06話 青学のレギュラー


「だめよ!桃!動かないで!」
「じっとしてりゃーいいんだろ?」
「そうよ!油断は禁物なんだから!」
「へいへい」

は、青学の男子テニス部顧問である竜崎先生にお願いして、部室で桃城がねん挫をした足に湿布を貼り替えて貰っていた。

「ほれ、できたよ」
「お。サンキュー!」
「しかし、相変わらずお前さんも厳しいねぇ」

竜崎は桃城の方からの方へと視線を変え、感心したように言う。

「桃の怪我に対する意識が薄すぎるんです!なにするか分からないんで、これからもきつく包帯巻いてやって下さい!」
「そんなことねーよ!」
「あるわよ!」
「確かに、もう治る時期になるが、無茶は禁物というのはの言うとおり」
「ちぇっ」

竜崎先生にそろそろレギュラーのメンバーもコートに入っているだろう言われ、と桃城は職員室を後にした。

「しかし、があの試合を見てたなんてなぁ」
「途中からだったけど、ばっちり見てたわよ」
「並の一年じゃねーよな」
「そうね、リョーマは凄いわよ」
「…リョーマ?」
「な、なに?」

ぴたりと立ち止まった桃城は、の言葉に疑問をもつように、の顔を覗き込む。

「お前、越前と知り合いなのか?」
「え。あー…まぁ、ね」
「親戚か?」
「違う」
「分かった!幼馴染だろ!」
「残念。はずれ」

が桃城の回答を一刀両断すると、なにか悔しそうに桃城はいう。

「じゃあ、なんなんだよ!」

一体なんで、そんなに食いついてくるのかとも思うが、相手がアメリカ帰りと噂の一年生の越前リョーマで、昨日、桃が途中までとはいえ試合をした相手なのだから当たり前…とは思う。

相手が桃城なだけに、話しても別になんの問題はないともは考えるが、今朝、リョーマと一緒に学校へいく途中の会話を思い出していた。



「リョーマ。学校の皆には、家のこといつ話すの?」

まさかリョーマと同じ学校だったとは思わなかっただけに、学校の友達はもちろん、部活の先輩たちにもリョーマの家でお世話になってることは話していない。

「俺からは言わないから」
「え?」
「学校じゃ、名前でも呼ばないし」
「なんで?別にそこまでしなくても…」

事実なのだから、別に隠すつもりはないと私は思うが、どうやらリョーマの考えは違うようだ。

「なに?そんなに噂になりたいの?」
「それは、確かに…」

確かに、リョーマの言う事も一理ある。ただでさえ私とリョーマは、テニス部のマネージャーとテニスの新入部員という関係。ましてや一緒に住んでるなんて、変に噂になりかねないのだから…。誰でも、いやに決まってる。

「じゃあ、黙ってるのが懸命だと思うけど?」
「でも、リョーマがなんか冷たいのも嫌!」
「…はぁ」

リョーマは、深くため息をついた。


「桃、そんなにリョーマが気になる?」
「そりゃ、俺に関わらずレギュラー陣は皆そうだろ」
「…桃が負けたから?」
「負けてねーよ!」
「どうだか」
「うるせー!」

桃城は、自分より背の低いの頭を上からガシッ!と鷲掴みにしながら撫でる。

「ちょっと!髪がぼさぼさになるでしょ!」

が桃城とそんなやりとりをしていると、レギュラージャージを着た背の高い凛とした姿が目に入った。

「あ…」
「部長!」
「桃城とか」
「お疲れ様です!」
「仮入部生が多く、人手不足だ。、悪いが練習につきあってやってくれ」
「誰ですか?」
「菊丸の練習につきあってやって欲しい」
「はい!今から、ラケット取ってきます!」

は、着替えで借りている女子テニス部の部室に置いてある自分のラケットを取りに行くため、方向を変えた。


「菊丸先輩!お待たせしました!」
「ごめんね。ちゃん」
「でも、練習で打ち合う相手が私なんかでいいんですか?」
「一年生はまだ実力分かんないしさ。なによりちゃんのボールは、正確だけど緩急が激しいからね」
「菊丸先輩。それ、ほめてるんですか?」
「もっちろん!」
「…あはは」

私の打つボールは放って欲しいコースには正確にくるが、力にムラがあり、練習には最適だと言いたいのだろう。決してほめ言葉ではないと思う…。

「じゃあ、私からいきますね!」
「おっけい!」

そう言うとは、ネットを挟んだ菊丸と向いのコートにつき球出しに使っていたボールを一つ手に取る。

「ねぇ、あの人…」
「たしか、マネージャーの先輩だよね?」
「なんで女のマネージャーがコートに入ってんだ?」

球ひろいをしている仮入部生である一年生達は、の姿にざわめく。

「あれって…」

が来る前、2年の先輩である荒井に、生意気だと絡まれたリョーマは、とばっちりを受け、 テニス部の部長である手塚にグラウンド20周と宣告されたものの、余裕の表情で走り終えて戻ってきたリョーマの目に、 ラケットとテニスボールを手に持ちながら構えて立つの姿が見えた。

「いきまーす!」

がいつもの元気で明るい声がコートに響きわたる。

ビッ!

は、空高くトスを上げ、左手を胸に引き寄せると、回転させるように右腕を伸ばしてラケット打つ。

バシッ!

サーブは、綺麗に反対のコートに決まる。

「すごい!」
「あのマネージャー何者なんだ?」

菊丸の球を当たり前のように返してラリーを続けている。 そんなのことを全くしらない一年生たちはさらにざわめく。

「へー…やるじゃん」

リョーマは、がマネージャーをやる少し前までテニスをやっていたと言うのは本人から聞いていた。 実際、の部屋にもラケットが置いてあったため、出来ないとは思わなかったがプレーを見たのは初めてだ。

「当たり前よ!」

を見て、ざわめいている一年生たちの辺りで聞きなれない女性の声がリョーマにも聞こえた。

「当たり前って、どういうことなんですか?」

リョーマと同じクラスの堀尾がフェンス越しに立ってコートを見るテニスのユニフォームをきたその女性に尋ねる。

は元ダブルスプレイヤーなのよ」
「ええ!」
「女子テニス部でも、将来有望で重要な戦力だったんだから」
「そうだったんだ」

そばにいて話を聞いていた同じ1年のカチローも驚きの声が隠せない。

「…」

リョーマは、そんな話を耳にしてどこか不機嫌な表情になる。

「(自分の方が話してないじゃん…)」

自分の知るは、ほんの一部でしかないと思わされる。

「でも、なんで…ってあれ?」

堀尾とカチローが振り返ると、先ほどの女性の姿は見えなくなっていた。

「どこいったんだろう?」
「そもそも誰だったんだ?あの女の人」

リョーマは、気に入らない様子で睨みつけた後コートに入った。

「ふぅ…」
ちゃん、お疲れ様」
「不二先輩!」
「はい、タオル」
「それは、私の仕事です!」
「あはは。たまにはいいかと思って」
「もう…」

3年の不二先輩は、いつも優しくて頭も良いしテニスだって天才と言われているすごい先輩だ。

「今度は僕も練習に付き合ってもらおうかな」
「む、無理ですよ!」

不二先輩の練習に付き合うなんてとんでもない。体がいくつあっても足りないに決まってる。

「わ、私、まだ仕事が残ってるんで失礼します!」

は逃げるように不二から離れた。

「いつも元気だね。ちゃんは」
「あれくらいでなければ、うちのマネージャーは務まらないだろう」
「そうだね、乾」
「しかし、のおかげで、またいいデータがとれたな」

同じく3年である乾は、メガネをきらりと光らせての後ろ姿をしっかりととらえた。



「おい、越前。もう帰るのかよ?」
「おつかれ」

リョーマは、ひとことだけそう言って急いで部室を出ると、馴染みのある声が聞こえてきた。

「お疲れさまです!」

もちょうど今から帰るところのようだ。 そんなを目にするとリョーマは静かにに近寄る。

先輩」
「へ?あ、リョーマ」
「一緒に帰らないっスか?」
「え…」

いつもと違う雰囲気のリョーマには思わずドキリとするも、すぐにこれは何かあると悟る。

「桃!悪いけど、今日は先に帰るわ!」
「はあ?!」
「ごめん!約束してたの思い出した!」
「お、おい!」

部室にいる桃城に聞こえるように大きな声では、叫ぶと驚いたように桃城が反応するのも聞かず、 はリョーマの背中を押して校門へと向かった。



「なんか、あった?」

校門を出て、学生がほとんど見えなくなったところでは口を開いた。

「…別に」
「また、リョーマはそんな風に…」
「それはの方じゃん」
「え?」
「俺、聞いてないんだけど」
「なにが?」
「ダブルスやってたこと」
「な!…だ、だれに聞いたの?!」
「俺も知らない。コートで変な女が言ってた」
「変な…女?」
のこと、やけに詳しかったけど?」
「多分、か…。余計なことを」
「だれ?」
「私が元ダブルスでペアを組んでた私の大親友」
「へー」

は、諦めたようにリョーマに話しだした。

「小学校4年の時にテニスはじめて、クラブに入ってそこでと会ったの」

リョーマは、黙っての話に耳を貸す。

「それから中学も同じとこ行って、ペアもずっと組んでて試合にも出たことあるの」
「なんでやめたわけ?」

リョーマには、どうしても納得ができなかったのだ。 なぜがテニスのプレイヤーを辞めてマネージャーになったのかが。

「…、試合中に怪我したことがあったのよね」

は眉間にしわをよせてどこか言いづらそうに言う。

「試合中に相手の出した球を追いかけてたら、足を捻っちゃったんだけど…。私、その時何にもできなかった」

テニスに限らずスポーツをしているとよく聞く話だが、 人の事を思う気持ちが強いにとって、大事な人が怪我をしているのになにもしてあげられなかったことが悔しかったに違いない

「その時に私、プレイヤーを支えることができるマネージャーになろうって決めたの。大切な人の力になってあげたいから」
「…らしいよね」
「そ、そう?」

まさかリョーマにそんな風に言われるとは思ってもいなかった。

「俺はその考え、嫌いじゃない」
「え!」

はドキン!と自分の胸が高鳴るのがわかる。こんな風に素直なリョーマは貴重だとも思う。

「そうだ。この話、内緒よ」
「別に言うつもりないけど」
「リョーマとにしか話したことないんだから」
「ふーん」

まるで興味がないようにリョーマは相槌を打つ。

「ちょっと、リョーマが聞いといてそれはないでしょ?」
「だって、そんな話興味ないし」
「あのね。私は、リョーマだから話したんだからね!」
「?」

一体、どういう意味なのだろうとリョーマは思いながら 前にいるを見ていると、その視線に気がついたようにはくるりとリョーマの方を満面の笑顔で言う。

「リョーマのこと、信じてるって意味だよ」
「…っ!」

リョーマは、下を向いてに顔を隠すかのようにして早足でを抜き去った。

「ちょっと!リョーマ!」
「うるさい」
「えー!なによそれー?!」
「…」
「リョーマ!ねー!リョーマってばー!」

は、リョーマを後ろから必死で追いかける。

「(やばい…)」

リョーマは、心を落ち着かせるかのように、グッと自分の胸を制服の上から掴む。 そんなはずはないと、自分に言い聞かせるかのように…。

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