della Tempesta



次に目が覚めた時、ツナは一人だった。
鳥の声を聞きながら、何故か昨日の朝とは違う気した。
あれ、何だろう、この感じ?
ベッドの上でぼんやりと昨夜の事を思い出す。
昨夜はとても嫌な夢を見て、それで早く夢から覚めたくて、そう、そしたら獄寺君が来てくれたんだ、そして……
その先を思い出して、ツナは真っ赤になった。冷静に思い返してみると、すごく大胆な行動を取ってしまった気がする。
「うわーどうしよう!どうしよう!」
獄寺はどう思っただろうか。今、どう思っているだろうか。
そっと指で唇に触れてみる。
キスされた。
触れられた。
獄寺は優しかった。

獄寺君。獄寺君。

獄寺君に会いたい。

ツナはベッドから飛び出すと、急いで服を着替えて、一階に下りた。
多分、今の時間なら台所で朝食の支度をしてるはず。

台所を覗くと、入り口に背を向けて獄寺が立っていた。
「!」
今まで何度も見た、灰色の髪の後姿に、かつてないくらい心臓が高鳴る。
声をかけようとした喉がぴたりと止まる。

あ、俺、どうしちゃったんだろう…

昨日の夜と同じくらい鼓動が早まり、胸が締め付けられる。しかし苦しくはない、心地いい痛み。
本当はこの痛みの理由を知っている。ゆうべ解った。解ってしまった。
唾を飲み込み、呼吸を整える。

「ご、ごくでらくん!おはよお!」

情けなく上ずった声が出てしまった。
獄寺の肩が大げさにビクリと震える。

「お、おはようございます、お、お起きになされたんですか、沢田さん」

獄寺が振り向かずに応える。
敬語が怪しくなってしまった獄寺の声も上ずっていた。

「も、もーすぐ朝飯出来ますんで、待っててください!」
「獄寺君」
「今朝は和食にしてみました!アジの開きと厚焼き卵と、トマトとわかめとキュウリの酢の物と、豆腐とネギの味噌汁━━━」
「獄寺君」
「卵がもう無いんで買いだし行かねーと」
「獄寺君!」

そんな話をしたいんじゃない。

「獄寺君、ゆうべは……」
「夢です」
「え?」
「沢田さん、ゆうべ、すごいうなされてました。だから俺、起こしたんです、そして沢田さんが眠るまで、お傍にいました」
「獄寺く、ん?」
「それだけです」
「…………」

全部、夢だというのか。

獄寺は振り向かない。
どんな表情をしてるのかはツナには分らない。

でも、獄寺がそうだというのなら

「そう…なんだ」

大きく膨らんだ風船は、ぺしゃりと割れて地面に落ちた。
しゅうしゅうと哀れな音を立てながらしぼんでいく。

壁はボロボロと崩れて向こうが見えてしまった。
それでも獄寺は、けっして境界線を越えてはこない。

ツナはゆっくりと後ろを向くと、のろのろと台所を出た。
引き止めてくれるのではないかと少し期待したが、声がかかることは無く、ツナは自分の部屋に戻った。


窓から差し込む朝の光は、嘘臭い程に爽やかで、部屋の中に夜の空気はみじんも残っていない。
ツナは本当に夢だったのかもしれない気がしてきた。
全部、寂しい自分の夢……。
どさりとベッドに体を投げ出し、ぼんやりと視線を投げる。
ふと、床に、鈍く光るものを見つけた。

「?」

起き上がって、近づいて見てみる。
摘み上げると、それは小さなプラスチックの欠片だった。

「あ……懐中電灯…」

落として割れて、拾い集めただろうけど、残っていた。
隠し切れない。

ツナはそれを握り締めて胸に当てると、ポケットにしまった。
部屋を駆け出し、階下に向かう。

台所に立つ後姿に駆け寄り、振り向く前に、背中に頬と両手を押し当てた。

「獄寺君!」
「じゅっ…沢田さん!?」
「ゆうべ…来てくれて、…傍にいてくれて、ありがとう」
「沢田さ…」
「ありがとう、獄寺君がいてくれて良かった」
「…ずっと、います、あなたの傍に」
「うん」

布越しに獄寺の体温を感じながら、ツナは頷いた。



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