山川屋から、陽気な笑い声が聞こえる
仲間の役人と共に、代官は酒を飲んでいた
気心の知れた仲間同士の送別会は代官にとって心地よい宴になっていた
「杉田ぁ、今度の転勤地では嫁さん見つけるよぉ」
同僚の1人が、机にデレェともたれながら代官に指指して言った
「お前さぁ、見た目は悪くなんだから〜。もっと女に積極的になれよぉ〜」
そう言うと、他の同僚も「そーだ。そーだ」と声をあげた
中には
「もしかして、杉田さんは、自分のナニに自信が無いのか?」
等と、笑いながら失礼な冗談も言う奴もいた
代官は、それをニコニコしながら聞いて特に何も返答をしなかった
同僚達は、誰も代官の本当の姿を知らない
男色家であり、その舌や指で数々の男達を虜にしてる事を・・・
誰も知らなかった
代官も、いくら男色家であるといっても職場に人間には手を出す気にはなれなかった
好みの中年体型で、脂ぎった役人が配属されてきても
感情を押さえて、絶対手を出すような事はしなかった
身近な人間には手を出さない
それが代官のポリシーだった
おかげで、誰も男色家である事に気づいてなかった
クールで、落ち着いた雰囲気の代官は
女に奥手な男・・・として、皆に印象付けられていた
山川屋での、送別会はそろそろ終わりを告げていた
「皆さん、今夜は私の為にありがとうございました」
代官が、閉めの挨拶をし、それぞれに別れの声をかけて送別会は終了した
精算を終えて店を出る間際
1人の同僚が代官に声をかけた
「よかったら、この後も私の家で飲みませんか?」
代官は、一瞬迷ったが、この同僚は他の同僚と比べて
比較的、深い付き合いをしていたので、その誘いを受ける事にした
「いいですよ。お邪魔しま・・・あっ、すいません」
店の入り口で同僚の方を向きながら、返事をしていた代官だったので
他のお客が店に入ってきたのに、気づかず、戸口でその客とぶつかってしまった
少々長身である代官は、時々目線に人や物が目に入って来ないと、ぶつかってしまう事がよくある
普段、始終落ち着いた態度をし、一見して気難しく見える代官なのだが、時々こういう抜けた行動をとるのが
同僚から慕われる理由にもなっている
「すいません。よそ見をして気づきませんでした」
代官は目下で、そのぶつかった相手を見た
一瞬、空気の流れが止まった気になった
ぶつかった相手は、越後屋だった
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