05話 驚愕の仮入部
「わー!新入生の子がいっぱい!」
は、マネージャーということで明日から新入生の仮入部を取り繕う準備をするため、レギュラー部員より一足先に遠征から学校へと戻ってきていた。 入学式には、間に合わないことが分かっていたが、もう少し早く戻れたかもしれないとも思う。
「あれ?そういえば、リョーマはどこの学校なんだろう?」
今まで、当たり前のように家で一緒だった為か、はすっかり聞くのを忘れていた。 リョーマの方は、だれから聞いたのか分からないが、私の学校を知っていたみたいだが…。
「家に帰ったら聞いてみよっと」
は、ひとまず学校のテニスコートへと足を急いだ。
バシッ!
パン!
が、テニスの部室前に到着するとなにやらテニスコートの方でテニスボールの音が鳴り響いている。
「…だれか練習してるのかな?」
それとも部員たちが遊んでいるのだろうか?と思いは、テニスコートを覗くと、自分と1年の時から同じクラスで接しやすい性格からか、自身とも比較的に仲がいい桃城武が誰かと試合をしているのが目に入る。
「え…桃?!」
彼は、背も高く力強いプレーをするが非常にクセモノと言われている。実力も他の部員よりも格段に上手く、団体戦のレギュラーメンバーでもあるが右足をねん挫していたため、レギュラー陣の今回の遠征もお休みしていたのに、何故だれかと試合をしているのかは不思議でならない。
そして、その桃城の相手は一体誰なのだろうか?
「ゲーム1-0、越前リード!」
審判をしている見知らぬ一年生から発せられた聞き覚えのある名字には、首をかしげる。
「越前?」
は、目を細めて奥でサーブを打つ人物に焦点を合わせて、その姿を確実にとらえた瞬間、驚きのあまり一瞬声を失う。
「…リョーマ?!」
来たばかりのだったが、試合の状況ははっきりわかる。桃城が怪我をしているとはいえ、リョーマは確実に桃城の上をいっている。 しかし、今のにとって試合以上に、リョーマがここにいることに驚きが隠せない。 は不機嫌そうに試合を見るなか、ふと昨日のリョーマとの電話を思い出した。
「ねぇ、の学校って青春学園だよね?」
『そうだけど?』
「じゃあ、いいや。言う手間も省けるし」
『え?何が?!』
「別に」
あの時、リョーマが言った“言う手間も省ける”の理由が今となればよくわかる。同じ学校なのだから嫌でも会える。わざわざ教える必要もないと言いたかったのだろう。
「学校を確認しなかった私も私だけどさー…」
いくら学校で会えるとは言え、知っていたのなら事前に一言くらい言ってくれればいいのに。と思わずにはいられなかった の頭が上手く回り始めた一方で、試合もちょうど、リョーマが本気になり、ラケットを右手から左手に持ち替えたことで桃は、リョーマが本当は左利きだと気付くとすぐに試合を中止した。
「まったく、桃も桃だけど今回は…」
は、急いでその場を離れ、こっそりとリョーマがコートから出てくるのを陰で待った。
「はじめまして!桜乃の親友の小坂田朋香です!」
「さくの…ってだれ?」
「えっ!」
先ほどの活躍からか、一気に周りの同級生や可愛らしい女の子に囲まれていたリョーマ。一方、そんなリョーマの様子を陰から睨みつけるように見る影が一つ。
「…」
だが、そんなことに気にも留めず、リョーマはさっさと制服に着替えて、逃げるように帰ろうと校門を目指していた。その時…。
「!」
リョーマは、突然グイッと部室の陰から誰かに左腕を引っ張られ引きずり込まれる。驚いてとっさにリョーマが手を引こうと振りかえるも、その正体を目でとらえた瞬間、身体が硬直する。
「え…?」
リョーマの方を、どこか怒ったようには睨みつけながらグッとリョーマの左腕に力を入れて離さない。
「…どうして教えてくれなかったの?」
「は?」
「学校のこと。教えてくれたら、私、もっと早く学校に戻ってきたのにさ…」
「…」
リョーマは、拗ねるように下を向いて眉を下げたを見る。
「(本当、一体どっちが年上なんだか…)」
一つ年上であるの方が背は高くとも、こうも子供のように拗ねたり、笑ったりとコロコロ表情が変わると自分より年上だなんて考えられない。
「別に。黙ってても分かると思ったから言わなかったんだけど?」
「もう!それ、リョーマの悪い癖だよ!」
は、バッと顔を上げさっきの表情から一変させる。まるで子供をしかる母親のようだ。
「…は?」
「言ってくれなきゃ、わかんないよ!このまま、私は、リョーマの大切な日を全部、後から知れって言うの?!」
「何?俺の大切な日って」
「これからだって、誕生日とかなんかの記念日とかその日だけの特別な日って言うのがあるでしょ!」
リョーマは、言葉を失う。
“言ってくれなきゃ、わからない”
そんなことに言われるまで、思いもしなかった。というより、今までリョーマは他人のことなんて気にもとめなかったのだから当然だ。
「今日だって、リョーマの入学式だったのよ!大切な日でしょ!」
の発想はまるで子供だが、リョーマはこうもまっすぐに純粋に自分への想いをぶつけるから目がはなせなくなる。そんなを見ていると自然と想いが込上がり、言葉が浮かぶ。
「…ごめん」
「だから!…って、え?」
は、先ほどまで無言でただの言葉を聞いてこちらを見ているだけだったリョーマが、やっと発した言葉が意外なもので驚き動きが止まる。
「黙っててごめん」
「えっと…あ。私も言い過ぎた。ごめんなさい。家でちゃんとリョーマから聞いてなかった私も悪かったのよね」
は力を入れていたリョーマの左腕からそっと手を離す。
「ちゃんと話すから」
「うん…リョーマのこと、私に教えて」
は真面目にそう言ってくれるリョーマの言葉にうれしくなり、笑顔でうなずく。
「だったら、のことも話してよ」
「え?」
「俺だけ話すなんて不公平じゃない?」
「…そうね」
確かに、自分が散々リョーマに自身のことをもっと話せと言っておいて、自分は何も話さないなんて可笑しい。筋が通らない。
「よーし!リョーマ!なんでも聞いてちょうだい!」
リョーマは、いつもの調子がもどったに、ホッとするが、普段の調子に戻るとどこか年上気取りなところがあると感じる一方、その発想やどこか勝負越しなところにガキだとも感じる。
「(わかんないよね…。ほんと)」
だからこそ、リョーマはただのことが知りたくなった。 マイペースで人に無関心な自分が一人の女の子を知りたいと思うなんて、あり得ないと自分でも可笑しくなるが、ただ単に興味が出てしまったのだ。リョーマは自分に冷静に言い聞かせる。
「ねぇ、さっそくリョーマの誕生日聞いていい?」
前を歩いていたは、くるりとリョーマの方を振りかえり笑顔で尋ねる。
「…12月24日」
「クリスマスイヴの日ね!素敵!」
「で、はいつ?」
「うん?ぁあ、私はねー…」
リョーマは、はじめは嫌だと言っていたが、が一人でするはずだった明日の部活の準備を部室で手伝いながら、そんなの質問に答えては、返しての会話がずっと続けられた。
「手伝ってくれて、ありがとう!リョーマ!」
「無理矢理、手伝わせたくせに」
「いいじゃない!おかげで早く終わったし」
うーん!と、大きく手を前に出して背伸びをする。
「早く帰ろう!リョーマ!」
くるりとリョーマの方を向きながら、は下に置いてた遠征に持って行っていた旅行鞄を持ちあげる。
「…貸して」
「へ?」
「荷物」
「あ、ちょっと!」
リョーマは、重そうに大きな旅行鞄を持つから取り上げる。
「腹へった」
は、リョーマのその言葉で一気に気が抜けてなんだかおかしくなる。
「リョーマ」
「なに?」
「重いでしょ?」
「…別に」
「嘘」
「よりは力あると思うけど?」
「えー。私だってある方だよ」
「そう」
「そうなの!だから、リョーマのテニスバッグ貸して」
「は?」
は右に下げていたリョーマのテニスバッグを奪い、にんまりと笑う。
「交換!」
「…あ、そう」
リョーマは、すたすたとの前を歩きだす。
「ちょっと!歩くの速いわよ!リョーマ!」
「俺の鞄、落とさないでよ」
「わ、分かってる!」
「ふーん。ならいいけど」
「ねぇ。今日の晩御飯、なんだろうね?」
「さぁ」
「倫子さんはお料理上手よね」
「そう?普通じゃない?」
「なに罰当たりなこと言ってるの!いつも豪華で美味しいじゃない!」
「そこまで思ったことないけど…」
「贅沢者!洋食に和食、倫子さんのはどっちも格別よ!」
いつも手が込んでて見た目もおしゃれで可愛らしい上に、味もおいしくて幸せな気分になる。
「俺は和食の方が好きだけど」
「焼き魚と茶碗蒸し!」
リョーマがぼそりと呟くと、は左指の人差し指をリョーマの方をさして笑顔で得意げに言い放つ。
「は?」
「好きな食べ物。さっき部室でリョーマが私に教えてくれたじゃない」
「…」
「あと、えびせんべいだっけ?」
「なにが言いたいわけ?」
「私も和食好きよ。特に倫子さんが作るのはおいしいもんね!」
リョーマは、に教えるんじゃなかった…と、少し後悔する。倫子の料理が美味しいからだとは言いたいみたいだが、まるで弱みを握られたみたいでリョーマはどこか釈然としない気分だ。
「その頭、別のことに使った方がいいんじゃない?」
「あー!ひどい!私だって馬鹿じゃないんだからね!」
「知ってる」
「え?」
「なんでもない。ほら、早く帰るよ」
「あ!うん!」
リョーマとは、住宅街の角を曲がり、もう見えてくるであろう家まで急いだ。
「ただいま帰りましたー!」
「おかえりなさい!ちゃん!」
が大声で言いながら、靴を脱いで家にあがると倫子は、笑顔で待っていたと言わんばかりに台所から急いで来て、出迎えてくれた。
「ただいま」
の後から家に入りドアを締めるとリョーマは、ストンとの旅行鞄を玄関の床に置いた。
「リョーマさんもおかえりなさい」
菜々子は、落ち着いた様子で出迎えると、リョーマがなぜかの旅行鞄を持ち上げるのが目に入った。
「それ、さんのですよね?」
「そう」
「じゃあ、リョーマさんの鞄は…」
「あっち」
リョーマは、倫子と楽しそうに遠征のことを話してるを指差した。
「あら、本当」
菜々子は、が肩から提げてリョーマのテニスバッグを持っているのが見えた。 目をぱちくりさせて、リョーマとを交互に見る。
「はぁ…」
リョーマはため息をひとつ吐くとの方に向かっていった。
「…?」
菜々子はどこか様子が可笑しいリョーマに首をかしげつつも、夕飯の準備中だったのを思い出し急いで台所に戻った。
「、鞄」
「あ!ありがとう、リョーマ!」
リョーマは倫子と話していたに旅行鞄を手渡し、は、リョーマにテニスバッグを渡した。そんな二人の様子に倫子と菜々子は優しく微笑んでいると、南次郎の飄々とした声が聞こえてくる。
「おー!帰ってたのか!ちゃん!」
「南次郎さん!ただいま帰りました!」
「よかったな、リョーマ!」
「なにが」
南次郎が突然リョーマに話をふるが、意味が分からないと言ったようにリョーマは冷たく南次郎に言い放つ。 だが、そんなリョーマに、にんまりとした笑顔で南次郎が言葉を返そうとしたその時、倫子は話をさえぎるかのように呼び掛ける。
「二人とも!お風呂沸いてるわよ」
「はーい!リョーマ、どっちがいい?」
「どっちでもいい」
「じゃあ、じゃんけん!」
「ん」
がそう言うと、リョーマはそれに慣れたようにの言葉に反応して、チョキを出す。
「俺が先ね」
「残念、私の負けか」
じゃんけんに負けたは、重い旅行鞄を持ちながらリビングを出て、階段を上って部屋に入り、リョーマは、テニスバッグを部屋に置いた後、浴室へと向かった。
「リョーマの奴をからかってやろうと思ったんだが…」
先ほどわざと倫子が話を遮ったのが分かっていた南次郎は、台所で準備をする倫子をジトリと見る。
「今、リョーマに余計なこと言わないで」
「ぁあ?」
「慎重にいかなくちゃいけないんだから」
冷たくそう言い放つ倫子に、南次郎には何故なのか分からない。
「…なんのことだ?」
「あら、そういえば浴室にタオル置くの忘れてたわ」
「あ。私が持って行きます」
「ありがとう、菜々子ちゃん」
「おい!」
「私だって馬鹿じゃないんだからね!」
「知ってる」
リョーマは、浴槽につかりながら先ほど、自分がに言った言葉を思い出していた。
「…そんなの、言われなくても分かってる」
と会話をしていたらよくわかる。 喋り方や会話の持っていき方、相手の対応の仕方等、あきらかにクラスやそこらにいる奴らなんかより上だ。 だが、おそらく本人はなにも考えていない自然体の行動なのだろうとリョーマは思う。 だからこそ、は馬鹿だが、馬鹿じゃないと分かるのだ。しかし、思考はどこか子供っぽくて、リョーマより精神年齢は下だとも思う。
「まだまだだね」
リョーマは、どこか楽し気にそう呟いた。