう片方の剣を手にした短剣でカンッ、と受け流す。流れるその動きを利用して短剣を手の上で回転させ素早く逆手に持ち替えると、攻撃をかわされバランスを崩したゴロツキの胸に血の直線が刻まれる。痛みで僅かに怯んだスキを逃さず、蹴りを入れてふたりまとめて薙ぎ倒してしまった。剣劇の一場面とさえ思えてしまうような華麗な戦いぶりに、群衆からわっと歓声が上がる。

「今のうちに」
「……待ちやがれ!」

結局何も手伝えないまま立ち尽くす私の手首をダオスさんが掴み、こちらだ、と細く入り組んだ裏路地を一気に駆け抜ける。後ろからゴロツキ連中の騒がしい足音が複数追いかけてくるが、振り返っている暇など無い。

「……行き止まりか」

ようやく抜けた先の路地は三方を建物の壁に囲まれていた。

「積荷を登れば屋根に上がれそうです」
「……悩んでいる時間は無さそうだな」

足音はすぐそこまで近づいてきている。階段状に積まれた木箱を登り、建物からせり出した木製の杭の上を飛び、建物のバルコニーに飛び込む。よく見れば運良く積まれた織り絨毯の山があり、踏み台にすればあっという間に建物の屋上まで辿り着いた。

「アイツらはどこだ!?探せッ!」

下の道からは、私たちを見失ったゴロツキたちが駆け回る音が聞こえてくる。時折バタンガシャンと何かが倒れたり散らされたりする音が混じり、随分と派手に暴れまわっているようだ。

「愚か者共が失せるまで、ここで少し身を潜めておくのが賢明か」

屋上には、休息用なのか木柱に布を張った質素な小屋が築かれていた。見渡せば他にも点々と同様の小屋が建てられた場所があり、どうやらこの地域特有の建造物らしい。中に誰もいないことを確認してまずはダオスさんが潜り込む。引かれた手に導かれるまま私も中にお邪魔するが、大の大人ふたりが入るにはかなり窮屈な大きさの空間だ。必然的に彼に膝の上で抱えられるような姿勢で丸くなると、お互いの心臓の鼓動が聞こえそうなくらいに密着してしまう。もっとずっと深くお互いの身体を知っているはずなのに、こういうのはやっぱりドキドキする。

「……お怪我はありませんか?ごめんなさい、私全然戦えなくて……」
「気にするな。あの程度ひとりで対処できぬようでは、私も実りなど到底手に入れられぬ」
「ふふ、格好良かったですよ」
「……」

返答こそ無いが、満更でもない表情を浮かべているのが如何にも彼らしく、可愛らしい。

「ダオスさんって剣もお使いになれるんですね」
「……多少はな。あまり得手ではないが」
「あれで得意じゃないなんて、信じられないです」

まるで自分の手のように短剣を自在に操る姿は、きっと誰が見ても彼を剣の達人と信じて疑わないだろう。

「今度稽古をつけていただきたいくらい」
「ふっ、私の前でお前に剣を抜かせるつもりはないぞ」

ダオスさんが指で、私の腰の鞘に納められた剣の柄をこつこつと叩く。

「お前は大人しく私に守られていればよい」

逞しい腕に抱かれてそんな男前なこと言われたら、余計に心臓がばくばくと大きな音で私の身体を内側から叩いてくる。いい歳して生娘のように全身が勝手に熱を纏うのはきっと暑さのせいだ。なのに彼の腕がぎゅっと私を抱き寄せてくる。彼には私の心は筒抜けなのかもしれない。

「……さて、じきに静かになる頃合いか」

恐らくそれほど時間は経っていないはずだが、私の体内感覚ではかなりの長時間こうして抱かれたままだったような気さえしてしまう。街の喧騒はすっかり元に戻っているようで、今なら路地に戻っても問題はなさそうだ。本音を言えば、もう少しこうして彼のぬくもりに包まれていたかったけれど。

雑貨屋で装備を改めて整えたのち、私たちが炎の塔最奥部に辿り着いたのはそれから数日後のことだった。そこにはフラムベルクという、一目では角の生えた人間のようにしか見えない魔物が待ち構えていた。

「なんだ、また人間か!次から次へと我になんの用だ!」

フラムベルクは私たちを面倒そうに見下ろす。また人間、という彼女の言葉に嫌な予感がする。

「……私たちの戦いに貴方の愛剣が必要なのです。しばらくの間貸していただけませんか?」
「ふん、惜しかったな。炎の剣はもうここには無い。先刻、赤いマントの剣士が持っていったからな」


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延々と続くように見える砂漠の中にもオアシスと呼ばれる、水が湧き出し緑溢れた場所が存在する。塔からの帰り道は既に日も沈み、辺りはいよいよ暗闇に包まれる直前だった。砂漠というのは意外にも昼夜の寒暖差が大きく、昼間の灼熱地獄とは打って変わって今は心地の良い夜風が肌を撫でるように吹いている。ふと見上げれば、陽の光に隠れて見えなかった月と星々の瞬きが、私の落ち込んだ気持ちとは裏腹に大空を賑やかに飾り付けていた。

「……せっかくここまで来たのに、魔剣を奪われてしまうなんて」
「そう落ち込むでない。実りを得るまでの道のりが険しいことなど初めから承知の上だ」

泉に浸けられたダオスさんの指先から、水面が踊るように波立つ。映し出されていた天空の星々の明かりが波に揺られてキラキラと輝いた。もし魔剣を手に入れられたなら、きっと晴れ晴れした気持ちでこの絶景を楽しむことができただろうに。

「……ダオスさんはあまり気にならないのですね」
「そうだな。例えどんな魔剣で刃向かって来ようとも……かかる火の粉は振り払うのみ」

そう言って手で掬った水に口付けるダオスさんの横で、私も同じようにして水を口に含む。暑さと渇きを癒やしてくれる冷たくて美味しい水。けれど、この沈んだ気持ちまで水は癒やしてはくれない。彼はさっと水分補給を済ませると、椰子の木の根に僅かな荷物を置き、手際よく泉の水をボトルに補充し始めた。本当に気にしていないのか、それとも私に対する失望を上手に隠しているのか。ターバンで大部分を覆われた今の横顔からは判断がつかなかった。

「私、本当は……何の根拠もないのに噂を聞いただけで、魔剣を手に入れた気持ちになってしまってたんです」

水面の星たちは、楽しそうにゆらゆらと瞬くのを止めない。隣から、こぽこぽ、とボトルに水が満たされていく音だけが響いていた。

「……私は魔術も法術も使えないし、ダオスさんのように一度に大軍を迎え撃てるような戦いの腕もありません。今の私にできる事と言えば、各地を偵察してまわって進軍のための情報を集めることくらいです。それがやっとまともに役に立てると思って出てみたら……ははっ、このザマです」

正直に吐き出してみると、自分の馬鹿さ加減が自分で可笑しくなって、つい笑ってしまう。

「……たまには役に立つところ、見せたかったんですけどね。これじゃあかっこ悪すぎて、恥ずかしいです」

かちゃ、という無機質な音。ボトルの蓋が閉まったのだろう。

「……言っておくが、私はお前に、戦いの戦力となることをはじめから期待していない。一度でも、その腰の剣で魔術を封じた素手の私に勝てたことがあるか?」
「……無い、ですっ……」

彼は取り繕ったような美辞麗句を口にしない人だが、それは世辞も同様だ。確かに彼の言う通り、力試しのために何度手合わせしても私が彼に勝てたことなど一度も無かった。彼に得意の魔術を封じてもらっているにも関わらず、である。そもそも私ひとりの戦力など、冷静に考えれば位の低い魔族たちにも劣るのだ。そのことさえ棚に上げてひとりで躍起になっていたのかと思うと、尚更に恥ずかしくなる。

「何も責めているわけではない。こうしてお前が無傷でいてくれて私は安心している」
「でも……私は今回も、あなたの役に何も立ててない」

彼は黙って水に満たされたボトルを鞄に戻していた。広い背中に柔らかな金の長髪がふわりと動いている。後ろ姿の優雅さとは裏腹に、そこから彼の感情は全く読み取れなかった。視点をどこにやればいいのかわからなくて、彼の背中と水面の星々を交互に眺める。落ち着きを取り戻した水面は、いつの間にか天空を映し出す大きな鏡に戻っていた。

、私がお前に、戦果を持ち帰れと命じたことはあるか?」
「それも……ないですけど……」

ふいに腕を取られ、身体がくるりと回転する。バランスを崩しかかった腰に、やや硬さを感じる男らしい腕がそっと添えられていた。私を見下ろすガラスのように透き通ったブルーの瞳には月光が差し込んで、それは吸い込まれそうなほど幻想的でありながら、どこか淋しさをたたえているように見えた。

「私はお前を失いたくない……お前は私の傍にいてさえくれればそれでよい」

ぐっと抱き寄せられて、私の身体は彼の締まった胸の中にすっぽりと収まってしまう。服の上からでも彼のぬくもりが伝わってくる程に強く強く抱き締められるのは、その言葉が嘘でないと示してくれているのか。

「……戦争というのは、ただ力任せに戦えばいいというものではない。特に我が軍勢は、戦力の総数で考えれば圧倒的に不利な立場だ」

恐らくこれまでも、王として彼は幾多の戦いに身を投じてきたのだろう。私を抱き締めて包み込んでくれるその腕はこんなにも優しさに溢れているのに、紡がれる言葉に乗せられた重みに、彼の背負う重責を改めて思い知らされる。

「勢いに任せて戦火を広げれば、我が軍の戦力も無駄に消耗することになる。場合によっては戦況を覆される恐れすらある。私の故郷は今にも滅びんとし、私には無駄な時間など一秒もない。だが功を焦ってはならぬ。知略と策謀を駆使して最小の犠牲で最大の戦果を得なければ、我々に勝利は無いのだからな」

そのために、と呟く彼の指が私の頬と輪郭を優しくなぞる。夜風に当たって少し冷たくなった肌に落とされる彼の熱がじんわりと心地良い。

「お前のもたらす情報は有益だ。お前は十分過ぎるほど私のために働いてくれている。その情報を利用して戦うのは私の役目だ。だからひとりで魔物の居城に乗り込むなどと……無茶をするな」

私がちゃんと生きてそこに存在していることを確かめるように、ダオスさんの手が私の背中を、腕を、肩を、首筋をゆっくりと慈しむように撫ぜる。砂塵のせいで乾き切っているだろう髪の毛先が、その白くて長い指にくるんと巻かれては愛でるように解かれていく。彼に余計な心配をさせてしまったことが申し訳なくて、ごめんなさい、と彼の硬い胸にこつんと額を当てた。

「理解したならそれで良い」

髪を梳いていた手でくいと顎を上に向けられ、瞬間、私の唇は熱いもので塞がれた。

唇に落ちた熱が名残惜しそうに離れていく。甘くて熱いキスの余韻から目覚めるようにゆっくりと瞼を開けると、城に居る時と変わらない穏やかで優しい瞳に私は捉えられていた。

「……こうしてお前が傍にいるだけで、どれほど心が救われるか」

どんなに苦しい場面でも星の為民の為と自らを奮い立たせ、弱音のひとつさえ吐かない彼は本当に強い。戦いの腕はもちろんだが、ただひたすら故郷を想って異星の地で独り戦い続けることができる王様なんて、きっとこのアセリアには一人とていないだろう。それでも彼にだって心はあるし、時には何もかも投げ出したくなることだってあるに違いない。そんな時に、彼を支える……なんて大それたこと言えないけれど、戦力になれないのならせめて、少しでもその重たい荷を一緒に背負えるなら背負いたい。そうすればきっと、彼の荷も少しは軽くなると思うから。

「ダオスさんのように戦いは強くないですけど……それならばせめて、その背中に背負ったもの、私にも背負わせてくださいな。ひとりで背負うには、重すぎますもの」

彼が私にそうしてくれたように、今度は私の手のひらで彼の頬を包んでみる。

「ん……」

私の運命は、貴方と共に。その思いを込めて、彼の唇に口づけを返すと、腰に回された腕にぎゅっと強く抱き締められた。

「……私の進む道はこの先も修羅の道だ。だがお前と進む以上、必ずや我が使命を果たしてみせねばな」
「ふふ、どこまでもご一緒させてくださいね……?」

水辺に生い茂った草木の葉から、ぽたんと夜露が泉に落ちた。生み出された波紋はゆっくりと輪を広げて、水面に瞬く星々を再び煌めかせる。まるで祝福するかのように光り踊る星々をしばし眺めてから、私たちはもう一度、甘いキスを交わしたのだった。


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軽く横になっただけのつもりが、つい寝入ってしまった。夜も深いのか、椰子の葉が夜風に揺られてさわさわと穏やかに音を立てている以外の音は何も聞こえない。いや、ひとつだけ聞こえてくる音。それは小さくも規則正しい寝息だった。私のすぐ横で、エリュシオンの王様は子どものようなあどけない寝顔を晒している。過酷な環境下での長旅に、さすがのダオスさんもお疲れのようだ。私の頭の下には彼の腕が横たわっていて……そうだ、彼に腕枕されていたのだと思い出す。

砂漠の乾いた空気のせいか、少し喉が乾いた。泉の水をいただこうと身体を起こそうとした瞬間、ごろりと彼の身体が私にのしかかる。ちょうど半身の腕と脚が私の身体を抱き締めるような形になって、それが単なる寝返りなのか、それとも本当は起きていて故意なのか、私にはわからなかった。でもそんなこと今はどうでもいい。私の目と鼻の先で静かな寝息を立てる彼の顔は、本当に何度見ても人工的に作られた人形なののではないかと思うほど美しく整った輪郭をしている。肌はひとつの粗さえ見つからない陶器のような滑らかさで、月の光を反射して美しく輝く柔らかな金の髪が顔にかかってちらちらと揺れている。もしも王家などという血筋に生まれなければ、この人は故郷の命運など背負わされることもなく、この美貌を活かして望むままの暮らしができただろうに、なんてきっと彼は考えたこともないのだろう。もっとも、そうであったら私は彼と出会うこともないのだけど。改めて思えば、本当に不思議な運命の巡り合わせだと思う。

ずっしりと心地の良い重みは私の身体を包んで離そうとしない。この身体にどれだけの重責を背負って、今まで孤独に戦ってきたのだろうか。けれどそれももう終わりだ。例え地獄を突き進むことになろうとも、私は彼の傍で、彼の荷を共に背負うと決めたのだから。

喉が乾いていたことなんてすっかり忘れてしまっていた。今はこうして少しでも彼のぬくもりを感じていたい。私は彼の身体に腕を絡めて、もう一眠りすることにした――


---END---


Good!(お気に召されたら是非…!)

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