次の日は朝から雨だった。 そういえば昨日はちょっと風が強かった…と、洞穴の岸に寝転び天を見上げながらソラは思う。 青空はもちろん、ソラは雨天を見上げるのも好きだった。 灰色に覆われた空のどこからともなく降ってくる水滴をぼうっと見つめ続ける。 同じ雨でも降り方はそのときによって違うのもまた面白いとソラは思っていた。 それに、雨が降ったときの森も好きだった。 雨に濡れた森は、いつもの雰囲気と全く違うから。 葉は滴によって揺れ、動き……ひんやりとした空気と雨音も好きだった。 特に今日は久しぶりの雨だったこともあるし……ソラは機嫌よくその眺めを楽しんでいた。 ……残念ながら、ミコトは来ないだろうともソラは思っていた。 自分なら雨に濡れても何てことはないが、ミコトが教えてくれたことによると…輪人は身体が冷えて、病気になるらしい。 雨を防ぐ手段もあるにはあるが、すぐに身体を暖めないといけないのだと。 ……ミコトがいる輪人の集落からソラがいる洞穴までは、それなりの距離がある。 雨が降ったら来ないかもしれない、とミコトが言っていたことを、ソラは確かに覚えていたから。 そのために、今日は来ないだろうと……残念ながら、承知していた。 だからといって雨を恨んでも仕方が無いので、ソラは素直に久々の雨を楽しんでいた。 寝返りをうち、ごろんと俯せになる。 草原を叩く雫が跳ねるさまを、彼は面白そうに見つめた。 洞穴の岸からも途切れることなく雫が滴り落ちている。 ソラは一つ、二つ……とその雫が地面を叩く回数を数え始めた。 何も変わりの無い静かな空間に、異質な音が交じったのに気が付いたのはそれが二十になるかというときだった。 「………?」 川の方から、それまで聞こえなかった物音がする。 ぱしゃぱしゃと……何かが動いて近付いてくる音。 さてはまた弟が来たのかと、ソラは口を曲げながらもその方向を見た。 普段は不意に空間から現れる彼だが……気まぐれに歩いてくることもあるからだ。 雨によって多少視界は妨げられるが、特に困ることもない。 面倒そうにその方向を見つめていると…森の中から人影が現われた。 「…………!?」 ソラはがば、と立ち上がった。 人影は草原を見つめ、ぼんやりと立ち尽くしている。 「ミコト!!」 ばしゃばしゃと水を跳ね上げながらソラが駆け寄ると、ミコトは俯き加減だった面を上げて、微笑んだ。 「…ああ、洞穴の中にいたのか」 いないのかと思った。 そう小さく付け加えて微笑むミコトの手を取り、ソラは洞穴の方へと向かう。 「…ソラ?」 素直に手を引かれながらミコトは不思議そうに彼の名を呼んだ。 「……濡れてるじゃないか、ミコト……!」 いつもと同じような服に身を包んだだけのミコトを、ソラは咎めた。 森の中を通ってきたとはいえ、髪は濡れ服は水を吸って重くなっている。 取った手がひんやりと冷たいのに気が付き、ソラは眉を寄せた。 「……雨に濡れたら病気になるって言ってた!」 「あ、あ……すまない」 少々乱暴に洞穴の中に連れてこられ、ミコトは苦笑した。 「……大丈夫、身体が冷えなければ……」 そう言う途中で小さくくしゃみが出て、ソラは思い切り顔を歪めた。 「ミコト………」 「……すまない」 ぐしゅ、と軽く鼻を啜って、ミコトは苦笑を重ねた。 next→ novels top |