結局4時間目も保健室で眠り、教室に戻ったのは昼休みになってからだった。
「大丈夫、里佳ちゃん?」
菜々の問い掛けに頷いて、私はお弁当を広げた。
いつものように菜々と亜由美ちゃんと机をくっつけて、お昼休みを過ごす。
のんびりお弁当をつっつきながら、菜々が4時間目の漢文で先生がやらかした失敗を、おもしろおかしく話してくれるのを聞いた。
ふと思い出して、私は二人に聞いてみた。
「ねぇ。3年の白石くんって知ってる? 果歩ちゃんの弟なんだってね」
二人は顔を見合わせて、それから笑い出した。
「知ってるよ。カッコいいって評判らしいよ。1、2年生の間ではファンクラブ創設の動きまであるんだって」
そう言ったのは亜由美ちゃんだった。
「亜由美ちゃん、何で知ってるの?」
思わずそう聞いていた。
ウチの学校は1学年500人もいるから、学年の間にもわからない人が沢山いて、他学年の子のことなんてもっとわからない。
だから亜由美ちゃんが1、2年生のことを知っていると言うのは、結構不思議なことだった。
「ウチ1年に妹いるから。それに、中学時代、私は白石と部活一緒だったし」
亜由美ちゃんはそう言って笑った。
「でも里佳ちゃんは白石くんのこと知らないんだねー。1年の時から有名なんだよ。背高くてカッコいいって」
知らないなんて、さすが里佳ちゃん、なんてけなされているのか褒められているのかよくわからないことを言う。
「でも里佳ちゃん、白石くんがどうしたの?」
「さっき保健室まで連れてってもらった」
そう答えると、菜々は目を丸くした。
「わぁ。里佳ちゃんマズいよ。ファンの子に殺されちゃう!」
そう言いながら菜々が面白がっているのは明らかだった。
「菜ー々ー」
怨みがましくじとーっと菜々を睨み付けると、菜々は楽しそうに笑った。
それから、校内で白石くんを見かけることが増えたような気がする。
確かに人気があると言うのは嘘ではないかも、と思う。
彼はいつも誰かと楽しそうに笑っていた。
それが男の子の時もあるし、女の子の時もあった。
今まで名前も知らなかったけど、こうやって名前を知ると、何だか気になる。
そんなある日、私は図書室で勉強していた。
推薦を取っていないから、センターに向けて勉強しなければならない。
明日は模試だ。
でも勉強しても成績が伸びない。
みんな頑張っていると言うことだ。
だからみんなの倍、勉強しなくちゃ。
私は多分、すごく焦っていた。
数学の問題集を手に、私はため息をついた。
わからないところは沢山ある。
でも入試は待ってくれない。
その時、斜め前に誰かが座った。
教科書から顔を上げると、そこに座ったのは白石くんだった。
「「あっ・・・」」
二人同時に声を上げてしまった。
「・・・この間は、どうもありがとう」
そう言うと、彼は笑った。
「いえいえ。葉山さん、ここいい?」
「どうぞ。聞こうと思ってたんだけど、どうして私の名前知ってるの?」
白石くんは鞄から何やら教科書を出しながら言った。
「だって葉山さん有名だよ?」
当たり前のことのように言われて、私は目を丸くした。
「有名って・・・何で!?」
私の問いに、白石くんは曖昧な笑みを浮かべるだけだ。
「ねぇ質問に答えてよ」
「葉山さん結構人気あるんだよ。男達の中には結構狙ってる奴いるよ」
「はぁ・・・?」
想像もしなかった言葉が出てきて、私の思考回路はショートしたようだ。
「背高くて目立つし。性格は男っぽいって専らの評判だけどそれがいいって奴も多いし」
性格は男っぽい。
そんなのわかっていたはずなのに、改めて白石くんに言われると何かがちくりと胸を刺した。
女の子らしくなりたいとか思うわけではないけど(と言うか、なれないけど)、どうしてだろう、男みたいだと言われると何だか悲しい。
←BACK HOME NEXT→