「同じ………」

茫然とミコトは呟く。

…確かに、異形の姿ではないときのソラは、全く輪人と変わり無かった。

だが、だからといって…あの、姿は。

「……真、でございますよミコトさま」

「…マナイさま」

ミコトの表情を見たマナイは、ゆったりと微笑んだ。

「信じられないのも無理はありませぬが……少なくとも、私めの知識によりますれば」

くる、と手のひらの中で器を回してマナイは続ける。

「…元はその石は、万能薬のようなものだったと聞きます」

人の怪我を直し、枯れた草木を蘇らせ、家畜を増やす。

その石を使うことで人の暮らしはますます楽に、豊かになった。

しかし。

「……あるとき、一人の人が言い出したそうです」

ヒトの体内にその石を入れたのなら、一体どうなるのだろうかと。

黙って聞いているミコトをちらりと見、マナイは言う。

「他を変える力を持つ石であれば…自らを変えることも可能だろうと」

始めは偏見の眼で見られたその人と賛同者達たちは、しかし彼らの望む身体を手に入れる。

それぞれ、ヒトではない他の生きものの力を真似て……強い力を得たり、空を飛んだりと。

そしてその力を何かに役立てようともせず、ただ自身の欲求のためだけに行使し始めたのが……

「それが、戦人の始まりです」

ひたすらに戦い、諍い、殺す。

得た力を試すために。その力を誇示するために。

マナイは静かにそう言い、器を床に置いた。

「………」

ミコトは黙ってその置かれた器を見る。

使い古された茶器が炉の火に照らされて鈍く光っていた。

「戦人にならなかった人々は、必死に彼らに抵抗しました」

「……抵抗?」

ミコトは声を上げた。

それに気が付き、マナイは答える。

「戦人と、戦ったのです」

「……それでは戦人と同じではありませぬか」

ミコトは眉を寄せた。

輪人は、誰かと争うことがない。

人に上げた手は、自らに戻ってくる…輪人にとっては、常識以前のこと。

「戦えば、戦っただけ輪は乱れます」

迷い無く言い切る彼を目を細めて見つめ、マナイは苦笑した。

「……その通りでございます、ミコトさま……」

「……マナイさま?」

ミコトはまた彼の瞳が哀しげな色を帯びたのに気が付いたが……マナイはゆっくりと目を閉じた。

「戦人と、そうでない人々との戦いは……地を更に荒廃させました」

弱っていた地も人も、容易に傷つけられたと言う。

「もはや人が住めぬ土地とまで、なり……残された人々はわずかに残った泉へとすがりました」

そこだけは、水が沸き出で地を人を潤したから。

「そこで力を貯え……戦に疲れた祖は、その地を離れることにしたと言います」

戦によって、泉のように湧き出る心を失う前に。

そして、彼らはこの輪の地に辿り着いた。

「……これが、我らが輪人となった由縁です」

全ては斉しく輪の中にあり。乱せば即ち己れを乱す。

過ちを二度と繰り返さぬように………祖の地での知識は、限られた人しか知らぬものとなった。

滔々とことばを紡ぎ、マナイは大きく息を吐いた。

「……我らの祖が、祖の地を離れたのち……戦人がどうなったのか知る由はありません」

しゅんしゅんと湯が沸く音が響く。

「だから……なにゆえ、彼らがこの地を訪れたのかは分かりませぬ」

マナイはゆっくりと目を開け、ミコトを見て微笑んだ。

「……私めがお教えできるのは、ここまでです」





「…………マナイさま」

「そうそう、戦人の特徴……身体の一部に彼らが模した生きものの模様があるのだと……それでかの骸が戦人だと分かったのです」

言い忘れておりました。と飄々と言い加えて、マナイは新しく茶器に湯を注いだ。

湯気がゆらりとミコトの頬を撫で、ミコトはようやく人心地ついたように息をついた。

「………確かに、彼にも模様があります」

先の説明でマナイに言うのを忘れていたが、確かにソラにも刺青のようなものがあったのをミコトは思い出す。

いつもは黒髪の間に見え隠れする程度なので、意識することはほとんど無いのだ。

「そうでありましょうなあ」

マナイも落ち着いて、のんびりと湯が張られた器から茶器に湯を注ぐ。

「…額に、白く……何の模様かは分かりませぬが」

ばちゃ、と湯が跳ねた。

「マナイさま…!?」

「………っとと、手が滑ってしまったようで……」

苦笑しながら慌てて注ぎ損ねた湯をマナイは布で拭う。

急いで炉の向かいから寄ろうとするミコトを視線で制し、微笑んだ。

「…いい加減年ですかな、耄碌していけない」

「……お年を召されたようには、思えませぬが」

実際、ミコトの記憶にある限り……マナイの外見の変化はほとんどなかった。

素直にそう言うと、マナイは嬉しげに笑む。

「ほほ……ミコト様はこんなに大きくなられましたのになあ……」

ほれ、と家の柱にある背比べの傷を示されて、ミコトは苦笑した。

幼い頃、ミコトがここに遊びに来たときに付けた傷である……その横に、ウエナが付けた傷も見えた。

「……おかげさまで、何とかここまで」

傷を見つめながら微笑むミコトの横顔を見つめ、マナイは再び茶器に湯を注ぎ始める。

しばらく……ゆったりとした時間が流れた。

湯を注ぐ音、遠くから聞こえる子供たちの声……小さく聞こえる人々の嘆きの声。

耳を澄ますと、ざわざわと森の木々が揺れる音が聞こえてくる。少し、風が出てきたのだろうか。

器に残っていた冷め切った茶をミコトは飲み干した。

口を湿らし、開く。

「……知ることができて、良かった」

こと、とマナイが無言で杓を湯が張られた器に戻した。

……知ったからといって何が変わるわけでもない。

これからもミコトは知らないときと同様にソラに会いに行くだろうし……戦人はまた輪人を害するだろう。

「それでも……何も知らぬままよりは」

「………果たして、そうでしょうか」

マナイが、ゆっくりと口を開いた。

「マナイさま……?」

「……祖の地では、過ぎた知識が災いの元となりました」

そうっと、器に茶を注ぐ。

「………全てを知ることは、決して良いことではありませぬ」

知識を受け継ぐものは、そういって哀しげな瞳で苦笑した。

「………マナイ、さま」

繰り返し、ミコトは彼の名を読んだ。

その瞳を正面から見つめ返し、マナイは静かに言った。

「……お話がございます、ミコトさま」

「……………?」

訝しげに眉を寄せるミコトに手を差出すマナイ。

気が付きその手に器を渡しながらも、ミコトはマナイが言おうとしていることが何か分からなかった。

「………私めを蔑むも、愚かだと罵るのもミコトさまの自由」

ミコトの器に茶を注ぎつつ、マナイは呟く。

「………ですが全ては………これ以上輪を乱さぬためで、ございますれば」

嘆きの声が静かに集落に響いていた。











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