代官は越後屋を見届けた後、役場に戻った
「あぁ、杉田さん。お帰りなさい。待ってましたよ」
と、同僚の者が声をかけてきた
杉田とは代官の名である
杉田為五郎
それが、代官の本名である
「杉田さん、急なんですが今夜送別会をしたいんです。ご都合はいいですか?」
「独身の私に都合も何も無いでしょう(笑)送別会なんてそんなお心遣いはよろしいのに・・・」
「いえ、いえ、杉田さんには大変お世話になりましたから。仲間内だけの簡単な宴ですがどうぞ来て下さい」
「ありがとうございます。素直にお受け致します」
「では、今宵、山川屋で待っています」
「わかりました」
二人はそう会話すると、それぞれの仕事に取り掛かった
代官は帳簿を出して、そろばんをはじき始めた
パチパチパチパチ
心地よいそろばんの弾く音が聞こえる
すばやい指の動きに、代官がどれほどのそろばんの名手であるかがわかる
実は、その腕を買われて、今度転勤になる事が決定したのだ
そして、ここでの仕事も今日でお終い
代官はここ数日、残務整理に追われていた
「あの男ともお別れだな・・・・」
そろばんの弾く音にかき消されそうな程、小さな声でそっと代官は呟いた
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