Love Letter  06





次の日の朝。

 いつもより念入りに学校に行く支度を整えている自分に気付いて、私は苦笑した。


 こう言うのを、『女の子らしい』と言うのだろうか。


「おはよう、里佳ちゃん」

  菜々といつものように駅まで歩き出す。



「里佳ちゃん、少し元気出たみたいね」

 今日はいい天気ね、と言うような、軽い口調だった。


 私は驚いて、菜々をまじまじと見た。




  菜々が私の不安定な精神状態を察しているとは思わなかった。


  思ったことがそのまま顔に出たのか、それも菜々が察したのか、菜々は苦笑した。



「あのねぇ里佳ちゃん。私達、何年の付き合いだと思ってるの?」

 少し怒っているようだ。


「・・・ここ2ヶ月くらいおかしかったよね? 生理痛だっていつもよりずっと重そうで、辛そうだった」


  歩きながら、菜々は私を見上げた。


「受験のこと?」

「うーん。色々かな。多分受験のことが一番のプレッシャーなんだろうけど、精神状態がおかしかったと言うか・・・」


「昨日の午後も、学校来なかったよね里佳ちゃん。会場でも心ここに非ず、って感じだったって聞いたよ」

あ・・・うん・・・」


  でももう解決したから、と言うと、菜々は私を見つめた。




「本当に?」

「うん、本当」





  菜々は優しく笑って、私の腕をポンポン、と叩く真似をした。





「私ってそんなに頼りないかなぁ?」

「え?」



  さっきまでの楽しそうな表情から一変して、菜々は悲しそうに俯いた。


「菜々?」

「私はいっつも里佳ちゃんに何でも相談するのに、里佳ちゃんはあまり話してくれなくなったよね」

「そうかな?」

「そうだよ。私未だに里佳ちゃんの志望校知らないし」



  悲しさと怒りとが入り交じった表情。




  きっと、菜々も不安定なんだろう。



「私もね、別に話したくないから話さないわけじゃないよ」



 小さな妹に言い聞かせるように、私はゆっくり言った。



「じゃあ、どうして?」


 菜々が私を見上げて、続きを催促する。



「私・・・最近成績落ちてるんだ」


  そう呟くように言うと、菜々が目を丸くした。


「結局、ね。大学行って何がしたいのか、はっきりしないの。とりあえず国語とか好きだから、文学部に行こうかな、程度で。
 目標がないまま勉強したって意味ないんだけど、決められない。わからない」



  菜々が何とも言えない表情で、私を見上げる。




「菜々は中学の時から家政の児童に行きたいって言ってたでしょ? 目標あるのが羨ましいなぁって、思うことあるよ」

「私は、まだ成績が全然足りないけど」

「でも、やりたいことがはっきりしてるから、頑張ろうって気になるでしょう?」



  まぁ、そうだけど、と菜々は呟いた。



「私の場合は逆なのよね。と言う感じで、悩んでるわけ」



「でも・・・里佳ちゃん。まだわからないんでしょ? 自分が何をやりたいのか」


 おずおずと菜々が口を開く。



「うん、わからない。それはまだ不安」


 訳がわからないと言った感じで、菜々は苦笑した。




 確かに、何も解決していないのに元気になんてなれるはずがないから。






 私は昨日のことを、話すことにした。


「あのね菜々。昨日・・・告白されたの」

「え!? 誰にっ?」



 菜々が目を丸くして、私の顔を覗き込む。

 興味津々です、と言った表情だ。


「白石くん」

「えーっ!? すごーい里佳ちゃん!」

「何か全部投げ出してしまいたいなとか思ったんだけどね、何もかもが嫌で」

「里佳ちゃん」

「でも必要だと言ってくれる人がいて、救われた」

「私だって里佳ちゃん必要だよ!」



 菜々は泣きそうな顔をしていた。


「わかってるよ。私も菜々のこと大好きだし」


 頭をポンポンと叩くようにして撫でる。



「でも立ち止まらずにはいられない時って、あるじゃない? そんな時に、また歩き出すきっかけをくれたのが、白石くんなのかなって」

「・・・付き合うの?」


「・・・まだわかんないよ・・・」


 彼はとてもいい人だと思うけど、好きかどうかはわからないのだから。



「里佳ちゃんが好きなようにすればいいと思うよ」

「菜々・・・」

「あ、付き合うことになったら教えてねっ」



 そう言って菜々が浮かべた笑顔は、何だか恐かった・・・。


「畏まりました」




 お昼休み、私は進路指導室に足を運んだ。


 普段は結構人がいるのに、今日は珍しく誰もいなかった。



 本棚に置いてある大学案内を手にした時、進路指導室のドアが開いた。

「やあ」

 入って来たのは夕真くんだった。


「偶然だね」

 そう言うと、夕真くんは苦笑した。


「偶然じゃないよ」

「え?」

「階段のところから見てたの、里佳ちゃんがここ入って行くとこ」



 夕真くんは私の手にある大学案内にふと目を止めた。

「大学案内?」

「うん・・・夕真くんって何やりたいの?」


 ふと思い付いて、そう聞いてみた。




「俺は、建築かな?」

「建築?」

「うん、だから早稲田の理工とか慶應の理工とか・・・まあ色々受けようと思って」

「そう言えば夕真くん、成績いいもんね・・・」



 そう言えば学年トップを取ったこともあるって、亜由美ちゃんが言ってたような・・・。


「里佳ちゃんこそ勉強できるでしょ?」

「私はよくて学年20番だもんー。夕真くんと比べたら全然・・・」



 今はどんどん成績落ちてるし・・・。


 ぱらぱら大学案内をめくりながら、私は心の中でそんなことを考えた。



「里佳ちゃんは? 志望校は?」


 あまり聞かれたくない問いだったけど仕方ない。


「・・・まだ未定。とりあえず慶應と早稲田と・・・」


 私が口ごもったことを敏感に察したらしく、夕真くんはさっと話題を変えてくれた。



「そっか。そう言えば知ってる? 数学の仁科先生結婚するんだって」

「仁科先生が?」


 数学の仁科先生は28歳・・・多分。

 わかりやすい授業と生徒側に立ったものの見方で生徒達に人気だ。






 男女を問わず人気だと言う意味では、少し果歩ちゃんに似ているかもしれない。

「そりゃ、女の子達が嘆くわ」


 苦笑交じりにそう言う。



「そうなの?」


「うん、多分密かに仁科先生のこと好きな人いると思う」



 クラスにも何人か、それらしき人がいることに、鈍い私も気付いていた。



「・・・ねえ、夕真くんも何か用があったんじゃないの?」

「だから、俺は里佳ちゃんの姿が見えたから来ただけー」



 そう言う時にどんな反応を示せばいいものやら。




 黙ってしまうと、夕真くんは苦笑した。


「可愛いね、里佳ちゃん」

「・・・そんなことないよ」



 可愛いなんて言われ慣れていないから、はにかむように言われると、反応に困る。


 まずは友達から、ってことだったのに、話していると口説かれているみたいだ。

 恥ずかしくてたまらない。
「夕真くん・・・私達友達でしょ・・・? 何か私口説かれているみたいで落ち着かない・・・」

 そう言うと、夕真くんは目を丸くして、それから笑った。


「俺、女友達でも可愛いなって思ったら可愛いって言うよ?」


「・・・でもっ! 私は言われ慣れてないから・・・」


 彼は素直な気持ちを口に出しているだけなのだろう。




 それでも、『可愛い』なんて言われたら調子が狂う。




「夕真くん言ってたじゃん! 私の性格は男っぽいって」

「それってあくまで『男っぽい』だけでしょ? 本当は女の子なんだから」



 にこやかに言われると、どう返事をすればいいものやら悩む。


「今日一緒に帰らない?」



 夕真くんが少し照れたように言う。


 余裕であるかのように見せかけて、実は彼も結構いっぱいいっぱいなのかなと、思う。



「今日は菜々と帰る約束してて・・・。ケーキ食べて帰ろうと思ってるの」

「そっか」

「明日なら、大丈夫なんだけど・・・」


 がっかりしたような表情を見せた夕真くんに、私は慌てて話しかけた。


「じゃあ明日、ちょっと付き合ってくれない? 姉貴の誕生日プレゼント選ぶの、手伝ってほしいんだ」


「お姉さんって、果歩ちゃん?」




 果歩ちゃんの誕生日はもう過ぎたのではないか。



 確か保健室に沢山プレゼントがあって、果歩ちゃんが困っていたような記憶がある。




「果歩以外にもう1人いるの。姉貴が」

「3兄弟?」

「そ。男は俺1人だからね。小さい頃は随分いじめられたもんだよ。みそっかすってやつ」




 さすがに今はいじめられないけど、と苦笑する。



 それはそうだろう。背が180cmを越えた高校生の弟をいじめる社会人なんていないだろうから。




「明日、私掃除当番だから、どこかで待ってて?」

「じゃあ・・・図書室前のテーブルで待ってるよ」

「わかった」




 そう頷いた時、予鈴が鳴った。


「じゃあ明日」

「うん」

 夕真くんと別れて、教室に戻った。






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