ミコトたちの手当てのおかげか、その人は一命を取り留めた。 ずっと彼の手を握り締めていた女性も、周りの人も…皆、良かったと顔を綻ばせる。 身体に響かないように慎重にその人が運ばれていくと、すぐに他の人が、赤くなった地面を綺麗にしていく。 ふ、と詰まっていた息を吐いて、ミコトは緩く首を振った。 綺麗な水が張られた器が差し出され、礼を言って赤くなった手を洗う。 「お疲れさまでした、ミコトさま」 「いえ…私より、皆の方こそ」 一緒に手当てをした人々を見渡す…疲れよりも、人が助かったことに対する喜びを強く浮かべていた。 「……本当に、良かった」 一人が呟き、それを聞いた人たちが同意して首肯く。 人だかりは崩れてきてはいたが、安堵で騒めく人々の声はまだ止むことはなかった。 その中を、ウエナを抱えたままのソラがやってくるのを見てミコトは顔を綻ばせた。 「ソラ…ウエナも」 「ご苦労であったな、ミコト」 ちょこん、と居心地良さそうにソラの腕に座っているウエナが、ミコトを見て微笑む。 「…マナイが、行ってもいいと言ったから…」 しゅん、と肩を落としているソラを見て、ミコトは苦笑する。 「いや…すまない、来ても大丈夫だった」 「そうか」 良かった、と安心するソラ。 そんな彼を見て、周りの人たちに先程までとはまた違った騒めきが起こっていた。 「…?」 戸惑って周囲を見渡すと…近くにいた人がソラに話し掛けてくる。 「あなたさまが、今日参られた稀人で?」 「ああ…」 集落に来る前に、ミコトから言われていた通りソラは首肯く。 自分は稀人で…輪人ではないけれど、輪人の友…笑顔を交わせる相手なのだと。 ソラが首肯いた瞬間、周りの人が一斉にどよめいた。 「……!?」 困ってミコトを見るが、彼は苦笑してソラに言った。 「気にしなくてもいい…皆、喜んでいるだけだ」 「…そう、なのか?」 不思議そうに首を傾げると、ウエナは面白そうに一緒に首を傾げる。 「そうですとも…良く無事に参られました」 先程ソラに話し掛けた人が、嬉しそうに微笑む。 それを皮切りにして、周りに集まっている輪の人々が次々にソラに近寄り話し掛け始めた。 一斉にたくさんの人から話し掛けられて、困惑するソラ。 ウエナはそんな彼をただ面白そうに見つめて笑みをこぼしていた。 「ミ、ミコト…!」 必死な声で呼ばれて、ミコトは苦笑する。 これはソラに限ったことではなく…稀人を、輪人は常に喜びをもって迎えていた。 それがこうして稀人の困惑を呼ぶのも、そう珍しいことではなかった。 …戦人が現われてからというもの、稀人が来る数も減っていたから…その喜びもまた、一段と強くなったのかもしれない。 全く、と苦笑を重ねてミコトは声を上げる。 「…皆、嬉しいのは分かるが…稀人が困っているだろう?」 「…おお、これはこれは」 は、と彼らは困っているソラに気が付き苦笑した。 「申し訳ありません…つい、嬉しくて」 そうソラに向かって謝る人々は、本当に嬉しそうな笑みを浮かべていた。 そんな笑顔を見て、ソラもまた微笑む。 「いや…喜んでくれたのなら、俺も嬉しい」 彼のことばを聞いて、皆もまた笑みを浮かべた。 「おやおや…もう賑わっておりますなあ」 ひょこ、と戻ってきたマナイが小さくて丸い目を瞬かせる。 「マナイ…どうであった?」 ソラの腕に腰掛けたまま、ウエナがマナイに問い掛ける。 彼は先程の怪我人の家まで付き添って、様子を見てきていた。 周りの人もそれを知っているから、多くの視線がマナイに集中する。 それを悠然と受けとめ…彼は口を開いた。 「しばらく休んでおれば、大丈夫でございます」 そう言って微笑むマナイを見て、皆は改めて喜びを浮かべた。 「本当に喜ばしいことです……さ、まずは宴の準備を続けましょう。稀人との語らいはそれからでも遅くはありますまい」 マナイのことばに、皆は納得して首肯き…それぞれの作業に、戻っていく。 再び心地よい騒めきが、集落中に広がっていった。 それから日が暮れるまで、集落では人々が忙しく立ち働いていた。 普段人々が持っている役割を生かし…次々に準備が整えられていく中を、ソラは嬉しそうに見回っていた。 腕に乗ったままのウエナに案内され、彼は今まで見たこともない道具や、食物が作られていくのを面白そうに見ていた。 ミコトは色々な人の仕事を手伝いながら、そんな彼を見て微笑む。 新しく見るもの全てに目を輝かせて、嬉しそうに笑っている彼の姿を見るのは本当に嬉しかった。 …結局、話はまだ出来ていないけれど。 それでも…今宵の宴も楽しんでくれたらと、ミコトは思った。 next→ novels top 解説38 |